猫憑きの巫女

音爽(ネソウ)

文字の大きさ
上 下
1 / 5

神社とヒマリ

しおりを挟む
遅咲きの桜が猫守神社の境内を彩る春、社務所の奥からハシャグ声が響く。
そこに生まれ育った猫森ヒマリは今年で13歳になり、中学生になったばかりである。張り切るのは仕方ないことだろう。
「行ってきますねバァちゃん」
「はいはい、あ、ちょっとお弁当を忘れてますよ。それからホラ封紐を巻いてない」
「あ!」
ウッカリさんな孫を窘めて祖母シマは苦笑いしながら見送った、ヒマリは歩きながら己の髪に紐を結ぶ。癖のあるポニーテールが春風に揺れる。お弁当のオカズはなんだろうかと育ち盛りの彼女は鼻をヒクヒクさせている。

山の上にある神社は階段がとても長い、彼女は幼少の頃にここで転び落ちて死線を彷徨う大怪我を負った。
彼女にとってはつい最近の出来事であり鮮明に覚えていて、いまでも足が竦むことがある。
ゆっくりゆっくり慎重に歩を進めて漸く平地に足が着く。
「はぁ……なれないなぁ」微かに膝が揺れるそこをポンポン叩いて叱咤する。しっかりしろと鼓舞するのは毎日の習慣になっていた。
「いってきます猫神様」鳥居の前で深々とお辞儀をしてから彼女は通学路を走った。


神社から20分ほどにある央庭中学にも桜の木はあったがすでに葉桜になって薄緑に光っていた。
それを見て少し物悲しくなるヒマリである、テコテコと歩道を歩いていると校庭の中央で陸上部の生徒が早朝練習の後片づけをしていた。それをボンヤリ眺めていたら背後から声が掛かった。
「そんなに気になるなら入部すれば?」
「え?」
訝しんで振り向くと長身の男子生徒が彼女を見下ろしていた。その相貌は少し威圧的でヒマリは数歩後退った。
「は、入りません!放課後は忙しいから!」

脱兎の如く走り出したヒマリを追うように男子生徒がなにか叫んでいたが、お構いなしに教室へと急ぐ。
教室へ着くやグッタリした彼女は深呼吸して落ち着くと、鞄を開いて一時限目の準備をする。
ヒマリはとある事情で部活動ができない、つい何かの活動を見ると傍観してしまう癖がついていた。それを目敏い男子生徒が声をかけて来た。
「無理……私にはやることがあるもの」

部活動や奉仕活動は内申書に響くというが、ヒマリは神社を継ぐことは生まれた時から決定している。高校へは行くが大学へ進学するのは諦めている。祖母一人に任せるのは忍びないからだ。なにより彼女は猫を奉った神社が大好きなので選択肢はない。
「どちらにしてもあそこを離れるなんて……考えらない」
しおりを挟む

処理中です...