完結 かつて異端と呼ばれた娘

領主の本音

冷たい領主の表情に益々と強張るセシルだ、ただ震えて縮こまる他にない。だが、そんな彼女の心情を無視して話は進む。
「私の名はクラレンス・ブランネールという、家の者が勝手にした事とはいえ悪かった」
頭こそ下げなかったが無愛想ながら領主が謝罪した、ハッと我に返りセシルは畏れ多いと土下座する。それくらいの身分差があったのだ。

「なぁ小娘、此度のことを他言しないと言うのならば私から陳謝の意を表し、何か一つだけ願い事を叶えよう。どうだ？」
「え……」
思いもよらない提言にアワアワとするセシルだ、もちろん他言しないと約束してから気がかりな事を申し出る。
「ボク……いいえ、私はともかくミュゼリント家のものが話してしまうかも知れません。私はあの家人たちとは無関係なので申し訳ないです」
「ほお、ミュゼリントのがな。では其方は彼らの家族ではないのか？フフフッ」
言ってしまってからセシルは口に手をやった、ルビアンヌ・ミュゼリントの身代わりにやって来たのだと吐露してしまった。

「も、申し訳ありません！私はルビアンヌ様ではないのです、どうか咎は私めに」
「あぁもう良い、娘を寄越せと言って素直に差し出すほうがおかしかろう。で、其方の願いを聞こうか？」
「あ、……私の願いは……自由が欲しいです。誰にも邪魔される事なく静かに暮らしたいです」
奴隷同然に使役されてきた彼女にとっては何より欲しいものだった、セシルは頭を垂れて必死に請う。

「あい、わかった。善処しよう、今後其方が困窮せぬように全て整えよう」
「ありがとうございます！ありが……とう、うぅ」
それだけ心からの感謝を述べた彼女は感情が一気に昂ったのか、そのまま意識を失くした。


＊＊＊

「あの家のことを調べろ、徹底的にな。それから此度の事はお前の采配ミスである、仕置きの沙汰を待て」
「ハッ！申し訳ございませんでした、このデンゼル身命を賭しまして懺悔する所存です」
家令のデンゼルは出過ぎた事をしたと詫びた、風習に倣い主人に処女を差しだそうとした事を詫びる。ミュゼリント家の娘が嫁入りすると耳にして逸ってしまったのだ。

「はぁ……父上の代までは普通に処女狩りをしていたなど、決して許されることではない。人道から外れたことをやらかしてきた我が一族を恥じる」
沈痛な面持ちになり悪習をしてきた自分の血を穢らわしいと嫌悪するのだった。そして、意識を失うまで追い詰められた娘の事を慮る。

「彼女は何という名なのだろう？うっかり聞くのを忘れてしまった」



＊＊＊

「おはようございます、お嬢様。良くお眠りになられましたね」
「え…あ、あの？」
目覚めた彼女は一瞬ここが何処なのかわからなかった、周囲を見渡しそれから自分の身支度を気にした。衣服はいつの間にか夜着に替えられていた。ただその上等な服は己に分不相応だと我に返る。

「ごめんなさい！ボクはボクは……あぁなんて事をしたんだろう」
寝台から転げ落ち土下座して震えるセシルは滂沱に涙する、終いには命乞いまでしだした。
「まぁ、お嬢様？はしたないですよ、さあ朝支度してしまいましょう」
「え？ええ……？」

訳がわからない状態の彼女はされるがままに身支度を整えた、そして、食堂に通されて二度驚く。朝だと言うのに豪華絢爛な食事が用意されていたのだ。そして、正面にはあの冷たい顔をした領主が坐っていた。
「おはよう、良く眠れたかい？」
「あ……はい、ありがとうござい……ます」
執事に促されて坐った椅子も豪華でふわりとした感触だった、ミュゼリントの堅い椅子など雲泥の差なのだ。驚いてばかりのセシルは挙動不審気味だ。