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ディーンが侯爵家次男だという事実を知って、いまだに頭が混乱気味のアネリだったが長く休むわけもいかないと出勤した。
「昨日は突然休んですみませんでした!」
深々頭を下げるアネリに女将さんは、責めることはしなかった。むしろ大変だったねと労う。
休んでしまったその日、侯爵家から従者が手紙を携えやってきてアネリが心労で倒れたから保護していると伝え、迷惑料と菓子を差し出したらしいと聞く。
「金は突き返したけど菓子は貰っといたわ、美味しい菓子には罪はないからね!」
「まぁ、ふふふ」
「しかしグランプのことを信用してたのにねぇ、まさか強引に嫁にしようなんて!」
やっぱり貴族っていうのは鼻持ちならないと女将はぷりぷり怒りながらパンを陳列した。
アネリも失恋してようやく安寧な生活を送りだしたばかりなので、好意を押し付けられたのはちょっと思うところがあった。
開店時間がせまった時、女将さんがアネリを呼び止めた。
「レジは良いから、裏で午後の支度を手伝っておくれ。」
「え、でもひとりでは大変では?」
すると女将は昨日の出来事をもう一つ話す。
「実はね、あんたの元彼を名乗る男がやってきてね……」
「え!?どうして今更!」
”アネリを連れ戻しにきた”といって怒鳴りこんで来たと知らされた。
自分から出ていき、アネリを捨てた癖にどういうつもりだろうと女将と息子が怒っていた。
「とにかくねしばらくは裏方で働いて頂戴、幸い雨季で客は少ないからさ」
「重ね重ねご迷惑かけてしまってごめんなさい」
いっそ店を辞めたほうが良いだろうかと考えたアネリだったが、それは余計に困ると女将が言うので踏みとどまった。
今日も朝から激しい雨が降っている、いつも通り常連さんたちが数人やってきたようだ。
アネリはチラチラとドアの向こうを気にしていたが、食堂用のパンの仕込みを頼まれて視線を戻す。
”今日はディーンはきたのかしら?”
計量したパン生地を丸めながらアネリは先日の出来事を思い浮かべる。
食事は楽しかった、でも緊張ばかりの一日だったとアネリは目を伏せた。
”まだ好きかどうかなんてわからない”
アネリは鉄板に生地を並べて、仕事に没頭することにした。
***
午後になり雨足はさらに激しくなった、帰り路が少し心配になり作業場の小窓から外を覗う。
その時、見覚えのある男の横顔があった。
最早トラウマになったその姿、かつての恋人ガイだった。
思わず床にしゃがみ込むアネリ。
異変を察知したティブが「2階へ行ってな」とアネリを促す。
アネリは小さく礼を言うとなるべく静かに階段を上っていく。
それから数分も経たずに店内から大声が響いてきた、2階に退避したアネリにさえ聞こえる声だった。
『アネリを出せ!ここにいるのはわかっている!』という怒鳴り声。
ガイの声だった。
彼女アネリにとって一月前は愛しかった声がいまでは恐怖でしかない。
応戦する声は女将だ。
『会わせるわけにいかない』と突っぱねていた。
するとガイはとんでもない非常識なことを要求したのだ。
『アネリの給与を渡せ!そしたら許してやる!』と宣ったのだ。
2階のソファの上でアネリは愕然とする。
「あぁ、あなたにとって私は都合の良い道具か、財布だったのね」
幼馴染として過ごした楽しい日々も、ガラガラと砕けて汚泥の底へ沈んだ気分だった。
悔し涙に頬を濡らしていたら、ドカドカと上がってくる足音がした。
「ひっ!」
ガイが無理矢理に押し入って来たと思ったアネリは、部屋の隅に逃げ込んで身を縮こめた。
2階に上がった人物は無遠慮にアネリの側にやってきて肩を掴む。
「キャアアア!触らないで!ヒトデナシ!」
彼女なりの力で必死の抵抗をして、相手に攻撃をした。
アネリの振り上げた拳がどこかに当たったのか「痛っ」と聞こえた。
「あれ?ガイの声じゃない」
「イテテテ、アネリは見かけより力があるんだね」
「あ……」
優しい瞳が彼女を捕らえていた。
「……ディーン」
気が付けばアネリは彼にしがみ付いて嗚咽を漏らしていた。
彼はただ黙って彼女の頭を撫で続ける。
「昨日は突然休んですみませんでした!」
深々頭を下げるアネリに女将さんは、責めることはしなかった。むしろ大変だったねと労う。
休んでしまったその日、侯爵家から従者が手紙を携えやってきてアネリが心労で倒れたから保護していると伝え、迷惑料と菓子を差し出したらしいと聞く。
「金は突き返したけど菓子は貰っといたわ、美味しい菓子には罪はないからね!」
「まぁ、ふふふ」
「しかしグランプのことを信用してたのにねぇ、まさか強引に嫁にしようなんて!」
やっぱり貴族っていうのは鼻持ちならないと女将はぷりぷり怒りながらパンを陳列した。
アネリも失恋してようやく安寧な生活を送りだしたばかりなので、好意を押し付けられたのはちょっと思うところがあった。
開店時間がせまった時、女将さんがアネリを呼び止めた。
「レジは良いから、裏で午後の支度を手伝っておくれ。」
「え、でもひとりでは大変では?」
すると女将は昨日の出来事をもう一つ話す。
「実はね、あんたの元彼を名乗る男がやってきてね……」
「え!?どうして今更!」
”アネリを連れ戻しにきた”といって怒鳴りこんで来たと知らされた。
自分から出ていき、アネリを捨てた癖にどういうつもりだろうと女将と息子が怒っていた。
「とにかくねしばらくは裏方で働いて頂戴、幸い雨季で客は少ないからさ」
「重ね重ねご迷惑かけてしまってごめんなさい」
いっそ店を辞めたほうが良いだろうかと考えたアネリだったが、それは余計に困ると女将が言うので踏みとどまった。
今日も朝から激しい雨が降っている、いつも通り常連さんたちが数人やってきたようだ。
アネリはチラチラとドアの向こうを気にしていたが、食堂用のパンの仕込みを頼まれて視線を戻す。
”今日はディーンはきたのかしら?”
計量したパン生地を丸めながらアネリは先日の出来事を思い浮かべる。
食事は楽しかった、でも緊張ばかりの一日だったとアネリは目を伏せた。
”まだ好きかどうかなんてわからない”
アネリは鉄板に生地を並べて、仕事に没頭することにした。
***
午後になり雨足はさらに激しくなった、帰り路が少し心配になり作業場の小窓から外を覗う。
その時、見覚えのある男の横顔があった。
最早トラウマになったその姿、かつての恋人ガイだった。
思わず床にしゃがみ込むアネリ。
異変を察知したティブが「2階へ行ってな」とアネリを促す。
アネリは小さく礼を言うとなるべく静かに階段を上っていく。
それから数分も経たずに店内から大声が響いてきた、2階に退避したアネリにさえ聞こえる声だった。
『アネリを出せ!ここにいるのはわかっている!』という怒鳴り声。
ガイの声だった。
彼女アネリにとって一月前は愛しかった声がいまでは恐怖でしかない。
応戦する声は女将だ。
『会わせるわけにいかない』と突っぱねていた。
するとガイはとんでもない非常識なことを要求したのだ。
『アネリの給与を渡せ!そしたら許してやる!』と宣ったのだ。
2階のソファの上でアネリは愕然とする。
「あぁ、あなたにとって私は都合の良い道具か、財布だったのね」
幼馴染として過ごした楽しい日々も、ガラガラと砕けて汚泥の底へ沈んだ気分だった。
悔し涙に頬を濡らしていたら、ドカドカと上がってくる足音がした。
「ひっ!」
ガイが無理矢理に押し入って来たと思ったアネリは、部屋の隅に逃げ込んで身を縮こめた。
2階に上がった人物は無遠慮にアネリの側にやってきて肩を掴む。
「キャアアア!触らないで!ヒトデナシ!」
彼女なりの力で必死の抵抗をして、相手に攻撃をした。
アネリの振り上げた拳がどこかに当たったのか「痛っ」と聞こえた。
「あれ?ガイの声じゃない」
「イテテテ、アネリは見かけより力があるんだね」
「あ……」
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