転生先は猫でした。

秋山龍央

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吾輩は猫である。
名前はまだないので、かっこよくてキュートで、痺れるような名前を絶賛募集中である。

……いや、本当になんでこんなことになったのか。
それは少し前のことに遡るーー。


「――こんにちわ! 本日は三途の川のご利用、誠にありがとうございます!」

気がついた時には、おれはパイプ椅子に座り、かっちり制服を着たメガネな事務員さんと、机を挟んで向かい合っていた。
辺りを見ると、クリーム色の壁に、簡素な机とパイプ椅子がならんだ空間だった。その机には、事務員さんが机にそれぞれずらりと座っており、その向かいにはおれと同じように困惑した表情の人が並んでいるようである。

「あれ……? おっかしーな、おれ、バイト先に向かってる最中で……あれ?」
「こちらは三途の川です」

……は?
三途の川って、あの……人間が死後に、あの世へと向かうために渡る川?

「いや、何を言ってるんだよ。こんなハローワークの受付みたいな場所で、そんな冗談を、」
「昨今は人口増加に伴って死者の数も増えましたので、川を埋め立てて、こちらの事務所を設立したんですよ。ちなみに、私は奪衣婆のだっちゃんと申します」
「三途の川を埋め立てたの!?」
「なお、状況が読み込めていないようなので説明をしますと、あなたが仕事先に向かう最中に乗ったバスが横転事故にあいまして。その結果、あなたは死亡し、こちらの三途の川を渡る次第になったわけです」
「バスの横転事……えっ!? 死亡!?」
「では、お話を進めますね。あなたが生前加入されていたご宗派のプランですと、死後は輪廻転生のコースでのご契約になっております」
「輪廻転生コース!?」
「ただし、生前の功徳ポイントが足りないので、人間に転生することはできませんね」
「功徳ポイント!?」
「現在お持ちの功徳ポイントですと哺乳類と鳥類のどちらかでの転生となりますが、どちらになさいますか?」
「まさかの二択!?」
「あ、もしも次回の転生のために今回の消費ポイントを抑えたいというなら、もちろんそれも可能でございますよ。ミジンコあたりとか、ポイントが少なめなのでオススメでございます」

マ、マジでなんだコレ。
え、本当に、これって今、おれ自身に起きてることなのか? 夢じゃなくて?

「ほ、哺乳類で……」
「かしこまりました、哺乳類転生コースの加入ですね。あなたが次に転生される世界ですが、こちらは魔法が発達した世界となります。この世界では動物は全て『モンスター』と人間からは呼称されており、あなたもモンスターの一種となります。この世界では生けとし生きる者すべてが魔力を持ち、魔法を扱うことができます」
「おお、魔法!」

魔法が発達した世界で、モンスターときたか。
まるっきりRPGのゲームの世界観だな……ははは、なんだかもう笑えてきた。

「ですが、あなたの現在お持ちの功徳ポイントでは低ランクモンスターへの転生となりますので、一部の例外をのぞいて、魔法の類はまったく使用できません。あらかじめご了承ください」

って、それじゃあぬか喜びじゃん!

ん……でも 一部の例外をのぞいてって言った?
じゃあ、一応おれにも使える魔法はちょっとはあるってことか?

「低ランクモンスターにも使える魔法があるのか?」
「はい。今月より『今生を思いっきり楽しもう!功徳ポイント前倒し使用キャンペーン!』が始まっております。お申込みされますか?」
「キャ、キャンペーン?」

なんだろう。この、さっきから続く営業路線な感じ?
これ、やっぱりおれの夢なんじゃないのか? なんか最近、変な本でも読んだかな……。

「あー……それってどういうキャンペーン?」
「たとえば、あなたが次回生まれ変わった世界で、功徳ポイントを50ポイント積み重ねたとします」
「うん」
「本来ならこの功徳ポイントの積み重ねで、転生先の世界軸・種族・時代などが決定されますが、今月のこのキャンペーンにお申込み頂いておりますと『20ポイントを今生の特典に使用・30ポイントを次転生先に積み重ね』ということができますね」
「へぇ……。特典って何があるの?」
「あなたの転生される世界軸ですと、お手元の表からお選び頂けます」

 女性事務員の言葉と同時に、おれはいつの間にかA4サイズの書類を両手で持っていた。
3枚綴のそれは、ホッチキスで右上が留められており、最初の紙面にはでかでかと『今生を思いっきり楽しもう!功徳ポイント前倒し使用キャンペーン!』という文字がゴシック体で記載されている。

……ますますおれの夢じみてきたなぁ。

 手の中の書類にざっと目を通す。エクセルっぽい感じで表にまとめられたそれは、特典の内容とそれに使用が必要なポイントの数がかかれていた。
一番高いポイント特典だと、1000ポイントで『一生涯、自身と家族が健康長寿でいられ、貧困と無縁でいられる(三世代先まで有効範囲内)』、次点の990ポイントで『端麗な容姿を手に入れられる(性別選択不可能)』とのことだった。

「働かなくてもお金が入るとか、道を歩いてるだけでラッキースケベが起きる、とかはないんだ?」
「そういった煩惱に満ちた特典にしてしまいますと、その後の生において功徳ポイントを積み重ねるのが難しくなってしまいますからね。功徳ポイントというのは善行の積み重ねによって成るものです。私達がこのキャンペーンを始めたのも、皆様により多くの善行に励んでもらいたいという思いがあるからこそ。善行に結びつかない特典を皆様に与えるわけにはいきません」
「ふーん……。そういや、この功徳ポイントを積み重ねられなかったら、どうなっちゃうの?」
「その場合には特典自体が発動いたしませんので、ご安心ください。たとえば『50ポイント必要な特典』にお申し込みいただいた場合には、60の功徳ポイントを稼がないと、特典が発動しないようになっております。詳細は2ページ目の利用規約、5章の部分をお読み下さいませ」
「ああ。じゃあ、もしかすると70歳になってようやく特典が発動する、ってこともあるんだ」
「さようでございます」
「うーん……おれの今生で持ってた功徳ポイントっていくつなの?」
「58ポイントでございますね」

 20年間生きていて58ポイントかー。基準が分からないからなんとも言えないけど、ビミョウだな……。
まぁ、特別ボランティア活動とかしてたわけでもなかったしな。

 しかしこのキャンペーンに申し込んだとしても……表に記載されている必要な最低ポイントは50ポイントだ。20年間人間として生きていて、稼げたポイントが58ポイント。
次回、転生するのが哺乳類……モンスターとは言っていたけど、動物がそんな善行を積み重ねられるとは思えない。どう考えても、おれには無用な長物だろう。

おれは事務員さんに書類を返そうとして――しかし、ふとある一文に目がとまった。

「この……100ポイントの『変身・擬態能力』の付与っていうのは?」
「はい。こちらの特典はあなたのようなモンスターへ転生される方のみが申し込みできる専用特典ですね。体内の魔力を消費することで、変身……他のモンスターの姿や人間に変わることが可能でございます」
「人間に変身!?」

思わずがたりとパイプ椅子から身を乗り出す。

「おれが人間に変身できるのか?」
「はい。キャンペーンにお申込みいただいて、功徳ポイントを110ポイント積み重ねることができれば、自動であなたのスキルに変身能力が加わります」
「じゃあ申し込む!」
「では、こちらにサインをお願い致します」

再び、どこからともなく現れたボールペンが自動的におれの手の中にすべりこんだ。おれはその黒のボールペンで、書類の三枚目にあった同意書に自分のサインをする。
 特典に必要なポイントが達成できるかどうかは不明だが、逆に言えば、申し込みさえしておけば功徳ポイントを110ポイント積み重ねられれば、自動で変身スキルが手に入るのだ。これは申込みしておいた方がいいだろう。
 サインをし終えたおれは事務員さんに書類を手渡すと、ふと、まだ聞いていないことがあったのを思い出した。

「そういえばさ、このキャンペーンはおれが110ポイントを稼いだら、自動的にキャンペーンの特典が発動するんだよな?」
「その通りでございます」
「つまり、100ポイントを今生で使って、10ポイントを次次回の転生のために使用できるってことだよね。その後、あまり善行が詰めなくて10ポイントのままだった時って、次次回の転生ってどうなるの?」
「ゲヘナでの強制労働に30年間、従事していただきます」
「……………………はい?」
「ああ、申し訳ございません。あなたがお持ちの宗教観ですと『地獄』という言い方でございましたね」
「いやいやいや、そこじゃなくて! ちょっと待って、10ポイントのままだと地獄での強制労働になるの!?」
「はい。詳細は2ページ目の利用規約、第一章に記載がございます。もしも功徳ポイントが15ポイント未満でございましたら、転生に必要なポイント数を満たしておりませんので、その際には地獄での強制労働に従事していただきます。逆に、もしも悪業を積んだことで功徳ポイントがマイナスになってしまった場合は、地獄での刑罰を受けていただきますね」
「ちょっ、そんなこと聞いてな――」

「それでは、こちらで輪廻転生の申請は終了いたしました。どうぞ、いってらっしゃいませ」

思わずパイプ椅子から身を乗り出していたおれの身体が、不意にガクリと下がった。
ハッと下を見ると、おれが座っていたパイプ椅子――その下の床がいつの間にか、真っ黒な口を開けていた。

まるでブラックホールのようなそこに、パイプ椅子ごとおれは真っ逆さまに落下していく。

「う、うわあぁぁあああぁ!?」

「――本日は株式会社三途の川のご利用、誠にありがとうございました。どうぞ、よき来世をお過ごし頂けますよう、スタッフ一同あなた様のご活躍を心よりお祈りしております」
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