転生先は猫でした。

秋山龍央

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「なっ……あの小僧はどこに行きやがった!?」
「まさか、あの窓から逃げたのか?」
「そんな馬鹿な!」
「いや、でもガキの従魔はまだ部屋にいる、もしかするとどこかに隠れてるのかもしれん!」

あ、あぶねぇー!!!!

おれは二人の男が部屋に踏み入る直前、それはもうほんっとうにギリギリのラインで、どうにか猫の姿に戻ることができた。
男たちは顔を蒼白にさせながら、後ろ手で扉を閉めると、一人の男がそのまま扉の前に立ち、もう一人が部屋の中を捜索し始めた。
コリン君がこの部屋に隠れている場合、二人の隙をついて逃げ出す可能性もあるので、それを防ぐために扉の前にいるのだろう。おかげで、おれがこっそり部屋から出ていくことが出来なくなってしまった。ちくしょう。

「いたか?」
「……いや……」

とはいえ、元々がほとんど何もない部屋だ。部屋の隅に置いてあったシーツの山をかき分け、木箱を移動させると、あとはもう何も調べることはなくなったようだ。

必死の形相で部屋の中を調べ回っていた男は、とうとう部屋の中に誰もいないということが判明すると、とぼとぼと扉の前に戻ってきていた。
おれは身体に纏わりついていたシーツや木箱の破片から身体を脱出させ、男たちの様子を見上げながら、どうにかこの部屋から脱出する機会を窺う。

「クソッ、やっぱり逃げ出したみたいだ……」
「一体どうやって? あのガキ一人でこの部屋からどうやって……」
「オレが知るかよ! チッ、早くボスにこのことを知らせねぇと」

男の一人が血相を変えて部屋から出ていこうとする。
すわ、扉が開かれるかと期待したおれだったが、そんな男の腕をもう一人が掴んで止めたため、結局扉は開かれなかった。

「アァ? なんだよ、早くボスに……」
「オメェ、分かってンのか? ボスに『ガキに逃げられました』って言ってみろ。あの人がオレ達を許すと思ってンのか?」
「え……で、でも、部屋の外で見張ってろって指示したのはボスだぜ?」
「だから? 『扉の前で見張っていましたが、部屋の中の異変にはまったく気づかなかったので、いつの間にかガキは逃げていました』って言うつもりなのかオメェは」
「……言えねぇな」

お、ラッキー。
どうやら、この建物には今、この見張り役の二人を除いて誘拐犯たちは出払っているらしい。しかも、あの一番やっかいそうなウェーブ髪の男がいないのも嬉しい。加えて、なんだかこの二名もモメ始めだしたぞ。
コリン君の足でどこまで逃げられるかが不安だったけれど、この調子なら大丈夫かもしれない。

「なら、あのガキをオレら二人で追うか?」
「……そうだな。今、オレらが出来る手段としては、二人であの小僧を追いかけて捕まえることだな。このままじゃオレら二人ばボスに殺される。小僧の足じゃ、まだそこまで遠くには行ってないはずだろ」

なにっ、それは困る!

おれは慌てて、部屋を出ていこうとしていた男二人の前に駆け寄り、その前に歩み出た。
男たちはおれの存在を忘れかけていたようで、前に進み出たおれを見下ろすと、鬱陶しそうに舌打ちをする。

「チッ、そういやこの従魔がいたんだったな」
「とりあえずこの従魔は部屋の中に閉じ込めておくか。もしかすると、小僧がまた従魔可愛さに戻ってくる可能性もあるしな」

男の一人がおれに向かって、手を伸ばしてくる。
迷った挙げ句、おれはひとまず地面に寝っ転がって仰向けになると、上目遣いでとびっきり甘えた声を出してみた。

「にゃあーん」

黒目をうるうるさせながら、語尾にハートマークが十個ほどつきそうな感じの声を上げる。
すると、おれに向かって手を伸ばしていた男の一人が、ぴたりと動きを止めた。その厳つい顔には、いきなり甘え始めたおれに対する困惑が浮かんでいる。

「おい、どうした? さっさと行くぞ?」
「あっ。ああ、いや、うん……」

行かれては困るんだって、だから。
おれは身体を起こすして四つ足で立ち上がると、おれに伸ばされたまま止まっていた男の手の平に額をぽすりと押し付けた。そして、すりすりと頭を擦り付ける。

「にゃんっ、にゃーん」
「っ……!」

男の頬がほんのりと赤く染まり、おれの挙動をじっと見守る。その手はおれの頭に触れたまま、どかされることも離されることもない。
ふっ……堕ちたな。

「おい? どうしたんだよ、さっさと行くぞ!」
「あ、ああ……うん、お前はさっさと行ってこい」
「はぁ!? オレだけ行くのかよ? お前はどうするんだよっ?」
「オレはこの……あれだ、この従魔を見張ってるから。この部屋で、二人っきりで」
「はぁぁぁぁッ!?」

終いには床に膝をついて、両方の手の平でおれの身体をさわさわと触り始める男。
そんな男の様子に、もう一方の男は悲鳴に近い声を上げた。

「何を言ってんだテメェッ!? あのガキを探しに行かなきゃオレらが殺されるって言ったんだろ!?」
「……どうせあの小僧はもうとっくに逃げおおせてるだろうさ。今頃探しに行っても無駄骨だろう」
「なっ……それは、でも……」

おお、なんだかいきなり諦めがよくなったな。
いいぞいいぞ。コリン君への追手が少なくなる分にはオールオッケーだ。

そんなことを思い、クリーム壺に入った猫のごとくニヤニヤしていたおれを、脇を持つようにして男が抱き上げた。
……ん? あれ?

「つまり、この従魔はもう小僧が捨てていったってことだ。だから、このチビはもうオレのもんだ」
「……お、おい?」
「……にゃ、にゃん?」
「決めた。オレは金輪際、こんな裏稼業からは足を洗う! そして、このチビと二人で仲良く暮らすんだ!」
「おい!?」
「に゛ゃっ!?」

おいいいい、どういうこと!?
何がどうしておれがお前のものになったんだよ!?
なにこれ、おれが悪いの!? おれのキャットモードの可愛さが原因ってこと!? 魅了しすぎちゃった!?

慌てて男から身体を離そうとするも、興奮しきった男はおれの身体をがっちりと掴んでおりびくともしない。
そんな男の様子に、もう一方の男は困惑しきった顔だ。そりゃそうだ。

「な、何を言ってんだテメェは!? トチ狂ったか!?」
「うるせぇ、そこをどけ!」
「っ、目を覚ませこの馬鹿野郎!」

あまりにも興奮している男の様子に恐怖を覚えたのか、もう一方の男が拳で、おれを抱いている男の顔を殴り飛ばした。
殴りつけられた瞬間、おれを拘束していた男の手の力が緩み、幸いとばかりに男の手からおれは飛び降りる。

「ッ、イテェな……!」
「テメェが悪いんだろうが! あの小僧を追うんだろ、さっさと行かねぇと……」
「さてはオメェもこの従魔狙いなんだな!? このチビはもうオレのもんだ!」
「ぐアッ!?」

えええええええぇ!?
男は殴られてもなお、興奮さめやらなかったらしい。わけの分からないことを叫んで、自分を殴りつけた男の頬を同じように小節で殴り返した。

「ぐッ……テメェ、よくもやりやがったな!」
「このチビは渡さねェぞ!」
「けっ、オレはそんなチビには興味なかったが……でも、確かに見たことのないモンスターだしな、闇オークションにでも持っていけば高値で売れるかもしれねェな」
「このチビはもうオレのもんだ! 後から出しゃばってくるんじゃねェよ!」

結果。
男たちはぽっかーんとしたおれを他所に、二人で殴り合いのケンカを始めてしまった。
あんぐりと大口を開けて立ちすくむおれの目の前で、二人はドカバキゴシャリとお互いの顔や腹を殴り続ける。

え、えええええ……なにこの状況?

おれはオロオロと男二人の周りを歩いてみるが、二人共、殴り合いを止める気配はない。
というか、二人共もう頭に血が上りすぎて、おれの存在が目に入っていないようだ。

「もう許さねぇ! いつもオレを顎で使いやがって気に食わなかったんだ!」
「あのチビはオレのもんだ!」
「にゃあ! にゃーんっ!?」

こ、この二人、コリン君を追いかけていかなくていいの?
まぁ、追いかけられると困るのはおれなんだけどね?

うーん、どうしよう。もういっそ、男たちがケンカしている間に、こっそりと人間の姿に一瞬だけ戻って扉を開けて、脱出してしまおうか。一瞬ぐらいなら人間の姿に戻っても、この調子なら気づかないだろ。
幸い、先程は扉に鍵はかけていなかったようだし……。

そんなことを思いながら、おれは扉に視線をやる。
そこでおれの耳は、階段を降りてくるような誰かの足音をキャッチした。この二人が立てる殴り合いの音で気づかなかったけれど、誰かがこの部屋に近づいてきているらしい。

おれは扉から死角になる部分に移動すると、扉が開いた瞬間に、外にダッシュで出ていけるように体勢を整える。
そして一拍の間を置いて、扉が勢いよく開かれた。

「――クロ!」
「……ッ!?」

だが、地下室の扉を勢いよく開けたのは、誘拐犯の男たちではなかった。
おれのよく見知った顔、聞き慣れた声――そう、おれの愛しいご主人様だった。

「にゃあっ!」

おれはダッシュで駆け出す体勢のまま勢いよく飛び出し、ロディの足にタックルする勢いで駆け寄る。
ロディはおれに気がつくと、両の腕ですぐさまおれのことを抱き上げた。

「良かった、クロ……無事だったんだな」

ターコイズブルーの瞳にうっすらと涙を滲ませ、抱き上げたおれの顔に自分の頬を押し当てるロディ。
おれは首を伸ばすと、彼の日に焼けた頬をざりざりと舐めた。
時間にしては数時間しか離れていなかったが、体感としては、何年も離れ離れになっていたような心持ちだった。もしかすると、ロディも同じ気持ちなのかもしれない。

「君が無事で良かった……。ああ、コリン殿は無事だよ。今はもうロットワンダ商会の者に保護されているから安心してくれ」
「にゃあ……」

ロディの言葉におれもようやくホッと肩の力が抜けた。
良かった。コリン君はちゃんと安全な場所に行けたんだな。

「ところで……」

ロディがおれから顔を離し、困惑したように室内を見渡す。

「この惨状は、いったい何があったんだ?」

ロディの視線の先には、お互いを殴り合い続けた結果として相打ちとなり、顔をパンパンに腫らしながら呻き声をあげて座り込む二人の男の姿があった。
答えを求めるように、困った顔のロディがおれのことを見つめる。


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