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花壇
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先ほど、正門から入ってきた時は気づかなかったが、屋敷の裏手の方には小さな庭があった。途中、使用人の方とすれ違って物珍しそうな視線を送られたものの、ヴィオーラちゃんの家庭教師であることと、彼女が逃げ出してしまったことを簡単に説明すると、すぐになるほどと言った顔で頷かれた。
庭の花壇には赤や黄色、オレンジの明るい色合いのチューリップに似た形の花が咲いていた。白い石造りの屋敷を拝啓に色とりどりに咲き誇る花は目に鮮やかだ。
そして、その花壇と花壇の間に隠れるようにして、小さな人影がうずくまっているのが見えた。
「ヴィオーラちゃん」
「……っ!」
おれが声をかけると、小さな肩がびくりと跳ねた。
そして、俯いていた恐る恐る顔を上げる。
「……あなた一人?」
おっ、喋った。
想像以上に、ずっと可愛い声だ。鈴を転がしたような声、というんだろうか。
「うん、そうだよ。アレクはさっきの部屋で待ってるから」
「……そう」
「えっと、呼びに来るの、アレクの方がよかったかな?」
おれがそう尋ねると、ヴィオーラちゃんはぷるぷると首を横に振った。
「ううん……あの人、ちょっと怖いから。だからあなたで良かったと思って」
「そ、そっか。えっと……別にアレクはヴィオーラちゃんのことが嫌いなんじゃなくて、その、ヴィオーラちゃんのことを思って厳しい言い方をしただけなんだよ。でも、それで怖い思いをさせちゃったならごめんな」
「……どうしてあなたが謝るの?」
ヴィオーラちゃんは不思議そうに首を傾げながら、おれの顔をまじまじと見つめてきた。
おれは少し迷ってから、ヴィオーラちゃんの座っている花壇の脇に、動揺に体育座りで座り込む。
「おれとアレクは……友達だからな。それに、アレクはおれのためを思って色々やってくれてるから、アレクのやったことにはおれに責任があることなんだ」
「……私の知ってる友達とちょっと違う」
ヴィオーラちゃんの言葉におれは苦笑いを浮かべた。彼女の言葉ももっともだ。
おれとアレクの関係は、ただの友達という言葉では括れないだろう。でも、それ以外になんて言ったらいいのか分からなかったのだ。
「でも……すっごく仲がいいのね、あなたたち」
ぽつりと呟いたヴィオーラちゃんの声には、少し羨ましそうな響きがあった。
そこで、おれは話題を変えてみることにする。
「ヴィオーラちゃんだって、来年には魔術学院に入学するんだろ? それでおれ達が家庭教師に呼ばれたわけだし。魔術学院に入学すれば、いっぱい友達ができるよ」
「…………」
だが、そこでヴィオーラちゃんは唇を尖らせて俯いてしまう。
そして人差し指で地面をいじいじと弄りながら、小さな声でぽつぽつと話し始めた。
「……そうよ。私だって魔術学院に行かなきゃいけないのは、分かってるの。でも、まさか私に魔力適性があるなんて思ってもみなかった」
「えっと……ヴィオーラちゃんは商人を目指したかったんだ?」
「うん。うちは曽祖父様が一代で成した商会で、それをお祖父様やお父様がここまで大きくして……私も将来はお婿さんをとって、今以上に商会を大きくするのが夢だったのよ?」
「そ、そう……」
ヴィオーラちゃんって、話を聞いた限りではまだ8歳だったよな?
それなのに、もう自分が婿を取るつもりでいるんだ……。たくましいなぁ。こっちの世界だと皆小さいうちからこんなにしっかりしてるんだろうか?
まぁ、それはともかく……なんだろう。
おれはこの世界の人間じゃないから、まだ事情がよく飲み込めてないのだけれど。魔力適正のある子供は、魔術学院に行って魔力の使い方を学ばなきゃいけないのは分かった。
でも、それは商人とは両立できないことなのだろうか?
「おかしなことを聞いてたら悪いんだけど……魔術学院に行ったら、もう商人の道は歩めないのか?」
おれの質問に、ヴィオーラちゃんはまじまじをおれの顔を見てきた。
まるっきり、何を言ってるんだろうこの人、という顔である。
「……当たり前よ。だって、魔力適正よ? 魔術学院卒業後は、基本的にはお役所勤めか軍務のどっちかに決まってるもの」
「そ、そうなんだ」
ヴィオーラちゃんの話によると、魔力適正を持っている人間は数が少なく貴重なのだという。まぁ、だからこそ、国が義務を課してまで魔術学院へ子供たちを入学させているのだろう。
魔力適正のある人間は魔力がコントロールできる。そのため彼らは、国や街のインフラに必要な設備などを魔石を用いて魔法で動かしたり、国内の農地に赴いて収穫の実りを増やすために魔法を行使したりするのだという。また、有事の際には魔法による攻撃や防御を展開することもあるそうだ。
「そうね……あまりにも魔術学院での成績が悪ければ、お役所にも軍隊にも声がかからずに解放されるかも。でも、それじゃあただの恥晒しだわ。そんなことで家に帰ったって不名誉だもの」
そう言って、大きなため息をついて肩を落とすヴィオーラちゃん。
魔力適正があり魔術学院に入学できるということは、それだけで名誉なのだという。
そして無事にその魔術学院を卒業できればエリートコースまっしぐら。中には、貴族に見初められてそのままゴールインする子も珍しくないという。
だから逆に、魔術学院を卒業したのにも関わらず、ただの商人という道を選んだとすれば、口さがない他人から『あの子はきっと魔術学院の中でも落ちこぼれだったのだろう』と言われてしまうのだそうだ。
思ったよりも八方塞がりの状況に、おれはますますヴィオーラちゃんに同情する気持ちが湧いてきた。
こんなにまだ小さいのに、そんな重要な人生の岐路に立たなければいけないなんて不憫だ。
「……ヴィオーラちゃんは、自分の家が誇りなんだね」
「私の生まれ育った家だもの、当たり前よ。……この商会を、私の手でもっと大きな規模にするのが私の夢だったのに」
そこでふと、おれは首を傾げた。
「ヴィオーラちゃんの夢は、この商会を大きくすることなの? この商会を継ぐことじゃなくて?」
「……ミドロおじさんから『今度の家庭教師さんはやんごとなき身分の方だから、少し世間知らずな面がおありだが、失礼のないように』とは聞いてたけど……想像以上ね、あなた」
「ご、ごめん。いや、あの、おれは今まで田舎で療養してたから、あまり人と話したことなくて……」
「……まぁいいわ。商会は元々私は継げないもの、女だもの。だから、将来的にはお婿さんをとる予定だったの」
「ああ、そういうことか。でも、それならなおさら、別に魔術学院と平行しても夢は叶えられるんじゃないか?」
「どういうこと?」
ヴィオーラちゃんはアーモンド型の目をぱちくりと見開いた。
「魔術学院に行きながら、商会を大きく出来るわけないわ。だって、魔術師と商人は全然別の仕事じゃない」
「そんなことないよ。だって、商人の家系から魔術適正のある子が生まれるなんて珍しいんだろ? なら、そこにはまだ未開拓の市場があるかもよ」
おれの言葉に、ヴィオーラちゃんは青い瞳を見開いたまま、じっとおれの顔を食い入るように見つめてきた。
その感触に、おれはゆっくりと言葉を続ける。
「今まで商人と魔術師を並行してた人はいないんだろ? なら、需要と供給が釣り合ってない市場がそこにはあるかもよ。商人の仕事は他人に任せて、ヴィオーラちゃんは魔術師と平行してマーケティング開発とか、販路コーディネーターを目指せばいいんじゃないか?」
「まーけ……?」
「あ、ごめん。えっと……」
こんなに小さな子に、しかも異世界の人にマーケティングとかコーディネーターとか言っても分かるわけがなかった。
少し考えて、別の言葉で言い直す。
「んー……ヴィオーラちゃんも商人だから、需要と供給のバランスは分かるよね?」
「ジュ、ジュヨウとキョウキュウ……?」
「あれ、そこからか。んー、なんて言えばいいのかな……」
需要と供給の仕組みは、きっとどこの世界でもあると思うんだけど。
でも、今のヴィオーラちゃんの言い方だと、どうもこの世界には「需要と供給」に対するこの世界の言葉がないようだった。もしかすると、商人は肌でそれを理解しているけれど、まだ誰もれっきとした言語による理論化はしていないのかもしれない。
まぁ、日本だって需要と供給なんて言葉、一昔前まではほとんど誰も使ってなかったもんな。
おれは地面に転がっていた木の枝を手に取ると、ヴィオーラちゃんに分かりやすいようにガリガリと地面を削って絵を描いていく。
絵といっても、ただの丸を3つ描いただけだけど。
「たとえば、この店には林檎が3つしかないとする。でも、林檎が欲しい人は10人いたとするよね? すると、この林檎はどうなると思う?」
「……あっという間に売れちゃうわ」
「そう! これが需要と供給ってこと。じゃあさ、逆に林檎が100個あったとすると?」
「余っちゃうわ」
「正解! 品物が余りすぎていると、もう簡単には売れなくなっちゃうから、この林檎は値段を下げたり、付加価値をつけないといけないね」
ヴィオーラちゃんはおれの言葉に無言でこくこくと頷いた。
やっぱり飲み込みが早いなぁ。様子を見つつ、おれは話をさらに先に続けることにした。
「でも、この需要と供給のバランスをとるのは難しいよね。世の中の人はどういうものを求めているのかって、こんなに簡単にハッキリとしてないから。だから、この『皆が求めている物』をハッキリさせることをマーケティングって言うんだ」
「マーケティング……」
おれは地面に枝を置くと、わずかに土で汚れた指を拭った。
ヴィオーラちゃんはいまだに、おれが地面に描いた3つの丸をじっと見つめている。
「……先生の言ってること、昔お祖父様が言ってたことにちょっと似てるわ。お祖父様は、曽祖父様から聞いたんだって言ってた。モノの流れをよく見ろ、って言葉……私はまだ意味がよく分かってなかったけれど」
「ヴィオーラちゃんの曽祖父様は、きっと皆の需要と供給をカタチにするのがすごく上手だったんだろうね。だから、一人で商会を立ち上げることが出来たんだと思うよ」
「…………」
「ヴィオーラちゃんが魔術学院に行くのは、夢を諦めることじゃなくて、チャンスに繋がると思う。魔術学院に行ってもっと広い市場を見れば、きっとまだ誰も手をつけてない需要と供給の市場が見つけられると思う。例えば、魔術師の人達がどんな物を欲しがってて、どんな物が足りてないのか、とかね」
「…………先生」
「うん?」
「……今みたいなこと、これからも教えてくれる? 先生、これから私の家庭教師になってくれるんだよね?」
おずおずとおれの顔色を窺うように見上げてくるヴィオーラちゃん。
その愛くるしさに、思わず顔がへにゃりと崩れそうになりつつ、なんとかもっともらしく頷いてみせた。
「もちろん! おれの知ってることなら何でも教えるよ。もちろん、魔術学院の勉強の方もね」
「……ありがとう。それと、あの……」
「うん?」
「さっきは……失礼な態度でごめんなさい。さっきのもう一人の方にも、後でちゃんと謝ります」
「大丈夫だよ。アレクだってちゃんと分かってるからね」
安心させるように微笑みかけながら、おれは花壇の間から立ち上がった。そして、部屋に戻ろうかと声をかけると、ヴィオーラちゃんも立ち上がった。
ヴィオーラちゃんはおれの隣に並ぶと、まだちょっとぎこちないながらも笑顔でおれを見上げてきた。
おれもヴィオーラちゃんに笑顔を返す。
……あ。
そう言えば、いつの間にかヴィオーラちゃんがおれのこと、先生って言ってくれてる。
先生。先生かー。
えへへ、なんかちょっと照れくさいな。
でも、よかった。マーケティングの話、同人誌制作の際にちょっと聞きかじったんだけれど、まさかこんな所で役に立つとはなぁ。
なんだっけ。あれは確か、どんなにニッチなシチュエーションの同人誌でも、その市場が潰えることがないのは何故なのだ、という話をオンライン仲間としてた時の話から派生したんだっけ。
まさかこんな所であの話題に助けられるとは、本当にびっくりだ。
……でも、たとえ市場に需要があるからって、おれは同人ゴロは許さないからな!
そう、需要に答えればいいってもんじゃないんだ……。
大事なのは愛だよ、愛。原作への愛とリスペクト!
「先生、どうかしましたか? なんだか怖い顔を……」
「あ、ごめん。いや、ちょっと昔のことを思い出しちゃって」
「昔のこと、ですか」
「そう。……ヴィオーラちゃんにもまた今度教えるね。需要と供給のバランスを調整するのは大事だけど、でも過度な調整も禁物なんだ。転売ヤーとかもあるしね……」
「分かりました。これからの授業、楽しみです!」
庭の花壇には赤や黄色、オレンジの明るい色合いのチューリップに似た形の花が咲いていた。白い石造りの屋敷を拝啓に色とりどりに咲き誇る花は目に鮮やかだ。
そして、その花壇と花壇の間に隠れるようにして、小さな人影がうずくまっているのが見えた。
「ヴィオーラちゃん」
「……っ!」
おれが声をかけると、小さな肩がびくりと跳ねた。
そして、俯いていた恐る恐る顔を上げる。
「……あなた一人?」
おっ、喋った。
想像以上に、ずっと可愛い声だ。鈴を転がしたような声、というんだろうか。
「うん、そうだよ。アレクはさっきの部屋で待ってるから」
「……そう」
「えっと、呼びに来るの、アレクの方がよかったかな?」
おれがそう尋ねると、ヴィオーラちゃんはぷるぷると首を横に振った。
「ううん……あの人、ちょっと怖いから。だからあなたで良かったと思って」
「そ、そっか。えっと……別にアレクはヴィオーラちゃんのことが嫌いなんじゃなくて、その、ヴィオーラちゃんのことを思って厳しい言い方をしただけなんだよ。でも、それで怖い思いをさせちゃったならごめんな」
「……どうしてあなたが謝るの?」
ヴィオーラちゃんは不思議そうに首を傾げながら、おれの顔をまじまじと見つめてきた。
おれは少し迷ってから、ヴィオーラちゃんの座っている花壇の脇に、動揺に体育座りで座り込む。
「おれとアレクは……友達だからな。それに、アレクはおれのためを思って色々やってくれてるから、アレクのやったことにはおれに責任があることなんだ」
「……私の知ってる友達とちょっと違う」
ヴィオーラちゃんの言葉におれは苦笑いを浮かべた。彼女の言葉ももっともだ。
おれとアレクの関係は、ただの友達という言葉では括れないだろう。でも、それ以外になんて言ったらいいのか分からなかったのだ。
「でも……すっごく仲がいいのね、あなたたち」
ぽつりと呟いたヴィオーラちゃんの声には、少し羨ましそうな響きがあった。
そこで、おれは話題を変えてみることにする。
「ヴィオーラちゃんだって、来年には魔術学院に入学するんだろ? それでおれ達が家庭教師に呼ばれたわけだし。魔術学院に入学すれば、いっぱい友達ができるよ」
「…………」
だが、そこでヴィオーラちゃんは唇を尖らせて俯いてしまう。
そして人差し指で地面をいじいじと弄りながら、小さな声でぽつぽつと話し始めた。
「……そうよ。私だって魔術学院に行かなきゃいけないのは、分かってるの。でも、まさか私に魔力適性があるなんて思ってもみなかった」
「えっと……ヴィオーラちゃんは商人を目指したかったんだ?」
「うん。うちは曽祖父様が一代で成した商会で、それをお祖父様やお父様がここまで大きくして……私も将来はお婿さんをとって、今以上に商会を大きくするのが夢だったのよ?」
「そ、そう……」
ヴィオーラちゃんって、話を聞いた限りではまだ8歳だったよな?
それなのに、もう自分が婿を取るつもりでいるんだ……。たくましいなぁ。こっちの世界だと皆小さいうちからこんなにしっかりしてるんだろうか?
まぁ、それはともかく……なんだろう。
おれはこの世界の人間じゃないから、まだ事情がよく飲み込めてないのだけれど。魔力適正のある子供は、魔術学院に行って魔力の使い方を学ばなきゃいけないのは分かった。
でも、それは商人とは両立できないことなのだろうか?
「おかしなことを聞いてたら悪いんだけど……魔術学院に行ったら、もう商人の道は歩めないのか?」
おれの質問に、ヴィオーラちゃんはまじまじをおれの顔を見てきた。
まるっきり、何を言ってるんだろうこの人、という顔である。
「……当たり前よ。だって、魔力適正よ? 魔術学院卒業後は、基本的にはお役所勤めか軍務のどっちかに決まってるもの」
「そ、そうなんだ」
ヴィオーラちゃんの話によると、魔力適正を持っている人間は数が少なく貴重なのだという。まぁ、だからこそ、国が義務を課してまで魔術学院へ子供たちを入学させているのだろう。
魔力適正のある人間は魔力がコントロールできる。そのため彼らは、国や街のインフラに必要な設備などを魔石を用いて魔法で動かしたり、国内の農地に赴いて収穫の実りを増やすために魔法を行使したりするのだという。また、有事の際には魔法による攻撃や防御を展開することもあるそうだ。
「そうね……あまりにも魔術学院での成績が悪ければ、お役所にも軍隊にも声がかからずに解放されるかも。でも、それじゃあただの恥晒しだわ。そんなことで家に帰ったって不名誉だもの」
そう言って、大きなため息をついて肩を落とすヴィオーラちゃん。
魔力適正があり魔術学院に入学できるということは、それだけで名誉なのだという。
そして無事にその魔術学院を卒業できればエリートコースまっしぐら。中には、貴族に見初められてそのままゴールインする子も珍しくないという。
だから逆に、魔術学院を卒業したのにも関わらず、ただの商人という道を選んだとすれば、口さがない他人から『あの子はきっと魔術学院の中でも落ちこぼれだったのだろう』と言われてしまうのだそうだ。
思ったよりも八方塞がりの状況に、おれはますますヴィオーラちゃんに同情する気持ちが湧いてきた。
こんなにまだ小さいのに、そんな重要な人生の岐路に立たなければいけないなんて不憫だ。
「……ヴィオーラちゃんは、自分の家が誇りなんだね」
「私の生まれ育った家だもの、当たり前よ。……この商会を、私の手でもっと大きな規模にするのが私の夢だったのに」
そこでふと、おれは首を傾げた。
「ヴィオーラちゃんの夢は、この商会を大きくすることなの? この商会を継ぐことじゃなくて?」
「……ミドロおじさんから『今度の家庭教師さんはやんごとなき身分の方だから、少し世間知らずな面がおありだが、失礼のないように』とは聞いてたけど……想像以上ね、あなた」
「ご、ごめん。いや、あの、おれは今まで田舎で療養してたから、あまり人と話したことなくて……」
「……まぁいいわ。商会は元々私は継げないもの、女だもの。だから、将来的にはお婿さんをとる予定だったの」
「ああ、そういうことか。でも、それならなおさら、別に魔術学院と平行しても夢は叶えられるんじゃないか?」
「どういうこと?」
ヴィオーラちゃんはアーモンド型の目をぱちくりと見開いた。
「魔術学院に行きながら、商会を大きく出来るわけないわ。だって、魔術師と商人は全然別の仕事じゃない」
「そんなことないよ。だって、商人の家系から魔術適正のある子が生まれるなんて珍しいんだろ? なら、そこにはまだ未開拓の市場があるかもよ」
おれの言葉に、ヴィオーラちゃんは青い瞳を見開いたまま、じっとおれの顔を食い入るように見つめてきた。
その感触に、おれはゆっくりと言葉を続ける。
「今まで商人と魔術師を並行してた人はいないんだろ? なら、需要と供給が釣り合ってない市場がそこにはあるかもよ。商人の仕事は他人に任せて、ヴィオーラちゃんは魔術師と平行してマーケティング開発とか、販路コーディネーターを目指せばいいんじゃないか?」
「まーけ……?」
「あ、ごめん。えっと……」
こんなに小さな子に、しかも異世界の人にマーケティングとかコーディネーターとか言っても分かるわけがなかった。
少し考えて、別の言葉で言い直す。
「んー……ヴィオーラちゃんも商人だから、需要と供給のバランスは分かるよね?」
「ジュ、ジュヨウとキョウキュウ……?」
「あれ、そこからか。んー、なんて言えばいいのかな……」
需要と供給の仕組みは、きっとどこの世界でもあると思うんだけど。
でも、今のヴィオーラちゃんの言い方だと、どうもこの世界には「需要と供給」に対するこの世界の言葉がないようだった。もしかすると、商人は肌でそれを理解しているけれど、まだ誰もれっきとした言語による理論化はしていないのかもしれない。
まぁ、日本だって需要と供給なんて言葉、一昔前まではほとんど誰も使ってなかったもんな。
おれは地面に転がっていた木の枝を手に取ると、ヴィオーラちゃんに分かりやすいようにガリガリと地面を削って絵を描いていく。
絵といっても、ただの丸を3つ描いただけだけど。
「たとえば、この店には林檎が3つしかないとする。でも、林檎が欲しい人は10人いたとするよね? すると、この林檎はどうなると思う?」
「……あっという間に売れちゃうわ」
「そう! これが需要と供給ってこと。じゃあさ、逆に林檎が100個あったとすると?」
「余っちゃうわ」
「正解! 品物が余りすぎていると、もう簡単には売れなくなっちゃうから、この林檎は値段を下げたり、付加価値をつけないといけないね」
ヴィオーラちゃんはおれの言葉に無言でこくこくと頷いた。
やっぱり飲み込みが早いなぁ。様子を見つつ、おれは話をさらに先に続けることにした。
「でも、この需要と供給のバランスをとるのは難しいよね。世の中の人はどういうものを求めているのかって、こんなに簡単にハッキリとしてないから。だから、この『皆が求めている物』をハッキリさせることをマーケティングって言うんだ」
「マーケティング……」
おれは地面に枝を置くと、わずかに土で汚れた指を拭った。
ヴィオーラちゃんはいまだに、おれが地面に描いた3つの丸をじっと見つめている。
「……先生の言ってること、昔お祖父様が言ってたことにちょっと似てるわ。お祖父様は、曽祖父様から聞いたんだって言ってた。モノの流れをよく見ろ、って言葉……私はまだ意味がよく分かってなかったけれど」
「ヴィオーラちゃんの曽祖父様は、きっと皆の需要と供給をカタチにするのがすごく上手だったんだろうね。だから、一人で商会を立ち上げることが出来たんだと思うよ」
「…………」
「ヴィオーラちゃんが魔術学院に行くのは、夢を諦めることじゃなくて、チャンスに繋がると思う。魔術学院に行ってもっと広い市場を見れば、きっとまだ誰も手をつけてない需要と供給の市場が見つけられると思う。例えば、魔術師の人達がどんな物を欲しがってて、どんな物が足りてないのか、とかね」
「…………先生」
「うん?」
「……今みたいなこと、これからも教えてくれる? 先生、これから私の家庭教師になってくれるんだよね?」
おずおずとおれの顔色を窺うように見上げてくるヴィオーラちゃん。
その愛くるしさに、思わず顔がへにゃりと崩れそうになりつつ、なんとかもっともらしく頷いてみせた。
「もちろん! おれの知ってることなら何でも教えるよ。もちろん、魔術学院の勉強の方もね」
「……ありがとう。それと、あの……」
「うん?」
「さっきは……失礼な態度でごめんなさい。さっきのもう一人の方にも、後でちゃんと謝ります」
「大丈夫だよ。アレクだってちゃんと分かってるからね」
安心させるように微笑みかけながら、おれは花壇の間から立ち上がった。そして、部屋に戻ろうかと声をかけると、ヴィオーラちゃんも立ち上がった。
ヴィオーラちゃんはおれの隣に並ぶと、まだちょっとぎこちないながらも笑顔でおれを見上げてきた。
おれもヴィオーラちゃんに笑顔を返す。
……あ。
そう言えば、いつの間にかヴィオーラちゃんがおれのこと、先生って言ってくれてる。
先生。先生かー。
えへへ、なんかちょっと照れくさいな。
でも、よかった。マーケティングの話、同人誌制作の際にちょっと聞きかじったんだけれど、まさかこんな所で役に立つとはなぁ。
なんだっけ。あれは確か、どんなにニッチなシチュエーションの同人誌でも、その市場が潰えることがないのは何故なのだ、という話をオンライン仲間としてた時の話から派生したんだっけ。
まさかこんな所であの話題に助けられるとは、本当にびっくりだ。
……でも、たとえ市場に需要があるからって、おれは同人ゴロは許さないからな!
そう、需要に答えればいいってもんじゃないんだ……。
大事なのは愛だよ、愛。原作への愛とリスペクト!
「先生、どうかしましたか? なんだか怖い顔を……」
「あ、ごめん。いや、ちょっと昔のことを思い出しちゃって」
「昔のこと、ですか」
「そう。……ヴィオーラちゃんにもまた今度教えるね。需要と供給のバランスを調整するのは大事だけど、でも過度な調整も禁物なんだ。転売ヤーとかもあるしね……」
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アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。
ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。
【完結】流行りの悪役転生したけど、推しを甘やかして育てすぎた。
時々雨
BL
前世好きだったBL小説に流行りの悪役令息に転生した腐男子。今世、ルアネが周りの人間から好意を向けられて、僕は生で殿下とヒロインちゃん(男)のイチャイチャを見たいだけなのにどうしてこうなった!?
※表紙のイラストはたかだ。様
※エブリスタ、pixivにも掲載してます
◆この話のスピンオフ、兄達の話「偏屈な幼馴染み第二王子の愛が重すぎる!」もあります。そちらも気になったら覗いてみてください。
◆2部は色々落ち着いたら…書くと思います
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