異世界でのおれへの評価がおかしいんだが

秋山龍央

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永遠の愛を誓います

永遠の愛を誓います-3

   ◆


 おれは黒翼騎士団に帰った後、店で出会った女の子のことをさっそくガゼルに報告しに行った。
 隊舎内にある団長専用の執務室は、毛足の短いあか絨毯じゅうたんが敷かれ、置かれている机や本棚はすべて、濃茶色のウォールナット材で統一されている。華美な装飾こそないが、その分、落ち着いた雰囲気がある。
 扉を開けた正面の執務机には、いつものようにガゼルが座って書類の決裁をしていた。その傍らにはイーリスがいて、おれが入室した時には難しい顔をしていたが、こちらに気が付くとあでやかな微笑みを浮かべた。

「おう、おかえりタクミ」
「タクミ、おかえりなさい。外は寒かったでしょー、お疲れ様!」
「ただいま、二人とも」

 イーリスは女性的な口調が特徴の、黒翼騎士団の軍師だ。赤紫色の髪と色白の肌に、すらりとした身体の彼からそういう笑みを向けられると、同性ながら、ちょっとドキドキする時がある。
 そして、おれが香水屋で起きたことを報告し終えると、彼は顎先あごさきに指を当てて首を傾げた。

「なるほどね。確かに、その女の子は気になるわね。ポーションの開発を行ったのが、ガゼルとフェリクスじゃあなくて、あの香水屋のお嬢ちゃんだと思い込んでいる……と。当たらずとも遠からず、という部分がちょっと厄介やっかいね」

 イーリスは意味ありげにおれを見た。それに対して、おれは肩をすくめる。
 そう。あの女の子の予想は、当たってはいないが、大きく的を外しているわけではない。
 このリッツハイム魔導王国で流通しているポーションとエリクサー――その製法を伝えたのはおれだからだ。
 かつておれは、自分の所属する黒翼騎士団の壊滅イベントを防ぐために、『チェンジ・ザ・ワールド』の知識を基にして、ポーションとエリクサーの製法を彼らに伝えた。
 その際に、この黒翼騎士団の団長と副団長であるガゼルとフェリクスに、二つの霊薬の製法発見者となるように名乗り出てもらったのである。
 だから、あの女の子の言うことは半分当たっていて、半分外れているのだ。
 そう……よりにもよって、一番大事な犯人の名前当てが間違ってるというね!
 いや、しかしまさか、メガネっ子店員さんのことを異世界人だと思い込んでいるとは……

「ただ、悪いんだけれど、焦茶に近い黒色の髪に瞳の十代の女の子、というだけじゃあねぇ……でも、できる限り調べてみるわね」
「ありがとう、イーリス。頼んだよ」

 対外的にはガゼルとフェリクスがポーションとエリクサーの開発者として認知されているし、騎士団内でもそれで通っている。だが、幹部であるイーリスや、他の何人かはうすうす、おれがポーションとエリクサーの製法を二人に伝えたのだと気付いている。
 だが、そのことを言葉にして確かめられたことは一度もなかった。皆、暗黙の了解で尋ねてこないのだ。その気遣いには感謝しかない。
 なにせ――おれはいまだ、ガゼルとフェリクス以外の人間には、自分が異世界から来た人間だということは伝えていないからだ。
 だから「どうしてポーションとエリクサーの製法を知っていたんだ?」、「何故自分で製法を発表しないんだ?」と聞かれても、最初の前提を話していないのだから、答えられないのである。
 そのため、おれは今しがた二人に説明した時も「彼女は異世界から来た人間であるかもしれない」という部分は伝えていなかった。
 ただ、「口ぶりから、生粋きっすいのリッツハイム市民ではないようだから、誰かの庇護ひご下にあるんだと思う。着ているものはなかなかいい仕立てだったから、恐らくはある程度余裕のある人間の世話になっているんだろう」と伝えるにとどめた。
 彼女が異世界から来た人間だと説明するとなると、おれの事情まで説明しなければいけないからだ。
 イーリスとはおれがこの世界に来た初日からの付き合いだし、彼にはおれが異世界人であることを打ち明けてもいいかもしれないけれど……でも、まだやっぱりちょっと怖いんだよねー。信じてもらえなかったらどうしようという思いがさ……
 まっ、当面はガゼルとフェリクスだけに知っておいてもらえればいいかな。二人に打ち明けられただけでも、おれもかなり肩の荷が下りたし。

「じゃあ、またなにか分かったら連絡するわ。またね、タクミ」

 イーリスは話を聞き終えた後、おれに向けてウィンクをしてから執務室を出ていった。
 ガゼルと二人きりになったおれは、さっそく彼に、イーリスの前では言えなかったことを語る。
 だが、おれが先ほど断片的に語った内容でガゼルはうっすらと、彼女が異世界人ではないかと察していたらしい。おれの話を聞き終えた彼に、さほど驚いた様子はなかった。

「なるほどなァ。確かに、その嬢ちゃんは色々と気になるな」
「だろう? この平穏な状況下で、リッツハイム王家が召喚儀式を実行したとは思えない。だが、現に彼女はこの世界にいる。一体、どういうことなのか……」
「とりあえず、さっきイーリスも言った通り、その嬢ちゃんのことはうちの諜報員に調べさせる。あとは『イングリッド・パフューム』に警護兼、監視役の団員を派遣しておく。聞いた様子じゃ、その嬢ちゃんがまたあの店に訪れる確率は高そうだからな」
「ありがとう、ガゼル」

 なんと、『イングリッド・パフューム』に警護もつけてくれるらしい。
 ガゼルからのありがたい申し出におれはホッと胸を撫でおろした。
 彼女のあの剣幕じゃ、メガネっ子店員さんとマルスくんだけで対応するのはなかなか難しそうだったからな……騎士団の人が警備員としていてくれるなら、これでもう怖いものはない。

「でも、もしも見つけても、あまり手荒な真似はしないように言っておいてくれるか? きっとあの子も、知らない世界で不安なんだと思うんだ」
「…………」
「ガゼル?」
「お前も不安だったか、タクミ?」

 執務机に座ったガゼルが、金色の瞳でじっとおれを見つめた。
 いつもは身長差のせいで彼に見下ろされることが多いが、今日は座っているため、どことなく顔の距離が近く感じる。
 ガゼルの澄んだ金瞳に、おれの顔が映っている。

「いや? おれはガゼルとフェリクスがいつも傍にいてくれたからな。だから、不安に思ったことなんか一度もないさ」
「……そうか」

 まぁ、「自分、さすがに死ぬんじゃない?」と思ったことは何度もあるけどね!
 ドレインフラワーとかワイバーンを目の前にした時とかは特に!
 おれがそう言うと、ガゼルが顔をほころばせて手を伸ばし、そっとおれの左手を取った。
 そのまま、手を引かれて腰を抱き寄せられる。そして、優しい手つきで彼の掌がおれの背中や臀部でんぶをなぞっていく。
 壊れ物を扱うみたいに触れてくるガゼルの掌をくすぐったく感じていると、ふと、おれはあることを思いついた。

「ガゼル。『イングリッド・パフューム』の警護だが、おれに任せてもらえないか?」
「……んー?」

 ガゼルの掌がぴたりと止まった。

「ほら、おれは黒髪黒目だろう? あの女の子は、異世界から来た人間に用がある様子だった。一目で同郷人だと分かるおれが警備員として店にいれば、話を聞いてくれるかもしれない」

 うん、おれにしてはなかなかいい考えじゃない? さっきは取り乱している様子だったから難しかったけど、冷静になって再び会えば、おれが日本人だと気付いてきっと話ができるはずだ。
 そう思い、自信満々にガゼルを見る。だが、予想に反してガゼルは渋面を作った。

「……ガゼル?」
「いや……悪いが、そりゃ駄目だ」
「えっ」
「ほら、嬢ちゃんはお前が『黒翼騎士団の人間だ』って名乗った途端、逃げ出したんだろ? もしかすると、嬢ちゃんは何らかの理由で騎士団の人間とは関わり合いになりたくないのかもしれねェ。そうなると、今回の件でお前はもう嬢ちゃんに顔を覚えられてるだろう。なら、お前がいると嬢ちゃんが警戒して店に現れない可能性があるからな」

 なるほど! そっかー、言われてみれば、確かに。
 それを判断するためには、おれ以外の団員を警備員にするのが最適だ。

「分かった。無理を言って悪かったな」
「いや、いいさ。その嬢ちゃんが見つかったらすぐにタクミに連絡するからよ」

 それにしてもガゼルはさすがだ! おれはそんな可能性には全然思い至らなかったよ!
 うんうん、やっぱりガゼルに任せれば間違いないな。
 おれは尊敬の眼差しでガゼルをじっと見つめる。ガゼルもまた真っ直ぐにおれを見返した。



   SIDE 黒翼騎士団団長ガゼル


 まるで黒曜石のような澄んだ瞳に見返され、俺は、さすがに決まりが悪くなって目をそらしそうになった。
 透明な眼差しに、俺の腹黒い思いをすべて見透かされている心地になったからだ。
 いや、実際にそうなのかもしれない。
 タクミを香水屋の警備から外すのは――タクミを、異世界から来たというその少女から遠ざけるためだ。
 無論、先ほどタクミに言った通りの意味もある。まだその少女の目的が分からない以上、タクミを店の警備から外す判断は正しい。
 けれど、それだけではない。
 先日――ある農村で起きた一件。
 封印から目覚めた魔王との戦いを経て、タクミは魔王から膨大な魔力をゆずり受けた。
 タクミも魔王も異世界からこの世界にやってきた渡り人だ。召喚儀式を通してこの世界に連れてこられたタクミたちは、膨大な魔力を使って送還儀式を行うことで、元の世界に帰ることができるという。
 それは、客観的に見れば喜ばしい出来事なのだろう。
 違う世界からわけも分からずこの世界に来る羽目になった人間が、ようやく元の場所に戻る手段を得ることができたのだ。
 目の前の青年……タクミが元の世界に戻れるというのを、本来なら、共に喜んでやるべきなのだろう。だが、俺は建前ですらそれを喜んでやることができなかった。
 タクミが元の世界に帰るということは――俺にとっては、タクミとの永遠の離別を意味するからだ。
 他の世界に行った人間を、追いかける方法は俺にはない。呼び戻すこともできない。そうなれば最後、もうこいつに二度と会うことはできないのだ。
 こうして手を繋ぐことも、指通りのいい髪に触れることも、そのやわらかな唇に口づけることも、二度と叶わない。
 それを知った瞬間、俺はどんな手段を使ってもこいつをこの世界に繋ぎとめようと決めた。
 まずはフェリクスに話を持ち掛けた。
 本来なら恋敵の立場であるフェリクスだが、元から俺とフェリクスの仲は良好だったし、タクミを共に守るのならこいつだろうと感じていた。
 フェリクスは同じ気持ちだったようで、すぐに俺の考えに頷いてくれた。
 あの屋敷を買ったのも、タクミを繋ぎとめるための手段の一つだ。
 あいつがこの世界に残って、俺たちと共にいてくれるなら、あいつの望むものはすべて与えるつもりだった。そのことを形にして示した。
 くわえて、タクミの性格上、ああして俺とフェリクスの気持ちを強く示せば、無下にすることはできないはずだ。気持ちはどうあれ、今すぐに元の世界に戻るとは言えなくなるだろうと予想し、実際にその通りになっている。
 ……姑息こそくな方法だとは分かっている。
 けれど、もうなりふり構ってはいられなかった。
 俺は椅子を引いて立ち上がると、傍らにいたタクミを抱き寄せた。
 細い腰を掴み、引き寄せて、そのまま覆いかぶさるように口づける。
 突然のキスに、タクミは黒曜石のような瞳を見開いて驚く。

「んっ……ふ」

 そのまま、薄く開いた唇に割り入れるようにして舌を滑り込ませる。
 舌先でぬるりと歯列をくすぐると、腕の中のタクミの身体がびくりと跳ねた。
 この程度のキス、今までだって何回もしているのに、相変わらず慣れないらしい。
 タクミは見かけと違って、あんがい初心うぶなところがあるのだ。そんなところが愛おしくて、俺は口づけをより深いものにした。

「ふっ、んぅ……」

 甘い吐息を零し、俺の服を掴むタクミ。その身体をますます強くかき抱く。
 タクミは純真だが、聡い。
 きっと、俺のこの執着染みた気持ちや腹黒い画策も、すべてとは言わずとも、うすうす感づいているに違いない。

「んっ……っ、はっ、ガゼル……?」

 タクミの手に肩を叩かれた俺は、そっと唇を離した。
 どうやら息が苦しくなってきたらしい。鼻で息をすればいいのだと何度か教えてやったのだが、なかなかできないようだ。
 タクミは肩で息をしながら、濡れた瞳で俺を見つめた。戸惑いながらこちらを見つめる顔はあどけない。
 その唇が俺とタクミの唾液でてらりと濡れている様も、ますますこちらの情欲を掻き立てる。
 目の前に無防備に横たわる雌鹿を見る餓狼のような気分で、俺はごくりと唾を呑みこんだ。
 そんな俺をタクミは瞳を揺らして、困ったように見上げてくる。
 ……ったく。だから、そういう顔は逆効果だというのが分からないのだろうか。そんな顔をされたらますます手放せなくなる。
 ……タクミが元の世界に帰還する話をあまり口には出さないのは、きっと俺とフェリクスの気持ちを悟っているからだ。
 先ほどの香水屋の警護の話をあっさりと引き下がったのも、俺の気持ちを立ててくれたからだろう。
 こいつのそんな優しさにつけこむような振る舞いは、あまりにも卑劣ひれつかもしれない。
 だが、どんなに卑怯ひきょうな手を使ってでも、俺は目の前の愛おしい存在を手放すことができないのだ。
 俺はタクミの後頭部を掌で掴むと、その存在を確かめるように、二度目の口づけをした。


   ◇


 翌日。午前中の訓練を終えて昼食を取った後に、おれはリッツハイム市の市庁舎を訪れた。あの不思議な女の子についての手がかりを探すためだ。
 訓練の直後にガゼルに「もしかしたら市庁舎にその少女の記録があるかもしれないから行ってきてくれないか」と言われたので、ここまでやってきたのである。
 ……それにしても昨日は、いきなり執務室でガゼルからキスされてビックリしちゃったなぁ。それに……昨日はなんだかガゼルの様子がおかしかった。気のせいかもだけど。
 おれが「ガゼルはすごいなぁ。カッコよくて剣の腕も立って、それでいて仕事もできるなんて……」って尊敬の思いを込めながら見つめてたら、いきなりキスされたからさすがに驚いちゃったよ。
 一体、どうしたんだろう?
 キス自体は嫌いじゃないけど、心臓がもたないから勘弁してほしいぜ……!
 ……というか最近、ガゼルだけじゃなくて、フェリクスもどこか様子がおかしいように感じるんだよなぁ。
 二人と話していると、なんだかどことなく余裕がないというか、なにかを焦っているような、切羽詰まっているような。
 ……もしかして、仕事でストレスでも溜まってるのかな?
 そういえば、この前買ったお屋敷……もしかすると二人とも、仕事上のストレスが溜まってて、一人になれる時間が欲しくてあの屋敷を買ったとか?
 うーむ、あり得ない話じゃないな。二人ともおれなんかとは違って責任ある立場だし、疲れも溜まっているに違いない。
 そう考えると、昨日の女の子の調査を依頼したのは、二人の仕事を増やしてしまったようで本当に申し訳なかったなぁ……

「――タクミか? なんだ、珍しいところで会うな」

 そんなことを考えていたら、不意に名前を呼ばれた。
 ハッと声のかけられた方向を見ると、そこには見知った顔がいた。

「オルトラン団長! お疲れ様です」
「久しぶりだな。元気でやっているか?」
「はい、おかげさまで」

 オルトラン団長は、市庁舎の待合所に置かれた長椅子の一つに座っていた。彼の威容に気圧けおされたのか、その周りには誰も座っておらず、そこだけがガランと奇妙に空いている。
 おれはオルトラン団長の傍らに行くと、敬礼と共に挨拶をし、彼のすすめで隣に腰かけた。

「こちらへは騎士団の仕事で?」
「いや、私事だ」

 言葉少なに頷くオルトラン団長。
 彼は黄翼おうよく騎士団の団長で、かつて、ポーションの開発の際には力を貸してもらった。
 なお、黄翼騎士団はおれの所属する黒翼騎士団と違い、獣人を主とする騎士団だ。その団長を務めているオルトラン団長もまた鳥系の獣人である。
 背丈はおれの頭三つほどは高く、がっしりとした筋肉質な身体つきだ。その瞳は猛禽類もうきんるいを思わせる鋭さがある。そして、髪質は人間とは違い、まさしく鳥の羽そのものだ。
 今日は長袖のシャツとジャケットの下に隠れているが、前に見た時には、腕にもうっすらと羽毛が生えていた。

「…………」
「…………」

 それにしても、相変わらず無口な人だなぁ。
 隣に座るよう促されたから、ひとまず座ってみたけど……最初の会話が終わったらそのまま沈黙が続くばかりだ。
 うーん、おれからなにか話したほうがいいのかな?

「いい顔になったな」
「え?」

 黙ったまま、まじまじとおれの顔を見ていたオルトラン団長が、だしぬけにそんなことを言った。唐突な、そして思ってもみなかった内容に、おれはきょとんとして目をしばたたかせる。

「前に会った時は、自分に迷いを抱いているようだった」
「……はい」
「自分の迷いに決着がつけられたのだな。よいことだ」
「ありがとうございます」

 お礼を言うと、オルトラン団長が頷き、そして口元をふっとほころばせた。
 いつも無口で無表情なオルトラン団長の、初めて見る微笑みだった。かなり珍しい。
 しかも、たかの瞳のように鋭い眼光はやわらかくなって、とても温かみのある表情を浮かべている。
 オルトラン団長から向けられた不意の優しい笑顔に、おれは目を見開いた。
 おおう! こ、これは破壊力抜群ばつぐんな……! 
 ……けれども、「迷いに決着」ねぇ? おれ、今はけっこう悩みが多いほうだけどなぁ?
 まず、昨日のあの女の子のことが心配だし。そして、魔王に魔力をもらったはいいものの、元の世界に戻るための送還儀式をどうやったら行えるのかがさっぱりだし……あと、市庁舎でのおつかいが終わったら、外でお昼ごはん食べていいって言われてるから、どこでなにを食べようかも迷ってるし。かなり迷いまくりだけどな?

「しかし……オルトラン団長には、おれがそんな風に見えているんですね。おれは今、かなり迷っていることがあるんですが」
「それはきっと、お前の中ですでに答えの出ている事柄なのだろう。あとは、そこに自分が気付くかどうかというところだな」
「……おれの中で、すでに決まっている……?」

 またもや思いがけない言葉だった。
 おれの中で決まっているって言われても、クエスチョンマークが頭に浮かぶばかりなんだけど。
 まぁ、言われてみれば……あの女の子のことは、今おれがジタバタしてもどうしようもないよなーとは思っているが。
 そりゃ心配ではあるんだけどさ、あの様子ならこの国での暮らしに困ってる風ではなかったし。差し迫った危機はなさそうだから、その点については安心してる。
 送還儀式については、言われてみればそれで気持ちが暗くなったことはないから、それでかなぁ。もともと自分の世界に帰れるとは思ってなかったしね!
 だから、魔力はあるのに送還儀式ができなくても、特段ショックではないかな。せっかくおれに魔力をゆずってくれた魔王には申し訳ないとは思うけれど……

「まぁ、そのうち分かるだろうさ。それよりも最近リスティーニの奴とはどうなんだ? アルファレッタも」
「ガゼルとフェリクスですか? 二人とも変わらず元気ですが」
「いや、そうではなく。二人に愛を告げられているのだろう? どうするか決めたのか」
「っ!」

 あ、愛と来ましたか!
 っていうか知ってらっしゃったんですか、オルトラン団長!

「いえ、その、それは……」

 ど、どうしよう。
 今のおれたちの状況を素直に説明すると、「ガゼルとフェリクスから告白されてるけれど、おれは二人が大好きなので、三人で一緒の家に暮らすことになりそうです!」って返事になるんだけど、分かってもらえるだろうか……?
 いや、絶対に無理だな。おれでも意味が分からないもん。
 っていうか屋敷の件は、おれもまだ咀嚼そしゃくしきれてないしね!
 えっと、えーっと……なにかいい説明は……!?

「どうした?」
「いえ、その……」

 答えにきゅうしていると、ふと、市庁舎の正面ドアから新たに入ってきた二人の男性を視界にとらえた。知っている顔を見つけたおれは、わらにもすがる思いで二人に呼びかける。

「リオン、レイ! 仕事か?」
「……おや、タクミかい? それと、そちらにいるのは……」
「黄翼騎士団のオルトラン団長? なんでお前と一緒にいるんだよ」

 二人が不思議そうな顔でこちらにやってきた。
 市庁舎に新たに現れたのは、白翼騎士団の団長であるリオンと、その部下である団員のレイの二人だった。
 白翼騎士団は貴族の子息を主として構成されている騎士団で、リオンもレイも貴族である。だが、二人とも気さくで親切で、平民であるおれが敬称略で呼んでも気にする風もない。
 というか、むしろ向こうから呼び捨てでいいと言われたのだった。本当にふところが深いよね。

「自分は私事だが、タクミは黒翼騎士団の任務だそうだ」
「そうか。では、偶然ここで会ったということかい?」
「ああ、そうだ。受付で呼ばれるのを待つ間、オルトラン団長と話をしていた」

 おれとオルトラン団長の説明を聞いたリオンが、何故か安心したように頷いた。なんでだろう?
 まぁ、いっか。ひとまず、先ほどのオルトラン団長の質問は二人の登場でうまくかわせたようだからな! ありがとう二人とも、本当にナイスタイミングです!

「二人とも仕事か?」
「ああ。ほら、先日の詐欺事件で、こちらの職員に逮捕者が出ただろ? それで、今後の個人情報保護対策について、聞き取り調査をしてこいって上からのお達しでさ」

 おれの質問にレイが肩をすくめて答える。
 今回の任務に対し、レイはあまり乗り気ではないようだ。そんなレイを見てリオンは苦笑する。
 リオンは白銀の長髪と、アイスブルーの瞳を持つ貴公子だが、そんな表情を浮かべていても麗しかった。身に纏っている白翼騎士団の隊服は白を基調としているので、それもあいまって、まるで童話の挿絵からそのまま抜け出てきたかのようだ。
 先ほどから近くを通り過ぎる女性陣は皆、ぽうっとなってリオンに見惚れていた。
 いや、よく見れば、注目を集めてるのはリオンだけじゃないな。
 気が付くと、市庁舎にいる人間はほとんど全員がこちらをチラチラと盗み見ていた。
 耳をすませば「あれはもしかして噂のドルム家の? なんと麗しい……」、「私服だけど、椅子に座ってるのは黄翼騎士団の団長のオルトランだよな? すごいな、あの身体」、「傍らに座っている青年は一体誰だろうか? まるで黒真珠のような美しい髪と瞳だ……」というさざめきが聞こえてきた。うーむ、さすがリオンとオルトラン団長だ。
 あ、レイもけっこうな美形なんだけどね?
 オレンジ色に近い明るい茶髪と、吊り気味の緑色の目はなんだか猫を連想させる。
 彼も顔立ちの整った美形なのだが、いかんせん、リオンとオルトラン団長は頭一つ抜けてるんだよね。

「それは大変だな。呼び止めて悪かった、リオン、レイ」
「いや。久々に君の顔が見られて嬉しかったよ。……そうだ、よければ今度うちに遊びに来ないかい? 妹から、『噂の黒翼騎士団の黒の君に会いたい』とせっつかれてね」
「リオンは妹がいたのか? 知らなかっ――」

 そこで不意に、おれはあることに気が付いた。
 黒髪黒目――あの女の子も、おれと同じく黒髪黒目だったよな。日に当たれば焦茶色に近い明るい色合いで、パッと見は分からないかもしれないけれど、黒髪には間違いなかった。
 でも、その割には王都で全然彼女に関する噂話を聞いたことがない。
 もしかすると、黒髪黒目って皆に言われるほど興味を持たれるものでもないのかな?

「タクミ? どうかしたのかい?」
「ああ、すまない。それが先日、おれと似たような黒髪黒目の女の子に出会ってな。彼女を保護するためにも黒翼騎士団で捜索しているんだが……」

 おれの言葉に、レイが目を丸くする。

「え? あんたと同じ、黒髪黒目の女?」
「そんな少女がリッツハイムにいると? 噂にすら聞いたことはないが……」
「……その話は私も初耳だな。タクミ、よければ昼食がてら話を聞かせてくれないかい? 私の用向きはすぐに済むだろうからね」


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