転生先は猫でした。

秋山龍央

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「にゃあ」
「っ!?」

おれが人間の姿から変化――もとい真っ黒な猫の姿に戻ると、正面に座っていたロディは目を瞬かせた。

また、おれが猫の姿になったことによって、着ていた服は床に落ちる。ところどころ、シャツがおれの身体にひっかかったものの、身体をよじればすぐに自由の身になった。
おれはてとてととロディの傍まで歩くと、椅子に座っている彼の足元にすり、と身体をすりつける。

「にゃーお」
「っ……おい……なんでいきなり変身を」
「にゃん」
「ぅ……ひ、卑怯だぞ。その姿になるのは」

 顔を真っ赤にしてたじたじになっているロディだが、言葉とは裏腹に、その視線はおれの尻尾や耳をせわしなく追っている。膝の上に置かれた指先が開いたり閉じたりを繰り返しているのは、おれのしなやかな体毛に指を這わせたいという欲求と戦っているからだろう。

「っ、くそ……」

ロディが堕ちたのは、それから三分もかからなかった。
観念したように、そして自分の心に素直に従うように、ロディの指がおれの背中にゆっくりとが這わされる。
ふっ……勝ったな。なんてパーフェクトな勝利なんだ、気分がいい。

「……この姿の君はやわらくて、あたたかいな」
「にゃお」
「……最初に会った時は……ぼろぼろの状態だったけれど、今の君はとてもきれいだ。触り心地もとてもいい。君を連れているだけで道でもギルドでも色んな人から声をかけられるようになった。……この都市に住み移ってから三ヶ月になるが、俺一人でいた時はこんなに誰かと話しをすることなんてなかったよ」

 うむうむ。ロディはやっぱり、人間の姿よりも、おれが猫になっている時のほうが素直だなぁ。
それはやはり、ロディの中に癒えない心の傷があるからなんだろう。ロディと話していると、彼の話し方や表情から、ひしひしとそういう陰を感じるのだ。

ロディの心に刻まれた、深い傷の匂い。
その血の匂いを、おれの猫の鼻はいっそうはっきりと嗅ぎ分けることができるようだった。

おれは床をとんっと蹴り上げ、ロディの膝の上に乗った。
ロディは最初は驚いた顔をしていたものの、おれが膝の上で丸く横たわると、指先でゆっくりと頭をなでてくれた。

「……俺は……ここより遠くの、ドンミルという要塞都市で、あるパーティーを組んでいたんだ」

どれぐらい、ロディに頭を撫でてもらっただろうか。
あまりの心地よい手付きと、膝上のあたたかいぬくもりに、思わず瞼がちょっぴりウトウトしかけた頃に、ロディがぽつりぽつりと口を開いた。

「俺は田舎の農村の出だったんだが、同じ村の友人たちに誘われ、要塞都市ドンミルへやってきた。俺も友人たちも五男とか四男だったからな、家に留まっていても耕作地は全部、兄貴たちに取られてしまう。耕作地がなければ結婚もできずに、ずっと兄貴たちにいいように顎でつかわれ続けるだけだ。だから、村の外に出稼ぎに行くしかなかった。学も伝手も何もない俺達が手っ取り早くなれる職業は、冒険者が一番だった」

 ロディを含む、同じ農村を出身とする男四人はそうして要塞都市ドンミルへとやってきたのだという。
要塞都市ドンミルはその名の通り、周囲をぐるりと高い石壁で囲まれているのだそうだ。この街も周囲を塀で囲まれているのは同じだが、ここよりも規模がはるかに大きく、栄えている都市だという。
また、そのように大きい都市だから、ロディたちと同じような立場の農村上がりで冒険者を目指している若者たちがたくさん集まるのだそうだ。

「要塞都市ドンミルで、運も味方したんだろうが、俺達四人はけっこう評判のパーティーになっていった」
「にゃん?」
「ん? ああ……パーティーは、俺はタンク役のシールダーで、仲間の二名が前衛の戦士、残りの一名がアーチャーの編成だった。シールダーは知っているか?」

おれが小首を傾げてロディの膝をぺしぺししながら見上げると、ロディはそう答えてくれた。
おれが言わんとする事を理解したというよりは、多分これが疑問なのだろうと当たりをつけて答えてくれた感じだ。

「んにゃあ?」
「シールダーが何かってことか?」
「にゃん!」
「知らないのか。シールダーはタンク役で、モンスターのヘイトを一手に引き受けて、攻撃を集中的に浴びる職種だ。味方の補佐役だな。シールダーになるには、先天的なスキルが必要なことと、花形ではないことからあまり人気のない職種で、数が少ないんだ。俺も要塞都市ドンミルですら他には三人しか会ったことがないし、こっちの街に来てからはなおさら見たことがないな」

おお、そうなんだ!
しかしロディの察しがよくて助かるな。おかげで、会話の途中に全裸の男がたびたび出現する羽目にならなくて済んだよ。

 でも、それならロディは珍しい職種の冒険者なんだな。
でも、それならなんでこの街でなかなかパーティーが組めないんだろう? そんなに珍しい職種なら、どこのパーティーからも引っ張りだこじゃないのか?

「俺達のパーティーは要塞都市ドンミルでそこそこの依頼をこなし、武功を積み上げていき……去年、ようやくランクBに昇格できたんだ」
「にゃお!」

へぇ、ランクBとはすごいじゃないか! なにせ、おれなんてランクEの弱小モンスターなんだからね。
……ロディとは殴り合いの喧嘩とかは絶対にしないようにしよう。今、聞いておいて本当に良かった。

「……そしてランクBに昇格した直後、俺達のパーティーに新たなメンバーが加わった」

ふと、そこでロディの表情がみるからに陰りを帯びた。
今までは昔の思い出を懐かしむように、過去のきらびやかな栄光を眩しそうに語っていたのに、とたんに口が重くなったのだ。

「新しく入ったのは……ヒーラー、治癒術のスキルをもった20歳になったばかりの女性だった。治癒術も先天性の本人のスキルの有無によってしかなれない、数の少ない職種だ。俺達はもちろん彼女がパーティーに入ってくれたことを歓迎した」

あっ、これは……。
人間の姿であったら、思わずおれは両手で頭を抱えていただろう。それぐらい、この先の展開に察しがついた。

「彼女は治癒術のスキルも素晴らしい使い手であったし、それだけじゃなく、気配りのできる素敵な女性だった。少しおっちょこちょいな所があるが、そこがまたいじましかった」
「…………」

……うん。その、どう控えめに聞いても、典型的なサークルクラッシャーガールズのパターンですねこれは……。

「……彼女がパーティーに入ってから二ヶ月した頃、俺は彼女から告白された。彼女の気持ちは嬉しかったが……だが、あとの三人の友人たちも彼女を好ましく思っていたのは分かっていた。だから、最初は断ったんだ」

すると、ロディがおれの背中や頭をなでていた指が止まった。そして、おれの背中の上で拳をぎゅうと握りしめたのが分かった。

「でも、彼女は『きっとみんなも分かってくれる』と言ったんだ。そして、『ならあとの三人には分からないように付き合おう。折りをみて自分たちの関係を打ち明ければいい』と言って……俺はそこまで彼女が俺を好いてくれているならと承諾した」
「にゃお……」
「そして、おれと彼女が付き合いはじめて半年になった頃――パーティーのリーダー格であった剣士の男から相談されたんだ。『今まで皆には秘密にしていたが、彼女と自分はずっと以前から恋仲だった。ある程度の資金が溜まったので彼女と結婚をしようと思っているのだが、結婚を機に、彼女を冒険者から引退させたい』と」
「にゃお!?」

あ、ある程度は予想していたけれど、思ってたよりも超絶☆修羅場の展開になってきた……!

「最初は、あいつが何を言っているのか意味が分からなかった。彼女に横恋慕するあまりに先走っているのかと……」
「にゃー……」

まー、普通はそう思うわな。

「だが、そうではなかった。話を聞くうちに――彼女と俺が付き合いだした同時期に、そいつと彼女も付き合いだしていたんだ」
「に゛ゃあ」
「しかもさらに聞けば、剣士の男は彼女のために今まで冒険者としての装備品の金や、結婚のための資金までを渡している状態だというんだ。俺はなんとか平静を装って、剣士の男と別れると、俺達が止まっている定宿の彼女の部屋に向かった」
「にゃっ……!」
「俺が彼女に問いただすと、彼女はいつもの朗らかな表情とはうってかわって、肩をすくめてため息をついた。そして、『何度も貴方に別れを切り出そうと思ったが、貴方が可哀想でできなかった。剣士の彼が本命で、彼は私にいつだって優しくしてくれるし、貴方よりも身体の相性だっていい。普通の男なら、女が別れたがっていることぐらい空気で察することができるはずだ』と……」
「に゛ゃあ!?」

さっきから聞いてれば、とんでもない女だな!

ああ、でも男女関係なくいるよね……別れ話を切り出すと、「そっちが自分を放って置くから寂しかっただけ」とか「ラインがブロックされた時点で、こっちの気持ちを察するべき」とかトンデモ理論を繰り出してくる、自分が悪者になることに耐えきれないヤツって……。

「……彼女に振り向いてもらえなかったことは、俺の力量不足なら仕方がない。それは受け入れる」

ロディの声がますます苦々しげな響きを帯びた。

「けれど、だからといって付き合いを並行していたことは、あまりにも不誠実だ。俺は、このまま黙っているわけにはいかないと言った。剣士の男にも、正直に話すと」
「にゃ!」

おお、さすがロディ! それでこそおれのご主人様だ。
その当時はまだおれのご主人様でなかったというツッコミはさておき。

「そしたら……彼女が大きな声で悲鳴をあげて、自分の服を破き始めたんだ」
「ファッ!?」

さらに予想外の展開に、おれは思わず変な声が漏れた。

「俺は彼女が何をしているのか分からなかった。そんな彼女を見ている内に、今まで抱いていた好意も急速に冷めていき、むしろ得体の知れない生き物が目の前にいるような錯覚さえ覚えた」
「…………」
「後のことは……あまり思い出したくないが。彼女の悲鳴を聞きつけて……宿に残っていた二名の友人が部屋に駆け込んできたんだ。そして、立ちすくむ俺と、ずたぼろの服で泣き始めた彼女の姿を見て……」
「みゃーお」

 おれは膝の上で丸まっていた姿勢から、四つ足の態勢に戻った。猫の姿なら、ロディの筋肉質の太腿の上でバランスをとるのだってお茶の子さいさいだ。
 ロディの上で爪を立てないようにして四つ足で立ちあがったおれは、ロディの手を舌先でざりざりと舐めた。
話の続きはどうなったかは、嫌でも予想がつく。口に出すのが辛いならこれ以上話す必要はないと伝えたかった。

 ロディは舐められている手とは反対の手で、おれの身体を支えるように抱くと、ほんの少し腕に力を込めた。
おれを膝から落とさないように支えるためか、それともロディの方が、心の支えが欲しかったのかもしれない。

「……村を出る時に、決して俺達は何があってもお互いを裏切らないと誓ったんだ。だからこそ俺も、彼女とののことを皆に包み隠さず話すつもりだった」

おれの黒い体毛に、ぽとりと雫が落ちる。

「けれど……俺の言葉は、皆に信じてもらえなかったよ。彼女のことなんかよりも、俺はそれが……」
「にぃ……」

おれの体毛に、まるで雨のようにあたたかい雫が落ち続けてくる。
この姿の時はあまり水に濡れるのは好きではなかったけれど、でも、今日だけはこの生温い雨を受け止めていようと思った。

そうしてロディが泣き止むまでの間、おれはずっとロディの掌を舐めていたのだった。

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