異世界でのおれへの評価がおかしいんだが

秋山龍央

文字の大きさ
49 / 82
永遠の愛を誓います

永遠の愛を誓います-1






 父さん、母さん、兄さん。 皆元気で暮らしているでしょうか?
 ある日突然、異世界にひょっこり来てしまったおれですが、なんとか元気でやっています。
 職場の人たちがとても優しくて親切なので、元の世界よりもうまくやれているかもしれません。
 モンスターの群れと死闘を繰り広げたり、魔王と遭遇したりと、 大変なことも色々あったのですが、周囲のおかげでなんとか乗り越えられました。
 さて。話は変わるのですが――異動願いって、どう書けばいいでしょうか!?

「へへへ、黒髪黒目なんて珍しいなぁ……競りに出せばなかなかいい値がつきそうだぜ!」

 おれの前に立ち塞がるのは、薄茶色の衣服の上にプレートメイルを身に着け、ふさふさとしたヒゲを生やした男だ。がっしりとした身体つきは縦にも横にも大きい。
 そんなヒゲモジャおじさんは舌なめずりをしながらおれの顔を見る。
 その視線に嫌悪感を覚え、正直、今すぐにきびすを返して逃げたい気持ちに襲われたが、そういうわけにもいかない。
 おれは今、護衛の任務中だからだ。
 そう、護衛の任務――おれの所属する黒翼こくよく騎士団に下されたのは、このリッツハイム魔導王国の隣国、オステル国の貴族の馬車の護衛だった。
 この貴族、バーナード・オッドレイさんはポーションの販路をオステル国に開くために王都に滞在している。ポーションは、ここ最近、リッツハイム魔導王国で生産され始めた霊薬である。
 今までこの世界では、人の怪我を治すのには治癒魔法が主流であったため、治癒魔法を使える人材を確保するのがどこの国でも大きな課題となっていた。それが、このポーションは正しい方法で錬成されれば、魔法に頼ることなく怪我を治すことができるのだ。その効果を知った他国は、こぞってリッツハイム魔導王国のポーションを求めるようになっていた。
 オステル国の貴族、オッドレイさんもその一人だ。今回は、そのお仕事のために王都を出て、隣の市へ向かうということで、おれたち黒翼騎士団が道中の護衛を任されたのだが……

「……やれやれ、野盗とはな。今回の任務は比較的、安全だと聞いていたんだが」

 思わずため息をつくと、おれの前に立ち塞がるヒゲ男が「なんだ、観念したのかあ?」とニヤニヤした顔で尋ねてきた。

「一つ聞いておきたいんだが、お前たち、何故この馬車を襲う?」
「あぁ? なに言ってんだオメー」

 ヒゲ男に尋ねながら、ちらりと周囲の様子をうかがう。
 隣市へ向かう街道の真ん中に、オッドレイさんの三台の馬車が止まっている。装飾の豪華なそれには雄々しい馬が二頭ずつ繋がれている。だが、その周囲では黒翼騎士団の団員と野盗たちの戦闘があちこちで行われており、馬車だけがこの場から離脱するのは困難そうであった。
 つまり――今、おれを助けに来られそうな騎士団員もいないっぽい。くそぅ!

「もしも、お前たちが生活に困窮こんきゅうして、仕方がなくこの馬車を襲ったというのであれば、おれたちが手を差し伸べることができるかもしれない。一体どうして、この馬車を襲うんだ?」

 おれを助けに来てくれそうな人もおらず、かといってこの場を逃げ出すことも立場上できないので、ひとまず会話をして時間を稼いでみるぜ!
 だが、やっぱりというか、あまり会話は長続きしなかった。
 おれの言葉を聞いたヒゲ男は、小馬鹿にしたような野卑やひな笑い声をあげたのだ。

「なんだよ、そりゃ! おいおい、可愛子かわいこちゃんは考えることも可愛いなぁ、ぎゃははは!」
「ならば、生活に困窮こんきゅうしているわけではないと?」
「へっ、金が多いところからブン盗るのは当たり前のこったろ? 今は特に、リッツハイム製のポーションはどこの国に持っていっても高値で売れるからよ。楽して金を稼ぐ方法があるんだ。真面目にあくせく働いてなんになるよ?」
「……そうか」

 うーむ、そういう感じだと、残念だが彼との和解は難しいな。
 落胆に肩をすくめると、ヒゲ男はいやらしい笑みを深くし、蛞蝓なめくじのようなぼってりとした舌で自身の唇を舐め上げた。

「なんだ、怒らねぇのか? へへ、つまんねぇなぁ。こういう風にあおれば、血の気の多いヤツはすぐカッとなって真正面から飛び込んでくるんだけどなぁ」
「ふっ。あいにく、おれは臆病おくびょうな性質でな」

 そんな勇猛果敢な人がいるの? すごいね!
 真正面から切りかかるなんて、チキンなおれには絶対無理です!

「……へっ。どうやら見た目通りの可愛子かわいこちゃんじゃねェみたいだな。少し本気になるとするか」

 だが、おれの返答にヒゲモジャさんは一転して真剣な表情になると、その腰にいていた大鉈おおなたを手に構えた。
 って、いきなりなんで!?
 いや、あの、少しも本気にならなくていいんですけど……!

「――ハァッ!」

 困惑するおれをよそに、大鉈おおなたを片手に携えたヒゲ男が突っ込んでくる。
 おれは慌てて横に避けて大鉈おおなたをかわそうと思ったところで――背後に、護衛対象の馬車があることにハッと気が付いた。
 このまま避ければヒゲ男が馬車に突っ込む形になる。それはまずい。

「っ……!」

 あせってその場に踏みとどまったおれは、変に力が入ったせいで、足をもつれさせる羽目になった。
 対するヒゲ男は、おれが避けるかと思いきや、その場に踏みとどまったのが予想外だったらしい。意図せずフェイントをかけた形になり、バランスを崩したおれは、ヒゲ男に思いっきりぶつかった。

「ぐ、ぉっ!?」

 め、めちゃくちゃ痛い!
 大鉈おおなたを握りしめていたヒゲ男の手に、おれの肘が勢いよくち当たったのだ。
 だが、その衝撃でヒゲ男の手からは大鉈おおなたが離れた。地面に転がった大鉈おおなたは、体勢を立て直そうとしたおれのブーツの爪先に当たり、離れた場所に飛んでいく。
 こっちも痛い! 肘と爪先がじんじんする……!

「ッ、てめぇ……!」

 手の甲を真っ赤にらし、徒手になったヒゲ男がおれを鬼のような形相ぎょうそうで睨みつけてくる。
 あわわわ、めっちゃ怒ってる!
 憤怒の表情でおれに掴みかかろうとしてくるヒゲ男だったが、彼の手がおれに届く前に、横合いからがしりと掴まれた。

「ぐっ!? テ、テメェは……!」
「観念しな、お仲間は全員捕まえたぜ。それに、こいつはテメェなんかが気軽に触れていい奴じゃないんでね」

 現れたのは、少し離れた場所で野盗たちと戦っていたはずのガゼルだった。
 彼はガゼル・リスティーニ――ワインレッドの髪と金色の瞳を持つ、長身の美丈夫だ。よく日に焼けた、筋骨たくましい肢体は同性でも見惚れてしまうくらいだ。そして、彼こそがおれの所属している黒翼騎士団の団長である。
 いつの間にか馬車の陰に移動していたらしいガゼルは、おれに襲いかかろうとしたヒゲ男の手を掴んで止めてくれたのだ。
 なんて素晴らしいタイミング! 大好きだぜ、ガゼル!
 ガゼルは素早い手つきでヒゲ男の手をひねり上げると、あっという間に地面に組み伏せた。

「――ガゼル団長、あとは私が」
「ああ、頼む」

 ついで、おれたちのもとに近づいてきたのはフェリクスだった。
 彼は、フェリクス・フォンツ・アルファレッタ。
 このリッツハイム魔導王国を守護する黒翼騎士団の副団長。さらさらとした金色の髪に紫水晶色の瞳を持つ、白馬の王子様というフレーズがぴったりの美青年である。
 フェリクスは手に持った荒縄で、地面に組み伏せられたヒゲ男を手早く縛り上げる。
 周囲を見れば、ガゼルとフェリクスだけでなく、他の団員もそれぞれ野盗の捕縛をあらかた終えていた。
 どうやら手間取っていたのはおれだけのようだ。ご、ごめん、皆……

「ガゼル、フェリクス。助かったよ、ありがとう」

 おれがそう言うと、ガゼルが白い歯を見せてにかりと笑い、おれの背中をばしんと叩いた。

「そりゃこっちの台詞せりふだぜ、タクミ。お前が馬車を一人で守って、この頭目を抑えててくれたからな。おかげでやりやすかったぜ」
「…………頭目?」
「はは、とぼけんなよ。この男が一番装備がいいし、体格もいいじゃねェか。一目瞭然だろ?」

 と、頭目って……ちょっと待って、このヒゲ男がこの野盗たちのボスってこと!?
 確かに言われてみれば、この人の装備が最も豪華だし、持ってる武器も一番カッコいい。
 ど、どうして気付かなかったんだ、おれは。
 でも、もしも知っていたら、いの一番に逃げ出して皆に助けを求めていただろうから、気付かなくてよかったのか?
 ガゼルに引きつった笑みを向けながら会話をしていると、ヒゲ男の捕縛を終えたフェリクスがこちらにやってきた。

「タクミ、お疲れ様でした。さすがのお手並みでしたね」
「ああ、フェリクスもお疲れ様」
「ですが、貴方があの男を挑発し始めた時は、少し肝を冷やしましたよ。どうか、ほどほどになさってくださいね」
「……ふっ、冗談はやめてくれ。挑発なんて、このおれがすると思うか?」

 おれの返答に苦笑いを浮かべるフェリクス。
 あれっ、もしかしておれの聞き間違いだったか? フェリクス、もしかして今、「命乞いはほどほどにしてくださいね」って言ったのかな?

「そうだなァ。あんな男じゃお前の相手にゃならねェだろうが、それでもあんまり一人で気負うなよ? お前があいつを一人で引きつけてくれてる間に、俺らは分散した仲間を倒すだけだったから楽に戦えたけどよ」
「……ガゼル、おれにそんな器用な真似ができると思うのか? ただの偶然だよ」
「まぁ、タクミがそう言うんなら、そういうことにしておくけどよ。本当に、あまり無理はすんじゃねェぞ」

 無理もなにもない。だって、本当にただの偶然なのだから。
 まぁ、偶然でもなんでも、それが結果的に騎士団の皆の役に立ったのならオッケーかな。
 うん、オールオッケーということにしておこう!
 そんな風に、おれがガゼルとフェリクスとの会話を終えた頃には、すっかり野盗たちの捕縛が終わっていた。彼らをその場の木に縛り付け、見張りを立てた後に、再び陣形を整えて馬車の護衛へ戻る。
 王都、リッツハイム市に野盗捕縛の連絡は飛ばしてあるので、そう遠くないうちに王都に残っている黒翼騎士団の皆が引き取りに来るだろう。
 当初の予定通り護衛に戻ったおれは、馬に乗ると空を見上げた。今日は雲一つない、とても素晴らしい快晴だった。空気はどこまでも澄み渡っている。
 そして、遠くに見える山々の頂点は、まるで粉砂糖をふりかけたように真っ白に染まっていた。

「……だいぶ肌寒くなってきたなぁ」

 先ほどの戦闘で身体の芯は火照ほてっているものの、頬を撫でる風はとても冷たい。
 熱くなった身体に涼やかな北風は心地よいが、それは、季節の変わり目が到来したことをおれに教えていた。
 これから、冬が来る。
『チェンジ・ザ・ワールド』のストーリーではついぞ描かれなかった――新たな季節が訪れるのだ。それだけの月日をこの国で過ごしてきたのだと考えると非常に感慨深い。
 そんなことを考えながらもおれたちは任務を遂行し、気付けば日が暮れていた。
 隊舎に戻って疲れたな……と思っているうちに、あっという間に眠っていたのだった。
 ――おれが元の世界ではまっていたゲーム、『チェンジ・ザ・ワールド』。
 ストーリーはオーソドックスなファンタジーもので、救世主として召喚された主人公が、平和のために魔王と戦うというのが大筋だ。
 主人公はある日、リッツハイム魔導王国で行われた召喚儀式によって『救世主』としてこの異世界に召喚された。主人公は戸惑いながらもこの国の人々と交流を深め、時には恋愛関係になったり、耐え難い別れを経験したりしつつ、人間的な成長を遂げ、最終的には魔王との決戦に挑む。
 主人公がストーリーの中で選ぶ選択肢によってエンディングが分岐するため、魔王と和解するルートもある。これは、魔王の正体を知った主人公が、魔王を改心させて説得に持ち込むというものだ。このルートだと主人公と魔王はリッツハイム魔導王国を離れて他国に行くか、主人公が元の世界へ戻ることになる。
 元の世界へ帰る際には、一番好感度の高いキャラクターとリッツハイムの王城で二人きりで最後の時を過ごす。その翌朝に主人公は送還の儀式によって元の世界へ戻る。
 元の世界は、召喚された時点から時が止まっていた。
 主人公は立ち止まると、夏空に浮かぶ入道雲を見上げ、自分が過ごした異世界に最後にもう一度だけ想いを馳せて――というエンディングだ。そして……

「お、初雪だな」

 馬車の窓から外を見ていたガゼルが、そんなことを呟いた。その言葉にはっと我に返る。ついついぼーっとしてしまったようだ。
 昨日の護衛任務は無事に終了し、今日はめでたく休養日だ。おれはガゼルとフェリクスに連れられて、こうして馬車に乗ってどこかへ向かう最中である。
 おれはガゼルに身を寄せるようにして窓の外を覗き込んだ。確かに、ねずみ色の空からちらほらと白いものが舞い降り始めていた。昨日の護衛任務の時に、寒いとは思ったんだよなぁ……

「本当だ。どうりで寒いはずだ」

 おれが窓の外を見ていると、向かいに座っていたフェリクスが手を伸ばして、首に巻いた襟巻を巻き直してくれた。

「ありがとう、フェリクス」
「いいえ。今度、冬用の外套がいとうも新しく買いに行きましょう」
「今持っている外套がいとうで充分だぞ?」
「いいえ、いけません。タクミが風邪をひいては困ります」
「そうだぜ、タクミ。リッツハイムの冬は冷え込むからなァ」

 そう言って、隣に座ったガゼルがおれの肩に手を回した。たくましい筋肉に覆われた彼の身体が服越しにぴったりとおれに密着すると、そこからぬくもりが伝わってきた。

「タクミはあったけェな。湯たんぽみたいだ」
「そうか? 普通だと思うが」

 おれの肩に回されているのとは反対のほうのガゼルの手を取る。そのぬくもりを確かめるように、ごつごつと節くれだった指を触っていると、ガゼルがおれの手をぎゅっと握った。
 顔を見ると、悪戯いたずらっぽい微笑を向けられて、おれもにこりと微笑み返した。
 そんな風に二人と談笑を続けながら、おれはもう一度窓の外を見た。
 はらはらと舞い散る白い雪片は、道路に落ちればすぐに水へと変わっていく。この分なら、さほど積もることもないだろう。
 リッツハイムは日本と同じように四季はあるものの、夏と秋がかなり短いそうだ。
 湿気がなく、からりとした夏季は大変過ごしやすい。おれが転移したのは夏だが、実際気温が三十度を超すことはほとんどなかった。
 その代わり、夏の終盤に差し掛かる頃には一気に気温が下がり、冷涼な風が吹くようになった。つい先日、隊舎に植えてある木々や街路樹が赤々と色づいたかと思ったのだが……もう初雪とは。
 ゲームのスチルではついぞ見ることのなかったリッツハイムの雪景色を見るのは、なんだかワクワクするような、それでいてちょっと寂しいような、複雑な気持ちだ。
 すっかり見慣れた街並みがどこか遠い場所に見えて、おれはそっと窓から目を逸らした。そして、ガゼルとフェリクスに向き直る。

「そういえば、今日はどこに行くんだ?」

 つい一ヶ月前までは、リッツハイム国内においてモンスターの異常発生が起きていたが、それもかなり落ち着いた。
 モンスターの異常発生が続いていた頃は、リッツハイム市民の間では「とうとう封印されていた魔王がよみがえり、再びリッツハイムを我が物にせんと企んでいるのではないか?」と噂がささやかれていたが、今ではそんなことを言うものは誰もいない。
 そんなこんなで、おれとガゼル、フェリクスは久しぶりに三人での休養日を謳歌おうかするため、馬車に揺られていずこかへ向かっているわけだが……

「悪いが、まだ内緒だ。タクミをびっくりさせたいからな」
「贈り物は中身が分からないほうが、より楽しめるでしょう?」

 だが、おれの質問は二人の笑顔によって受け流されてしまった。
 うむ、そうなのだ。
 ガゼルもフェリクスも隊舎を出てから「連れていきたいところがある」と言ったきり、ずっとこの調子なのである。そのため、これからどこに行くのかさっぱり分からないまま、おれは馬車に揺られているというわけだった。
 まぁ、いっか。ガゼルやフェリクスが悪い場所に行くとも思えないし、二人がそこまで言うなら間違いないだろうしね!


   ◆


「――ここは……?」

 馬車の停車した場所は、あるお屋敷の前だった。
 イチョウの並木が続く、灰色の石畳で整備された一角。正面の鉄門は大きく開け広げられ、そこには執事服を見事に着こなした初老の男性が立っていた。

「お待ちしておりました、タクミ様、ガゼル様、フェリクス様」

 柔和な微笑を浮かべた男性は、おれたち三人の顔を見た後も驚いた様子はない。むしろ待ちかねていたというようにおれたちを先導して、屋敷の敷地内へと進み始めた。
 ガゼルとフェリクスが当たり前のように進むので、おれも慌ててついていく。
 屋敷は二階建てになっており、あか煉瓦れんがの外壁と黒い瓦屋根が特徴的だ。屋敷の庭はかなり広く、少し離れた場所には同じあか煉瓦れんが造りの井戸があるのも見えた。
 正門から玄関のポーチに続く道は細かな砂利で舗装されており、砂利道の周りにはきれいに整えられた芝生が植えられている。芝生の周りには淡いピンクのエリカの花や、真っ赤な実をつけたセンリョウが彩りをそえていた。

「タクミ様、外套がいとうをお預かりいたします」
「ああ、ありがとう」

 玄関に入ると、執事服姿の男性に再び柔和な笑顔を向けられて、おれは外套がいとうを手渡した。驚いたことに、玄関を入っただけで段違いに暖かい。建物が煉瓦れんが造りだからだろうか?
 そして、おれたち三人は玄関から屋敷の応接室とおぼしき場所へ進んだ。
 部屋に入った瞬間、玄関で感じた以上のぬくもりがじんと身体に伝わる。

「――暖炉だんろだ」

 思わず呟くと、ガゼルとフェリクスがおれを振り返った。

「なんだ、タクミは暖炉だんろを初めて見るのか? まぁ、うちの隊舎にもねェからな」
「ああ、初めて見る」
「そうなのですね。この屋敷は、暖炉だんろの熱を魔術式によって増幅し、パイプで屋敷中に巡らせているそうですよ。ですので、玄関先でもなかなか暖かかったでしょう?」
「最近は、そんな回りくどいことしなくとも、魔術式を直接床に仕込んであっためる方法ができたからなァ。新築の家じゃなかなか暖炉だんろの注文が入らないらしいぜ」
暖炉だんろは、まきれやすす掃除が大変ですからね」

 二人のそんな説明を聞きながら、おれは暖炉だんろの中でぱちぱちと音を立てて爆ぜる炎にぽーっと見惚れていた。
 わー、暖炉だんろだ! いいなぁ、初めて見たよ。
 それにこの応接室も素敵だ。暖炉だんろの前には座り心地のよさそうな、ゆったりとしたソファと、いくつものクッションが置かれている。その後ろには藤の花を描いたとおぼしき、紺と紫を基調としたタペストリーがかかっている。そしてソファの足元には、アラベスク模様のような柄が描かれた絨毯じゅうたんが敷かれていた。
 素敵な部屋だなぁ。このソファで、暖炉だんろの火にあたりながらだらだらと本を読めたら幸せだろうなぁー……と思っていると、傍らにいたガゼルがどさりとそのソファに腰かけた。
 えっ? あ、あれ?
 まだこの家の人にご挨拶もなにもしてないけど、いいのかな……?

「へぇ、なかなかいいな。タクミもこっちに来いよ」
「あ、ああ」

 ガゼルに促され、困惑しつつも彼の隣に座る。
 フェリクスも勝手知ったる様子でおれの左隣に座った。
 わっ、すごい! めちゃくちゃフッカフカだ、このソファ。

「紅茶をお持ちいたしました」
「ああ、ありがとよ。悪いがしばらく出ていてもらえるか? 用があれば呼ぶ」
「かしこまりました。紅茶以外のお飲み物もご用意できますので、なんなりとお申し付けください」

 先ほどの初老の男性が、ソファの前に置かれた真鍮しんちゅう製の小さなセンターテーブルに、銀のお盆に載ったティーセットを置く。見れば、クッキーなどの焼き菓子までが小皿に盛られている。
 うーん……? もしかして、この屋敷ってガゼルの持ち家かなんかなのか?
 いや、でもそれだとさっきのガゼルとフェリクスの会話はおかしいよな……二人とも、初めてここに来た口ぶりだったし。

「タクミ、どうぞ」
「ありがとう、フェリクス」

 困惑状態のおれに対し、フェリクスもガゼルもくつろいだ様子で紅茶に口をつける。
 おれもひとまず二人にならって紅茶を飲む。濃い目のそれを含むと、一気に芳醇ほうじゅんな香りが口内に広がった。
 冷えていた身体に、温かい紅茶がじんわりと染み入っていく。くわえて、暖炉だんろの炎が赤々と燃える様を眺めていると、それだけで身体がホッとやすらぐようだ。
 ……やばい。居心地がよすぎて、このままだと眠ってしまいそうだ!
 誰の家か分からないが、まだご挨拶もしていない他人の家でそれはまずすぎる。
 おれは慌てて紅茶をセンターテーブルに戻し、二人に会話を振った。

「ずいぶんと雪がひどくなってきたな。帰りの馬車が心配だ」

 窓の外を見れば、来た時には小雪だったのが勢いを増しているようだ。
 外の芝生や庭木にはすっかりと雪化粧がされている。あまり帰りが遅いと、隊舎に戻るのも苦労するだろう。天候が悪ければ、それだけ乗り合い馬車も込み合う。

「大丈夫ですよ、タクミ。今日は少し遠回りをしましたが、隊舎からこの屋敷まで実はそう遠くはないのです。雪道でも充分に歩いて帰れる距離ですよ」
「そうなのか?」
「それに、なんだったら今日はここに泊まっていってもいいしな。寝台はもう新調してあるんだろ?」
「ええ、昨日終わっています」

 ……泊まる? 寝台? 新調?
 ますます状況が呑み込めなくなったおれは、とうとう二人に尋ねた。

「ここってガゼルの家なのか? それともフェリクスの?」

 おれの質問に、二人はにっこりと笑顔を返してきた。

「ああ、そうだぜ。俺とフェリクス、タクミが三人で住む家だ」
「…………三人?」
「そうです。タクミも隊舎の相部屋では、色々と不都合なこともあるでしょう? そろそろ自分だけのプライベートな空間も必要でしょうから」
「……ちょ、ちょっと待ってくれ」

 ちょ、ちょっと待って!?
 えっ、なに、マジでどういうこと!?

「三人で住む家って、どういうことだ?」
「どうもなにも、言葉通りの意味だが」
「い、いや、それは確かにそうなんだが……そうじゃなくて、ガゼルとフェリクスがこの屋敷を買ったのか?」
「ええ、そうです。つい先日、王都を騒がせていた詐欺事件の犯人一味を、とうとう白翼はくよく騎士団が捕縛したでしょう? その詐欺事件の被害者である先代の子爵夫人が、こちらを売りに出されまして……」

 そういえば、そんな事件もあったなぁ。白翼騎士団のリオンとレイが事件の捜査をしている際に、偶然行き会って、一緒にお茶をしたことがある。

「金策のためにこの屋敷を売ったのか?」
「いえ、そういうわけではなく、ここはその先代の子爵夫人が一人住まいをするために利用していたタウンハウスだったそうでして。今回の事件を契機に、本家で息子夫婦と同居をすることが決まったとか」
「そうか……そういうことならよかった」
「ふふ、タクミは優しいですね」

 瞳を細めてやわらかな笑みを作ったフェリクスが、ソファに置かれたおれの手をぎゅっと握る。すると、反対隣に座っていたガゼルが、ソファの背もたれに腕を回すようにして、おれの肩を抱いてきた。

「まぁ、そういうわけでな。子爵家としては早くこの屋敷を引き払いたいってことで、相場よりも安く売りに出してな。しかし、いいタイミングだったよな、フェリクス? 俺らが家探しを始めた矢先だったもんなァ」
「ええ、本当に。立地が大通りから外れているということで、破格の値段で出ていましたしね。私たちにしてみれば、黒翼騎士団に近いのでありがたいことですが。タクミも隊舎から近いほうが安心でしょう?」
「あ、ああ……そうだな……?」

 そうか。そういう事情なら納得が……いや、いくわけないよ!?


あなたにおすすめの小説

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います

緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。 知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。 花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。 十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。 寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。 見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。 宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。 やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。 次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。 アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。 ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する

SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する ☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃がはじまる──! といいな!(笑) 表紙は、Pexelsさまより、Tetyana Kovyrinaさまによる写真をお借りしました。ありがとうございます!

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。