異世界でのおれへの評価がおかしいんだが

秋山龍央

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1巻

1-3

 昨夜、あれから寝る場所もなく軒先のきさきで野宿を覚悟したおれに、声をかけてくれたのはガゼルだった。
 彼が「おっ、タクミ。こんなところにいたのか。俺の部屋でいいなら泊めてやるから、今日はもう寝ようぜ」と言って、おれをこの部屋に引っ張ってきたのである。
 うん、部屋に入った時にベッドが一つしかないのはビックリしたけどね!
 まぁ、おれは長椅子か床で寝ればいいか、と思っていたのに、「タクミ、なにやってるんだ? いいからこっちに来い」と言われて、ガゼルに強引にベッドに連れこまれてしまった。
 大の男二人が同衾どうきんって絵面的にどうなんだろうか……

「なぁ、ガゼル」
「んー? なんだ?」

 ベッドから起き上がって伸びをしているガゼルを見る。
 って、ちょ、ガゼルさん! 貴方、上半身ハダカじゃないですか⁉
 昨夜、おれと一緒にベッドに入った時はちゃんと着てたよな……? いつ脱いだんだ? 道理で温かいと思ったよ……
 ガゼルの筋肉のしっかりついた身体には、あちこちきずあとが残っていた。うっすらとしか残っていないものもあれば、脇腹には大きな火傷やけどのようなあともある。それらのきずあとは彼の魅力を損なうどころか、むしろ男らしい色香を引き立たせていた。
 ……っと、いけないいけない。
 うっかり見惚みとれてしまったが、聞きたいことがあるんだった。

「これ、水時計だったか? どうやって見るものなんだ?」
「…………」
「ガゼル?」

 あれ、聞こえなかったかな?

「ああ、いや……悪いな。ちょっとぼーっとしてたぜ。で、この水時計だっけか?」
「そうだ、見方を教えてほしいんだが」

 ガゼルいわく、水時計のガラスの中に入っている水の色が時間によって変わり、その色によって時間を見るんだとか。
 ゲームのアイテム説明で読んだ覚えはあるものの、どの色がどの時間を示すのかとかは知らないんだよね。ゲーム内じゃ、そこまで詳しい情報はなかったし。

「……なァ、タクミ」
「なんだ?」
「答えたくなければいいんだが……。あの海賊かいぞくせんに乗る前には、どういう暮らしをしてたんだ?」

 ……えーっと、どうとは?
 おれみたいなえない男の生活内容って、そんな大したもんでもないと思うけどなぁ。
 朝起きて、昼間学校に行って、夜はアルバイトに行って、アルバイトがなければ家でひたすらゲームしたりして。皆そんなもんじゃない?

「いや、すまん。ただ、この水時計ならこの国だけでなく……その、この大陸でほとんど使われてるもんだろう? だから、ちょっと気になっただけなんだ。悪かったな」

 そう言って、ガゼルが自分の頭をかきながらおれに謝罪をした。
 あっ……なるほど、そういうことか。あー、おれまたやっちゃったよ……
 そうか、水時計はこの世界で普通の人なら当たり前に使用しているものなのか。それを知らなかったもんだから、ガゼルは「えっ、こいつ水時計の見方すら分かんないの? ヤバくない? 今までどんな文明未開の田舎いなかに住んでたんだよ?」と思ったに違いない。
 気まずそうな表情で、おれを見つめるガゼル。
 うーむ、おれのせいでいらない気を遣わせてしまったな……
 ……よし!

「いや、気にしないでくれ。ガゼルの困惑ももっともだよな」

 ここはおれがどうにかこの空気を払拭ふっしょくせねば!

「おれが前にいたところだが……別に、そうひどい場所だったわけじゃない。恵まれていたと思う」

 うん、おれが一人暮らししていた地域は別に田舎いなかだったわけじゃないよ! 都内ではなかったけど、交通の便はよかったし、住んでたアパートの近くにはスーパーもあった。学校だって駅二つくらいしか離れてなかったし。

「衣食住や教育は充分に与えられていたんだ。ただ、その……やはり、少し特殊な場所だったから、またおかしなことを聞いてしまうかもしれない」
「タクミ……」

 おれの「か、勘違いしないでよね! 別におれは田舎いなかものじゃないんだからね!」という、必死の弁明。
 おれ的には自己採点百点満点の完璧なアピールだったのだが……何故か、ガゼルは痛ましげな表情になる。
 あ、あれ? なんで?
 やっぱり、途中で「教育は充分に受けてたって言ってんのに、時計の見方が分からないとか、矛盾むじゅんしてね? それ、ただおれがサボってただけって思われるんじゃ……」と考え直し、変に言葉を修正したのが悪かった?
 うーん、もっとちゃんと丁寧に説明するべきだろうか?

「タクミ……分かった、もういい」

 と思ってたら、まさかの途中で話をぶった切られました!
 もういい、ってアレか? 「お前が田舎いなかものな上に、勉強をサボってたのは分かったから、もうそんなに必死になるなよ」ってこと?
 ち、違うんです! 釈明しゃくめいをさせてください!

「お前の事情は分かった。この先、分からないことがあったら、なんでも俺に聞けよ」

 だが、おれがなにかを言うよりも先に、ガゼルが金色の瞳を細めてそう告げた。その視線は決して無知なおれをさげすむものではなく、極めて優しいものだ。
 そして、ガゼルはおれの頭をぐしゃぐしゃとかき回すようにでてから、ベッドを降りて着替え始める。
 …………こ、この男前めー!
 台詞せりふといい、仕草しぐさといい、いちいちカッコいいなぁもう!
 さすが黒翼騎士団の団長……あふれる包容力とオーラがハンパないぜ!
 おれが女の子だったら「ステキ、抱いて!」と言って、そのたくましい胸板に真っ直ぐ飛び込んでいるレベルだ!
 いや、なんでガゼルが黒翼騎士団の団長なのか分かるなぁ。これは確かに入団したくなるぜ、うんうん。
 そうか、こんな洗練された都会的な男の目から見たら、おれみたいなえない若造が田舎いなかものに見えてしまうのも当然だな……
 うーむ、悔しいがおれの完敗ということか。まぁ、田舎いなかものと思われていたほうが、おれが頓狂とんきょうな発言をしてもスルーされて、いいかもしれないし。
 よし! そうと決まったら、気を取り直しておれも着替えをしますか!
 ふふーん、今日の朝ごはんはなんだろうなー。



   SIDE 黒翼騎士団団長ガゼル


 ――そいつは、まるで気配というものを感じさせなかった。
 いつの間に背後にいたのか、俺が気がついたのは、そいつが俺をかばった瞬間だ。
 青年が俺の背中を押した直後、するどとげのついた鉄球がすさまじい風切り音を立てて、頭上を通り過ぎていった。
 その彼は俺をかばったあとも、怖気おじけづく様子や気負きおう素振りも見せず、真正面から海賊かいぞくバドルドと相対する。いともすずしげな、平然とした表情のままで。

「なるほどな……状況は分かった。あとは任せてくれ」
「オイ、聞いただろ、あれは海賊かいぞくバドルドだぞ⁉ どこの誰か知らねェが、無謀むぼうな真似は……」

 ――海賊かいぞくバドルド。
 ここ数年、このリッツハイム魔導王国の西海域を荒らしている海賊かいぞくの首領の名前だ。
 バドルドのモーニングスターの腕前はなかなかのもので、いくつもの商船がその餌食えじきとなっている。俺たちは、そんなバドルドの討伐とうばつを国に命じられてこの海域におもむいていたのだ。
 そう、海賊かいぞくバドルドといえば、この国では知らぬ者のいない賞金首ランクA級の犯罪者だというのに。制止する間もなく、彼は無言のまま、まるで俺をかばうように立って、モーニングスターを振りまわすバドルドに向かっていった。
 そこからの彼の動きはすさまじかった。青年は身体を床すれすれにかがめ、モーニングスターについた鉄球をなんなく回避したのだ。そして、最小限の動きで身体をね起こし、バドルドの間合いに入ったのである。
 彼は手にしていた刀のつかで、バドルドのあごを突き上げた。下からのするどい一撃で、頭をさぶられれば、大の男といえどたまったもんじゃない。バドルドはそのままヘナヘナと膝から崩れ落ちた。

「すげェな、お前」

 気がつけば、俺は彼にそんな声をかけていた。
 青年がゆっくりと振り返り、俺はその容貌にごくっと息を呑んだ。
 こちらを向いたその顔は、意外にもまだ若かった。清廉せいれんな雰囲気をまとい、どこかあどけなさを残している。もしかすると、まだ二十歳にもなっていないのではないだろうか?
 だが、俺が息を呑んだ理由はそれだけではなかった。
 黒髪黒目の容姿に、象牙ぞうげを思わせる奇妙な色合いの肌。
 この大陸では暗い色合いの髪や瞳を持つ人間は希少だ。異国情緒あふれるその容姿は、珍しさも相まって、どことなく不思議な色気を感じさせた。

「おれは……タクミだ。黒翼騎士団の団長だったのか。なら、余計なことをしたな。すまなかった」

 こちらの名前と立場を名乗ると、青年は恥じ入るように俺からそっと目をらす。
 確かに、俺はバドルドとあのまま戦っても勝てる自信があった。こいつの助けは、必要ないといえば必要なかったが……だが、相手に攻撃させる時間を寸分も与えず、こんな短時間で、しかも無傷で勝利する、というのはさすがに無理だ。
 なのに、この青年は自分の実力をおごる真似はせず、それどころか、俺や黒翼騎士団のメンツを気にかけてくれたみたいだった。
 バドルドに挑発的な台詞せりふを告げ、真っ正面から向かっていった人間とは思えないほど謙虚けんきょな姿勢だ。好戦的な性格なのかと思っていたのに、そうでもないらしい。
 もしかすると、戦闘時のみ性格がガラリと変わるタイプなのかもしれなかった。
 ――面白い。こいつは、ぜひともウチの団に入れてェ。
 知らず、口角が上がる。そうと決めた俺は、さっそく青年に誘いをかけた。
「見たところ、お前さんもワケありっぽいしなァ?」とカマをかける。少しぐらいは動揺したところが見られるのではないかと期待したものの、青年はそんな素振りすら見せなかった。ただ、平然とうなずいただけだ。
 いやはや。正直、バドルド相手に大した戦果なんざ期待しちゃいなかったんだが。もしかすると、俺は思いがけない掘り出し物を見つけちまったかもしれねェ。
 だが、そんな高揚した気分も、黒髪黒目の青年――タクミの言葉で霧散むさんすることになる。
 ――奴隷どれい
 タクミの話から、しんがあるのにどこか危なっかしい、彼のアンバランスさの理由が分かった気がした。
 タクミと出会ったその日、黒翼騎士団は駐屯ちゅうとんしていた港町の宿屋の食堂を貸し切って、祝勝会という名の宴会を開く。もちろんそこにタクミもまねいた。そして宴会が終わった後、彼を強引に自分の部屋へ引っ張りこんだ。
 いや、こういう言い方をするとアレな意味に聞こえるかもしれないが、俺はちかってタクミに手を出しちゃいない。タクミと共にベッドで寝たが、本当に言葉通りの意味で寝ただけだ。
 俺にしちゃ珍しいことだ。普段の俺の素行そこうを知っている団員が知ったら驚くな。
 ……いや。そりゃ、下心がなかったかと聞かれると、あるにはあったけどよ。
 昨夜。意外とすんなりと就寝したタクミの顔は、起きている時のするどさや張りつめた雰囲気が消えた、あどけないものだった。そのくせ、黒い前髪が顔にかかるさまは、不思議な色合いの肌と相まってぞくりとするような色気をかもし出す。
 そんなタクミの寝顔をでながら俺も眠りにつき、そして朝を迎えた。
 どうやら夜の内に、無意識にタクミを抱き締めていたみたいだが……まァ、いいよな、これくらい。俺にしては珍しく手を出さなかったんだし、この程度のご褒美ほうびはあってもいい。
 そうして迎えた朝は、これ以上ないほど素晴らしい気分の目覚めを俺にもたらす。けれど、タクミが放った言葉によって、残念ながらそんな気分はすっかり消え失せちまった。

「これ、水時計だったか? どうやって見るものなんだ?」
「…………」
「ガゼル?」

 黙った俺を不思議そうに見つめてくるタクミ。
 いや、だってお前……その質問は、ありえないだろうよ。
 この水時計は、リッツハイム魔導王国だけでなくこの大陸中、いや世界中で使われているものだ。それの見方が、タクミくらいの年齢で分からないなんてことはありえない。

「……なァ、タクミ。答えたくなければいいんだが……。あの海賊かいぞくせんに乗る前には、どういう暮らしをしてたんだ?」

 俺がそう尋ねると、彼は黙ってうつむく。
 その沈黙に、俺は自分の失敗をさとる。

「いや、すまん。ただ、この水時計ならこの国だけでなく……その、この大陸でほとんど使われてるもんだろう? だから、ちょっと気になっただけなんだ。悪かったな」
「いや、気にしないでくれ。ガゼルの困惑ももっともだよな」

 慌ててそう言った俺に、意外にも、タクミは穏やかな表情で答えた。だがそれは、俺に気を遣って取りつくろったものだとすぐに分かった。

「おれが前にいたところだが……別に、そうひどい場所だったわけじゃない。恵まれていたと思う」

 ――ああ、そうか。
 俺は、なんてことを聞いてしまったのか。

「衣食住や教育は充分に与えられていたんだ。ただ、その……やはり、少し特殊な場所だったから、またおかしなことを聞いてしまうかもしれない」
「タクミ……」

 タクミの立ち振る舞いは、洗練された者のそれだ。清潔な身なりを見ても、こいつに教育を与えた『誰か』がいたのはすぐに分かる。
 だが、その『誰か』が、タクミにほどこした教育はかたよったものだったらしい。
 今にして思えば、昨日の宴会でも、タクミは食堂や団員たちの様子、出された食べ物なんかを珍しそうに見ていることが多かった。
 ただの農民を奴隷どれいのためにさらったにしては、あまりにもちぐはぐだ。それが意味するところはつまり、タクミ自身が元々『商品』となるべく育て上げられていたということである。
 実は昨夜から、その可能性はちらりと頭にあったのだ。それがいよいよ確信に変わる。
『誰か』――外の世界につながる常識は与えないのに、教育や作法だけをタクミに叩き込んだそいつ。恐らくその正体は、奴隷どれい商人だろう。
 リッツハイム魔導王国では奴隷どれい制度は違法になって久しいが、裏の世界や闇ギルドでは未だに奴隷どれいの売買が横行している。
 タクミは、この大陸じゃ珍しい黒髪黒目だ。三百年前に魔王討伐とうばつを果たした勇者が、そういった容姿の持ち主だったらしいが、それ以降はこの大陸でそういう色を持った奴が生まれたって話は出ていない。そんなお伽話とぎばなしの登場人物みたいな人間なら、それだけで高く売れるだろう。
 そして、さらに高値をつけたいなら、奴隷どれいに最低限の教育や作法を叩き込んでおいたほうがいい。
 奴隷どれいを買う王侯貴族の中には、囲っているせい奴隷どれいにもマナーを求める奴が多い。昼間は文官の真似事をさせておいて、夜にしとねで乱れさせるのがたのしいんだとか。
 ……チッ、吐き気がする。こりゃあ、このことはまだ俺の胸の内に秘めておくべきだな。
 特にフェリクスやイーリスはタクミを気に入ってたからなァ……こんなことを話したら、暴走して奴隷どれい商人狩りを始めかねない。
 まァ、俺もその案には賛成だが、いかんせん時期が早い。
 どうせやるなら徹底的に、跡形も残らないぐらいに殲滅せんめつしときたいしなァ?

「お前の事情は分かった。この先、分からないことがあったら、なんでも俺に聞けよ」

 俺はタクミの言葉を途中でさえぎると、彼の頭をがしがしとでてベッドを下りる。
 彼の髪の毛はやわらかくて指通りがよく、まるで猫でもでている気持ちになる。
 ……しっかし、タクミの奴。
 俺がこういうふうに触れても嫌がる素振りがないし、なんっか無防備なんだよなァ……
 されるがままの彼を見ていると、守ってやりたいという庇護欲ひごよくと……その顔が快楽にあえぐところを見たいという嗜虐心しぎゃくしんが、同時に湧き上がってくる。
 これは俺だけでなく、男ならほとんど誰でも感じるものだろう。それが彼の珍しい容姿のせいか、言動のせいかは分からんがな。
 ……なにか間違いが起きる前に、タクミにくぎをさしておくか。
 うちの団員なら大丈夫だと思うが、市井しせいには自分に気があるのだと勘違いする奴も出るかもしれねェ。
 俺の前でだけなら大歓迎だが、他の奴らの前でもそんな調子だと困るからな。
 俺は着替えながら、今後について思いをめぐらせるのだった。


   ◇


 さーて、今日もいい天気だ!
 黒翼騎士団と共に港町を出発したおれは、リッツハイム魔導王国の王都、リッツハイム市へ向かうことになった。天候はいい感じの晴れ模様。太陽の光が暖かい。
 港町から王都への道のりは、馬でおおよそ一週間から十日程度だそうだ。まぁ、その間にモンスター討伐とうばつをこなしたりするんだろうから、もっと時間がかかるとは思うが。
 ちなみに、今いる黒翼騎士団の団員はざっと二十名。王都に戻れば常駐している団員がいるので、彼らを含めると四十人ほどらしい。
 そんなこんなで、おれたちは今、馬に乗って王都への道のりを進んでいるというわけだが……
 もちろん、おれが馬なんかに乗れるはずがない。
 なので、ある人の馬に一緒に乗っけてもらっている。

「――大丈夫ですか、タクミ? 痛いところはありませんか?」
「大丈夫だ。その……手間をかけさせてすまない、フェリクス」
「お気になさらず。それに、これぐらいのこと、手間というほどのものでもありません。それにしても、タクミは私の後ろでよかったのですか? 前に座って頂いたほうが景色もよく見えるし、疲れないかと思ったのですが」
「いや、そこまで気を遣ってもらうわけにはいかない」
「そうですか……残念ですね」

 背後に乗っているおれを軽く振り返りつつ、にこっとさわやかな笑みを浮かべるフェリクス。
 そんな彼の色素の薄い金髪が陽射しでけて、星みたいに輝いている。
 ――そう。おれは今、王子様のごときイケメンな副団長様の後ろに、相乗りさせてもらっているわけである。
 うわあああ、マジで申し訳ない‼
 っていうか、黒翼騎士団の人たち、皆いい人過ぎじゃない?
 おれみたいな怪しさ満点の人間に同情して、王都に一緒に連れていってくれるどころか、副団長様が「私の馬であれば二人乗りに適しているでしょう」とか言って、相乗りさせてくれるんだぜ?
 し、親切過ぎるでしょ……。心なしか、ゲームの中よりも親切度が上がっている気がするぞ。というか、ゲームではもっと、主人公に対してツンツンした態度だったと思うんだけどなぁ。
 ガゼルとイーリスも、「フェリクスの奴、上手いことやったなァ。俺だってタクミを乗せたかったぜ」とか、「団長は指揮しきがあるでしょーが! アタシだって、タクミと相乗りしたかったわよ! でもアタシの仔、二人乗りは嫌がるのよねぇ……」なんて言っていたし。
 うーん。不可抗力とはいえ、おれみたいな密入国者に、なんでそんなに親切にしてくれるんだろう……?
 大丈夫? ちょっと皆、お人好し過ぎない?

「この調子でいけば、日が暮れる頃には次の村に着けそうですね。今夜は野宿をしないで済みそうです」

 黒翼騎士団の一団は、王都へ続く街道を一定の調子で走っている。今、黒翼騎士団が目指しているのは、トミ村という農村だ。この農村に日が暮れるまでに辿り着くのが目標だそうだ。

「私たち黒翼騎士団は、上から団長・副団長・軍師・参謀さんぼうとなっています。それ以外の騎士団員は侍従、要撃班、偵察ていさつ班などに分かれているのです」
「なるほど。今、王都に残っているメンバーは何班にあたるんだ?」
「彼らは侍従に当たります。黒翼騎士団の雑務や会計などをになってくれていますね」

 フェリクスは馬をあやつりつつ、分かりやすく要点をまとめて、おれに黒翼騎士団の構成を説明してくれる。

「黒翼騎士団の団長はガゼル、副団長は私、そして軍師はイーリス、参謀さんぼうはラッセルという者になります」
「そうなのか。――っ?」

 なごやかな会話の最中、おれが不意に身体を強張らせたため、フェリクスが不思議そうな声音で問いかけてきた。

「……タクミ? どうかしましたか?」
「――静かに、フェリクス」

 こちらを振り返ろうとするフェリクスを制止する。
 フェリクスは気がついていないようだが、彼の後頭部に小さなはちが留まっていた。
 小さい体躯たいくと、黄色と黒の縞模様しまもようからして、ミツバチに近い種類みたいだが……それでも、刺されるのはフェリクスだって嫌だろう。アナフィラキシーショックの危険性もあるしね。
 おれはフェリクスに静かにするように告げると、そのままズボンのポケットに手を伸ばす。うーんと、ここに確かハンカチが入っていたと思うんだよな。はちを刺激しないように、ハンカチでそっとフェリクスから離そう。
 だが、おれがズボンのポケットに手をかけた瞬間――

「――GAAAGUUUUU‼」

 街道の横合いの森から、金属がこすれ合うのに似た不快なうなり声が響いてきた。
 ついで、緑色のロープのようなものが、おれとフェリクスが乗る馬に迫ってくる。

「ぐっ⁉」

 フェリクスが秀麗な顔をゆがめつつ、素早く手綱たづなを引いて馬を巧みにあやつりロープをかわす。だが、咄嗟とっさの動きについていけなかったおれは、見事にバランスを崩した。
 なんとかしがみつこうと、手を伸ばし、馬にせていたおれの刀のつかつかむ。刀はすっぽーんとさやから抜けてしまい、おれは見事に落馬する羽目はめになった。
 ――くっ、そ! なんとか、受け身だけでも取らねば!
 地面に叩きつけられる衝撃に備え、頭だけでもかばおうとした、その時――
 手にした刀が、なにかに引っかかった。そのまま、おれは宙ぶらりんの状態になる。
 おお! なんかよく分からないけど、助かった!
 ……でも、なにが引っかかったんだ?

「GAGUGUGUA!」
「――っ!」

 って、モンスターじゃねぇか!
 おれの正面にいたのは、頭部に大きな花を持ち、つたでできたいくつもの触手をぐねぐねとうごめかせているモンスターだった。つたは太く、大きいものはおれの太ももほどあるんじゃないだろうか。
 先程、おれとフェリクスをおそった緑色のロープのようなものは、こいつの触手だったのだろう。

「ジャイアントフローラ⁉」
「なんで、こんなB級モンスターがここに⁉」
「――落ち着け! 侍従や偵察ていさつ班は下がれ! それ以外は全員構えろ!」

 おれの背後で、黒翼騎士団の騎士団員たちがざわめく声が聞こえる。
 が、動揺が走ったのは束の間のことだった。ガゼル団長のかけ声で、彼らはまたたく間に落ち着きを取り戻す。おれは背を向けているため見えないが、団員たちが、ぶわりと殺気をみなぎらせたのが気配で分かった。
 おお、なんて頼もしい……!
 そしておれ、この位置だとすげぇ邪魔ですね、すみません! 皆の邪魔にならないようにさっさと退かないと!
 焦ったおれは、手に持った刀を無理くりに動かして、触手から抜こうとする。
 ――が。なんと、勢いあまって、ジャイアントフローラの触手をすっぱーんと綺麗に切断してしまったのだ。

「――GAGUAGUA⁉」

 触手を切り落とされたジャイアントフローラは、痛みに叫び声をあげた。おれは宙ぶらりんの状態から解放され、地面に着地することに成功したものの、怒り心頭であろうジャイアントフローラがすさまじい勢いで突っ込んでくる。


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