幸せな花嫁たち

音爽(ネソウ)

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承 縁談

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とある雨の日のことだ。雨季に入って畑仕事が捗らないと零す母と、親の目があるとグータラ出来ない愚妹が面倒そうに拭き掃除をしていた。

その日の昼過ぎ、難しい顔をした父が家族に談話室へくるようにと声を張り上げた。
何事だと母娘らはおどおど集まる、何かの書面を前にした父がそれを読み上げた。縁談の話と知った彼女らは目を見開く。
母と妹は期待に胸躍らせそれを聞きいった、一方で嫌そうに顔を曇らせる姉は対照的である。
「おほん、オルドリッチ伯爵から娘を後家に欲しいと打診があった。知っての通り名家で大金持ちだ」

国でも有名な大富豪の伯爵家と聞いた母親は立ち上がって咆えた。
「まぁまぁなんて幸運!近く侯爵へと陞爵するのが決まってる方じゃありませんか!玉の輿だわ」
素晴らしい縁談に嬉々とする母は、少し忌々し気に姉のほうを見て「うちに融資しないさいよ」と早速と下衆い要求をしている。
まったく嬉しくないレイラは渋面でもって反応した。

ところが、裕福な家の縁談と知ったジェナは姉ばかりが贅沢な生活をするなど許せないと喚きだしたのだ。
いつもはしおらしい態度で控えめな女子を演技していた彼女の豹変ぶりに両親はたいへん驚いた。
「伯爵様だって若くて可愛い女の方が良いに決まっているわ!是非私を娶るよう返事してください、お父様!」
「……まぁ落ち着きなさい、姉妹のどちらかという指定はないのだ」
妹のジェナが望むのであれば吝かではないと父は言う。

「それならばジェナが嫁ぐことで問題ないわね!良かったこと、ねぇジェナ?」
なにかと妹贔屓な母親は、決定事項のように言い出す。当然ジェナも大喜びで近しい未来の侯爵夫人となる己に陶酔し始めていた。
浅慮すぎる二人に父親は冷めた目を向けて「愚か者ども」と小さく嫌味を吐くのだった。

***

細やかな祝宴を上げたその日の夜、父親はレイラだけを書斎へ呼びつけた。
「せっかくの縁談だが序列からいえばレイラが受けて良いのだ、文句はないのか?」
「いいえ、お父様。私がここを出ますと家の状態は悪化しますわ」
暗に妹が役立たずと言ったのだが、父親は表情を変えないままこちらにおいでと娘を側に立たせた。
そして、手を見せなさいと言った。

「うむ、やはりな私と同じ働く者の手だ。年頃の娘とは思えない荒れた指と擦り傷……すまない私が家を傾けたばかりに苦労させてしまった」
父親は娘の小さな手を握り己の額につけて何度も「すまない」と謝罪した。怠け者は妹のジェナであることをとうに見破っていたのである。
「お父様は先代が作った借金を背負っただけです、何も悪くありません。立派で素敵な自慢の父ですよ」
レイラは優しく微笑んで父の傍から数歩離れて礼を取った。
出来た娘に救われたと男爵が言うと一通の手紙を懐から取り出した。

「実はもう一つ縁談がきているのだよ、こちらはレイラを名指しで請われている、受けるかはお前に任せよう」
「で、でも……そんな、そうしたらこの家を継ぐものが」
「男爵家は私の代で終いだ、こんな貧乏ではいずれ爵位返上であろうよ、気にするな」
父親は少し寂しそうに微笑んでレイラに縁談をすすめる。
家を出たくないレイラは縁談と聞いて顔色を悪くした、それを先読みしていた父は柔らかに微笑む。
読んでから決めても遅くないと父は手紙を娘に渡す。
渋々と手紙を受け取ったレイラは封書にあった差出人を見て絶句する。

「これは……この家名は!」
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