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新婚旅行は波乱万丈でした
新婚旅行は波乱万丈でした-2
◆
「しゅ、出発前から疲れたなぁ……」
ベッドにどさりと身体を投げ出す。
元から余裕のあるキングサイズベッドだが、今は身体が縮んでいる分、いっそう広く感じる。
ごろごろと試しにシーツの上で転がっても、まだまだ端まで遠い。
「おお……いつもよりベッドが広いと、すごいお得感だな!」
思わず大の字になる。首だけ起こして、部屋の中を見渡すと、家具や調度品もいつもより大きく感じる。
見慣れた景色のはずなのに、なんだかワクワクしちゃうなぁ、こういうの!
「それにしても、フェリクスのお母さんが服を貸してくれて助かったなぁ」
今着ているパジャマも、そして旅行鞄に詰めた服も明日着る予定の服も、フェリクスのお母さんが貸してくれたものだ。
あのあと、フェリクスが実家であるアルファレッタ伯爵家に連絡を入れて事情を説明したところ、フェリクスのお母さんが「フェリクスや、フェリクスの兄二人の昔の洋服があるから、取りに来るといいわ」と言ってくださったのである。
とはいえ、家族の思い出として残しているのなら、おれなんかが拝借しては悪い。
最初はご遠慮させていただいたのだが、フェリクスのお母さんいわく「タクミくんはフェリクスの家族なんだから、私にとっても家族よ。何も遠慮することなんかないのよ」と言ってくださった。
そこまで仰っていただけるならと、ありがたくお借りしたわけである。だが……
「……こんなにたくさん服を試着したのは、おれの人生で初めてだな……」
『若返り薬』によって縮んだおれを迎え入れてくれた、フェリクスのお母さんこと、アルファレッタ伯爵夫人。
彼女は若返ったおれのことを見るなり、らんらんと目を輝かせた。思わず、恐怖を感じて後ずさりしてしまうような眼光だった。
そして、彼女はおれの手を掴むと、あれよあれよという間に、用意していた色んな服を着せ始めたのである。
途中、視線でガゼルとフェリクスに助けを求めたが、二人は二人で、
『――お、こっちの服なんか似合うんじゃねェか?』
『確かにタクミには似合いますが……あまり彼の魅力を引き立てすぎると、悪い虫に目をつけられないかが心配です』
『ああ、それもそうだな。一応、獲物は持っていくとはいえ、タクミのあの小ささじゃ戦闘も勝手が違うだろうしなァ……なら、こっちの服はどうだ?』
『いいですね。では、それとこちらのフードつきの上着をあわせて……』
なんて会話をしていて、全然おれの救援に来てくれなかった。
二人とも、今日も仲がいいですね! さすが我が黒翼騎士団の団長と副団長なだけあります!
でも、おれのことも気にかけてくれると嬉しかったな!
「……本当に大変だった……興奮したフェリクスのお母さんに、なんか女の子用のドレスみたいなのとか、ワンピースみたいなのまで着せられたしな……」
っていうか、アルファレッタ伯爵家は三兄弟のはずなのに、なんであんな服があったの?
……まさかフェリクス、今のおれと同じくらいの年の時に、ああいう服を着せられていたんだろうか?
しまったな……もっと伯爵夫人にそこらへんの説明を求めておけばよかったかもしれない。
フェリクスのマル秘おもしろエピソードが聞けたかもしれないのに、惜しいことをした。
そんなことを考えていたら、部屋の扉をノックする音が響いた。
「――タクミ、今大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ」
慌てて飛び起き、髪を整えてから返事をする。扉を開けて、部屋に入ってきたのはガゼルだった。
「風呂、入るだろ? 準備ができたから呼びに来たぜ」
そこでおれはちょっと首を傾げる。
いつもなら、お風呂の準備ができた時に呼びに来るのは、使用人さんの誰かなのに。
時間が遅い時は彼らも離れに戻るけれど、今はまだそんな時間じゃない。
「分かった、ありがとう。でも、ガゼルが呼びに来るなんて珍しいな」
「いや、なにか困ってることはねェかなと思ってよ。その姿じゃ旅行の支度も一苦労だっただろ?」
どうやらガゼルは心配してくれたらしい。
おれは胸を張って答えた。
「大丈夫だ、前々から準備はしておいたからな。服も入れ替え終えたし、忘れ物もない」
ハンカチも、歯磨きも歯ブラシも、雨具も身分証明書も持った。
お金は三つに分けて、旅行鞄と携帯用の鞄のそれぞれに分散してしまってある。バッチリだぜ!
しかし、扉の前に立ったままのガゼルは、いささか顔色が優れない。
不思議に思って彼を見上げるも、いつもよりもかなり背が低くなっているせいで、なかなか視線が合わない。今のおれは、ちょうど目がガゼルのお腹辺りにくるぐらいの身長なのだ。
そんなおれに気付いたのか、ガゼルは腰を落としてくれた。
おかげで、ようやく彼と視線が合うようになる。
「今回のこと……悪かったな。まさかこんなことになるなんてよ」
突然告げられた謝罪の言葉に、おれはきょとんと目を丸くする。
対して、膝をついたガゼルは、悔しげな表情をしていた。
「お前に心置きなく旅を楽しんでほしいと思ったんだが、裏目に出ちまったな。こんな結果になってすまねェ」
「別に、ガゼルが謝ることじゃないだろ。薬の取り違えなんて、誰も予想できないし、飲まなければ分からないことなんだから」
慌てておれは首を横に振った。
ガゼルはちっとも悪くないのに、そんな顔されちゃうと、おれが困るよ!
困るというか、悲しいというか!
っていうか、さっきまでおれなんか「わ~、いつもより部屋が広く感じてお得だなぁ☆」なんてのんきなことを考えてたくらいなんで……じ、自分の能天気っぷりがちょっと恥ずかしいぜ!
「そんな顔をしないでくれ、ガゼル。おれは今回の件はそこまで気にしてないんだ。そもそも、ガゼルのせいだと思ったことなんて一度もない」
「タクミ……」
「それとも……ガゼルは今のおれは嫌いか?」
そう尋ねると、ガゼルが顔を上げた。そして、首を強く横に振ると、その両腕を伸ばしておれの背中に回してくる。
いつもよりも小さくなっているせいで、おれの身体はガゼルの両腕にすっぽりと抱きこまれてしまう。
元の姿との違いをガゼルも感じたらしく、ぽつりと「小せぇなァ」と呟いた。
「悪い、嫌なわけじゃねェんだ。ただ、今のお前はあんまりちっこいからよ……いつも以上に心配になるんだよ」
「ガゼル……」
「約束してくれよ、タクミ。旅先では絶対に俺やフェリクスの傍から離れるんじゃねェぞ、分かったな?」
「ああ、約束する」
こくりと頷く。
うんうん。無論、おれは言われずとも最初からそのつもりだったぜ!
なにせ、おれはリッツハイム市内ですら、いまだに迷子になったりするからね!
身体が縮もうが縮むまいが、ガゼルたちの傍から離れるつもりはないから安心してほしい。
「約束するから、お願いだからそんな顔はしないでくれ。せっかくの旅行なのに、ガゼルにそんなに悲しそうな顔をされると……寂しくなる」
おれがそう言うと、ガゼルがハッとした表情になった。
そして、きまりが悪そうな笑みを浮かべる。
「そう……だな。悪い、タクミに謝りに来たつもりだったのによ、逆に不安にさせちまったな」
ようやく気を取り直してくれたガゼルに、おれはホッとして笑みを向けた。
「いいんだ、ガゼルが心配してくれた気持ちは嬉しいから。ただこうなってしまったものはもう仕方がないから、おれはどうせならこの状況を楽しもうと思ってる。だから、ガゼルも同じ気持ちでいてくれると嬉しい」
「楽しむ?」
「普段とは違うものの見え方ができて、なかなか楽しいぞ。ベッドも広いし。それに、ガゼルのこともいつもより大きく感じるし」
両腕を伸ばし、ガゼルの首に回してぎゅっと抱きついてみる。
こうしているだけでも、ガゼルの肩や首回りの厚み、身体についた筋肉のしなやかさを、今まで以上に感じるのだ。
いつもより小さくなった掌で、ガゼルの頭に触れて、わしゃわしゃとワインレッドの髪を弄っていると、ガゼルが吐息を零した。
「ガゼル?」
「……っ。ほんっと、お前って奴は……本当に分かってんのかねェ。タクミのそういう無自覚なところが、俺は一番心配なんだがな」
「……なにか、おれは間違えていたか?」
「いや、そんなことはねェよ。……そうだな、確かにこんなにウジウジ悩んでるのは俺らしくねェな。よし! そうと決まれば、俺も今のタクミをたっぷり堪能させてもらうか!」
「うわっ!?」
突然、身体がふわりと宙に浮いた。
見れば、ガゼルが両腕でおれを抱っこしている。慌ててぎゅっと首筋に掴まると、ガゼルはおかしそうに笑った。
い、いやいや、ガゼルさん!? た、堪能するってなに?
今、おれたちはどこに向かってるんですかね!?
「ちょっ、ガゼルっ。どこに向かってるんだ?」
「なに言ってんだよ。最初に、風呂の支度ができたって呼びに来ただろ? そんな小せェ姿じゃ心配だからな、一緒に入ってやるよ」
ファッ!?
いやいや、一緒にお風呂って!?
べ、別におれ、身体が縮んだだけで、精神的には何も変わってないんだから、心配してもらうことなんて何もないけど!?
っていうか、なんか、前にもこんなことあったような……!?
「おや、ガゼル団長。タクミを抱えてどうかしたのですか?」
ガゼルの逞しい腕に抱き上げられて運ばれていると、廊下の向かいから、フェリクスがやってきた。
おれとガゼルを見て、不思議そうな顔をしている。
彼はお風呂から上がったばかりのようで、身体からまだ湯気が立ち上っていた。
ああ、なるほど。フェリクスが風呂から上がったから、ガゼルはおれを呼びに来てくれたのか。
「おう、フェリクス。これから風呂に入ってくる」
「え? ガゼル団長とタクミは一緒に入るおつもりなのですか?」
「ああ、ちょうどさっき、タクミから『せっかくならこの状況を楽しんでくれ』って言ってもらえてよ。だから、この機会に小せぇタクミを堪能させてもらおうかと」
「それは……」
フェリクスが眉間に皺を寄せて顔をしかめた。
うん、こうなればフェリクスが頼みの綱だ! 「身体が縮んだとはいえ、タクミはもう立派な大人ですから、そんなに甘やかす必要はないのでは?」とかなんとかガゼルに言ってくれ!
「それは、ガゼル団長とタクミのお二人だけで……ということですか?」
「ああ。悪いが、今回は俺に譲ってくれ。その代わり、風呂から上がったあとにタクミはお前の部屋に行かせるからよ」
「承知いたしました。そういうことならばかまいません」
承知しないで、フェリクス!?
っていうか、なにがどう承知できたの!? おれは何も理解できてないよ!?
なんで今、おれの意思がまるっと反映されてない状態で、おれがフェリクスの部屋に行くことが決定したの!?
しかし、フェリクスは嬉しそうな笑顔で「では、タクミ、また後ほど。お待ちしていますから」と告げてきた。
おれはウッと言葉に詰まる。
こ、こんなにキラキラした笑顔のフェリクスに、ノーとは言いづらい……!
「あ、ああ……またあとでな、フェリクス」
残念ながら、フェリクスはおれの助けにはなってくれなかった。
なってくれなかったどころか、おれは風呂から上がったらフェリクスの部屋に行くと約束させられてしまった。マジでなんでだ。
そして、おれはガゼルに抱かれたまま、風呂場に向かう羽目になったのだった……
◆
「……こうして見ると、本当にこの屋敷の風呂は広いな」
ガゼルになかば押し切られるようにして、とうとう風呂場にまで連れてこられてしまった。
しかし、身体が縮んでしみじみと思うが、本当にこの屋敷のお風呂は大きくて豪華だ。
精緻な模様の描かれたタイルで壁は覆われ、真っ白なバスタブが床に下半分を埋め込まれるようにして設置されている。バスタブはかなり大きな造りで、大人五人は入っても余裕があるんじゃないだろうか。
そのため、今のおれにとっては、風呂場もバスタブもとんでもなく広く感じる。
正直、ガゼルと一緒に入っていなかったら、はしゃいでバスタブの中で泳いでたかも。
「タクミ、どうかしたのか?」
風呂場の広さに改めて感じ入っていると、ガゼルが顔を覗き込んできた。
むろん、これから風呂に入るのだから、ガゼルも一糸まとわぬ姿だ。
よく日に焼けた肌の上には、引きつれた火傷のような痕や、切り傷があちこちにあるが、それが彼の魅力を損なうことはまったくない。
むしろ、ガゼルの引き締まった身体を引き立たせており、同性ながら惚れ惚れしてしまう。
「いや、なんでもない。これから洗う」
「じゃあ俺が洗ってやるよ。こっち来い」
「……ガゼル。念のため言っておくが、おれは中身はおれのままだぞ? 精神まで若返ったわけじゃないからな」
おれが腰に手を当てて抗議をすると、ガゼルは悪びれない表情で、そして、どこか懐かしそうに瞳を細めて微笑んだ。
「なんだよ、怒ったのか? 悪い悪い。今のタクミはちっこくてよ、つい、あれこれ世話を焼きたくなっちまうんだよな」
「いや、だからおれは精神まで若返ってるわけじゃ……」
「昔、元々住んでた農村からリッツハイム市に移り住んでからは、俺がずっと小さいガキ共の面倒を見てたんだよ。そん時のことを思い出して、なんか懐かしくなっちまってな」
「……そ、そうか」
ちょ、ちょっとガゼルさん? そう言われると、断りづらいんですけど!?
っていうか、その言葉のあとで断ったら、おれがめちゃくちゃ酷い奴じゃない!?
――ガゼルは、今でこそリッツハイムの国立騎士団である黒翼騎士団の団長を務める益荒男だが、最初からそうだったわけじゃない。
彼は貴族でも騎士の出でもなんでもなく、もともとは農村で暮らす庶民だった。
しかし、子どもの頃にモンスターの襲撃に遭い、家族も村も失った。
そして、生き残ったわずかな村人だけでこのリッツハイム市に逃げてきたのだ。頼るべき大人もおらず、まだ自分も子どもの身であるのに、幼い子どもたちの面倒を見ながら、仲間と助け合って生きてきた――という話を、以前、おれはガゼル自身の口から教えてもらった。
そこから黒翼騎士団の団長まで上りつめたのだから、本当にすごい人だと思う。
……つまり、ガゼルの『小さいガキ共の面倒を見てた』っていう話は、その時のことであるわけで……
そ、そんなことを、そんな懐かしそうな顔で言われたら、もうそんなの絶対断れないやつじゃんーーー!
「……今回だけだぞ」
やれやれ、とガゼルの傍に寄る。
まったくもう! そもそも、おれがガゼルからの頼み事を断れるわけないんだよー。
それに、さっき、おれ自身がガゼルに『せっかくだし、この状況も楽しんでほしい』みたいなこと言っちゃったばかりだしねぇ……ま、いいか!
せっかく明日からは旅行なんだから、こんなことでガゼルとケンカしたくないし。
「おう! ありがとな、タクミ」
おれの言葉に、破顔するガゼル。
……その笑顔を見て、「こんなに喜んでくれるなら、これぐらいはいっか」と思ってしまったのだから、おれはつくづく単純な人間だ。
「じゃあ、こっち座ってくれ、タクミ」
「ああ、分かった」
ガゼルに促され、彼の正面の椅子に座る。
ちなみにこの椅子は、おれのたっての希望で設置してもらった。元々はガゼルもフェリクスも……というか、この世界の人間は身体を洗う時は、立って洗うのが常なので風呂場に椅子を置く習慣はない。
騎士団の共同浴場とかも、隣との間に仕切りはあるものの、皆ブースごとに立って身体を洗う感じ。
しかし、日本人であるおれはその習慣に馴染めなかったので、我が家のお風呂にはこの椅子を設置してもらった。
さすがにプラスチック製とはいかず、木製である。なので、バスタブや周囲の西洋的装飾と比べると、この椅子だけなんとも昭和の銭湯感を醸し出している。
ま、細かいことはいいんだよ!
ガゼルとフェリクスも「立って洗うよりも椅子があるほうが便利だな」「確かに、座っているほうがゆっくりと洗うことができますし、隣の方にも飛沫がかかりませんね」って言ってくれたしね!
そんな経緯で作られた椅子に座ると、背後にガゼルが回った。彼もまた風呂用の椅子に座っている。
ガゼルは木製の盥――これもおれが言ってこの風呂場に備え付けてもらったもの――にぬるま湯をためると、それをゆっくりとおれの頭にかけた。
髪の毛を充分に濡らしたところで、頭用の石鹸を掌の中で泡立て、その泡をおれの頭頂部につける。そして、頭皮を揉みこむようにマッサージを始めた。
「タクミ、大丈夫か? 石鹸が目に入ったら言えよ」
「全然大丈夫だ。むしろ、気持ちいい」
念のため目をぎゅっとつぶっているものの、石鹸が顔に垂れてくる気配はない。
ガゼル、うまいなぁ。
彼がおれの頭を撫でる時は、いつもこう、わしゃわしゃーって大雑把な感じだから、ちょっと意外だ。
やっぱり、昔、自分より幼い子の面倒を見ていた経験があるからだろう。
ガゼルの新たな一面を発見しちゃったかも。
「流すから、目をつぶってろよ」
「うん」
おれが答えると、一拍の間を置いてから、頭からぬるま湯がかけられた。
指先で目の辺りについた湯を拭っていると、背後のガゼルから「悪い、目に入ったか?」と気遣わしげな声がかけられた。おれは首を横に振って、大丈夫だと答える。
「ならよかった。じゃあ、今度は身体だな」
「え? い、いや、別にそれぐらいは自分で……んっ」
おれが言い終わる前に、背中をやわらかく擦るものがあった。
ガゼルはいつの間にか手に綿布を持っており、石鹸をつけたそれで背中を擦ってくれている。擦るといっても、あまり力は込められていないので、ちょっとくすぐったいぐらいだ。
「今のタクミは、本当にちいせェし、細いなァ。そういや今日、伯爵夫人に着せられてたエプロンドレスもずいぶんと似合ってたぜ?」
「頼むから、あれは忘れてくれ……」
「なァ、元の姿に戻ったら、もう一回くらいあの格好してみてくれよ。お前なら絶対、元の姿でも似合うからよ」
「ぜ、絶対にいやだ! この姿でもかなり恥ずかしかったけれど、アルファレッタ伯爵夫人の頼みだから仕方がなく着たんだぞ。元の姿でなんて、絶対に着ないからな」
「なんだよ、伯爵夫人からの頼みは聞くのに、俺の頼みは聞けねェってのか? つれねェなー」
ガゼルはククッと喉を鳴らし、悪戯めいた表情で笑った。
そんな会話をしている間に、背中は洗い終わったらしい。ガゼルの手が今度は前面に伸びてくる。
おれは慌てた。背中を洗ってもらったところで、椅子から立ち上がってあとは自分でやるつもりだったのに、会話に気を取られてタイミングを見失ってしまった。
「っ、ガ、ガゼル、前はさすがに自分でやるぞ……?」
「まァ、いいじゃねェか。せっかくだから、もうちょい小さいタクミを堪能させてくれよ」
そう言うと、ガゼルの手がぬるりと腹部に触れた。
あ、あれ? ガゼル、布は持ってないのかな?
背中を洗ってくれた時は持ってたのに。
「っ……!」
おれの戸惑いをよそに、ガゼルの手がお腹のやわらかい肉をふにふにと弄るように触れてくる。
先ほどの言葉通り、おれの変貌した身体の感触を確かめ、楽しんでいるような触り方だった。
そして、それを裏付けるように、人差し指の先がするりと臍に触れてくる。
石鹸をすりつけるように、臍のくぼみや、その周辺をぬるぬると指先で弄られると、くすぐったいような、ぞくぞくとする感覚が奔った。
「っ、ふ……」
思わず熱い吐息が零れそうになるのを、前歯で自分の舌先を噛むことで、なんとか堪えた。
こ、これ……ガゼルは洗ってくれてる、だけなんだよな……?
ガゼルに抗議しようかとも思ったが、それを口にすると、自分が快感を覚えていることを告白するようで、なんとも躊躇われた。
もしもガゼルにそんなつもりはなく、本当に洗ってくれてるだけだったら、目も当てられない。
しかし、そんなおれの胸中の焦りと戸惑いを知ってか知らずか、ガゼルの指が上部へと伸びてきた。
胸を這うガゼルの指は、先ほどと同様、そこの肉付きのやわらかさや弾力を確かめるように、ふにふにと触れてくる。
洗っているのか、楽しんでいるのか、いかんせん判別がつかない。
「っ、ガ、ガゼル、もう大丈夫だからそろそろ……ぁっ!」
「なに言ってんだよ。まだここは洗い終わってねェだろ?」
石鹸を纏ってぬるついたガゼルの指が胸の中央に滑り、乳首をつまんだ。
ぬめりを帯びた指先が、くにくにと乳首を弄ってくる。その感覚に、思わず足の指がぴんと伸び、背中をくねらせてしまう。
「ッ、ガゼルっ……! や、やっぱり、さっきからわざとやってるだろう!」
「あ、バレたか? いや、だってよー、こんな小さいタクミを触る機会はそうそうねェと思ったら、色々と触ってみたくなっちまってよ」
「だ、だからって、ここじゃなくても……ひぁっ!」
ガゼルの指先が、きゅうっと乳首をつまみ、引っ張る。
いつもなら耐えられる快楽は、身体が縮んでいるせいで皮膚が薄くなっているのか、痛いぐらいの刺激となって襲ってくる。
びくりと身体が跳ね、バランスを崩して椅子から崩れ落ちそうになる。だが、落ちる前にガゼルがおれの身体を片腕で抱きとめた。
「おっと。大丈夫か?」
「ぅ、だ、大丈夫だ……それより、その、この体勢はさすがに……」
「まぁまぁ、もうちょっと楽しませてくれよ。最初はあまりのことに色々と心配になったが……こうしてみると、確かに、これも意外に悪くねェ状況だな。こんな小さいタクミを見られる日が来るなんて、思ってもみなかったしよ」
ガゼルはおれの身体を抱き寄せると、自分の膝の上に乗せた。今のおれは、ガゼルに背中を預けて膝の上に座っている状態だ。
っていうか、この体勢だと、おれの足は完全に宙に浮くんだな……
ガゼルのガタイがいいのもあるんだろうけど、あまりの体格差に今更ながら驚く。
「元の身体に比べると、こっちはまだまだ小ぶりだなァ」
「あっ……!?」
ガゼルの指が、再び乳首に触れてきた。
石鹸を塗り込むように、きゅむきゅむと両方の乳首を指先で弄り続ける。
「ぁっ、ガゼル、それやだって……! んっ、ふっ」
「でも、お前のここは嬉しそうに硬くなってきたぜ?」
「んっ、ぁ……! ふぁっ、ぁっ!」
「そういや、今のタクミの身体を調教したら、元に戻った時にどうなるんだろうなァ。試しに、この可愛い胸で試してみるか? ん?」
「ぁっ、やっ……んぁ、ああッ!」
今、なんだかガゼルが怖いことを言っていたような気がしたけれど、いかんせん、快楽に耐えるのに必死で、会話に意識を向けていられなかった。
ガゼルの指は会話の間にも、ぬるぬると乳輪を這い、くすぐり、かと思えば、元の身体の時に比べて小ぶりなそこをグニグニと揉みしだく。
「ひっ……ぁ、ぁあッ!」
容赦ない責めに、ぶるぶると身体が震え出す。
そして、とうとう、ガゼルの指が乳首を上に引っ張るようにして、くっと上に摘まみ上げた時、おれは甲高い悲鳴を上げて、背筋をのけ反らせた。
「しゅ、出発前から疲れたなぁ……」
ベッドにどさりと身体を投げ出す。
元から余裕のあるキングサイズベッドだが、今は身体が縮んでいる分、いっそう広く感じる。
ごろごろと試しにシーツの上で転がっても、まだまだ端まで遠い。
「おお……いつもよりベッドが広いと、すごいお得感だな!」
思わず大の字になる。首だけ起こして、部屋の中を見渡すと、家具や調度品もいつもより大きく感じる。
見慣れた景色のはずなのに、なんだかワクワクしちゃうなぁ、こういうの!
「それにしても、フェリクスのお母さんが服を貸してくれて助かったなぁ」
今着ているパジャマも、そして旅行鞄に詰めた服も明日着る予定の服も、フェリクスのお母さんが貸してくれたものだ。
あのあと、フェリクスが実家であるアルファレッタ伯爵家に連絡を入れて事情を説明したところ、フェリクスのお母さんが「フェリクスや、フェリクスの兄二人の昔の洋服があるから、取りに来るといいわ」と言ってくださったのである。
とはいえ、家族の思い出として残しているのなら、おれなんかが拝借しては悪い。
最初はご遠慮させていただいたのだが、フェリクスのお母さんいわく「タクミくんはフェリクスの家族なんだから、私にとっても家族よ。何も遠慮することなんかないのよ」と言ってくださった。
そこまで仰っていただけるならと、ありがたくお借りしたわけである。だが……
「……こんなにたくさん服を試着したのは、おれの人生で初めてだな……」
『若返り薬』によって縮んだおれを迎え入れてくれた、フェリクスのお母さんこと、アルファレッタ伯爵夫人。
彼女は若返ったおれのことを見るなり、らんらんと目を輝かせた。思わず、恐怖を感じて後ずさりしてしまうような眼光だった。
そして、彼女はおれの手を掴むと、あれよあれよという間に、用意していた色んな服を着せ始めたのである。
途中、視線でガゼルとフェリクスに助けを求めたが、二人は二人で、
『――お、こっちの服なんか似合うんじゃねェか?』
『確かにタクミには似合いますが……あまり彼の魅力を引き立てすぎると、悪い虫に目をつけられないかが心配です』
『ああ、それもそうだな。一応、獲物は持っていくとはいえ、タクミのあの小ささじゃ戦闘も勝手が違うだろうしなァ……なら、こっちの服はどうだ?』
『いいですね。では、それとこちらのフードつきの上着をあわせて……』
なんて会話をしていて、全然おれの救援に来てくれなかった。
二人とも、今日も仲がいいですね! さすが我が黒翼騎士団の団長と副団長なだけあります!
でも、おれのことも気にかけてくれると嬉しかったな!
「……本当に大変だった……興奮したフェリクスのお母さんに、なんか女の子用のドレスみたいなのとか、ワンピースみたいなのまで着せられたしな……」
っていうか、アルファレッタ伯爵家は三兄弟のはずなのに、なんであんな服があったの?
……まさかフェリクス、今のおれと同じくらいの年の時に、ああいう服を着せられていたんだろうか?
しまったな……もっと伯爵夫人にそこらへんの説明を求めておけばよかったかもしれない。
フェリクスのマル秘おもしろエピソードが聞けたかもしれないのに、惜しいことをした。
そんなことを考えていたら、部屋の扉をノックする音が響いた。
「――タクミ、今大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ」
慌てて飛び起き、髪を整えてから返事をする。扉を開けて、部屋に入ってきたのはガゼルだった。
「風呂、入るだろ? 準備ができたから呼びに来たぜ」
そこでおれはちょっと首を傾げる。
いつもなら、お風呂の準備ができた時に呼びに来るのは、使用人さんの誰かなのに。
時間が遅い時は彼らも離れに戻るけれど、今はまだそんな時間じゃない。
「分かった、ありがとう。でも、ガゼルが呼びに来るなんて珍しいな」
「いや、なにか困ってることはねェかなと思ってよ。その姿じゃ旅行の支度も一苦労だっただろ?」
どうやらガゼルは心配してくれたらしい。
おれは胸を張って答えた。
「大丈夫だ、前々から準備はしておいたからな。服も入れ替え終えたし、忘れ物もない」
ハンカチも、歯磨きも歯ブラシも、雨具も身分証明書も持った。
お金は三つに分けて、旅行鞄と携帯用の鞄のそれぞれに分散してしまってある。バッチリだぜ!
しかし、扉の前に立ったままのガゼルは、いささか顔色が優れない。
不思議に思って彼を見上げるも、いつもよりもかなり背が低くなっているせいで、なかなか視線が合わない。今のおれは、ちょうど目がガゼルのお腹辺りにくるぐらいの身長なのだ。
そんなおれに気付いたのか、ガゼルは腰を落としてくれた。
おかげで、ようやく彼と視線が合うようになる。
「今回のこと……悪かったな。まさかこんなことになるなんてよ」
突然告げられた謝罪の言葉に、おれはきょとんと目を丸くする。
対して、膝をついたガゼルは、悔しげな表情をしていた。
「お前に心置きなく旅を楽しんでほしいと思ったんだが、裏目に出ちまったな。こんな結果になってすまねェ」
「別に、ガゼルが謝ることじゃないだろ。薬の取り違えなんて、誰も予想できないし、飲まなければ分からないことなんだから」
慌てておれは首を横に振った。
ガゼルはちっとも悪くないのに、そんな顔されちゃうと、おれが困るよ!
困るというか、悲しいというか!
っていうか、さっきまでおれなんか「わ~、いつもより部屋が広く感じてお得だなぁ☆」なんてのんきなことを考えてたくらいなんで……じ、自分の能天気っぷりがちょっと恥ずかしいぜ!
「そんな顔をしないでくれ、ガゼル。おれは今回の件はそこまで気にしてないんだ。そもそも、ガゼルのせいだと思ったことなんて一度もない」
「タクミ……」
「それとも……ガゼルは今のおれは嫌いか?」
そう尋ねると、ガゼルが顔を上げた。そして、首を強く横に振ると、その両腕を伸ばしておれの背中に回してくる。
いつもよりも小さくなっているせいで、おれの身体はガゼルの両腕にすっぽりと抱きこまれてしまう。
元の姿との違いをガゼルも感じたらしく、ぽつりと「小せぇなァ」と呟いた。
「悪い、嫌なわけじゃねェんだ。ただ、今のお前はあんまりちっこいからよ……いつも以上に心配になるんだよ」
「ガゼル……」
「約束してくれよ、タクミ。旅先では絶対に俺やフェリクスの傍から離れるんじゃねェぞ、分かったな?」
「ああ、約束する」
こくりと頷く。
うんうん。無論、おれは言われずとも最初からそのつもりだったぜ!
なにせ、おれはリッツハイム市内ですら、いまだに迷子になったりするからね!
身体が縮もうが縮むまいが、ガゼルたちの傍から離れるつもりはないから安心してほしい。
「約束するから、お願いだからそんな顔はしないでくれ。せっかくの旅行なのに、ガゼルにそんなに悲しそうな顔をされると……寂しくなる」
おれがそう言うと、ガゼルがハッとした表情になった。
そして、きまりが悪そうな笑みを浮かべる。
「そう……だな。悪い、タクミに謝りに来たつもりだったのによ、逆に不安にさせちまったな」
ようやく気を取り直してくれたガゼルに、おれはホッとして笑みを向けた。
「いいんだ、ガゼルが心配してくれた気持ちは嬉しいから。ただこうなってしまったものはもう仕方がないから、おれはどうせならこの状況を楽しもうと思ってる。だから、ガゼルも同じ気持ちでいてくれると嬉しい」
「楽しむ?」
「普段とは違うものの見え方ができて、なかなか楽しいぞ。ベッドも広いし。それに、ガゼルのこともいつもより大きく感じるし」
両腕を伸ばし、ガゼルの首に回してぎゅっと抱きついてみる。
こうしているだけでも、ガゼルの肩や首回りの厚み、身体についた筋肉のしなやかさを、今まで以上に感じるのだ。
いつもより小さくなった掌で、ガゼルの頭に触れて、わしゃわしゃとワインレッドの髪を弄っていると、ガゼルが吐息を零した。
「ガゼル?」
「……っ。ほんっと、お前って奴は……本当に分かってんのかねェ。タクミのそういう無自覚なところが、俺は一番心配なんだがな」
「……なにか、おれは間違えていたか?」
「いや、そんなことはねェよ。……そうだな、確かにこんなにウジウジ悩んでるのは俺らしくねェな。よし! そうと決まれば、俺も今のタクミをたっぷり堪能させてもらうか!」
「うわっ!?」
突然、身体がふわりと宙に浮いた。
見れば、ガゼルが両腕でおれを抱っこしている。慌ててぎゅっと首筋に掴まると、ガゼルはおかしそうに笑った。
い、いやいや、ガゼルさん!? た、堪能するってなに?
今、おれたちはどこに向かってるんですかね!?
「ちょっ、ガゼルっ。どこに向かってるんだ?」
「なに言ってんだよ。最初に、風呂の支度ができたって呼びに来ただろ? そんな小せェ姿じゃ心配だからな、一緒に入ってやるよ」
ファッ!?
いやいや、一緒にお風呂って!?
べ、別におれ、身体が縮んだだけで、精神的には何も変わってないんだから、心配してもらうことなんて何もないけど!?
っていうか、なんか、前にもこんなことあったような……!?
「おや、ガゼル団長。タクミを抱えてどうかしたのですか?」
ガゼルの逞しい腕に抱き上げられて運ばれていると、廊下の向かいから、フェリクスがやってきた。
おれとガゼルを見て、不思議そうな顔をしている。
彼はお風呂から上がったばかりのようで、身体からまだ湯気が立ち上っていた。
ああ、なるほど。フェリクスが風呂から上がったから、ガゼルはおれを呼びに来てくれたのか。
「おう、フェリクス。これから風呂に入ってくる」
「え? ガゼル団長とタクミは一緒に入るおつもりなのですか?」
「ああ、ちょうどさっき、タクミから『せっかくならこの状況を楽しんでくれ』って言ってもらえてよ。だから、この機会に小せぇタクミを堪能させてもらおうかと」
「それは……」
フェリクスが眉間に皺を寄せて顔をしかめた。
うん、こうなればフェリクスが頼みの綱だ! 「身体が縮んだとはいえ、タクミはもう立派な大人ですから、そんなに甘やかす必要はないのでは?」とかなんとかガゼルに言ってくれ!
「それは、ガゼル団長とタクミのお二人だけで……ということですか?」
「ああ。悪いが、今回は俺に譲ってくれ。その代わり、風呂から上がったあとにタクミはお前の部屋に行かせるからよ」
「承知いたしました。そういうことならばかまいません」
承知しないで、フェリクス!?
っていうか、なにがどう承知できたの!? おれは何も理解できてないよ!?
なんで今、おれの意思がまるっと反映されてない状態で、おれがフェリクスの部屋に行くことが決定したの!?
しかし、フェリクスは嬉しそうな笑顔で「では、タクミ、また後ほど。お待ちしていますから」と告げてきた。
おれはウッと言葉に詰まる。
こ、こんなにキラキラした笑顔のフェリクスに、ノーとは言いづらい……!
「あ、ああ……またあとでな、フェリクス」
残念ながら、フェリクスはおれの助けにはなってくれなかった。
なってくれなかったどころか、おれは風呂から上がったらフェリクスの部屋に行くと約束させられてしまった。マジでなんでだ。
そして、おれはガゼルに抱かれたまま、風呂場に向かう羽目になったのだった……
◆
「……こうして見ると、本当にこの屋敷の風呂は広いな」
ガゼルになかば押し切られるようにして、とうとう風呂場にまで連れてこられてしまった。
しかし、身体が縮んでしみじみと思うが、本当にこの屋敷のお風呂は大きくて豪華だ。
精緻な模様の描かれたタイルで壁は覆われ、真っ白なバスタブが床に下半分を埋め込まれるようにして設置されている。バスタブはかなり大きな造りで、大人五人は入っても余裕があるんじゃないだろうか。
そのため、今のおれにとっては、風呂場もバスタブもとんでもなく広く感じる。
正直、ガゼルと一緒に入っていなかったら、はしゃいでバスタブの中で泳いでたかも。
「タクミ、どうかしたのか?」
風呂場の広さに改めて感じ入っていると、ガゼルが顔を覗き込んできた。
むろん、これから風呂に入るのだから、ガゼルも一糸まとわぬ姿だ。
よく日に焼けた肌の上には、引きつれた火傷のような痕や、切り傷があちこちにあるが、それが彼の魅力を損なうことはまったくない。
むしろ、ガゼルの引き締まった身体を引き立たせており、同性ながら惚れ惚れしてしまう。
「いや、なんでもない。これから洗う」
「じゃあ俺が洗ってやるよ。こっち来い」
「……ガゼル。念のため言っておくが、おれは中身はおれのままだぞ? 精神まで若返ったわけじゃないからな」
おれが腰に手を当てて抗議をすると、ガゼルは悪びれない表情で、そして、どこか懐かしそうに瞳を細めて微笑んだ。
「なんだよ、怒ったのか? 悪い悪い。今のタクミはちっこくてよ、つい、あれこれ世話を焼きたくなっちまうんだよな」
「いや、だからおれは精神まで若返ってるわけじゃ……」
「昔、元々住んでた農村からリッツハイム市に移り住んでからは、俺がずっと小さいガキ共の面倒を見てたんだよ。そん時のことを思い出して、なんか懐かしくなっちまってな」
「……そ、そうか」
ちょ、ちょっとガゼルさん? そう言われると、断りづらいんですけど!?
っていうか、その言葉のあとで断ったら、おれがめちゃくちゃ酷い奴じゃない!?
――ガゼルは、今でこそリッツハイムの国立騎士団である黒翼騎士団の団長を務める益荒男だが、最初からそうだったわけじゃない。
彼は貴族でも騎士の出でもなんでもなく、もともとは農村で暮らす庶民だった。
しかし、子どもの頃にモンスターの襲撃に遭い、家族も村も失った。
そして、生き残ったわずかな村人だけでこのリッツハイム市に逃げてきたのだ。頼るべき大人もおらず、まだ自分も子どもの身であるのに、幼い子どもたちの面倒を見ながら、仲間と助け合って生きてきた――という話を、以前、おれはガゼル自身の口から教えてもらった。
そこから黒翼騎士団の団長まで上りつめたのだから、本当にすごい人だと思う。
……つまり、ガゼルの『小さいガキ共の面倒を見てた』っていう話は、その時のことであるわけで……
そ、そんなことを、そんな懐かしそうな顔で言われたら、もうそんなの絶対断れないやつじゃんーーー!
「……今回だけだぞ」
やれやれ、とガゼルの傍に寄る。
まったくもう! そもそも、おれがガゼルからの頼み事を断れるわけないんだよー。
それに、さっき、おれ自身がガゼルに『せっかくだし、この状況も楽しんでほしい』みたいなこと言っちゃったばかりだしねぇ……ま、いいか!
せっかく明日からは旅行なんだから、こんなことでガゼルとケンカしたくないし。
「おう! ありがとな、タクミ」
おれの言葉に、破顔するガゼル。
……その笑顔を見て、「こんなに喜んでくれるなら、これぐらいはいっか」と思ってしまったのだから、おれはつくづく単純な人間だ。
「じゃあ、こっち座ってくれ、タクミ」
「ああ、分かった」
ガゼルに促され、彼の正面の椅子に座る。
ちなみにこの椅子は、おれのたっての希望で設置してもらった。元々はガゼルもフェリクスも……というか、この世界の人間は身体を洗う時は、立って洗うのが常なので風呂場に椅子を置く習慣はない。
騎士団の共同浴場とかも、隣との間に仕切りはあるものの、皆ブースごとに立って身体を洗う感じ。
しかし、日本人であるおれはその習慣に馴染めなかったので、我が家のお風呂にはこの椅子を設置してもらった。
さすがにプラスチック製とはいかず、木製である。なので、バスタブや周囲の西洋的装飾と比べると、この椅子だけなんとも昭和の銭湯感を醸し出している。
ま、細かいことはいいんだよ!
ガゼルとフェリクスも「立って洗うよりも椅子があるほうが便利だな」「確かに、座っているほうがゆっくりと洗うことができますし、隣の方にも飛沫がかかりませんね」って言ってくれたしね!
そんな経緯で作られた椅子に座ると、背後にガゼルが回った。彼もまた風呂用の椅子に座っている。
ガゼルは木製の盥――これもおれが言ってこの風呂場に備え付けてもらったもの――にぬるま湯をためると、それをゆっくりとおれの頭にかけた。
髪の毛を充分に濡らしたところで、頭用の石鹸を掌の中で泡立て、その泡をおれの頭頂部につける。そして、頭皮を揉みこむようにマッサージを始めた。
「タクミ、大丈夫か? 石鹸が目に入ったら言えよ」
「全然大丈夫だ。むしろ、気持ちいい」
念のため目をぎゅっとつぶっているものの、石鹸が顔に垂れてくる気配はない。
ガゼル、うまいなぁ。
彼がおれの頭を撫でる時は、いつもこう、わしゃわしゃーって大雑把な感じだから、ちょっと意外だ。
やっぱり、昔、自分より幼い子の面倒を見ていた経験があるからだろう。
ガゼルの新たな一面を発見しちゃったかも。
「流すから、目をつぶってろよ」
「うん」
おれが答えると、一拍の間を置いてから、頭からぬるま湯がかけられた。
指先で目の辺りについた湯を拭っていると、背後のガゼルから「悪い、目に入ったか?」と気遣わしげな声がかけられた。おれは首を横に振って、大丈夫だと答える。
「ならよかった。じゃあ、今度は身体だな」
「え? い、いや、別にそれぐらいは自分で……んっ」
おれが言い終わる前に、背中をやわらかく擦るものがあった。
ガゼルはいつの間にか手に綿布を持っており、石鹸をつけたそれで背中を擦ってくれている。擦るといっても、あまり力は込められていないので、ちょっとくすぐったいぐらいだ。
「今のタクミは、本当にちいせェし、細いなァ。そういや今日、伯爵夫人に着せられてたエプロンドレスもずいぶんと似合ってたぜ?」
「頼むから、あれは忘れてくれ……」
「なァ、元の姿に戻ったら、もう一回くらいあの格好してみてくれよ。お前なら絶対、元の姿でも似合うからよ」
「ぜ、絶対にいやだ! この姿でもかなり恥ずかしかったけれど、アルファレッタ伯爵夫人の頼みだから仕方がなく着たんだぞ。元の姿でなんて、絶対に着ないからな」
「なんだよ、伯爵夫人からの頼みは聞くのに、俺の頼みは聞けねェってのか? つれねェなー」
ガゼルはククッと喉を鳴らし、悪戯めいた表情で笑った。
そんな会話をしている間に、背中は洗い終わったらしい。ガゼルの手が今度は前面に伸びてくる。
おれは慌てた。背中を洗ってもらったところで、椅子から立ち上がってあとは自分でやるつもりだったのに、会話に気を取られてタイミングを見失ってしまった。
「っ、ガ、ガゼル、前はさすがに自分でやるぞ……?」
「まァ、いいじゃねェか。せっかくだから、もうちょい小さいタクミを堪能させてくれよ」
そう言うと、ガゼルの手がぬるりと腹部に触れた。
あ、あれ? ガゼル、布は持ってないのかな?
背中を洗ってくれた時は持ってたのに。
「っ……!」
おれの戸惑いをよそに、ガゼルの手がお腹のやわらかい肉をふにふにと弄るように触れてくる。
先ほどの言葉通り、おれの変貌した身体の感触を確かめ、楽しんでいるような触り方だった。
そして、それを裏付けるように、人差し指の先がするりと臍に触れてくる。
石鹸をすりつけるように、臍のくぼみや、その周辺をぬるぬると指先で弄られると、くすぐったいような、ぞくぞくとする感覚が奔った。
「っ、ふ……」
思わず熱い吐息が零れそうになるのを、前歯で自分の舌先を噛むことで、なんとか堪えた。
こ、これ……ガゼルは洗ってくれてる、だけなんだよな……?
ガゼルに抗議しようかとも思ったが、それを口にすると、自分が快感を覚えていることを告白するようで、なんとも躊躇われた。
もしもガゼルにそんなつもりはなく、本当に洗ってくれてるだけだったら、目も当てられない。
しかし、そんなおれの胸中の焦りと戸惑いを知ってか知らずか、ガゼルの指が上部へと伸びてきた。
胸を這うガゼルの指は、先ほどと同様、そこの肉付きのやわらかさや弾力を確かめるように、ふにふにと触れてくる。
洗っているのか、楽しんでいるのか、いかんせん判別がつかない。
「っ、ガ、ガゼル、もう大丈夫だからそろそろ……ぁっ!」
「なに言ってんだよ。まだここは洗い終わってねェだろ?」
石鹸を纏ってぬるついたガゼルの指が胸の中央に滑り、乳首をつまんだ。
ぬめりを帯びた指先が、くにくにと乳首を弄ってくる。その感覚に、思わず足の指がぴんと伸び、背中をくねらせてしまう。
「ッ、ガゼルっ……! や、やっぱり、さっきからわざとやってるだろう!」
「あ、バレたか? いや、だってよー、こんな小さいタクミを触る機会はそうそうねェと思ったら、色々と触ってみたくなっちまってよ」
「だ、だからって、ここじゃなくても……ひぁっ!」
ガゼルの指先が、きゅうっと乳首をつまみ、引っ張る。
いつもなら耐えられる快楽は、身体が縮んでいるせいで皮膚が薄くなっているのか、痛いぐらいの刺激となって襲ってくる。
びくりと身体が跳ね、バランスを崩して椅子から崩れ落ちそうになる。だが、落ちる前にガゼルがおれの身体を片腕で抱きとめた。
「おっと。大丈夫か?」
「ぅ、だ、大丈夫だ……それより、その、この体勢はさすがに……」
「まぁまぁ、もうちょっと楽しませてくれよ。最初はあまりのことに色々と心配になったが……こうしてみると、確かに、これも意外に悪くねェ状況だな。こんな小さいタクミを見られる日が来るなんて、思ってもみなかったしよ」
ガゼルはおれの身体を抱き寄せると、自分の膝の上に乗せた。今のおれは、ガゼルに背中を預けて膝の上に座っている状態だ。
っていうか、この体勢だと、おれの足は完全に宙に浮くんだな……
ガゼルのガタイがいいのもあるんだろうけど、あまりの体格差に今更ながら驚く。
「元の身体に比べると、こっちはまだまだ小ぶりだなァ」
「あっ……!?」
ガゼルの指が、再び乳首に触れてきた。
石鹸を塗り込むように、きゅむきゅむと両方の乳首を指先で弄り続ける。
「ぁっ、ガゼル、それやだって……! んっ、ふっ」
「でも、お前のここは嬉しそうに硬くなってきたぜ?」
「んっ、ぁ……! ふぁっ、ぁっ!」
「そういや、今のタクミの身体を調教したら、元に戻った時にどうなるんだろうなァ。試しに、この可愛い胸で試してみるか? ん?」
「ぁっ、やっ……んぁ、ああッ!」
今、なんだかガゼルが怖いことを言っていたような気がしたけれど、いかんせん、快楽に耐えるのに必死で、会話に意識を向けていられなかった。
ガゼルの指は会話の間にも、ぬるぬると乳輪を這い、くすぐり、かと思えば、元の身体の時に比べて小ぶりなそこをグニグニと揉みしだく。
「ひっ……ぁ、ぁあッ!」
容赦ない責めに、ぶるぶると身体が震え出す。
そして、とうとう、ガゼルの指が乳首を上に引っ張るようにして、くっと上に摘まみ上げた時、おれは甲高い悲鳴を上げて、背筋をのけ反らせた。
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