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IFルート

【IFルート 白翼騎士団入団編】 後編

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「――それではタクミ。私はすぐに戻るから待機していてくれ」
「ああ、分かった」

 こくりと頷き、リオンと副団長さんの背中を見送る。
二人は今度の合同演習が決まった緑翼騎士団の団長へ、挨拶に行くのだ。
確かにおれがついていったら邪魔になりそうなので、大人しく待っていよう。

 ――おれが今いるのは、リッツハイム市の中央部に位置する王立裁判所だ。

 ここはリッツハイム魔導王国の最高裁判所にあたる場所だそうで、白灰色の石造りの建物は見るからに荘厳な雰囲気を醸し出している。
 平時はここで裁判を行うそうなのだが、月に1度だけ、王立騎士団の人間が集まり、この建物で合同会議を行っているとのこと。

 白翼騎士団がこの合同会議に参加する際には、団長と副団長、団員一名が参加するのが慣例になっているそうなのだが、なぜかその参加メンバーにおれが抜擢されたのである。
 ……舞踏会に続いて、どう考えてもおれでは場違いだと思うので、明らかにミスチョイスだと思うんだけどなぁ。

 まぁ、もう合同会議は終わったんだし、あとは帰るだけなんだ。
リオンと副団長が戻ってくるまで、邪魔にならないところで二人を待って――っと、

 あれは、確か……

「…………」

 部屋の中にいた、一人の青年。
 輝くような金髪に、アメジストのような紫色の瞳。
漆黒の布地に金糸の刺繍が入った、騎士団の隊服に身を包む姿は、騎士というより、まるでおとぎ話に出てくる王子様のようだ。

 その青年は、注ぐ視線におれが気づいたのが分かると、迷いのない足取りでこちらに歩み寄ってきた。

「お久しぶりです」
「……ああ。久しぶりだな、フェリクス」
「貴方は……白翼騎士団の団員だったのですね」

 おれが身に纏う純白の白翼騎士団の隊服を見て、フェリクスが戸惑った顔をしている。

 あ。そういや、白翼騎士団って基本は貴族しか入らない騎士団なんだっけ。
おれみたいな、見るからに平凡な平民が白翼騎士団の団員と知って、さすがのフェリクスもビックリしたんだろうな。分かるよ、うんうん。

 おれの入団については「騎士団の垣根をなくす一歩であり、先々代の陛下の想いを継ぐ行いであり、リオン団長の英断を讃えたい」って、さっきの合同会議の時に国王陛下が言ってたから、悪いことだとは思われてないみたいだけど……

『騎士団の垣根』とか、『先々代の陛下の想い』がどういう意味なのかはさっぱりなんだけどね!
あとでどういう意味なのかリオンに聞いておこう。

「お、フェリクス。彼がお前の言ってた謎の青年ってヤツか?」

 と、フェリクスの背後から、ひょこりと顔を覗かせた男性がいた。

 ワインレッド色の髪に、肉食獣の眼差しを思わせる金色の瞳を持つ男性だ。
フェリクスと同様に黒翼騎士団の隊服を着ているが、フェリクスよりも胸元を開けていささかラフに気崩している。だが、それはだらしのないという印象を与えず、むしろ、男性の持つ魅力を最大限に発揮していた。

うわぁ、黒翼騎士団の団長のガゼルだ!
さっきの会議の時に遠くからは見ていたけど、まさかこんな近くで見られるとは!

フェリクスとガゼル、二人をこんなに間近で、しかも会話してるところが見られるなんて感激だ……!
た、頼んだらサインとか貰えるかな!?

あ、そうだ。
黒翼騎士団といえば、あのイベントはどうなったろう。
前にフェリクスに、舞踏会でアドバイスはしておいたけれど……

「村はどうだった?」

おれが問いかけると、フェリクスがはっと紫水晶色の瞳を見開いた。
そして、ガゼルの纏っていた空気も、なぜかピリリと張り詰めたものへと変わる。

え? なにこの空気?

「……あなたの忠告は本物でした。おかげで、トミ村への襲撃を我々で食い止めることが出来ました。農作物に多少の被害が出ましたが、村人への被害はありません」
「そうか、よかった……」

フェリクスの言葉にほっと安堵の吐息をつく。
それをみたフェリクスが、少し困惑したように眉をひそめた。

「ですが、教えて下さい。なぜ、あなたは未来が予知できたのですか?」

……はい? 未来?

「そうだぜ。それに、俺達に内密に下ったばかりの海賊討伐命令についても詳細を知ってたそうじゃねェか」
「あなたは――何者なのですか?」

…………。

…………そうだったぁ!!!!

 おれ、この前の舞踏会の時にフェリクスから逃げるように去ったのは、ここら辺のことについて突っ込まれないようにするためじゃん!

ば、馬鹿! おれの馬鹿!
フェリクスが寄ってきた時点で逃げておくべきだった……!

 村が助かったかどうかって事がすごく気がかりで、フェリクスに村のことを聞くのに専心しすぎて、そこら辺をすっかり失念してしまった……!
あと、フェリクスとガゼル、二人が揃ってる光景にテンションが上がりすぎてたね!

もうこの状況じゃ逃げられないじゃん!
おれののことも身バレしちゃってるし……!

どうしよう、と思いながら、フェリクスとガゼルをちらと見つめる。

 フェリクスはおれと視線が合うと、なぜかほんの少し頬を赤らめた。
なんだろう? でも、さすがフェリクスはそんな表情でも変わらずイケメンだね!
素直に羨ましいぜ!

 しかし、どうしたもんかな……。
と、とりあえず、おれは未来予知なんて大それたことは出来ないと伝えなければ!

「あれは――予知というほどのものじゃない」
「それは、どういう……?」
「ある筋から、そういう情報を得ただけだ。あの地域でのモンスターの活動が活性化しており、被害が出る恐れがあるとな」
「……俺達に下った勅令の内容を知っていた理由は?」
「それもある筋からの情報だ」

こ、これはひどい……!

 ガゼルとフェリクスが困ったように顔を見合わせている。マジで申し訳ない。

 いや、その、だって……「前の世界でプレイしてたゲーム知識でモンスター襲撃の情報とかはわかってただけで、未来予知とかしたわけじゃないですよ!」っていうのを、ゲームうんぬんを伏せて説明すると、どうしてもこういう形にしかならないんだよ……!

「ある筋、ってのは?」

あっ、でもガゼルさんはノってくれるっぽい!
ありがとうございます、ありがとうございます!

「おれがリッツハイムに来る前に、とある場所から得た知識、と言っておこうか。だから白翼騎士団の皆に聞いても無駄だぞ」

モンスターうんぬんについては、おれのゲーム知識からの情報だからね!
リオンとかに聞いても、彼は何も知らないからね!

「ある筋、ね」
「……モンスターの行動予測を可能とし、リッツハイム魔導王国の騎士団内部の情報すら把握している組織ですか……」

ん? 組織?
あれ、なんか今、フェリクスさんの口から不穏な単語が出てきたような気が……

「タクミ!」

――フェリクスに聞き返そうとしたが、それよりも先に声をかけてきた者がいた。

白翼騎士団団長、リオンだ。
その後ろで副団長さんも、困惑したような表情でおれ達三人を見つめている。

やったー、ナイスタイミングですリオンさん! 大好き!
これは、この気まずい場を離脱する、またとないチャンス!

「すまないが、団長が来たのでおれは失礼させてもらおう」
「……あ、あの!」

リオン達の元へとそそくさと行こうとしたおれの手を、ぱしりとフェリクスが掴んだ。
フェリクスはどこか焦ったような表情で、おれをじっと見つめている。
な、なんでしょうか?

「……貴方のお名前は、タクミというのですね」
「あ、ああ」

 あー、さっきのリオンの呼びかけで聞かれちゃったか。
でもどうせ、調べればすぐに分かるだろうしな。白翼騎士団の団員で平民って、おれ一人しかいないしね。

「……タクミ。まだ、貴方にお礼を言ってませんでしたね。貴方のおかげで数多くの人が助かりました。ありがとうございます」

 何を言われるのかと身構えたが――フェリクスが真っ直ぐにおれを見つめながら告げたのは、ただのお礼の言葉だった。

 強張っていたおれの肩から力が抜け、同時に、ふっとおれの顔に自然と微笑が浮かぶ。
 それを見たフェリクスの頬が、先ほどと同じようにほんのりと赤く染まった。
さっきからどうしたんだろう。もしかして風邪かな?

「礼を言うのはおれの方だ。おれなんかの言葉を信じてくれて……村を助けてくれてありがとう」
「……タクミ……」
「では、また機会があったら会おう」

 やんわりとフェリクスの指をほどき、リオン達の元へと向かう。

 おれを迎えたリオン達がいぶかしげな顔をして「黒翼騎士団の者と何を話していたのだ?」と聞いてきたので、「ただの世間話だ」と答えた。

……あー、本当に緊張した!!!

今度からもっと考えて行動しないと、自分の首を締めるはめになるなぁ。
……そういやさっき、フェリクスが変なことを言ってたよな? 組織がどうとか。

まぁ、そんなに大したことでもないだろう、うん。

それより、最後はけっこう穏やかな雰囲気で別れられたし、今度会えたら、その時はガゼルとフェリクスからサイン貰いたいな!





「……タクミ」

 その名前を唱えると、舌の上にどこか、甘い味を感じるような錯覚を覚えた。
花の蜜のような、それでいて透きとおるような清涼感のある感覚だ。

「惚れたか?」

 彼の名前を繰り返す自分を見て、ガゼル団長がからかうように言った。

「そうではありません」と苦笑をして答えたものの、その言葉は自分でも分かるほどに白々しかった。
ガゼル団長もそれが分かっているのか、あまり深く追求はせずに話題を次のものへと切り替える。

「にしても、近くで見たら凄まじかったな。黒髪黒目なんて初めて見たぜ」
「……ええ」

 彼と初めて会ったのは――貴族の子息が集まる舞踏会の会場の、中庭だった。

 夜闇に紛れて星を見上げる横顔を、今でも鮮明に覚えている。
真っ黒な空間に浮かぶ不思議な色の肌が、とても艶かしく見えた。

……あの時は、暗い場所での邂逅だったので、彼の瞳や髪の色がよく見えなかったが、まさか漆黒の髪と瞳を持っているなんて……

この世界の人間で、黒髪黒瞳の者はほとんどいない。
300年ほど前に、魔王討伐をした勇者が黒髪黒目の容姿だったという伝承が残っているくらいだ。

「あの容姿にくわえてモンスターの行動予測の知識がある、と来た。しかも、白翼騎士団に初入団した初の平民か。いや、すげェな本当に」
「……ある筋から情報を得ている、と言っていましたね。他国の諜報員という可能性はあるでしょうか?」
「とも思えねぇんだよなぁ。何せ、あの容姿だぜ?」
「そうですね。確かに、黒髪黒目というだけで諜報員としては目立ち過ぎてしまいますね」
「それに知ってるか? タクミがドルム家を後ろ盾にしたっていう経緯なんだがな。ドルム家のご令嬢――つまり、あのリオンの妹だな。ご令嬢が馬車で移動をしている最中に、B級モンスターの群れから襲撃を受けたらしい。護衛の白翼騎士団も傷を受け、あわやという所で――あのタクミって青年が、身を挺して助太刀に入ったそうだぜ」
「それは……知りませんでした」

ガゼル団長の言葉に驚く。

「しかもそっから、鬼神のごとき戦いっぷりで、一人でモンスターの群れを倒しちまったらしい。その恩を受けてドルム家が後ろ盾になり、しかも、白翼騎士団への入団をリオンが直々に推薦したそうだ」
「……諜報員にしては目立ちすぎですね」
「というか諜報員にしておくには、もったいないぐらい強いよなァ」
「……それに、タクミは私たちの妨害をするどころか、逆に忠告をくれましたからね。あれがなければ、村はモンスターに襲撃をされていたでしょう」
「そうなんだよなァ……諜報員にしては、なんつーか……優しすぎるんだよな」

 しかし、諜報員でないとするなら、色々と疑問が残るのだ。

 あの黒髪黒瞳の容姿で、B級モンスターに一人で立ち向かえるほどの強さならば、国外問わず、すぐに噂にあがるはずだろう。
 ガゼル団長も同じことを考えていたのか、「今まで人の目につかないように、徹底的に隔離されていたとしか思えねェな」とぽつりと呟いた。

「……ある筋、と言っていました」
「モンスターの行動予測なんて研究を進めてるんならかなり大掛かりな組織だろうな。しかも、リッツハイム騎士団内部の情報にすら精通しているときた」
「成果から言って、恐らくは貴族以上の立場の者がバックについた、秘密裏の組織というわけですか」
「組織からこの国へ派遣されたのか、それとも、その組織から脱退したのかは分からんが……。放ってはおけないな。イーリスにそれとなく探らせてみよう」

ガゼル団長の言葉に頷きを返す。
だがその一方で、自分は彼――タクミのことを、悪い人間でないだろうと心のどこか信じていた。


『村はどうだった?』
『そうか、よかった……』


――彼は、村のことを真っ先に聞いてきた。
そして、村が無事だったことを聞いた時の――


『礼を言うのはおれの方だ。おれなんかの言葉を信じてくれて……村を助けてくれてありがとう』


……あの時の、優しく、そして寂しげな微笑みが、私の胸に焼き付いている。

「タクミ……」

もう一度だけ、彼の名前を唇にのせる。

こんなに強い気持ちを他人に抱いたのは、生まれて初めてのことだった。
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