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第一話
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「うわっ! す、すみません、よく見てなくて――あ、なんだオメガか」
本棚と本棚の間から急に出てきた生徒とぶつかり、持っていた二冊の本を床に落としてしまった。その相手の第一声に、おれは謝ろうと唇を開きかけたまま、ぎしりと硬直してしまった。
目の前にのは、黒いネクタイとズボン、白いシャツ、臙脂色のベストと黒地のジャケットを身に着けた、背は高いがひょろりとした細身の男子学生だ。
ベストの色は違うが、おれも同じ学生服を着ている。というのも、今、おれたちがいるのは〈魔術学院スカルベーク〉の図書室だからだ。
そして、この〈魔術学院スカルベーク〉は四年制の学院で、制服のベストの色で学年が分かるようになっている。臙脂色は一年生、紺鼠色が二年生、山吹色が三年生、松葉色が四年生だ。四年生が卒業すると、今度は一年生が松葉色のベストを着ることになる。
目の前の彼は臙脂色のベストを着ており、おれは紺鼠色のベストを着ているから、おれの方が一年先輩だ。
彼も最初はおれが一学年上の先輩だから、最初は敬語を使おうとしたんだろう。しかし、途中で〈あること〉に気がついたため、思わず素の口調に切り替わったようだ。
その〈あること〉というのは――おれがベストの上に着ている黒字のジャケットの左胸につけている校章のブローチだ。
小指の先程の小さな金属製のブローチだが、このブローチには、金、銀、銅の三色がある。おれがつけているのは銅、後輩の彼がつけているのは銀のブローチだ。
ベストの色と同様に、このブローチの色にも意味がある。むしろ、このブローチの色の方がこの世界の人間にとっては重要になる。
この金、銀、銅の三色があらわすのは、この世界での〈性別〉だ。
無論、男と女をあらわすような単純なものではない。
「はぁ……なんだよ、謝って損した。ったく、今度から気をつけろよ」
「……すまない」
おれは棚の前で本を物色していただけで、急に棚の向こうから出てきてぶつかってきたのはそっちだろう――そんな言葉が喉元まで出かけたものの、唇を噛み締めて、ぐっと言葉を飲み込んだ。
ここで彼とケンカをしても仕方がない。図書室で騒いで、変に注目されたくなかった。
おれは相手と視線を合わさないようにしながら、しゃがみこんで、地面に落ちた本を拾い上げた。二冊の本を拾い、表紙についてしまったホコリを払って顔をあげる。だが、驚いたことに、先程の後輩の彼がまだそこに立っていた。謝罪もしたし、てっきりもう行ったかと思っていたのに。
「まだなにか?」
首を傾げて尋ねる。すると、相手は眉間に皺をよせて唇の端をひきつらせて、こちらを睨みつけてきた。
「なんだよ、今の? オレが触ったから汚れたってか? オメガのくせに、ずいぶんすかした真似するじゃねぇか」
そう言うと、相手はいきなり距離を詰めて胸ぐらを掴んできた。
顔に吐息がかかるほどの距離だ。嫌な臭いに、憂鬱だった気分が、ますます落ち込む。
さて、どうしたものか。
おそらく、彼がおれがオメガだと分かって、気が大きくなったんだろう。一方的に八つ当たりができそうな弱者が目の前にいたから、難癖をつけて暴力に走ろうというところだろうか。
とはいえ、ベータである彼の背丈はおれよりも高いけれど、ひょろりとした細身の彼に腕力で負けることもなさそうだ。
適当にいなして、さっさと逃げてしまおうか。
いや、でもそうなるとこの二冊の本はどうしようか。借りるには図書室のカウンターを通して申請書類を書かないといけないし……いったん本棚に戻しにいける雰囲気でもないし、適当な場所に戻すのは気が引ける。
うーむ、どうしたものか。
「おい、聞いてんの――いったぁ!?」
その時だった。
食ってかからってきた彼の頭の上に、突如として、かなり分厚い本の角が打ち下ろされたのである。
厚さ十センチほどはありそうな本の角は、重量もあいまってかなり痛そうだった。無論、おれがやったのではない。
どうしようかと悩んでいる間に、いつの間にか目の前の男子生徒、その背後に近づいていた者が、手に持っていた分厚い辞書をその頭に振りおろしたのだ。
おれはその一部始終を見ていたものの、気が付いた時にはすでに遅かった。
「くそ、いきなり何す……!」
男子生徒は背後を振り返り、自分の頭を殴ってきた人間を、顔を真っ赤にして睨みつけた。だが、その言葉は尻切れとんぼで終わった。
そして、顔色が怒気の赤色から、血の気を失って一気に蒼白に変わる。
「あ……あんた……いや、あなたは……」
「図書室で騒いじゃダメだろー?」
片手に辞書を持ってあらわれたのは、目の前の彼と同じく、臙脂色のベストを来た男子生徒だった。つまり、おれの一学年下だ。
「つーかなに? 先輩、こいつ知り合い?」
あらたに現れたその後輩は、おれに説明を求めるように顔を向けてきた。
後輩にしてはずいぶんと馴れ馴れしい口調だが、まぁ、これはいつものことなので諦めている。
おれは首を横にふって答えた。
「いや、初対面だよ。さっき、お互いの不注意でぶつかってしまったから、謝罪しあってたところだったんだ」
「へぇ? 俺が見てた時には、一方的にセンパイがこいつに食ってかかられてたように見えたけどな? なぁオイ、俺はあんたにも聞いてんだけど?」
「ひぃっ!?」
すっかり縮こまっている男子生徒の頭に、ぐりぐりと本の角を押し付けるのを見て、おれは眉をひそめて名前を呼んだ。
「レックス、やめろ。本が傷むだろう」
「あ、そっすね」
レックスはおれが止めると、あっさりと本を引いた。
しかし、殴られた箇所を本の角でぐりぐりされたばかりの彼はかなり痛そうだ。涙を浮かべながら、瘤になっているそこに指先で触れようとして、しかし痛みのあまりに指を慌てて引っ込めていた。
そんな彼をじろりと見下ろしたレックスは、辞書を棚に戻すと――本当にその辞書はその場所でいいのかが気がかりだ、あとでチェックしておこう――腕組みをして、低い声を出した。
「で、どうなんだ?」
「す、すみません……オレが、いや僕が、レックスさんの言う通り、この先輩に一方的に突っかかっていっただけです……」
「へぇ? ずいぶん暇なんだな、あんた。中間試験前に図書室でそんなことをする時間があるなんて、羨ましい限りだぜ。試験結果が楽しみだな」
「そ、そういうわけじゃ……その、すみません……」
彼の最初の勢いはどこへやら、しどろもどろになって、真っ青な顔でぶるぶると震えている。
そんな彼を、レックスは一転してつまらなさそうなものを見る顔になった。そして、こちらにちらりと視線を投げてきたので、おれは肩をすくめてみせた。『気にしないでいいから、もう放っておいてやれ』という意味を込めたつもりだ。
だが、レックスは違う意味に解釈したらしい。
いや、もしかすると、おれの意図したことを分かっていて、あえて違う行動に出たのかもしれない。
レックスはぶるぶると震える彼の首根っこを掴むと、顔を近づけて、獣が唸るような、獰猛な声で告げた。
「悪いけど、あんたと違って俺も先輩も暇じゃないんだ。もしも今度、この人に馬鹿みてぇな言いがかりをつけたら……どうなるか分かってるな? おい、返事は?」
「……わ、わかりました……す、すみませんでしたぁ!」
レックスが手を離すと、彼は弾かれたように駆け出した。足をもつれさせながら、脱兎の勢いで図書室を駆け抜けていく。
そんな彼の背中に、カウンターにいた司書の先生が額に青筋を浮かべながら「神聖な図書室で走ってはなりませんよ!」と叱責の声をあげていたが、それすらも聞こえていないようだ。
周囲のいぶかしげな視線を集めながら、彼はあっという間に図書室を出て行ってしまった。
おれは呆然としながら、ふと、先ほどレックスが棚に戻した辞書のことを思い出した。
棚を見れば、案の定、元あったであろう場所から二段上のところに戻されてしまっている。おれは背伸びをしながら辞書を抜いて、それを元の場所に戻した。辞書を棚に戻し終わったところで、おれの肩に腕が回され、身体が引き寄せられた。無論、こんなことをするのは、近くにいたレックス以外にいない。
「レックス。おい、離せよ」
「先輩、相変わらずドン臭ぇなー。だからあんなヤツにも絡まれるんじゃねぇの? あんなの、最初から放っておけよ」
「放っておくもなにも、向こうが一方的にぶつかってきて、一方的に絡んできたんだ」
「へぇ、そうなんだ。でも先輩、最初はオレに嘘ついたよな? 『お互いの不注意でぶつかってしまったから、謝罪しあってた』って言った気がするけど?」
なんだかレックスの機嫌が悪そうだとは思ったが、どうやら、おれが嘘をついたことというか、あの男子生徒をかばったような発言をしたことに対して、ご機嫌ななめらしい。
「別に、彼をかばったつもりはなかった。お前が助けてくれたことにも感謝してる」
「そりゃどーも」
「ただ、あまり騒ぎにはしたくなかったんだ。ああ言って、彼が素直に謝ってくれればそこで話が終わるかと思って」
「ふーん……」
「レックス。分かったなら、そろそろ離せ」
「へいへい」
レックスはようやくおれの身体を離してくれた。
おれは本を抱えなおしながら、ちらりとレックスの顔を見上げた。後輩だが、彼の背丈はおれよりも頭一つ分高い。身長190センチ以上はあるのではなかろうか。
肌の色はよく日に焼けた小麦色で、彫りの深い顔立ちとすっと通った鼻梁。少しおさまりの悪い銀色の髪。いささか釣り目気味の赤い瞳は、筋肉が均等についた力強い体躯とあいまって、少し他人に近寄りがたい印象を与えるだろうか。
おれはといえば、あまりに日に焼けづらい体質のせいで肌の色は白く、身長は平均的だが筋肉もさほどない。淡い茶髪の髪と焦げ茶色の瞳にも、顔立ちにも特筆すべきところはない。
なので――正直に言えば、レックスという後輩は、自分からは絶対に話しかけようとは思わない種類の人間だった。どう見ても、おれとレックスでは友人にしても、後輩先輩にしても、釣り合いがとれていないのは明らかだ。
何より、レックスのジャケットについているブローチの色は金だ。
この〈魔術学院スカルベーク〉で金のブローチをつけている人間はそう数は多くない。先ほどの男子生徒が顔をいきなり青ざめさせたのも、金色のブローチの意味を知っているからだ。
なお、おれがつけている銅色のブローチも、つけている人間の数は多くない。
だが、金と銅ではその意味が大きく異なる。
本棚と本棚の間から急に出てきた生徒とぶつかり、持っていた二冊の本を床に落としてしまった。その相手の第一声に、おれは謝ろうと唇を開きかけたまま、ぎしりと硬直してしまった。
目の前にのは、黒いネクタイとズボン、白いシャツ、臙脂色のベストと黒地のジャケットを身に着けた、背は高いがひょろりとした細身の男子学生だ。
ベストの色は違うが、おれも同じ学生服を着ている。というのも、今、おれたちがいるのは〈魔術学院スカルベーク〉の図書室だからだ。
そして、この〈魔術学院スカルベーク〉は四年制の学院で、制服のベストの色で学年が分かるようになっている。臙脂色は一年生、紺鼠色が二年生、山吹色が三年生、松葉色が四年生だ。四年生が卒業すると、今度は一年生が松葉色のベストを着ることになる。
目の前の彼は臙脂色のベストを着ており、おれは紺鼠色のベストを着ているから、おれの方が一年先輩だ。
彼も最初はおれが一学年上の先輩だから、最初は敬語を使おうとしたんだろう。しかし、途中で〈あること〉に気がついたため、思わず素の口調に切り替わったようだ。
その〈あること〉というのは――おれがベストの上に着ている黒字のジャケットの左胸につけている校章のブローチだ。
小指の先程の小さな金属製のブローチだが、このブローチには、金、銀、銅の三色がある。おれがつけているのは銅、後輩の彼がつけているのは銀のブローチだ。
ベストの色と同様に、このブローチの色にも意味がある。むしろ、このブローチの色の方がこの世界の人間にとっては重要になる。
この金、銀、銅の三色があらわすのは、この世界での〈性別〉だ。
無論、男と女をあらわすような単純なものではない。
「はぁ……なんだよ、謝って損した。ったく、今度から気をつけろよ」
「……すまない」
おれは棚の前で本を物色していただけで、急に棚の向こうから出てきてぶつかってきたのはそっちだろう――そんな言葉が喉元まで出かけたものの、唇を噛み締めて、ぐっと言葉を飲み込んだ。
ここで彼とケンカをしても仕方がない。図書室で騒いで、変に注目されたくなかった。
おれは相手と視線を合わさないようにしながら、しゃがみこんで、地面に落ちた本を拾い上げた。二冊の本を拾い、表紙についてしまったホコリを払って顔をあげる。だが、驚いたことに、先程の後輩の彼がまだそこに立っていた。謝罪もしたし、てっきりもう行ったかと思っていたのに。
「まだなにか?」
首を傾げて尋ねる。すると、相手は眉間に皺をよせて唇の端をひきつらせて、こちらを睨みつけてきた。
「なんだよ、今の? オレが触ったから汚れたってか? オメガのくせに、ずいぶんすかした真似するじゃねぇか」
そう言うと、相手はいきなり距離を詰めて胸ぐらを掴んできた。
顔に吐息がかかるほどの距離だ。嫌な臭いに、憂鬱だった気分が、ますます落ち込む。
さて、どうしたものか。
おそらく、彼がおれがオメガだと分かって、気が大きくなったんだろう。一方的に八つ当たりができそうな弱者が目の前にいたから、難癖をつけて暴力に走ろうというところだろうか。
とはいえ、ベータである彼の背丈はおれよりも高いけれど、ひょろりとした細身の彼に腕力で負けることもなさそうだ。
適当にいなして、さっさと逃げてしまおうか。
いや、でもそうなるとこの二冊の本はどうしようか。借りるには図書室のカウンターを通して申請書類を書かないといけないし……いったん本棚に戻しにいける雰囲気でもないし、適当な場所に戻すのは気が引ける。
うーむ、どうしたものか。
「おい、聞いてんの――いったぁ!?」
その時だった。
食ってかからってきた彼の頭の上に、突如として、かなり分厚い本の角が打ち下ろされたのである。
厚さ十センチほどはありそうな本の角は、重量もあいまってかなり痛そうだった。無論、おれがやったのではない。
どうしようかと悩んでいる間に、いつの間にか目の前の男子生徒、その背後に近づいていた者が、手に持っていた分厚い辞書をその頭に振りおろしたのだ。
おれはその一部始終を見ていたものの、気が付いた時にはすでに遅かった。
「くそ、いきなり何す……!」
男子生徒は背後を振り返り、自分の頭を殴ってきた人間を、顔を真っ赤にして睨みつけた。だが、その言葉は尻切れとんぼで終わった。
そして、顔色が怒気の赤色から、血の気を失って一気に蒼白に変わる。
「あ……あんた……いや、あなたは……」
「図書室で騒いじゃダメだろー?」
片手に辞書を持ってあらわれたのは、目の前の彼と同じく、臙脂色のベストを来た男子生徒だった。つまり、おれの一学年下だ。
「つーかなに? 先輩、こいつ知り合い?」
あらたに現れたその後輩は、おれに説明を求めるように顔を向けてきた。
後輩にしてはずいぶんと馴れ馴れしい口調だが、まぁ、これはいつものことなので諦めている。
おれは首を横にふって答えた。
「いや、初対面だよ。さっき、お互いの不注意でぶつかってしまったから、謝罪しあってたところだったんだ」
「へぇ? 俺が見てた時には、一方的にセンパイがこいつに食ってかかられてたように見えたけどな? なぁオイ、俺はあんたにも聞いてんだけど?」
「ひぃっ!?」
すっかり縮こまっている男子生徒の頭に、ぐりぐりと本の角を押し付けるのを見て、おれは眉をひそめて名前を呼んだ。
「レックス、やめろ。本が傷むだろう」
「あ、そっすね」
レックスはおれが止めると、あっさりと本を引いた。
しかし、殴られた箇所を本の角でぐりぐりされたばかりの彼はかなり痛そうだ。涙を浮かべながら、瘤になっているそこに指先で触れようとして、しかし痛みのあまりに指を慌てて引っ込めていた。
そんな彼をじろりと見下ろしたレックスは、辞書を棚に戻すと――本当にその辞書はその場所でいいのかが気がかりだ、あとでチェックしておこう――腕組みをして、低い声を出した。
「で、どうなんだ?」
「す、すみません……オレが、いや僕が、レックスさんの言う通り、この先輩に一方的に突っかかっていっただけです……」
「へぇ? ずいぶん暇なんだな、あんた。中間試験前に図書室でそんなことをする時間があるなんて、羨ましい限りだぜ。試験結果が楽しみだな」
「そ、そういうわけじゃ……その、すみません……」
彼の最初の勢いはどこへやら、しどろもどろになって、真っ青な顔でぶるぶると震えている。
そんな彼を、レックスは一転してつまらなさそうなものを見る顔になった。そして、こちらにちらりと視線を投げてきたので、おれは肩をすくめてみせた。『気にしないでいいから、もう放っておいてやれ』という意味を込めたつもりだ。
だが、レックスは違う意味に解釈したらしい。
いや、もしかすると、おれの意図したことを分かっていて、あえて違う行動に出たのかもしれない。
レックスはぶるぶると震える彼の首根っこを掴むと、顔を近づけて、獣が唸るような、獰猛な声で告げた。
「悪いけど、あんたと違って俺も先輩も暇じゃないんだ。もしも今度、この人に馬鹿みてぇな言いがかりをつけたら……どうなるか分かってるな? おい、返事は?」
「……わ、わかりました……す、すみませんでしたぁ!」
レックスが手を離すと、彼は弾かれたように駆け出した。足をもつれさせながら、脱兎の勢いで図書室を駆け抜けていく。
そんな彼の背中に、カウンターにいた司書の先生が額に青筋を浮かべながら「神聖な図書室で走ってはなりませんよ!」と叱責の声をあげていたが、それすらも聞こえていないようだ。
周囲のいぶかしげな視線を集めながら、彼はあっという間に図書室を出て行ってしまった。
おれは呆然としながら、ふと、先ほどレックスが棚に戻した辞書のことを思い出した。
棚を見れば、案の定、元あったであろう場所から二段上のところに戻されてしまっている。おれは背伸びをしながら辞書を抜いて、それを元の場所に戻した。辞書を棚に戻し終わったところで、おれの肩に腕が回され、身体が引き寄せられた。無論、こんなことをするのは、近くにいたレックス以外にいない。
「レックス。おい、離せよ」
「先輩、相変わらずドン臭ぇなー。だからあんなヤツにも絡まれるんじゃねぇの? あんなの、最初から放っておけよ」
「放っておくもなにも、向こうが一方的にぶつかってきて、一方的に絡んできたんだ」
「へぇ、そうなんだ。でも先輩、最初はオレに嘘ついたよな? 『お互いの不注意でぶつかってしまったから、謝罪しあってた』って言った気がするけど?」
なんだかレックスの機嫌が悪そうだとは思ったが、どうやら、おれが嘘をついたことというか、あの男子生徒をかばったような発言をしたことに対して、ご機嫌ななめらしい。
「別に、彼をかばったつもりはなかった。お前が助けてくれたことにも感謝してる」
「そりゃどーも」
「ただ、あまり騒ぎにはしたくなかったんだ。ああ言って、彼が素直に謝ってくれればそこで話が終わるかと思って」
「ふーん……」
「レックス。分かったなら、そろそろ離せ」
「へいへい」
レックスはようやくおれの身体を離してくれた。
おれは本を抱えなおしながら、ちらりとレックスの顔を見上げた。後輩だが、彼の背丈はおれよりも頭一つ分高い。身長190センチ以上はあるのではなかろうか。
肌の色はよく日に焼けた小麦色で、彫りの深い顔立ちとすっと通った鼻梁。少しおさまりの悪い銀色の髪。いささか釣り目気味の赤い瞳は、筋肉が均等についた力強い体躯とあいまって、少し他人に近寄りがたい印象を与えるだろうか。
おれはといえば、あまりに日に焼けづらい体質のせいで肌の色は白く、身長は平均的だが筋肉もさほどない。淡い茶髪の髪と焦げ茶色の瞳にも、顔立ちにも特筆すべきところはない。
なので――正直に言えば、レックスという後輩は、自分からは絶対に話しかけようとは思わない種類の人間だった。どう見ても、おれとレックスでは友人にしても、後輩先輩にしても、釣り合いがとれていないのは明らかだ。
何より、レックスのジャケットについているブローチの色は金だ。
この〈魔術学院スカルベーク〉で金のブローチをつけている人間はそう数は多くない。先ほどの男子生徒が顔をいきなり青ざめさせたのも、金色のブローチの意味を知っているからだ。
なお、おれがつけている銅色のブローチも、つけている人間の数は多くない。
だが、金と銅ではその意味が大きく異なる。
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