転生者オメガは生意気な後輩アルファに懐かれている

秋山龍央

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第十三話

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 それから体調が回復するまでに五日かかった。
 四日目からベッドから身体が起こせるようになったものの、ずっと寝たきりだったため、体力が戻らず、食事もろくに食べることができなかった。

 そして、気怠さが残るものの、なんとか動けるようになった今日は、タイミングの悪いことに、学院交流会の日であった。おれはルーカスの婚約者として交流会に出席しなければならない。

 しかも、この学院交流会には、おれの在籍する<魔術学院スカルベーク>からは、レックスが代表生徒に選ばれているのだ。
 ただでさえ、ルーカスと顔を合わせるのも億劫なのに、レックスまで出席するのだ。いっそのこと、今日まで体調不良が続けば良かったのにとさえ思ってしまう。
 仮病を使うにしても、おれの熱が引いたことは学生寮の職員に確認されている。下手な嘘をつくこともできない。

「……よし、こんなものか」

 姿見に映る自分を見つめる。
 白いシャツに、紺鼠色のセーター、黒地のジャケットとズボンというのはいつもの制服姿だが、今日はこの上から学院の正装用の黒いローブを羽織っている。また、締めるタイも今日は正装用の白のリボンタイだ。

 こういう時、学生の身分は楽だと思う。制服を着ればそれが正装扱いになるから、考える手間がなくていい。
 そんなことを考えて、ふと、レックスは今日はどうしただろうかと気になった。
 
 レックスときたら、いつもシャツのボタンは一つから二つを外して着ていて、ネクタイにいたっては締めていない時のほうが多い。入学式の答辞の時でさえそうだった。いちおう、先輩という立場上、一度だけ注意をしたものの、あっさりと聞き流されてしまった。
 彼が制服をきっちりと着ているところなぞ見たことがなかったが、今日はどうだろうか? 
 もしかしたら、今日初めて、彼がまともに制服を着ているところが見れるのかもしれない。

 心の中で、そんなおせっかい染みた心配をしている自分に気づき、おれは慌てて首を横に振って、その考えを追い払った。
 いつまで先輩面をしているつもりなのだ、おれは。身体が弱っていたせいか、連日の出来事で心まで弱ったのか、未練がましい自分が嫌になる。

 そういえば、五日間も床に臥せっていたせいか、少し体重が落ちたようだ。交流会が終わったら、体力を取り戻すためにトレーニングに励んだ方がいいかもしれない。そうでないと、これから先の発情抑制薬の開発にも支障が出そうだ。こんな調子でしょっちゅう寝込んでいたのでは、研究も進まなくなってしまう。
 学院から寮に戻ったら、今度からストレッチとランニングをするようにしよう。
 それに、身体を動かしていた方が、余計なことを考えないで済みそうだ

「……行くか」

 おれは覚悟を決めて、自室から外へと出た。
 これ以上、一人でいると、鬱々としたことばかり考えてしまいそうだった。

 学生寮を出ると、まずは馬車の乗り合い所へと向かった。
 教授や、代表生徒として出席する生徒であれば、専用の馬車で会場に向かうことになっているが、他校の生徒の婚約者である自分はそうではない。

 まあ、それでも、理由を話せばそちらに乗せてもらうこともできただろうが、そうすると今度は馬車の中でレックスと顔を合わせる羽目になる。
 そうなれば、会場へと向かう間、かなり気まずい時間を過ごすことになるだろう。それが嫌だったので、おれは自分一人で会場へと向かうことにしたのだった。

 会場は、町の中心、観光地の中心に位置している上院議事堂で行われる。上院議事堂は白い石造りの建物で、中央塔が四階建て、中央塔を除く建物が三階建てとなっている。陽光を浴びて白く輝く姿は、いっそ神殿と呼ぶにふさわしい荘厳さを兼ね備えており、このような時でなければ、通常は平民であるおれは立ち入ることはできない場所だ。

 会場へ向かうまでの道は、おれと同じような出席者や招待客によって、歩道も道路も、普段よりもかなり混雑していた。念のため、寮を早く出てきて良かった。おれが到着した頃には、交流会の開始時刻のちょうど一時間前となっていた。

 上院議事堂の正面扉に立つ衛兵に、事前にルーカスから渡されていた入場許可証を見せて、中へと入る。大理石の床が広がる正面ロビーの奥には、赤い絨毯を敷かれた大階段が見えた。学院交流会の正式な開始は、この大階段をあがった二階の大ホールで行われ、おれも大ホールに代表生徒婚約者としての指定席が用意されている。

 学院交流会が開始したら、まずは壇上で国王陛下、それに市長や議員のお歴々のご挨拶があり、その後は各学院の学長の挨拶が続く。それが終わったら、いよいよ代表生徒が一人一人登壇し、自身の学院での成果の発表を行う。つまり、プレゼンテーションだ。

 それぞれのプレゼンテーションが終わった後は、別館の二階にある小ホールへと移動して、そこで昼食会が行われる予定だ。昼食会が終わったら、今度は中央塔の最上階にある大広間へと移動し、そこでダンスパーティーが行われる。
 代表生徒が婚約者を伴って出席するのはこのためで、婚約者がいる生徒は自身の婚約者とのダンスを行う。婚約者がいない生徒は、この日までに自分でダンスパートナーを用意しなければいけない。

「まずは、ルーカスに挨拶しておくか……この前、夕食をキャンセルしたことも謝らないとな」

 おれは大ホールへと向かう前に、まずは代表生徒用の共用控室へと向かった。
 かなり気が重いけれど、仕方がない。婚約を破棄するまでは、彼はおれの婚約者なのだし、昼食会が終われば彼とダンスもしなければいけないのだから、その前に挨拶をしておくべきだろう。

 なお、おれも一応、基本的なダンスはできる。〈魔術学院スカルベーク〉では教養授業内にダンスの授業もあるし、入学前には家庭教師からそこらへんもみっちりと叩き込まれた。

 近くにいた巡回の衛兵に場所を尋ねてから、大理石の廊下を進んで、おれはルーカスがいるだろう控室へと向かった。この時間なら、すでに彼も来ているだろう。
 控室の前にも、衛兵が見張りに立っていた。おれは彼に入場許可証を見せて、中へと入れてもらった。
 部屋へと一歩、足を踏み入れた瞬間から、中にいた生徒と大人たちの視線がするどく突き刺さる。彼らの視線はあからさまにおれを値踏みしていた。

 だが、今のおれは、彼らの視線はさほど気にならなかった。そんなことよりも、部屋の窓際の一番いい場所にレックスが座っていた衝撃の方が大きすぎたのだ。

 そりゃあ彼も代表生徒なのだから、この共用控室にいるのは当たり前だ。だが、なんというか……レックスがこんなに早めに控室に入っていると思わなかった。彼の性格上、もっとギリギリに入室するものかと思っていたし、学院ではいつも時間にルーズだった。
 レックスはまだ来ていないだろうと思ったからこそ、控室に来たのに……当てが外れてしまった。

 レックスは、今日は珍しく髪をオールバックにして撫でつけていた。制服のシャツも一番上までボタンを留めて、袖口にはカフスボタンさえ付けていた。初めて見る彼の大人びた姿とあいまって、なんだか、彼の存在をひどく遠くに感じた。

 そんなレックスの隣には、彼の学部の教授が座り、正面には〈芸術学院アンシャンテ〉の制服を着ている男子生徒が座っていた。〈芸術学院アンシャンテ〉の男子生徒の隣には、彼の担当教授と思しき老年の男性が座っている。

 そういえば、最後に会った時に〈芸術学院アンシャンテ〉の代表生徒がレックスの友人であると話していた覚えがある。きっと、彼がそうなのだろう。明るい銀の髪に菫色の瞳を持つ、美しい青年だった。

 その時だった。レックスが銀髪の男子生徒と会話をしながら、ふっとおれの方に視線を向けたのだ。

「……っ」

 視線が交錯したのは、時間にして一秒足らず。
 でも、おれにはその一瞬が、はるかに長い時間に感じられた。

「…………」

 レックスはおれを認識したようだったが、特に何を言うこともなく、そして何の表情も浮かべることなく、再び顔を正面にいる友人へと向けた。そして、友人へ愛想のいい笑みを向けて、楽しそうに何事かを話し始めた。

 そんな彼の様子に、おれはぐっと胸にせり上がる痛みを必死でこらえた。
 そして、全精神を顔の筋肉に集中させて、無理矢理にレックスたちから視線を切る。平静を装いながら、部屋の一番隅の席に座っているルーカスのもとへと向かった。

「ルーカス、おはようございます」

「……ああ、リオか」

「先日は申し訳ありませんでした。少し体調を崩してしまって……」

 ルーカスは、談笑するレックスたちとは真逆に、一人でなにかのレポートをじっと見つめながらブツブツと小声で呟いていた。どうやら、この後にあるプレゼンテーションにかなり緊張しているようだ。
 きょろきょろと周囲を見るも、どうやら白百合学院の教師は同行していないらしく、室内には見当たらない。

 ルーカスは椅子に座ったまま、ひらひらと片手を振ってみせた。

「先日のことなら気にしなくて良い。ちょうど友人も近くにいたから、コースも無駄にはならなかった」

「……そうでしたか、それなら良かったです」

「悪いけれど、少し一人にしてもらえるかい? 今、研究の発表に向けて最後のおさらいをしているところなんだ」

 願ってもない台詞だった。
 おれも今すぐに、この部屋から退出したい。

「それは邪魔をしてすみませんでした。でも、ルーカスならきっと大丈夫ですよ。発表、楽しみにしていますね」

 おれがそう言うと、ルーカスは奇妙な笑みを浮かべた。
 輝くような自信に溢れているのに、なぜか、空虚に見える笑みだった。

「ああ……そうだな、ぜひ楽しみにしていてくれ。僕と君のために、最良の結果を出してみせるよ」
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