エロ漫画世界で快楽マッサージ店やってたモブが異世界転生した話

秋山龍央

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第36話

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 その後、到着したお迎えの馬車へと乗って、おれと神父様は無事に帰宅をした。

 ただし明日以降も神父様には、今回の事件について改めて詳しく聴取をさせてほしいということだったので、おれたちが西ルムルに戻れるのは少し先になりそうだ。

 部屋にたどり着いたときには、もう立っているのもやっとだった。おれはベッドに倒れこむと、そのまま意識を手放し、泥のように眠り込んだ。
 肉体的な疲労というよりも、精神的な疲れの方が大きかった。

 目を覚ましたころには、太陽はすでに高い位置まで昇っていた。直後に使用人の方が、食事の用意ができていると尋ねてこられたので、おれは食堂へ行って朝食兼昼食をとることにした。

 食堂には、神父様もすでに来ていた。
 神父様の穏やかな笑顔を見た瞬間、おれの胸には、ふっと安堵が広がった。

 本当に……こうして再び無事な姿を見ることができてよかった。

 なお、話を聞くと、どうやら神父様もおれと同じく、部屋に戻るなり緊張の糸がほどけて、今まであてがわれた部屋でぐっすりと眠っていたという。

 そうして二人で食事を終えたあと――
 神父様はどこか躊躇いがちに口を開いた。

「アオイ、あとで私の部屋に来てもらえませんか? 少し話したいことがあって……」

「もちろん大丈夫ですよ」

 神父様はいささか緊張した面持ちだった。
 けれど、それはおれも同じだ。

 おそらく――神父様の話というのは、先日のおれとの言い争いの件なのだろう。

 ■

 約束通り、おれは神父様の部屋を訪れた。
 扉をノックしようとした瞬間、それより早く扉が開いて神父様が顔を出した。
「気配でなんとなく、あなたが来たと分かりました」と笑い、おれを中へと招き入れた。

 神父様にあてがわれた部屋は、館の二階にある角部屋の客室だ。広くはないけれど、調度品や敷かれている絨毯など、どれも質のいいもので揃えられている。

 神父様は壁際のベッドへと腰を下ろすと、隣に座るように軽く手で示した。
 おれはその言葉に従いながらも、ほんのすこし間をあけて腰掛ける。横目でちらりと神父様を窺うと、彼はなぜかショックを受けたような顔をしていた。

「神父様、どうかしましたか?」

「い、いえ、なんでもありません……」

 なんでもない、と言う割には、神父様はあからさまにそわそわとしているし、おまけに寂しそうな表情を浮かべている。なぜだろう。

 まさか――距離をあけて座ったのが悪かったのだろうか?

 たしかにこれまでは、二人きりになると、たいてい神父様の隣にぴったりと座っていた。
 というのも、神父様と二人きりになる時は決まって、おれがマッサージをしていたからだ。

 それに神父様自身――ご本人は気づいていないかもしれないけれど――スキンシップが好きというか、人のぬくもりを求めるタイプだ。

 けれど今回は、先日の言い争いの件を話し合うために呼ばれたのだ。これからおれは、先日の無礼な態度をとったことについて、神父様にきちんと謝罪をしなければならない。

 そんな状態で、これまで通り密着して座るのは、ふさわしくないと思った……のだけれど。

「……こほんっ」

 神父様は軽く咳払いをして、場の空気を切り替えるように口を開いた。

「えっと、その……今回は改めて、ありがとうございました。グレアムから聞きました。あなたは、わざわざ西ルムルから竜に乗って王都まで私を探しに来てくれたと」

 神父様の声は真摯で、胸の奥からにじみ出るような感謝が込められていた。

「あなたがいなければ……グレアムの竜も、私も、そしてあの金髪の青年も……大きく運命を狂わされていたことでしょう。あなたの勇気ある行動に、深く感謝します」

 神父様が頭を下げるのを見て、おれは慌てて首を横に振る。

「そんな、当然のことをしたまでですよ」

 続けて、少し迷いながらも口を開く。

「それに“勇気ある行動”って言うなら、神父様のお母さん――リィナさんには、到底かないません。ご自分の命に代えてでも、神父様を守ろうとしたんですよね……一度でいいから、お会いしてみたかったです」

 そう言った瞬間、神父様の顔がすっと曇った。
 不思議に思って、おれは首をかしげる。

「神父様……?」

「いえ、すみません」

 神父様は視線を落としながら、ぽつりと漏らした。

「実は、母のことについては……少し、複雑な気持ちがありまして」

「あ、そうですよね。リィナさんのことは、まだ手紙で知ったばかりですし……実感がわかないのも無理ないですよね」

「いえ、そういうことではなくて……」

 神父様は下唇を噛みしめて、視線を床へと落とした。

「じつは……私はずっと、母を恨んでいたんです。だって、そうでしょう? まだ赤子だった自分を教会に捨てて行ったのですよ。私にはその理由も分かりませんでした」

「神父様……」

 思ってもみなかった言葉に、おれは目を見開いた。

 いつも神父様はにこやかな笑顔を浮かべていて、西ルムルの人たち全員から好かれていた。むしろ、神父様をきらいな人なんていないと思う。
 そんな彼が初めて、今までずっと自分の母親を恨んでいた、と告げたのだ。

「子どもの頃からずっと、母はどうして自分を置き去りにして、独りぼっちにしたのかと……私はそればかりを考えて、いつしか母を憎むようになっていました」

「…………」

「ルクサール伯爵に聞かされた話では、恐らく母は自分の命が長くないこと悟り、あえて何も残さなかったのだろうと……でも、子どもの私にそんなことが分かるわけ、ないじゃありませんか。あの頃の私が、どれだけみじめな気持ちで生きてきたか……っ」

「神父様……」

 おれは神父様の真横へとそっと移動し、その肩に静かに腕を回した。指先が触れた瞬間、おずおずと顔が上がる。おれと目が合った瞬間、そのはしばみ色の瞳から、大粒の涙がひとつ、ぽろりとこぼれ落ちた。
 おれは右手を伸ばし、その頬を伝う涙を優しくぬぐった。

「大丈夫ですよ。子どもの頃の神父様がそう感じていたことも、今、お母様の気持ちを受け止めきれないことも……どちらも、人間なら当たり前のことです。そして、きっとどちらも、時間が解決してくれますよ」

「時間が経てば……私は、母のことを受け止められるのでしょうか?」

「もちろんです。なにせ神父様は、得体が知れない、しかも無一文のおれを教会に迎え入れてくれたじゃないですか。それに比べれば、なんてことないですよ」

「ふふっ……なんですか、それは」

 神父様は、ぽろぽろと涙をこぼしながらも、くしゃりと微笑んだ。
 その笑みに胸を突かれ、おれは思わず神父様へと向き直ると、その身体を腕の中へ抱き寄せた。

 神父様は一瞬ためらいながらも、おれの胸元へと顔をうずめ、やがておずおずと両腕をおれの背へと回してくる。

「……言い訳に聞こえるかもしれませんが……先日、あなたにひどい態度を取ってしまったのも、実は……母のことが関係しているんです」

「リィナさんのこと……ですか?」

 おれと神父様の言い争いの件――?
 それがいったい、神父様のお母様とどういう繋がりがあるのだろう。

 おれが首をかしげていると、神父様はゆっくりと目を伏せた。

「あなたがグレアムと共に王都に行くと言った時……私は、母だけじゃなくあなたにも置き去りにされて、独りぼっちにされるのか、と思ったんです。そうしたら、どうしようもない怒りと悲しみがこみ上げてきて、もう、自分では止められなくなってしまって……」

「ああ……なるほど」

 そういうことだったのか、と腑に落ちた。

 確かにあの時の神父様は、いつになく冷静さを欠いていて感情的だった。
 知らず知らずのうちに、おれは神父様の地雷を踏みぬいていたのだ。

「でもあの時のことは、神父様は悪くありませんよ。おれが全面的に悪かったんです。教会でお世話になっている立場なんですから、グレアムさんに答える前に、まず神父様に事前にお伺いを立てるべきでしたし」

 神父様は首を横に振った。

「……いえ。あなたがどんなふうに話を切り出していたとしても、私はおなじ態度をとっていたでしょう。傲慢だと思われるでしょうが……私はずっと、漠然と、あなたはこの教会で私の傍にいてくださるものだと……思い込んでいたんです」

 そう言って、神父様はおれの胸元をそっと押し返すと、こちらの顔を見上げた。その瞳は、決意と迷いがせめぎ合うように揺れていた。

「すみません、私にあなたを引き留める権利なんてない。むしろ、私はあなたのことを笑顔で送り出してあげないといけなかったのに……」

「……送り出す?」

「はい。あなたはまだ若いし、才能もあります。なにより、誰かのために行動できる勇気と優しさを持っています。そんなあなたが王都で多くの人と出会い、研鑽を積むことは、きっと素晴らしい経験になるはずです」

 神父様の目元は真っ赤に染まり、唇はわずかに震えている。

「でも、どうか……たまには西ルムルの教会に帰ってきてくださいね」

 神父様は、泣くまいと必死にこらえるように笑顔を浮かべた。悲しみを押し隠して、どこか無理やりに言葉を絞りだしているのが伝わってくる。
 しかしながら、そんな神父様に――おれの頭の中は「???」でいっぱいだった。

「あ、あのー……神父様?」

「はい」

「おれは王都での用事は終わったんで、神父様といっしょに西ルムルに帰るつもりだったんですが……たまにしか帰っちゃだめですかね……?」

「えっ?」

 もしかしてコレ、遠回しに「もう西ルムルには帰ってくるな」って言われてる?
 いや、でもこの雰囲気からしてそんなはずはないよな。というか、もしそうだったとしたら、おれは土下座でもなんでもして神父様に許しを乞わないといけない。

「え、えっと……? あなたはグレアムと一緒に王都へ行くという話をしましたよね……?」

 神父様も神父様で、なにを言われたのか分からないといったふうにキョトンとした顔をして、首を傾げている。

「はい、グレアムさんに仕事を手伝ってほしいといわれまして。その仕事っていうのが、ルクサール伯爵に奪われた竜を取り戻してほしいということだったので、無事に終わりました。だから、神父様と一緒に西ルムルに戻ろうと思っていたのですが……神父様、どうしました!?」

 神父様はいきなり顔を真っ赤にすると、突然、ぼすん、と音を立ててベッドに突っ伏してしまった。

「神父様!? どこか身体の具合でも……!?」

 おれはオロオロとしながら身をかがめ、神父様を覗き込む。すると、神父様はぷるぷると震えながら自分の顔を両手で覆っていた。表情こそ見えないが、その耳先は茹蛸のように赤く染まっている。

「すみません、本当にすみません……!」

「な、なにがです?」

「てっきり私は、あなたが西ルムルを離れて王都に移住するのだとばかり……! い、一時的に王都に行ってくるという話だったのですね……!?」

「移住? なんでそんな……」

 そこまで言って、おれはふと言い争いの際の神父様との会話を思い返してみた。

 ……言われてみれば、確かに神父様をそう誤解させるような会話だったなぁ。
 そもそも、王都行きの具体的な内容を話していないし。いや、あの時はおれも具体的な日程を知らなかったっていうのもあるけれど。

 なるほど、だから神父様はあれほど怒ったのかー、と一人で納得していると、神父様はゆっくりと身体を起こした。しかし、その肩はまだぷるぷると震えている。

「こ、この度は、勘違いでひどい態度をとってしまって、本当に申し訳ありませんでした……!」

「謝らないでくださいよ、おれの切り出し方が悪かったんです。それよりも……おれはこれからも、神父様と一緒にいていいんでしょうか?」

 神父様は手を伸ばすと、おもむろにおれの右手をぎゅうっと握りしめた。
 はしばみ色の瞳が潤んで、光を受けた水面のように揺れる。そして、やわらかな声で応えた。

「そんなこと……当たり前じゃないですか」

 神父様の嬉しそうな微笑みを見た瞬間――おれの身体は勝手に動いていた。
 彼の身体を右腕で力強く抱き寄せると、そのまま噛みつくように唇を奪っていたのだ。

「んっ……!?」

 神父様は目を見開いて驚きの表情を浮かべたものの、抵抗はしなかった。一拍置いた後に、おずおずとおれのキスに応えようとしてくれる。ためらいがちに唇を開き、おれの舌を迎え入れようと――

 ――その時、自分に課した『誓い』が脳裏に蘇った。
 慌てて神父様の身体を引きはがし、頭を下げる。

「す、すみません神父様! 今のは、その……」

 慌てて言い訳を並べようとするも、うまい言葉が出てこない。
 対する神父様は、突如としてキスが終わったことに目を白黒させていた。けれどすぐに眉根を寄せて、怪訝そうに言った。

「……どうして止めたのですか? あっ、いえ、そうじゃなくて……コホンっ。ど、どうして謝るのですか?」

「その……おれは、神父様にこんなことをしていい人間じゃないんです。おれは……」

 この世界で生きていくために決めた、自分のルール。
 快楽を追い求めないこと。誰かとセックスをしないこと。それなのに、おれは今……自分の欲望に負けて、その誓いをあっさりと破りかけたのだ。

 なんていうことだ。おれはやっぱり、まだまだ未熟で、駄目な人間だ。
 こんなことだから――ユリオさんも愛想を尽かしたんだ。

 ……そう思った時だった。おれの両頬を、ふわりと、あたたかくやわらかい感触が包み込んだ。それは、神父様の掌だった。

「し、神父様……?」

「なにか、心につかえているものがあるのですね。顔を見ればわかります」

 神父様は慈愛に満ちた笑みを浮かべると、ゆっくりとおれの頭を胸元へ抱き寄せた。その胸に頬を寄せた瞬間、ふわりと漂う、陽だまりのような優しい香りに、心がほどけていくのを感じる。

「今まで私は、あなたの身の上を詳しく尋ねることはしませんでした。でも……こんなに優しくて、人のいいあなたが、誰かに刺されたということが、ずっと不思議だったんです」

「……おれは、そんなに出来た人間じゃありませんよ。刺されたことだって……おれの自業自得なんです」

 喉から出たおれの声は、自分で思っていたよりも弱々しくかすれていた。

「でも、あなたが私やグレアムの危機を救ったのは事実です」

 神父様はそう言って、おれの頭を優しく撫でた。指先が髪をすくい、温もりがじんわりと心に沁み込んでいく。

「よかったら……今度は、あなたの話を聞かせてくれませんか?」

「おれの話、ですか?」

「ええ。さっきは、私の話を聞いていただきましたから。だから今度は、私があなたの話を聞く番でしょう? それに――私の仕事は、悩める人の話を聞くことなんですから」

 そう言って、神父様は茶目っ気のある笑みを浮かべた。おれも思わずくすりと笑みを零した。
 さっきまで重くのしかかっていた痛みと罪悪感が、少しずつやわらいでいくようだった。
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