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1巻
1-3
昨夜、あれから寝る場所もなく軒先で野宿を覚悟したおれに、声をかけてくれたのはガゼルだった。
彼が「おっ、タクミ。こんなところにいたのか。俺の部屋でいいなら泊めてやるから、今日はもう寝ようぜ」と言って、おれをこの部屋に引っ張ってきたのである。
うん、部屋に入った時にベッドが一つしかないのはビックリしたけどね!
まぁ、おれは長椅子か床で寝ればいいか、と思っていたのに、「タクミ、なにやってるんだ? いいからこっちに来い」と言われて、ガゼルに強引にベッドに連れこまれてしまった。
大の男二人が同衾って絵面的にどうなんだろうか……
「なぁ、ガゼル」
「んー? なんだ?」
ベッドから起き上がって伸びをしているガゼルを見る。
って、ちょ、ガゼルさん! 貴方、上半身ハダカじゃないですか⁉
昨夜、おれと一緒にベッドに入った時はちゃんと着てたよな……? いつ脱いだんだ? 道理で温かいと思ったよ……
ガゼルの筋肉のしっかりついた身体には、あちこち傷痕が残っていた。うっすらとしか残っていないものもあれば、脇腹には大きな火傷のような痕もある。それらの傷痕は彼の魅力を損なうどころか、むしろ男らしい色香を引き立たせていた。
……っと、いけないいけない。
うっかり見惚れてしまったが、聞きたいことがあるんだった。
「これ、水時計だったか? どうやって見るものなんだ?」
「…………」
「ガゼル?」
あれ、聞こえなかったかな?
「ああ、いや……悪いな。ちょっとぼーっとしてたぜ。で、この水時計だっけか?」
「そうだ、見方を教えてほしいんだが」
ガゼル曰く、水時計のガラスの中に入っている水の色が時間によって変わり、その色によって時間を見るんだとか。
ゲームのアイテム説明で読んだ覚えはあるものの、どの色がどの時間を示すのかとかは知らないんだよね。ゲーム内じゃ、そこまで詳しい情報はなかったし。
「……なァ、タクミ」
「なんだ?」
「答えたくなければいいんだが……。あの海賊船に乗る前には、どういう暮らしをしてたんだ?」
……えーっと、どうとは?
おれみたいな冴えない男の生活内容って、そんな大したもんでもないと思うけどなぁ。
朝起きて、昼間学校に行って、夜はアルバイトに行って、アルバイトがなければ家でひたすらゲームしたりして。皆そんなもんじゃない?
「いや、すまん。ただ、この水時計ならこの国だけでなく……その、この大陸でほとんど使われてるもんだろう? だから、ちょっと気になっただけなんだ。悪かったな」
そう言って、ガゼルが自分の頭をかきながらおれに謝罪をした。
あっ……なるほど、そういうことか。あー、おれまたやっちゃったよ……
そうか、水時計はこの世界で普通の人なら当たり前に使用しているものなのか。それを知らなかったもんだから、ガゼルは「えっ、こいつ水時計の見方すら分かんないの? ヤバくない? 今までどんな文明未開の田舎に住んでたんだよ?」と思ったに違いない。
気まずそうな表情で、おれを見つめるガゼル。
うーむ、おれのせいでいらない気を遣わせてしまったな……
……よし!
「いや、気にしないでくれ。ガゼルの困惑ももっともだよな」
ここはおれがどうにかこの空気を払拭せねば!
「おれが前にいたところだが……別に、そうひどい場所だったわけじゃない。恵まれていたと思う」
うん、おれが一人暮らししていた地域は別に田舎だったわけじゃないよ! 都内ではなかったけど、交通の便はよかったし、住んでたアパートの近くにはスーパーもあった。学校だって駅二つくらいしか離れてなかったし。
「衣食住や教育は充分に与えられていたんだ。ただ、その……やはり、少し特殊な場所だったから、またおかしなことを聞いてしまうかもしれない」
「タクミ……」
おれの「か、勘違いしないでよね! 別におれは田舎者じゃないんだからね!」という、必死の弁明。
おれ的には自己採点百点満点の完璧なアピールだったのだが……何故か、ガゼルは痛ましげな表情になる。
あ、あれ? なんで?
やっぱり、途中で「教育は充分に受けてたって言ってんのに、時計の見方が分からないとか、矛盾してね? それ、ただおれがサボってただけって思われるんじゃ……」と考え直し、変に言葉を修正したのが悪かった?
うーん、もっとちゃんと丁寧に説明するべきだろうか?
「タクミ……分かった、もういい」
と思ってたら、まさかの途中で話をぶった切られました!
もういい、ってアレか? 「お前が田舎者な上に、勉強をサボってたのは分かったから、もうそんなに必死になるなよ」ってこと?
ち、違うんです! 釈明をさせてください!
「お前の事情は分かった。この先、分からないことがあったら、なんでも俺に聞けよ」
だが、おれがなにかを言うよりも先に、ガゼルが金色の瞳を細めてそう告げた。その視線は決して無知なおれを蔑むものではなく、極めて優しいものだ。
そして、ガゼルはおれの頭をぐしゃぐしゃとかき回すように撫でてから、ベッドを降りて着替え始める。
…………こ、この男前めー!
台詞といい、仕草といい、いちいちカッコいいなぁもう!
さすが黒翼騎士団の団長……溢れる包容力とオーラがハンパないぜ!
おれが女の子だったら「ステキ、抱いて!」と言って、そのたくましい胸板に真っ直ぐ飛び込んでいるレベルだ!
いや、なんでガゼルが黒翼騎士団の団長なのか分かるなぁ。これは確かに入団したくなるぜ、うんうん。
そうか、こんな洗練された都会的な男の目から見たら、おれみたいな冴えない若造が田舎者に見えてしまうのも当然だな……
うーむ、悔しいがおれの完敗ということか。まぁ、田舎者と思われていたほうが、おれが素っ頓狂な発言をしてもスルーされて、いいかもしれないし。
よし! そうと決まったら、気を取り直しておれも着替えをしますか!
ふふーん、今日の朝ごはんはなんだろうなー。
SIDE 黒翼騎士団団長ガゼル
――そいつは、まるで気配というものを感じさせなかった。
いつの間に背後にいたのか、俺が気がついたのは、そいつが俺を庇った瞬間だ。
青年が俺の背中を押した直後、鋭い棘のついた鉄球が凄まじい風切り音を立てて、頭上を通り過ぎていった。
その彼は俺を庇ったあとも、怖気づく様子や気負う素振りも見せず、真正面から海賊バドルドと相対する。いとも涼しげな、平然とした表情のままで。
「なるほどな……状況は分かった。あとは任せてくれ」
「オイ、聞いただろ、あれは海賊バドルドだぞ⁉ どこの誰か知らねェが、無謀な真似は……」
――海賊バドルド。
ここ数年、このリッツハイム魔導王国の西海域を荒らしている海賊の首領の名前だ。
バドルドのモーニングスターの腕前はなかなかのもので、いくつもの商船がその餌食となっている。俺たちは、そんなバドルドの討伐を国に命じられてこの海域に赴いていたのだ。
そう、海賊バドルドといえば、この国では知らぬ者のいない賞金首ランクA級の犯罪者だというのに。制止する間もなく、彼は無言のまま、まるで俺を庇うように立って、モーニングスターを振りまわすバドルドに向かっていった。
そこからの彼の動きは凄まじかった。青年は身体を床すれすれに屈め、モーニングスターについた鉄球をなんなく回避したのだ。そして、最小限の動きで身体を跳ね起こし、バドルドの間合いに入ったのである。
彼は手にしていた刀の柄で、バドルドの顎を突き上げた。下からの鋭い一撃で、頭を揺さぶられれば、大の男といえどたまったもんじゃない。バドルドはそのままヘナヘナと膝から崩れ落ちた。
「すげェな、お前」
気がつけば、俺は彼にそんな声をかけていた。
青年がゆっくりと振り返り、俺はその容貌にごくっと息を呑んだ。
こちらを向いたその顔は、意外にもまだ若かった。清廉な雰囲気を纏い、どこかあどけなさを残している。もしかすると、まだ二十歳にもなっていないのではないだろうか?
だが、俺が息を呑んだ理由はそれだけではなかった。
黒髪黒目の容姿に、象牙を思わせる奇妙な色合いの肌。
この大陸では暗い色合いの髪や瞳を持つ人間は希少だ。異国情緒溢れるその容姿は、珍しさも相まって、どことなく不思議な色気を感じさせた。
「おれは……タクミだ。黒翼騎士団の団長だったのか。なら、余計なことをしたな。すまなかった」
こちらの名前と立場を名乗ると、青年は恥じ入るように俺からそっと目を逸らす。
確かに、俺はバドルドとあのまま戦っても勝てる自信があった。こいつの助けは、必要ないといえば必要なかったが……だが、相手に攻撃させる時間を寸分も与えず、こんな短時間で、しかも無傷で勝利する、というのはさすがに無理だ。
なのに、この青年は自分の実力を驕る真似はせず、それどころか、俺や黒翼騎士団のメンツを気にかけてくれたみたいだった。
バドルドに挑発的な台詞を告げ、真っ正面から向かっていった人間とは思えないほど謙虚な姿勢だ。好戦的な性格なのかと思っていたのに、そうでもないらしい。
もしかすると、戦闘時のみ性格がガラリと変わるタイプなのかもしれなかった。
――面白い。こいつは、ぜひともウチの団に入れてェ。
知らず、口角が上がる。そうと決めた俺は、さっそく青年に誘いをかけた。
「見たところ、お前さんもワケありっぽいしなァ?」とカマをかける。少しぐらいは動揺したところが見られるのではないかと期待したものの、青年はそんな素振りすら見せなかった。ただ、平然と頷いただけだ。
いやはや。正直、バドルド相手に大した戦果なんざ期待しちゃいなかったんだが。もしかすると、俺は思いがけない掘り出し物を見つけちまったかもしれねェ。
だが、そんな高揚した気分も、黒髪黒目の青年――タクミの言葉で霧散することになる。
――奴隷。
タクミの話から、芯があるのにどこか危なっかしい、彼のアンバランスさの理由が分かった気がした。
タクミと出会ったその日、黒翼騎士団は駐屯していた港町の宿屋の食堂を貸し切って、祝勝会という名の宴会を開く。もちろんそこにタクミも招いた。そして宴会が終わった後、彼を強引に自分の部屋へ引っ張りこんだ。
いや、こういう言い方をするとアレな意味に聞こえるかもしれないが、俺は誓ってタクミに手を出しちゃいない。タクミと共にベッドで寝たが、本当に言葉通りの意味で寝ただけだ。
俺にしちゃ珍しいことだ。普段の俺の素行を知っている団員が知ったら驚くな。
……いや。そりゃ、下心がなかったかと聞かれると、あるにはあったけどよ。
昨夜。意外とすんなりと就寝したタクミの顔は、起きている時の鋭さや張りつめた雰囲気が消えた、あどけないものだった。そのくせ、黒い前髪が顔にかかる様は、不思議な色合いの肌と相まってぞくりとするような色気を醸し出す。
そんなタクミの寝顔を愛でながら俺も眠りにつき、そして朝を迎えた。
どうやら夜の内に、無意識にタクミを抱き締めていたみたいだが……まァ、いいよな、これくらい。俺にしては珍しく手を出さなかったんだし、この程度のご褒美はあってもいい。
そうして迎えた朝は、これ以上ないほど素晴らしい気分の目覚めを俺にもたらす。けれど、タクミが放った言葉によって、残念ながらそんな気分はすっかり消え失せちまった。
「これ、水時計だったか? どうやって見るものなんだ?」
「…………」
「ガゼル?」
黙った俺を不思議そうに見つめてくるタクミ。
いや、だってお前……その質問は、ありえないだろうよ。
この水時計は、リッツハイム魔導王国だけでなくこの大陸中、いや世界中で使われているものだ。それの見方が、タクミくらいの年齢で分からないなんてことはありえない。
「……なァ、タクミ。答えたくなければいいんだが……。あの海賊船に乗る前には、どういう暮らしをしてたんだ?」
俺がそう尋ねると、彼は黙って俯く。
その沈黙に、俺は自分の失敗を悟る。
「いや、すまん。ただ、この水時計ならこの国だけでなく……その、この大陸でほとんど使われてるもんだろう? だから、ちょっと気になっただけなんだ。悪かったな」
「いや、気にしないでくれ。ガゼルの困惑ももっともだよな」
慌ててそう言った俺に、意外にも、タクミは穏やかな表情で答えた。だがそれは、俺に気を遣って取り繕ったものだとすぐに分かった。
「おれが前にいたところだが……別に、そうひどい場所だったわけじゃない。恵まれていたと思う」
――ああ、そうか。
俺は、なんてことを聞いてしまったのか。
「衣食住や教育は充分に与えられていたんだ。ただ、その……やはり、少し特殊な場所だったから、またおかしなことを聞いてしまうかもしれない」
「タクミ……」
タクミの立ち振る舞いは、洗練された者のそれだ。清潔な身なりを見ても、こいつに教育を与えた『誰か』がいたのはすぐに分かる。
だが、その『誰か』が、タクミに施した教育は偏ったものだったらしい。
今にして思えば、昨日の宴会でも、タクミは食堂や団員たちの様子、出された食べ物なんかを珍しそうに見ていることが多かった。
ただの農民を奴隷のために攫ったにしては、あまりにもちぐはぐだ。それが意味するところはつまり、タクミ自身が元々『商品』となるべく育て上げられていたということである。
実は昨夜から、その可能性はちらりと頭にあったのだ。それがいよいよ確信に変わる。
『誰か』――外の世界に繋がる常識は与えないのに、教育や作法だけをタクミに叩き込んだそいつ。恐らくその正体は、奴隷商人だろう。
リッツハイム魔導王国では奴隷制度は違法になって久しいが、裏の世界や闇ギルドでは未だに奴隷の売買が横行している。
タクミは、この大陸じゃ珍しい黒髪黒目だ。三百年前に魔王討伐を果たした勇者が、そういった容姿の持ち主だったらしいが、それ以降はこの大陸でそういう色を持った奴が生まれたって話は出ていない。そんなお伽話の登場人物みたいな人間なら、それだけで高く売れるだろう。
そして、さらに高値をつけたいなら、奴隷に最低限の教育や作法を叩き込んでおいたほうがいい。
奴隷を買う王侯貴族の中には、囲っている性奴隷にもマナーを求める奴が多い。昼間は文官の真似事をさせておいて、夜に褥で乱れさせるのが愉しいんだとか。
……チッ、吐き気がする。こりゃあ、このことはまだ俺の胸の内に秘めておくべきだな。
特にフェリクスやイーリスはタクミを気に入ってたからなァ……こんなことを話したら、暴走して奴隷商人狩りを始めかねない。
まァ、俺もその案には賛成だが、いかんせん時期が早い。
どうせやるなら徹底的に、跡形も残らないぐらいに殲滅しときたいしなァ?
「お前の事情は分かった。この先、分からないことがあったら、なんでも俺に聞けよ」
俺はタクミの言葉を途中で遮ると、彼の頭をがしがしと撫でてベッドを下りる。
彼の髪の毛はやわらかくて指通りがよく、まるで猫でも撫でている気持ちになる。
……しっかし、タクミの奴。
俺がこういうふうに触れても嫌がる素振りがないし、なんっか無防備なんだよなァ……
されるがままの彼を見ていると、守ってやりたいという庇護欲と……その顔が快楽に喘ぐところを見たいという嗜虐心が、同時に湧き上がってくる。
これは俺だけでなく、男ならほとんど誰でも感じるものだろう。それが彼の珍しい容姿のせいか、言動のせいかは分からんがな。
……なにか間違いが起きる前に、タクミに釘をさしておくか。
うちの団員なら大丈夫だと思うが、市井には自分に気があるのだと勘違いする奴も出るかもしれねェ。
俺の前でだけなら大歓迎だが、他の奴らの前でもそんな調子だと困るからな。
俺は着替えながら、今後について思いを巡らせるのだった。
◇
さーて、今日もいい天気だ!
黒翼騎士団と共に港町を出発したおれは、リッツハイム魔導王国の王都、リッツハイム市へ向かうことになった。天候はいい感じの晴れ模様。太陽の光が暖かい。
港町から王都への道のりは、馬でおおよそ一週間から十日程度だそうだ。まぁ、その間にモンスター討伐をこなしたりするんだろうから、もっと時間がかかるとは思うが。
ちなみに、今いる黒翼騎士団の団員はざっと二十名。王都に戻れば常駐している団員がいるので、彼らを含めると四十人ほどらしい。
そんなこんなで、おれたちは今、馬に乗って王都への道のりを進んでいるというわけだが……
もちろん、おれが馬なんかに乗れるはずがない。
なので、ある人の馬に一緒に乗っけてもらっている。
「――大丈夫ですか、タクミ? 痛いところはありませんか?」
「大丈夫だ。その……手間をかけさせてすまない、フェリクス」
「お気になさらず。それに、これぐらいのこと、手間というほどのものでもありません。それにしても、タクミは私の後ろでよかったのですか? 前に座って頂いたほうが景色もよく見えるし、疲れないかと思ったのですが」
「いや、そこまで気を遣ってもらうわけにはいかない」
「そうですか……残念ですね」
背後に乗っているおれを軽く振り返りつつ、にこっと爽やかな笑みを浮かべるフェリクス。
そんな彼の色素の薄い金髪が陽射しで透けて、星みたいに輝いている。
――そう。おれは今、王子様の如きイケメンな副団長様の後ろに、相乗りさせてもらっているわけである。
うわあああ、マジで申し訳ない‼
っていうか、黒翼騎士団の人たち、皆いい人過ぎじゃない?
おれみたいな怪しさ満点の人間に同情して、王都に一緒に連れていってくれるどころか、副団長様が「私の馬であれば二人乗りに適しているでしょう」とか言って、相乗りさせてくれるんだぜ?
し、親切過ぎるでしょ……。心なしか、ゲームの中よりも親切度が上がっている気がするぞ。というか、ゲームではもっと、主人公に対してツンツンした態度だったと思うんだけどなぁ。
ガゼルとイーリスも、「フェリクスの奴、上手いことやったなァ。俺だってタクミを乗せたかったぜ」とか、「団長は指揮があるでしょーが! アタシだって、タクミと相乗りしたかったわよ! でもアタシの仔、二人乗りは嫌がるのよねぇ……」なんて言っていたし。
うーん。不可抗力とはいえ、おれみたいな密入国者に、なんでそんなに親切にしてくれるんだろう……?
大丈夫? ちょっと皆、お人好し過ぎない?
「この調子でいけば、日が暮れる頃には次の村に着けそうですね。今夜は野宿をしないで済みそうです」
黒翼騎士団の一団は、王都へ続く街道を一定の調子で走っている。今、黒翼騎士団が目指しているのは、トミ村という農村だ。この農村に日が暮れるまでに辿り着くのが目標だそうだ。
「私たち黒翼騎士団は、上から団長・副団長・軍師・参謀となっています。それ以外の騎士団員は侍従、要撃班、偵察班などに分かれているのです」
「なるほど。今、王都に残っているメンバーは何班にあたるんだ?」
「彼らは侍従に当たります。黒翼騎士団の雑務や会計などを担ってくれていますね」
フェリクスは馬を操りつつ、分かりやすく要点をまとめて、おれに黒翼騎士団の構成を説明してくれる。
「黒翼騎士団の団長はガゼル、副団長は私、そして軍師はイーリス、参謀はラッセルという者になります」
「そうなのか。――っ?」
和やかな会話の最中、おれが不意に身体を強張らせたため、フェリクスが不思議そうな声音で問いかけてきた。
「……タクミ? どうかしましたか?」
「――静かに、フェリクス」
こちらを振り返ろうとするフェリクスを制止する。
フェリクスは気がついていないようだが、彼の後頭部に小さな蜂が留まっていた。
小さい体躯と、黄色と黒の縞模様からして、ミツバチに近い種類みたいだが……それでも、刺されるのはフェリクスだって嫌だろう。アナフィラキシーショックの危険性もあるしね。
おれはフェリクスに静かにするように告げると、そのままズボンのポケットに手を伸ばす。うーんと、ここに確かハンカチが入っていたと思うんだよな。蜂を刺激しないように、ハンカチでそっとフェリクスから離そう。
だが、おれがズボンのポケットに手をかけた瞬間――
「――GAAAGUUUUU‼」
街道の横合いの森から、金属が擦れ合うのに似た不快な唸り声が響いてきた。
ついで、緑色のロープのようなものが、おれとフェリクスが乗る馬に迫ってくる。
「ぐっ⁉」
フェリクスが秀麗な顔を歪めつつ、素早く手綱を引いて馬を巧みに操りロープをかわす。だが、咄嗟の動きについていけなかったおれは、見事にバランスを崩した。
なんとかしがみつこうと、手を伸ばし、馬に載せていたおれの刀の柄を掴む。刀はすっぽーんと鞘から抜けてしまい、おれは見事に落馬する羽目になった。
――くっ、そ! なんとか、受け身だけでも取らねば!
地面に叩きつけられる衝撃に備え、頭だけでも庇おうとした、その時――
手にした刀が、なにかに引っかかった。そのまま、おれは宙ぶらりんの状態になる。
おお! なんかよく分からないけど、助かった!
……でも、なにが引っかかったんだ?
「GAGUGUGUA!」
「――っ!」
って、モンスターじゃねぇか!
おれの正面にいたのは、頭部に大きな花を持ち、蔦でできたいくつもの触手をぐねぐねと蠢かせているモンスターだった。蔦は太く、大きいものはおれの太ももほどあるんじゃないだろうか。
先程、おれとフェリクスを襲った緑色のロープのようなものは、こいつの触手だったのだろう。
「ジャイアントフローラ⁉」
「なんで、こんなB級モンスターがここに⁉」
「――落ち着け! 侍従や偵察班は下がれ! それ以外は全員構えろ!」
おれの背後で、黒翼騎士団の騎士団員たちがざわめく声が聞こえる。
が、動揺が走ったのは束の間のことだった。ガゼル団長のかけ声で、彼らは瞬く間に落ち着きを取り戻す。おれは背を向けているため見えないが、団員たちが、ぶわりと殺気を漲らせたのが気配で分かった。
おお、なんて頼もしい……!
そしておれ、この位置だとすげぇ邪魔ですね、すみません! 皆の邪魔にならないようにさっさと退かないと!
焦ったおれは、手に持った刀を無理くりに動かして、触手から抜こうとする。
――が。なんと、勢いあまって、ジャイアントフローラの触手をすっぱーんと綺麗に切断してしまったのだ。
「――GAGUAGUA⁉」
触手を切り落とされたジャイアントフローラは、痛みに叫び声をあげた。おれは宙ぶらりんの状態から解放され、地面に着地することに成功したものの、怒り心頭であろうジャイアントフローラが凄まじい勢いで突っ込んでくる。
彼が「おっ、タクミ。こんなところにいたのか。俺の部屋でいいなら泊めてやるから、今日はもう寝ようぜ」と言って、おれをこの部屋に引っ張ってきたのである。
うん、部屋に入った時にベッドが一つしかないのはビックリしたけどね!
まぁ、おれは長椅子か床で寝ればいいか、と思っていたのに、「タクミ、なにやってるんだ? いいからこっちに来い」と言われて、ガゼルに強引にベッドに連れこまれてしまった。
大の男二人が同衾って絵面的にどうなんだろうか……
「なぁ、ガゼル」
「んー? なんだ?」
ベッドから起き上がって伸びをしているガゼルを見る。
って、ちょ、ガゼルさん! 貴方、上半身ハダカじゃないですか⁉
昨夜、おれと一緒にベッドに入った時はちゃんと着てたよな……? いつ脱いだんだ? 道理で温かいと思ったよ……
ガゼルの筋肉のしっかりついた身体には、あちこち傷痕が残っていた。うっすらとしか残っていないものもあれば、脇腹には大きな火傷のような痕もある。それらの傷痕は彼の魅力を損なうどころか、むしろ男らしい色香を引き立たせていた。
……っと、いけないいけない。
うっかり見惚れてしまったが、聞きたいことがあるんだった。
「これ、水時計だったか? どうやって見るものなんだ?」
「…………」
「ガゼル?」
あれ、聞こえなかったかな?
「ああ、いや……悪いな。ちょっとぼーっとしてたぜ。で、この水時計だっけか?」
「そうだ、見方を教えてほしいんだが」
ガゼル曰く、水時計のガラスの中に入っている水の色が時間によって変わり、その色によって時間を見るんだとか。
ゲームのアイテム説明で読んだ覚えはあるものの、どの色がどの時間を示すのかとかは知らないんだよね。ゲーム内じゃ、そこまで詳しい情報はなかったし。
「……なァ、タクミ」
「なんだ?」
「答えたくなければいいんだが……。あの海賊船に乗る前には、どういう暮らしをしてたんだ?」
……えーっと、どうとは?
おれみたいな冴えない男の生活内容って、そんな大したもんでもないと思うけどなぁ。
朝起きて、昼間学校に行って、夜はアルバイトに行って、アルバイトがなければ家でひたすらゲームしたりして。皆そんなもんじゃない?
「いや、すまん。ただ、この水時計ならこの国だけでなく……その、この大陸でほとんど使われてるもんだろう? だから、ちょっと気になっただけなんだ。悪かったな」
そう言って、ガゼルが自分の頭をかきながらおれに謝罪をした。
あっ……なるほど、そういうことか。あー、おれまたやっちゃったよ……
そうか、水時計はこの世界で普通の人なら当たり前に使用しているものなのか。それを知らなかったもんだから、ガゼルは「えっ、こいつ水時計の見方すら分かんないの? ヤバくない? 今までどんな文明未開の田舎に住んでたんだよ?」と思ったに違いない。
気まずそうな表情で、おれを見つめるガゼル。
うーむ、おれのせいでいらない気を遣わせてしまったな……
……よし!
「いや、気にしないでくれ。ガゼルの困惑ももっともだよな」
ここはおれがどうにかこの空気を払拭せねば!
「おれが前にいたところだが……別に、そうひどい場所だったわけじゃない。恵まれていたと思う」
うん、おれが一人暮らししていた地域は別に田舎だったわけじゃないよ! 都内ではなかったけど、交通の便はよかったし、住んでたアパートの近くにはスーパーもあった。学校だって駅二つくらいしか離れてなかったし。
「衣食住や教育は充分に与えられていたんだ。ただ、その……やはり、少し特殊な場所だったから、またおかしなことを聞いてしまうかもしれない」
「タクミ……」
おれの「か、勘違いしないでよね! 別におれは田舎者じゃないんだからね!」という、必死の弁明。
おれ的には自己採点百点満点の完璧なアピールだったのだが……何故か、ガゼルは痛ましげな表情になる。
あ、あれ? なんで?
やっぱり、途中で「教育は充分に受けてたって言ってんのに、時計の見方が分からないとか、矛盾してね? それ、ただおれがサボってただけって思われるんじゃ……」と考え直し、変に言葉を修正したのが悪かった?
うーん、もっとちゃんと丁寧に説明するべきだろうか?
「タクミ……分かった、もういい」
と思ってたら、まさかの途中で話をぶった切られました!
もういい、ってアレか? 「お前が田舎者な上に、勉強をサボってたのは分かったから、もうそんなに必死になるなよ」ってこと?
ち、違うんです! 釈明をさせてください!
「お前の事情は分かった。この先、分からないことがあったら、なんでも俺に聞けよ」
だが、おれがなにかを言うよりも先に、ガゼルが金色の瞳を細めてそう告げた。その視線は決して無知なおれを蔑むものではなく、極めて優しいものだ。
そして、ガゼルはおれの頭をぐしゃぐしゃとかき回すように撫でてから、ベッドを降りて着替え始める。
…………こ、この男前めー!
台詞といい、仕草といい、いちいちカッコいいなぁもう!
さすが黒翼騎士団の団長……溢れる包容力とオーラがハンパないぜ!
おれが女の子だったら「ステキ、抱いて!」と言って、そのたくましい胸板に真っ直ぐ飛び込んでいるレベルだ!
いや、なんでガゼルが黒翼騎士団の団長なのか分かるなぁ。これは確かに入団したくなるぜ、うんうん。
そうか、こんな洗練された都会的な男の目から見たら、おれみたいな冴えない若造が田舎者に見えてしまうのも当然だな……
うーむ、悔しいがおれの完敗ということか。まぁ、田舎者と思われていたほうが、おれが素っ頓狂な発言をしてもスルーされて、いいかもしれないし。
よし! そうと決まったら、気を取り直しておれも着替えをしますか!
ふふーん、今日の朝ごはんはなんだろうなー。
SIDE 黒翼騎士団団長ガゼル
――そいつは、まるで気配というものを感じさせなかった。
いつの間に背後にいたのか、俺が気がついたのは、そいつが俺を庇った瞬間だ。
青年が俺の背中を押した直後、鋭い棘のついた鉄球が凄まじい風切り音を立てて、頭上を通り過ぎていった。
その彼は俺を庇ったあとも、怖気づく様子や気負う素振りも見せず、真正面から海賊バドルドと相対する。いとも涼しげな、平然とした表情のままで。
「なるほどな……状況は分かった。あとは任せてくれ」
「オイ、聞いただろ、あれは海賊バドルドだぞ⁉ どこの誰か知らねェが、無謀な真似は……」
――海賊バドルド。
ここ数年、このリッツハイム魔導王国の西海域を荒らしている海賊の首領の名前だ。
バドルドのモーニングスターの腕前はなかなかのもので、いくつもの商船がその餌食となっている。俺たちは、そんなバドルドの討伐を国に命じられてこの海域に赴いていたのだ。
そう、海賊バドルドといえば、この国では知らぬ者のいない賞金首ランクA級の犯罪者だというのに。制止する間もなく、彼は無言のまま、まるで俺を庇うように立って、モーニングスターを振りまわすバドルドに向かっていった。
そこからの彼の動きは凄まじかった。青年は身体を床すれすれに屈め、モーニングスターについた鉄球をなんなく回避したのだ。そして、最小限の動きで身体を跳ね起こし、バドルドの間合いに入ったのである。
彼は手にしていた刀の柄で、バドルドの顎を突き上げた。下からの鋭い一撃で、頭を揺さぶられれば、大の男といえどたまったもんじゃない。バドルドはそのままヘナヘナと膝から崩れ落ちた。
「すげェな、お前」
気がつけば、俺は彼にそんな声をかけていた。
青年がゆっくりと振り返り、俺はその容貌にごくっと息を呑んだ。
こちらを向いたその顔は、意外にもまだ若かった。清廉な雰囲気を纏い、どこかあどけなさを残している。もしかすると、まだ二十歳にもなっていないのではないだろうか?
だが、俺が息を呑んだ理由はそれだけではなかった。
黒髪黒目の容姿に、象牙を思わせる奇妙な色合いの肌。
この大陸では暗い色合いの髪や瞳を持つ人間は希少だ。異国情緒溢れるその容姿は、珍しさも相まって、どことなく不思議な色気を感じさせた。
「おれは……タクミだ。黒翼騎士団の団長だったのか。なら、余計なことをしたな。すまなかった」
こちらの名前と立場を名乗ると、青年は恥じ入るように俺からそっと目を逸らす。
確かに、俺はバドルドとあのまま戦っても勝てる自信があった。こいつの助けは、必要ないといえば必要なかったが……だが、相手に攻撃させる時間を寸分も与えず、こんな短時間で、しかも無傷で勝利する、というのはさすがに無理だ。
なのに、この青年は自分の実力を驕る真似はせず、それどころか、俺や黒翼騎士団のメンツを気にかけてくれたみたいだった。
バドルドに挑発的な台詞を告げ、真っ正面から向かっていった人間とは思えないほど謙虚な姿勢だ。好戦的な性格なのかと思っていたのに、そうでもないらしい。
もしかすると、戦闘時のみ性格がガラリと変わるタイプなのかもしれなかった。
――面白い。こいつは、ぜひともウチの団に入れてェ。
知らず、口角が上がる。そうと決めた俺は、さっそく青年に誘いをかけた。
「見たところ、お前さんもワケありっぽいしなァ?」とカマをかける。少しぐらいは動揺したところが見られるのではないかと期待したものの、青年はそんな素振りすら見せなかった。ただ、平然と頷いただけだ。
いやはや。正直、バドルド相手に大した戦果なんざ期待しちゃいなかったんだが。もしかすると、俺は思いがけない掘り出し物を見つけちまったかもしれねェ。
だが、そんな高揚した気分も、黒髪黒目の青年――タクミの言葉で霧散することになる。
――奴隷。
タクミの話から、芯があるのにどこか危なっかしい、彼のアンバランスさの理由が分かった気がした。
タクミと出会ったその日、黒翼騎士団は駐屯していた港町の宿屋の食堂を貸し切って、祝勝会という名の宴会を開く。もちろんそこにタクミも招いた。そして宴会が終わった後、彼を強引に自分の部屋へ引っ張りこんだ。
いや、こういう言い方をするとアレな意味に聞こえるかもしれないが、俺は誓ってタクミに手を出しちゃいない。タクミと共にベッドで寝たが、本当に言葉通りの意味で寝ただけだ。
俺にしちゃ珍しいことだ。普段の俺の素行を知っている団員が知ったら驚くな。
……いや。そりゃ、下心がなかったかと聞かれると、あるにはあったけどよ。
昨夜。意外とすんなりと就寝したタクミの顔は、起きている時の鋭さや張りつめた雰囲気が消えた、あどけないものだった。そのくせ、黒い前髪が顔にかかる様は、不思議な色合いの肌と相まってぞくりとするような色気を醸し出す。
そんなタクミの寝顔を愛でながら俺も眠りにつき、そして朝を迎えた。
どうやら夜の内に、無意識にタクミを抱き締めていたみたいだが……まァ、いいよな、これくらい。俺にしては珍しく手を出さなかったんだし、この程度のご褒美はあってもいい。
そうして迎えた朝は、これ以上ないほど素晴らしい気分の目覚めを俺にもたらす。けれど、タクミが放った言葉によって、残念ながらそんな気分はすっかり消え失せちまった。
「これ、水時計だったか? どうやって見るものなんだ?」
「…………」
「ガゼル?」
黙った俺を不思議そうに見つめてくるタクミ。
いや、だってお前……その質問は、ありえないだろうよ。
この水時計は、リッツハイム魔導王国だけでなくこの大陸中、いや世界中で使われているものだ。それの見方が、タクミくらいの年齢で分からないなんてことはありえない。
「……なァ、タクミ。答えたくなければいいんだが……。あの海賊船に乗る前には、どういう暮らしをしてたんだ?」
俺がそう尋ねると、彼は黙って俯く。
その沈黙に、俺は自分の失敗を悟る。
「いや、すまん。ただ、この水時計ならこの国だけでなく……その、この大陸でほとんど使われてるもんだろう? だから、ちょっと気になっただけなんだ。悪かったな」
「いや、気にしないでくれ。ガゼルの困惑ももっともだよな」
慌ててそう言った俺に、意外にも、タクミは穏やかな表情で答えた。だがそれは、俺に気を遣って取り繕ったものだとすぐに分かった。
「おれが前にいたところだが……別に、そうひどい場所だったわけじゃない。恵まれていたと思う」
――ああ、そうか。
俺は、なんてことを聞いてしまったのか。
「衣食住や教育は充分に与えられていたんだ。ただ、その……やはり、少し特殊な場所だったから、またおかしなことを聞いてしまうかもしれない」
「タクミ……」
タクミの立ち振る舞いは、洗練された者のそれだ。清潔な身なりを見ても、こいつに教育を与えた『誰か』がいたのはすぐに分かる。
だが、その『誰か』が、タクミに施した教育は偏ったものだったらしい。
今にして思えば、昨日の宴会でも、タクミは食堂や団員たちの様子、出された食べ物なんかを珍しそうに見ていることが多かった。
ただの農民を奴隷のために攫ったにしては、あまりにもちぐはぐだ。それが意味するところはつまり、タクミ自身が元々『商品』となるべく育て上げられていたということである。
実は昨夜から、その可能性はちらりと頭にあったのだ。それがいよいよ確信に変わる。
『誰か』――外の世界に繋がる常識は与えないのに、教育や作法だけをタクミに叩き込んだそいつ。恐らくその正体は、奴隷商人だろう。
リッツハイム魔導王国では奴隷制度は違法になって久しいが、裏の世界や闇ギルドでは未だに奴隷の売買が横行している。
タクミは、この大陸じゃ珍しい黒髪黒目だ。三百年前に魔王討伐を果たした勇者が、そういった容姿の持ち主だったらしいが、それ以降はこの大陸でそういう色を持った奴が生まれたって話は出ていない。そんなお伽話の登場人物みたいな人間なら、それだけで高く売れるだろう。
そして、さらに高値をつけたいなら、奴隷に最低限の教育や作法を叩き込んでおいたほうがいい。
奴隷を買う王侯貴族の中には、囲っている性奴隷にもマナーを求める奴が多い。昼間は文官の真似事をさせておいて、夜に褥で乱れさせるのが愉しいんだとか。
……チッ、吐き気がする。こりゃあ、このことはまだ俺の胸の内に秘めておくべきだな。
特にフェリクスやイーリスはタクミを気に入ってたからなァ……こんなことを話したら、暴走して奴隷商人狩りを始めかねない。
まァ、俺もその案には賛成だが、いかんせん時期が早い。
どうせやるなら徹底的に、跡形も残らないぐらいに殲滅しときたいしなァ?
「お前の事情は分かった。この先、分からないことがあったら、なんでも俺に聞けよ」
俺はタクミの言葉を途中で遮ると、彼の頭をがしがしと撫でてベッドを下りる。
彼の髪の毛はやわらかくて指通りがよく、まるで猫でも撫でている気持ちになる。
……しっかし、タクミの奴。
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……なにか間違いが起きる前に、タクミに釘をさしておくか。
うちの団員なら大丈夫だと思うが、市井には自分に気があるのだと勘違いする奴も出るかもしれねェ。
俺の前でだけなら大歓迎だが、他の奴らの前でもそんな調子だと困るからな。
俺は着替えながら、今後について思いを巡らせるのだった。
◇
さーて、今日もいい天気だ!
黒翼騎士団と共に港町を出発したおれは、リッツハイム魔導王国の王都、リッツハイム市へ向かうことになった。天候はいい感じの晴れ模様。太陽の光が暖かい。
港町から王都への道のりは、馬でおおよそ一週間から十日程度だそうだ。まぁ、その間にモンスター討伐をこなしたりするんだろうから、もっと時間がかかるとは思うが。
ちなみに、今いる黒翼騎士団の団員はざっと二十名。王都に戻れば常駐している団員がいるので、彼らを含めると四十人ほどらしい。
そんなこんなで、おれたちは今、馬に乗って王都への道のりを進んでいるというわけだが……
もちろん、おれが馬なんかに乗れるはずがない。
なので、ある人の馬に一緒に乗っけてもらっている。
「――大丈夫ですか、タクミ? 痛いところはありませんか?」
「大丈夫だ。その……手間をかけさせてすまない、フェリクス」
「お気になさらず。それに、これぐらいのこと、手間というほどのものでもありません。それにしても、タクミは私の後ろでよかったのですか? 前に座って頂いたほうが景色もよく見えるし、疲れないかと思ったのですが」
「いや、そこまで気を遣ってもらうわけにはいかない」
「そうですか……残念ですね」
背後に乗っているおれを軽く振り返りつつ、にこっと爽やかな笑みを浮かべるフェリクス。
そんな彼の色素の薄い金髪が陽射しで透けて、星みたいに輝いている。
――そう。おれは今、王子様の如きイケメンな副団長様の後ろに、相乗りさせてもらっているわけである。
うわあああ、マジで申し訳ない‼
っていうか、黒翼騎士団の人たち、皆いい人過ぎじゃない?
おれみたいな怪しさ満点の人間に同情して、王都に一緒に連れていってくれるどころか、副団長様が「私の馬であれば二人乗りに適しているでしょう」とか言って、相乗りさせてくれるんだぜ?
し、親切過ぎるでしょ……。心なしか、ゲームの中よりも親切度が上がっている気がするぞ。というか、ゲームではもっと、主人公に対してツンツンした態度だったと思うんだけどなぁ。
ガゼルとイーリスも、「フェリクスの奴、上手いことやったなァ。俺だってタクミを乗せたかったぜ」とか、「団長は指揮があるでしょーが! アタシだって、タクミと相乗りしたかったわよ! でもアタシの仔、二人乗りは嫌がるのよねぇ……」なんて言っていたし。
うーん。不可抗力とはいえ、おれみたいな密入国者に、なんでそんなに親切にしてくれるんだろう……?
大丈夫? ちょっと皆、お人好し過ぎない?
「この調子でいけば、日が暮れる頃には次の村に着けそうですね。今夜は野宿をしないで済みそうです」
黒翼騎士団の一団は、王都へ続く街道を一定の調子で走っている。今、黒翼騎士団が目指しているのは、トミ村という農村だ。この農村に日が暮れるまでに辿り着くのが目標だそうだ。
「私たち黒翼騎士団は、上から団長・副団長・軍師・参謀となっています。それ以外の騎士団員は侍従、要撃班、偵察班などに分かれているのです」
「なるほど。今、王都に残っているメンバーは何班にあたるんだ?」
「彼らは侍従に当たります。黒翼騎士団の雑務や会計などを担ってくれていますね」
フェリクスは馬を操りつつ、分かりやすく要点をまとめて、おれに黒翼騎士団の構成を説明してくれる。
「黒翼騎士団の団長はガゼル、副団長は私、そして軍師はイーリス、参謀はラッセルという者になります」
「そうなのか。――っ?」
和やかな会話の最中、おれが不意に身体を強張らせたため、フェリクスが不思議そうな声音で問いかけてきた。
「……タクミ? どうかしましたか?」
「――静かに、フェリクス」
こちらを振り返ろうとするフェリクスを制止する。
フェリクスは気がついていないようだが、彼の後頭部に小さな蜂が留まっていた。
小さい体躯と、黄色と黒の縞模様からして、ミツバチに近い種類みたいだが……それでも、刺されるのはフェリクスだって嫌だろう。アナフィラキシーショックの危険性もあるしね。
おれはフェリクスに静かにするように告げると、そのままズボンのポケットに手を伸ばす。うーんと、ここに確かハンカチが入っていたと思うんだよな。蜂を刺激しないように、ハンカチでそっとフェリクスから離そう。
だが、おれがズボンのポケットに手をかけた瞬間――
「――GAAAGUUUUU‼」
街道の横合いの森から、金属が擦れ合うのに似た不快な唸り声が響いてきた。
ついで、緑色のロープのようなものが、おれとフェリクスが乗る馬に迫ってくる。
「ぐっ⁉」
フェリクスが秀麗な顔を歪めつつ、素早く手綱を引いて馬を巧みに操りロープをかわす。だが、咄嗟の動きについていけなかったおれは、見事にバランスを崩した。
なんとかしがみつこうと、手を伸ばし、馬に載せていたおれの刀の柄を掴む。刀はすっぽーんと鞘から抜けてしまい、おれは見事に落馬する羽目になった。
――くっ、そ! なんとか、受け身だけでも取らねば!
地面に叩きつけられる衝撃に備え、頭だけでも庇おうとした、その時――
手にした刀が、なにかに引っかかった。そのまま、おれは宙ぶらりんの状態になる。
おお! なんかよく分からないけど、助かった!
……でも、なにが引っかかったんだ?
「GAGUGUGUA!」
「――っ!」
って、モンスターじゃねぇか!
おれの正面にいたのは、頭部に大きな花を持ち、蔦でできたいくつもの触手をぐねぐねと蠢かせているモンスターだった。蔦は太く、大きいものはおれの太ももほどあるんじゃないだろうか。
先程、おれとフェリクスを襲った緑色のロープのようなものは、こいつの触手だったのだろう。
「ジャイアントフローラ⁉」
「なんで、こんなB級モンスターがここに⁉」
「――落ち着け! 侍従や偵察班は下がれ! それ以外は全員構えろ!」
おれの背後で、黒翼騎士団の騎士団員たちがざわめく声が聞こえる。
が、動揺が走ったのは束の間のことだった。ガゼル団長のかけ声で、彼らは瞬く間に落ち着きを取り戻す。おれは背を向けているため見えないが、団員たちが、ぶわりと殺気を漲らせたのが気配で分かった。
おお、なんて頼もしい……!
そしておれ、この位置だとすげぇ邪魔ですね、すみません! 皆の邪魔にならないようにさっさと退かないと!
焦ったおれは、手に持った刀を無理くりに動かして、触手から抜こうとする。
――が。なんと、勢いあまって、ジャイアントフローラの触手をすっぱーんと綺麗に切断してしまったのだ。
「――GAGUAGUA⁉」
触手を切り落とされたジャイアントフローラは、痛みに叫び声をあげた。おれは宙ぶらりんの状態から解放され、地面に着地することに成功したものの、怒り心頭であろうジャイアントフローラが凄まじい勢いで突っ込んでくる。
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