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罪悪感
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「つっかれたぁー……」
宿屋の食堂で夕食をとった後、おれは部屋に戻るなり、よろよろとした足取りで寝室へと向かうとそのまま顔からぼすりとベッドにダイビングした。
が、元の世界の布団の感覚でのダイブだったため、逆に身体を硬い寝台に打ち付けてしまい痛い思いをするはめになった。
ベッドの上で打ち付けた鼻を押さえたまま痛みに呻いていると、音と声を聞きつけたのか、アレクがドアから顔をのぞかせた。
「ご主人ちゃん、大丈夫? なんか痛そうな音がしたけど、転んじゃった?」
「だ、大丈夫……ただの自業自得だから」
「そう? あ、さっき宿の人がお湯届けに来たよー」
アレクがそう言って持ってきたのは、盥に入った白い湯気の立つお湯だ。
この世界では風呂に入るのは富裕層以上の人間だけで、庶民はこういうお湯で身体を拭くだけなのだ。だから、宿屋の人が風呂代わりにお湯と身体を拭くためのお湯を持ってきてくれるのである。
なお、通常はこのお湯や食事はそれぞれ別個に料金が追加で発生するらしいが、ミドロさんはそれも含めてこの宿屋の料金を支払ってくれた。そのため、おれ達はオプション料金を一切払わずに、これらのサービスを利用することが出来ている。
「ありがとう、アレク」
「俺が拭いてあげよっか?」
「い、いいよ。自分で出来るから、そこに置いておいて」
「ちぇっ、残念だなぁ」
おれが断ると、アレクは茶目っ気たっぷりに唇を尖らせてみせた。そのせいで、今の言葉は冗談のつもりで言ったのか、それとも本気のつもりで言ったのか分からなくなる。
反応に困ったおれは、話題を変えることにした。
「そういえば、グレートウルフの討伐代金……けっこういいお金になったな」
「うん、そうだね。これもご主人ちゃんが、あの時冒険者達を助けてあげようって判断したおかげだよ。さすがご主人ちゃん!」
「い、いや別におれは何もしてないし、アレクのおかげだよ。本当にありがとう」
「えへへ、どういたしまして」
ベッドに腰掛けて上着を脱ぎながら、アレクに礼を言う。おれの言葉に、アレクはへにゃりと嬉しそうに破顔した。
「でも、あれだけのお金になったら、一ヶ月くらいは大丈夫そうだな。おれ達の服、別にミドロさんに買取してもらう必要はなかったかな」
「んー……今売っておかなくても、その内に向こうから言ってきたと思うよ。あのおじさん、馬車に乗ってる間ずーっとご主人ちゃんと俺の服をこっそりジロジロ眺め回してたし」
「そうなのか?」
「うん。街の人らが着てる服って地味な一色モノが多かったでしょ? 馬車の時からの様子からして、ご主人ちゃんのチェック柄の服に一番興味があるんじゃないかな。でもその服だけメインで買取するってなると足元を見られるから、全部の服を買取って感じ。こっちの世界ではまだそんなに柄物が普及してないみたいだし、あわよくば自分の商会で真似できないかって考えてるんじゃないかなー」
「よ、よくそこまで気付けるな……」
おれは盥に布を付けて絞ると、上半身を布でこするように拭く。その間、アレクは椅子に座っておれが身体を拭く様子を何が楽しいのかニコニコとした笑顔でじっと見つめていた。
もしかしてアレクも身体を拭きたいのかと思って尋ねるも、「後で代えのお湯を持ってきてもらうから大丈夫だよ」と言って断られてしまった。
いや、そんなに見られてると、おれが拭きづらいんだけど……。
「どこから服を調達したんだって突っ込まれると面倒かなって思って、最初は街中で買取を済ませようかとも思ったけど、街のお店の人、見るからによそ者の俺らには警戒心抱いてたし、ちょっと難しそうかなって。なら、調達も買取もあの商人に任せた方がいいかなって。幸い、ご主人ちゃんの事を貴族の血筋だと勘違いしたみたいだから、深い詮索はしてこないだろうしね」
「そ、そうか……」
「あと、ジーンズにも興味があるみたいだけど、インディゴ染めってこっちでも出来るのかなー。あ、もしも聞いてきたら、情報売ってもいい? お小遣い稼ぎにはなりそうだし」
「……アレクがいいと思うようにしてくれればいいよ」
「りょーかい!」
アレクの洞察眼に感心を通り越して、むしろ恐怖じみたものすら感じてしまう。
この先、アレクに秘密にしたいことが出来ても、隠し事とか出来る気がしないぞ……。
……にしても、アレクは本当にすごい。
ミドロさんと会話していた時の話運びもそうだけれど……その後アレクは、今おれ達が着ている元の世界の服の買取や、こちらの世界の服の調達をミドロさんにそれとなく相談し、難なくそれらの解決をしてしまったのだ。
結果、おれ達の現代服の買取も、こちらの世界での服の購入もミドロさんが対応してくれることになったのだ。
明日、改めてミドロさんの商会で服のトレード販売を行うことになったので、まだ値段は決まってないが……。
……おれ一人だったら、服の買取なんてことにすら頭が回らなかっただろう。
本当に、アレクはすごい。
……こんなにすごいアレクに対して、おれときたら本当に何も出来てないよなぁ……。
ミドロさんの持ってきてくれた仕事……姪御さんの家庭教師の仕事だってアレクは何かの考えがありそうだったけれど、おれは全然自信がないし……。
はぁ……おれ、もっとしっかりしないといけないのにな。
こんなことじゃマジでその内アレクに愛想を尽かされてしまいそうだよな。
そこまで考えて、ふと気がついた。
……そういえば、アレクと交わした「アレクの働きによってまたご褒美を与える」っていう約束。
あれって、今回の件も履行範囲なんじゃないのか?
アレクの働きによってご褒美を与えるかどうか決めていいって言われたけれど、でも、今回の件ってどう考えてもアレクは十分な利益をもたらしてくれたよな……。
……ご、ご褒美をあげないといけないのかな?
いや、でもでも、おれ的にはそこまでまだ覚悟が決められない……!
そりゃアレクにやってもらったコトは気持ちよかったけど!
でも、それ以上に恥ずかしさも半端なかったんだよ!?
「……どうしたの、ご主人ちゃん? なんか百面相してるけど」
「いっ、いや、その」
そんな風に悶々と考えていたおれが、布で背中を拭く状態のまま固まっていたので、アレクは不思議に思ったのだろう。
「あー……いや、ほら。おれはアレクと約束しただろ?」
「うん、そうだね」
「……その、今回の件なんだけど………………アレクはご褒美って欲しいか?」
おずおずとアレクの顔色を窺いながら尋ねる。
対するアレクは、水色の瞳でおれをまっすぐ見つめ返した。
その透明な視線に、判断を他人に委ねた自分のずるさを暴かれているようで、何ともいたたまれない気持ちになる。
そうして少しの間、アレクは黙っておれの顔を見つめていた。そして、不意に顔をふっと柔らかくほころばせた。
「言ったでしょ? ご主人ちゃんの気が向いた時でいいんだよ」
「……本当にそれでいいのか?」
「うん! ご主人ちゃんとシたくないわけじゃないけど、でも、嫌われたいわけじゃないから」
にこにこと屈託のない顔で微笑んで言うアレクは、やっぱり心の底からそう思ってくれてるみたいだった。
……本当にアレクは、おれの言う通りにしてくれるんだな。
今まで他人から、しかも同性からそんな真っ直ぐで純粋な好意を向けられたことがなくて、面食らうのと同時に気恥ずかしくなる。そして、ほんの少しの罪悪感も。
「…………」
おれのためにアレクは色々してくれて、ずっと助けてくれてるのに、おれはアレクに何もできないままだ。
おれだって、アレクがおれに何かを求めてくれるなら応えたい気持ちはあるのだ。あるのだけれど……せめて、アレクがおれに求めるものがえっちなコトじゃなければおれも喜んで対価を渡すんだけどね!
「なぁ、アレク」
「んー?」
「えっと……その、よければ今日、一緒のベッドで寝るか……?」
盥を床に置きながら、おれはアレクにそう尋ねた。
ミドロさんが用意してくれたこの部屋なのだが、なぜかダブルベッドの部屋なのである。そのため、昨夜はアレクは隣の部屋に行って椅子をくっつけて眠っていた。
まぁ、多分、あんな事をした後だからアレクはおれに気を遣ってくれたのだろう。
とはいえ、その状況が二日以上続くとなればさすがにおれの心が痛んでくる。
正直、あんな事の後でアレクと一緒のベッドで眠るのは、とても勇気がいるんだけれど……いや、でもそんなこと言ってちゃダメだよな!
今、おれもアレクに何か返してやりたいって思ったばかりじゃないか。
だからその、せめて寝床くらいはおれに気を遣わないでいいから、一緒に寝ようってことが言いたかったんだけど……伝わっただろうか?
「……俺が、ご主人ちゃんと同じベッドで?」
「えっ。あ、う、うん……」
アレクはおれの提案に、目を見開いて驚いたような表情を浮かべた。
その顔に、おれはハッと気づく。
……ナチュラルに、おれはアレクと一緒のベッドで寝るって考えだったけれど、アレクが嫌がる可能性をまったく考えてなかった。
い、いや、でもアレクはおれに好意を持ってくれている……んだよな?
あれ? 分からなくなってきた。
っていうか好意のあるなし関係なく、ここはむしろおれが「今日はおれが隣の部屋の椅子で寝るから、アレクはベッドを使って」って言うべきだったのか!?
そ、そうだよな……アレクはもしかするとベッドを交代ばんこで使うつもりだったかもしれない。
「ご、ごめん……今のやっぱりなしで。おれが今日はベッドで寝るから……ぅわっ!?」
慌ててベッドから立ち上がろうとしたおれだったが、再びベッドに仰向けに倒れる羽目になった。
それというのも、アレクが正面からがばーっと抱きついてきて、おれをベッドに押し倒したからである。
「ア、アレク?」
おれの身体の上にアレクがのしかかっているため、アレクの全体重がずっしりとかかってくる。
か、身体が全然動かせない……。
「ご主人ちゃん、マジでいいの? 今日、俺と一緒に寝てくれんの?」
「……ね、寝るだけだからな? 変なことはなしだぞ」
「もちろん! ご主人ちゃんと一緒に寝れるなんて嬉しいなー! えへへ」
アレクは藁みたいな明るい金髪の頭をすりすりとおれの裸の胸元にすりつける。
まるで、飼い猫がゴロゴロと喉をならして甘えるような仕草だ。やわらかな髪の毛が皮膚に触れる感覚が少しくすぐったい。
「……もしアレクがよければ、その、今日だけじゃなくて一緒にベッド使おうか?」
「え。マジで?」
「おれだけがベッドで寝るのも心苦しいし……男二人でも全然大丈夫だろ。もしくは、交代ずつで使ってもいいけど」
「ううん! 俺、ご主人ちゃんと一緒に寝たい」
アレクがおれの胸元に頬を当てたまま、上目遣いでおれを見上げた。
おれは答えを返す代わりに、なんとなく手を伸ばして、アレクの頭をそっと撫でた。おれの掌に撫でられると、アレクは気持ちよさそうにうっとりと目を細める。
「……ご主人ちゃん」
「うん?」
「俺、この調子で次のご褒美も貰えるように頑張るね」
おれの指先を瞳を閉じて受け入れていたアレクだったが、不意に、ぱちりと目を開けるとにっこりと笑ってそんなことを言った。
言葉の意味に、おれはぴたりと手を止める。そのあからさまな言葉に、上手い返しがどうにも思いつかなくて、顔を真っ赤にしたまま何も言えなくなってしまう。
けれど、アレクはそれで充分だと言うように喉の奥で笑った。
「……ほんっとうに、俺のご主人ちゃんは可愛いなぁ。俺、ますますやる気出ちゃうよ」
……お手柔らかに頼みます。かなりマジで。
宿屋の食堂で夕食をとった後、おれは部屋に戻るなり、よろよろとした足取りで寝室へと向かうとそのまま顔からぼすりとベッドにダイビングした。
が、元の世界の布団の感覚でのダイブだったため、逆に身体を硬い寝台に打ち付けてしまい痛い思いをするはめになった。
ベッドの上で打ち付けた鼻を押さえたまま痛みに呻いていると、音と声を聞きつけたのか、アレクがドアから顔をのぞかせた。
「ご主人ちゃん、大丈夫? なんか痛そうな音がしたけど、転んじゃった?」
「だ、大丈夫……ただの自業自得だから」
「そう? あ、さっき宿の人がお湯届けに来たよー」
アレクがそう言って持ってきたのは、盥に入った白い湯気の立つお湯だ。
この世界では風呂に入るのは富裕層以上の人間だけで、庶民はこういうお湯で身体を拭くだけなのだ。だから、宿屋の人が風呂代わりにお湯と身体を拭くためのお湯を持ってきてくれるのである。
なお、通常はこのお湯や食事はそれぞれ別個に料金が追加で発生するらしいが、ミドロさんはそれも含めてこの宿屋の料金を支払ってくれた。そのため、おれ達はオプション料金を一切払わずに、これらのサービスを利用することが出来ている。
「ありがとう、アレク」
「俺が拭いてあげよっか?」
「い、いいよ。自分で出来るから、そこに置いておいて」
「ちぇっ、残念だなぁ」
おれが断ると、アレクは茶目っ気たっぷりに唇を尖らせてみせた。そのせいで、今の言葉は冗談のつもりで言ったのか、それとも本気のつもりで言ったのか分からなくなる。
反応に困ったおれは、話題を変えることにした。
「そういえば、グレートウルフの討伐代金……けっこういいお金になったな」
「うん、そうだね。これもご主人ちゃんが、あの時冒険者達を助けてあげようって判断したおかげだよ。さすがご主人ちゃん!」
「い、いや別におれは何もしてないし、アレクのおかげだよ。本当にありがとう」
「えへへ、どういたしまして」
ベッドに腰掛けて上着を脱ぎながら、アレクに礼を言う。おれの言葉に、アレクはへにゃりと嬉しそうに破顔した。
「でも、あれだけのお金になったら、一ヶ月くらいは大丈夫そうだな。おれ達の服、別にミドロさんに買取してもらう必要はなかったかな」
「んー……今売っておかなくても、その内に向こうから言ってきたと思うよ。あのおじさん、馬車に乗ってる間ずーっとご主人ちゃんと俺の服をこっそりジロジロ眺め回してたし」
「そうなのか?」
「うん。街の人らが着てる服って地味な一色モノが多かったでしょ? 馬車の時からの様子からして、ご主人ちゃんのチェック柄の服に一番興味があるんじゃないかな。でもその服だけメインで買取するってなると足元を見られるから、全部の服を買取って感じ。こっちの世界ではまだそんなに柄物が普及してないみたいだし、あわよくば自分の商会で真似できないかって考えてるんじゃないかなー」
「よ、よくそこまで気付けるな……」
おれは盥に布を付けて絞ると、上半身を布でこするように拭く。その間、アレクは椅子に座っておれが身体を拭く様子を何が楽しいのかニコニコとした笑顔でじっと見つめていた。
もしかしてアレクも身体を拭きたいのかと思って尋ねるも、「後で代えのお湯を持ってきてもらうから大丈夫だよ」と言って断られてしまった。
いや、そんなに見られてると、おれが拭きづらいんだけど……。
「どこから服を調達したんだって突っ込まれると面倒かなって思って、最初は街中で買取を済ませようかとも思ったけど、街のお店の人、見るからによそ者の俺らには警戒心抱いてたし、ちょっと難しそうかなって。なら、調達も買取もあの商人に任せた方がいいかなって。幸い、ご主人ちゃんの事を貴族の血筋だと勘違いしたみたいだから、深い詮索はしてこないだろうしね」
「そ、そうか……」
「あと、ジーンズにも興味があるみたいだけど、インディゴ染めってこっちでも出来るのかなー。あ、もしも聞いてきたら、情報売ってもいい? お小遣い稼ぎにはなりそうだし」
「……アレクがいいと思うようにしてくれればいいよ」
「りょーかい!」
アレクの洞察眼に感心を通り越して、むしろ恐怖じみたものすら感じてしまう。
この先、アレクに秘密にしたいことが出来ても、隠し事とか出来る気がしないぞ……。
……にしても、アレクは本当にすごい。
ミドロさんと会話していた時の話運びもそうだけれど……その後アレクは、今おれ達が着ている元の世界の服の買取や、こちらの世界の服の調達をミドロさんにそれとなく相談し、難なくそれらの解決をしてしまったのだ。
結果、おれ達の現代服の買取も、こちらの世界での服の購入もミドロさんが対応してくれることになったのだ。
明日、改めてミドロさんの商会で服のトレード販売を行うことになったので、まだ値段は決まってないが……。
……おれ一人だったら、服の買取なんてことにすら頭が回らなかっただろう。
本当に、アレクはすごい。
……こんなにすごいアレクに対して、おれときたら本当に何も出来てないよなぁ……。
ミドロさんの持ってきてくれた仕事……姪御さんの家庭教師の仕事だってアレクは何かの考えがありそうだったけれど、おれは全然自信がないし……。
はぁ……おれ、もっとしっかりしないといけないのにな。
こんなことじゃマジでその内アレクに愛想を尽かされてしまいそうだよな。
そこまで考えて、ふと気がついた。
……そういえば、アレクと交わした「アレクの働きによってまたご褒美を与える」っていう約束。
あれって、今回の件も履行範囲なんじゃないのか?
アレクの働きによってご褒美を与えるかどうか決めていいって言われたけれど、でも、今回の件ってどう考えてもアレクは十分な利益をもたらしてくれたよな……。
……ご、ご褒美をあげないといけないのかな?
いや、でもでも、おれ的にはそこまでまだ覚悟が決められない……!
そりゃアレクにやってもらったコトは気持ちよかったけど!
でも、それ以上に恥ずかしさも半端なかったんだよ!?
「……どうしたの、ご主人ちゃん? なんか百面相してるけど」
「いっ、いや、その」
そんな風に悶々と考えていたおれが、布で背中を拭く状態のまま固まっていたので、アレクは不思議に思ったのだろう。
「あー……いや、ほら。おれはアレクと約束しただろ?」
「うん、そうだね」
「……その、今回の件なんだけど………………アレクはご褒美って欲しいか?」
おずおずとアレクの顔色を窺いながら尋ねる。
対するアレクは、水色の瞳でおれをまっすぐ見つめ返した。
その透明な視線に、判断を他人に委ねた自分のずるさを暴かれているようで、何ともいたたまれない気持ちになる。
そうして少しの間、アレクは黙っておれの顔を見つめていた。そして、不意に顔をふっと柔らかくほころばせた。
「言ったでしょ? ご主人ちゃんの気が向いた時でいいんだよ」
「……本当にそれでいいのか?」
「うん! ご主人ちゃんとシたくないわけじゃないけど、でも、嫌われたいわけじゃないから」
にこにこと屈託のない顔で微笑んで言うアレクは、やっぱり心の底からそう思ってくれてるみたいだった。
……本当にアレクは、おれの言う通りにしてくれるんだな。
今まで他人から、しかも同性からそんな真っ直ぐで純粋な好意を向けられたことがなくて、面食らうのと同時に気恥ずかしくなる。そして、ほんの少しの罪悪感も。
「…………」
おれのためにアレクは色々してくれて、ずっと助けてくれてるのに、おれはアレクに何もできないままだ。
おれだって、アレクがおれに何かを求めてくれるなら応えたい気持ちはあるのだ。あるのだけれど……せめて、アレクがおれに求めるものがえっちなコトじゃなければおれも喜んで対価を渡すんだけどね!
「なぁ、アレク」
「んー?」
「えっと……その、よければ今日、一緒のベッドで寝るか……?」
盥を床に置きながら、おれはアレクにそう尋ねた。
ミドロさんが用意してくれたこの部屋なのだが、なぜかダブルベッドの部屋なのである。そのため、昨夜はアレクは隣の部屋に行って椅子をくっつけて眠っていた。
まぁ、多分、あんな事をした後だからアレクはおれに気を遣ってくれたのだろう。
とはいえ、その状況が二日以上続くとなればさすがにおれの心が痛んでくる。
正直、あんな事の後でアレクと一緒のベッドで眠るのは、とても勇気がいるんだけれど……いや、でもそんなこと言ってちゃダメだよな!
今、おれもアレクに何か返してやりたいって思ったばかりじゃないか。
だからその、せめて寝床くらいはおれに気を遣わないでいいから、一緒に寝ようってことが言いたかったんだけど……伝わっただろうか?
「……俺が、ご主人ちゃんと同じベッドで?」
「えっ。あ、う、うん……」
アレクはおれの提案に、目を見開いて驚いたような表情を浮かべた。
その顔に、おれはハッと気づく。
……ナチュラルに、おれはアレクと一緒のベッドで寝るって考えだったけれど、アレクが嫌がる可能性をまったく考えてなかった。
い、いや、でもアレクはおれに好意を持ってくれている……んだよな?
あれ? 分からなくなってきた。
っていうか好意のあるなし関係なく、ここはむしろおれが「今日はおれが隣の部屋の椅子で寝るから、アレクはベッドを使って」って言うべきだったのか!?
そ、そうだよな……アレクはもしかするとベッドを交代ばんこで使うつもりだったかもしれない。
「ご、ごめん……今のやっぱりなしで。おれが今日はベッドで寝るから……ぅわっ!?」
慌ててベッドから立ち上がろうとしたおれだったが、再びベッドに仰向けに倒れる羽目になった。
それというのも、アレクが正面からがばーっと抱きついてきて、おれをベッドに押し倒したからである。
「ア、アレク?」
おれの身体の上にアレクがのしかかっているため、アレクの全体重がずっしりとかかってくる。
か、身体が全然動かせない……。
「ご主人ちゃん、マジでいいの? 今日、俺と一緒に寝てくれんの?」
「……ね、寝るだけだからな? 変なことはなしだぞ」
「もちろん! ご主人ちゃんと一緒に寝れるなんて嬉しいなー! えへへ」
アレクは藁みたいな明るい金髪の頭をすりすりとおれの裸の胸元にすりつける。
まるで、飼い猫がゴロゴロと喉をならして甘えるような仕草だ。やわらかな髪の毛が皮膚に触れる感覚が少しくすぐったい。
「……もしアレクがよければ、その、今日だけじゃなくて一緒にベッド使おうか?」
「え。マジで?」
「おれだけがベッドで寝るのも心苦しいし……男二人でも全然大丈夫だろ。もしくは、交代ずつで使ってもいいけど」
「ううん! 俺、ご主人ちゃんと一緒に寝たい」
アレクがおれの胸元に頬を当てたまま、上目遣いでおれを見上げた。
おれは答えを返す代わりに、なんとなく手を伸ばして、アレクの頭をそっと撫でた。おれの掌に撫でられると、アレクは気持ちよさそうにうっとりと目を細める。
「……ご主人ちゃん」
「うん?」
「俺、この調子で次のご褒美も貰えるように頑張るね」
おれの指先を瞳を閉じて受け入れていたアレクだったが、不意に、ぱちりと目を開けるとにっこりと笑ってそんなことを言った。
言葉の意味に、おれはぴたりと手を止める。そのあからさまな言葉に、上手い返しがどうにも思いつかなくて、顔を真っ赤にしたまま何も言えなくなってしまう。
けれど、アレクはそれで充分だと言うように喉の奥で笑った。
「……ほんっとうに、俺のご主人ちゃんは可愛いなぁ。俺、ますますやる気出ちゃうよ」
……お手柔らかに頼みます。かなりマジで。
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