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なんだか、あの日からアレクの様子がずっとおかしい。
おれが話しかければ笑顔で明るく応えてくれるけれど、一人でいる時のアレクは小難しい顔をして何事かを考え込むことが多くなった。
それに加えて、寮の部屋に帰ってくる時間帯も遅くなるばかりだ。今までは夜の10時過ぎに帰ってきていたアレクが、今週に入ってからは日付をまたいで帰ってくることがほとんどになってしまった、それでいて出勤が遅いというわけでもなく、日の登らない内からすぐに部屋を出てしまう。
そのため、おれはますますアレクとゆっくり話せる機会がなくなってしまった。
この前はさすがにアレクが心配になり、深夜まで帰りを起きて待って、帰ってきたアレクに「最近そんなに商会の仕事が忙しいのか? こんな調子じゃ身体を壊すんじゃないか」と聞いてみたのだが、「ご主人ちゃん、俺のこと心配してくれるの? 嬉しい!」と抱きつかれてすりすりと頬ずりをされて、あれよあれよという間に具体的な答えは貰えないまま流されてしまったのだった。
『――大丈夫だよ。俺、これぐらい全然平気だし。あっ、でも頑張ってるご褒美にちゅーとかしてくれるなら嬉しいかも!』
そういって無邪気ともいえる笑顔で頬をよせてくるアレクに、そんなに頑張らなくてもキスぐらいならいつだって、と答えそうになった自分自身に驚いた。
アレクにキスをすることに、嫌悪感も違和感も抱いていない自分に気づいたのだ。
そればかりか、自分のその言い分ではまるで、アレクの言いだしたご褒美という『約束』を、むしろ邪魔に思っているようにさえとられる台詞だった。
……そんな自分自身に驚いて、結局、アレクには何も言えなかった。
アレクは黙り込んだおれをどう解釈したのか、しばらく身体を擦り寄せると、その後でふっと静かに身体を離して何事もなかったように去ってしまった。まるで、気まぐれな猫みたいなその態度に、おれはますますアレクに何を言えばいいのか分からなくなってしまった。
「……でも、やっぱりこのままじゃ駄目だよな。ちゃんと話をしないと」
はぁ、とため息をついて、おれは目の前の建物を見上げた。
おれが訪れたのは、アレクが働いているミドロさんの所の商会だ。同じ寮の人に聞いたところ、アレクは今日は早めに仕事を切り上がる予定なのだという。なので、おれもヴィオーラちゃんに頼んで今日は早めに上がらせてもらったのだ。
……別に、家で待っていても良かったのだけれど。
でもせっかくだから、先日みたいにどこか外で夕飯でも食べてゆっくり話をしたかった。寮でもいいけれど、あそこけっこう壁が薄いからな……隣の部屋の話し声とか聞こえてくることもあるし。
「……やっぱり、あの時のおれの提案で気を悪くしたのかなぁ」
そうだとしたら、なんとか謝れないだろうか。
別に、すぐにでもあの部屋から引っ越したいわけじゃないのだ。ただ、アレクとしたご褒美の約束があるし、そういうコトになった時に社員寮だとちょっととか、考えちゃっただけで。あの部屋、壁も薄いし。
そこまで考えてはたと気がついた。
こ、これじゃ、まるでおれの方がアレクを待ちわびてるみたいじゃないか。
いや、違う。そりゃアレクにしてもらった愛撫はとんでもなく気持ちよかったし、ああいう風に優しく触ってもらえるのはすごく心地よかったけれど……いやいやいや! だからそうじゃないんだって!
「……あ、あの、大丈夫ですか?」
おれが顔を赤くしたり青くしたり百面相をしていたせいか、ミドロさんの商会から出てきた青年が声をかけてきた。
眉を八の字にしてこちらを心配そうに見てくる彼の顔には見覚えがある。同じ社員寮に住んでいる青年だ。今日まで、言葉を交わしたことはなかったけれど……。
「だ、大丈夫です。すみません」
「そうですか? どこか体調が悪いとか……」
「いえ、全然そういうわけじゃないんです。本当にすみません」
「そ、そうですか。ところで、もしかして同室の……アレクさんに会いに来られたのですか?」
青年の言葉にそうだと頷く。
すると、青年はますます困ったような顔つきになった。
「アレクさんですが、ちょうど先程仕事が終わって帰られたところです。入れ違いになってしまいましたね」
「えっ、本当ですか」
「はい。何か急ぎのご用事ですか?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど……あの、アレクはどっちに行ったか分かります?」
「確か寮に行く途中にある、かささぎ亭という酒場に行くようでしたが……」
「……酒場?」
おれがきょとんとして言葉を繰り返した様子を見て、青年はおれが酒場の場所がわからないのだと判断したようで、懇切丁寧にかささぎ亭への道筋を教えてくれた。
けれど、おれが呆気にとられたのは場所が分からなかったからじゃない。
アレクが……酒場に? だって、おれは別に誘われてないし……いや、アレクにだってプライベートがあるし、おれと偶には離れて一人で飲みたいと思うこともあるかもしれない。
……そんなアレクの所におれが押しかけるのは、迷惑だろうか?
迷ったものの、しかし、この機会を逃せばアレクとゆっくり話せる機会も、不用意な提案でアレクの気分を害したことを謝る機会もなさそうに思えた。
おれは道を教えてくれた青年に礼を告げると、駆け足でそのかささぎ亭へと向かう。
幸い、アレクは商会を出てそんなに時間が経っていなかったようで、かささぎ亭へと辿り着く前におれは彼の後ろ姿を発見することが出来た。
人混みの向こうに、よく日に焼けた精悍な面立ちと、藁のような明るい金髪が見える。
おれは声を上げてアレクを呼び止めようとして、そこで気がついた。
……アレクは一人ではなかったのだ。
「……え」
彼は、一人ではなかった。
隣にいるのは、この世界に来た時に会った、あのポニーテールヘアの女冒険者さん。
二人は朗らかで楽しげな笑顔を浮かべて、寄り添うようにして歩いていた。
おれはそんな二人の背中を、声を上げることすらすっかり忘れて、呆然と見送った。
見送るしか、なかったのだ。
おれが話しかければ笑顔で明るく応えてくれるけれど、一人でいる時のアレクは小難しい顔をして何事かを考え込むことが多くなった。
それに加えて、寮の部屋に帰ってくる時間帯も遅くなるばかりだ。今までは夜の10時過ぎに帰ってきていたアレクが、今週に入ってからは日付をまたいで帰ってくることがほとんどになってしまった、それでいて出勤が遅いというわけでもなく、日の登らない内からすぐに部屋を出てしまう。
そのため、おれはますますアレクとゆっくり話せる機会がなくなってしまった。
この前はさすがにアレクが心配になり、深夜まで帰りを起きて待って、帰ってきたアレクに「最近そんなに商会の仕事が忙しいのか? こんな調子じゃ身体を壊すんじゃないか」と聞いてみたのだが、「ご主人ちゃん、俺のこと心配してくれるの? 嬉しい!」と抱きつかれてすりすりと頬ずりをされて、あれよあれよという間に具体的な答えは貰えないまま流されてしまったのだった。
『――大丈夫だよ。俺、これぐらい全然平気だし。あっ、でも頑張ってるご褒美にちゅーとかしてくれるなら嬉しいかも!』
そういって無邪気ともいえる笑顔で頬をよせてくるアレクに、そんなに頑張らなくてもキスぐらいならいつだって、と答えそうになった自分自身に驚いた。
アレクにキスをすることに、嫌悪感も違和感も抱いていない自分に気づいたのだ。
そればかりか、自分のその言い分ではまるで、アレクの言いだしたご褒美という『約束』を、むしろ邪魔に思っているようにさえとられる台詞だった。
……そんな自分自身に驚いて、結局、アレクには何も言えなかった。
アレクは黙り込んだおれをどう解釈したのか、しばらく身体を擦り寄せると、その後でふっと静かに身体を離して何事もなかったように去ってしまった。まるで、気まぐれな猫みたいなその態度に、おれはますますアレクに何を言えばいいのか分からなくなってしまった。
「……でも、やっぱりこのままじゃ駄目だよな。ちゃんと話をしないと」
はぁ、とため息をついて、おれは目の前の建物を見上げた。
おれが訪れたのは、アレクが働いているミドロさんの所の商会だ。同じ寮の人に聞いたところ、アレクは今日は早めに仕事を切り上がる予定なのだという。なので、おれもヴィオーラちゃんに頼んで今日は早めに上がらせてもらったのだ。
……別に、家で待っていても良かったのだけれど。
でもせっかくだから、先日みたいにどこか外で夕飯でも食べてゆっくり話をしたかった。寮でもいいけれど、あそこけっこう壁が薄いからな……隣の部屋の話し声とか聞こえてくることもあるし。
「……やっぱり、あの時のおれの提案で気を悪くしたのかなぁ」
そうだとしたら、なんとか謝れないだろうか。
別に、すぐにでもあの部屋から引っ越したいわけじゃないのだ。ただ、アレクとしたご褒美の約束があるし、そういうコトになった時に社員寮だとちょっととか、考えちゃっただけで。あの部屋、壁も薄いし。
そこまで考えてはたと気がついた。
こ、これじゃ、まるでおれの方がアレクを待ちわびてるみたいじゃないか。
いや、違う。そりゃアレクにしてもらった愛撫はとんでもなく気持ちよかったし、ああいう風に優しく触ってもらえるのはすごく心地よかったけれど……いやいやいや! だからそうじゃないんだって!
「……あ、あの、大丈夫ですか?」
おれが顔を赤くしたり青くしたり百面相をしていたせいか、ミドロさんの商会から出てきた青年が声をかけてきた。
眉を八の字にしてこちらを心配そうに見てくる彼の顔には見覚えがある。同じ社員寮に住んでいる青年だ。今日まで、言葉を交わしたことはなかったけれど……。
「だ、大丈夫です。すみません」
「そうですか? どこか体調が悪いとか……」
「いえ、全然そういうわけじゃないんです。本当にすみません」
「そ、そうですか。ところで、もしかして同室の……アレクさんに会いに来られたのですか?」
青年の言葉にそうだと頷く。
すると、青年はますます困ったような顔つきになった。
「アレクさんですが、ちょうど先程仕事が終わって帰られたところです。入れ違いになってしまいましたね」
「えっ、本当ですか」
「はい。何か急ぎのご用事ですか?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど……あの、アレクはどっちに行ったか分かります?」
「確か寮に行く途中にある、かささぎ亭という酒場に行くようでしたが……」
「……酒場?」
おれがきょとんとして言葉を繰り返した様子を見て、青年はおれが酒場の場所がわからないのだと判断したようで、懇切丁寧にかささぎ亭への道筋を教えてくれた。
けれど、おれが呆気にとられたのは場所が分からなかったからじゃない。
アレクが……酒場に? だって、おれは別に誘われてないし……いや、アレクにだってプライベートがあるし、おれと偶には離れて一人で飲みたいと思うこともあるかもしれない。
……そんなアレクの所におれが押しかけるのは、迷惑だろうか?
迷ったものの、しかし、この機会を逃せばアレクとゆっくり話せる機会も、不用意な提案でアレクの気分を害したことを謝る機会もなさそうに思えた。
おれは道を教えてくれた青年に礼を告げると、駆け足でそのかささぎ亭へと向かう。
幸い、アレクは商会を出てそんなに時間が経っていなかったようで、かささぎ亭へと辿り着く前におれは彼の後ろ姿を発見することが出来た。
人混みの向こうに、よく日に焼けた精悍な面立ちと、藁のような明るい金髪が見える。
おれは声を上げてアレクを呼び止めようとして、そこで気がついた。
……アレクは一人ではなかったのだ。
「……え」
彼は、一人ではなかった。
隣にいるのは、この世界に来た時に会った、あのポニーテールヘアの女冒険者さん。
二人は朗らかで楽しげな笑顔を浮かべて、寄り添うようにして歩いていた。
おれはそんな二人の背中を、声を上げることすらすっかり忘れて、呆然と見送った。
見送るしか、なかったのだ。
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