本編完結 彼を追うのをやめたら、何故か幸せです。

音爽(ネソウ)

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噂の美少女

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恋することに疲れたプリシラはしばらく彼の事を頭から追い出すことにした、それでも初恋を完全に忘却することは叶わないが毎日焦がれて心を熱くしているより大分楽になる。
「プリ、あなた変わったわね。前より楽しそう」
「そうかしら、自分ではわからないわ~」
実は菓子を作る以外にも趣味を増やした彼女は毎日楽しくて仕方ない。

友人マーガレットの誘いで絵画クラブへ入会したのである、絵を描くとは言っても普通にペイントするわけではない。
絵筆に己の魔力を集めてキャンバスに描くのだ。鉱石などを潰した絵具とは違い、魔力で塗り仕上げる絵は独特である。
「何とも言えない光彩を放つのね!楽しくて仕方ないわ」
「ふふ、そうでしょ?絵心よりセンスが重要になるのよ。ただの青い空を描くのと訳が違う、そこが良いのよね」
そういうマーガレットは青く塗りたくったそれに白雲を足していくのだが、魔力加減によってリアルであったりポンチ絵のように変化するのだ。

「ここの部分がお気に入りよ、ただのグラデにあらず!」
「ほんとねぇ、芸術がどうとかわからないけどとっても面白いわ」
各々好きな物をキャンバスに叩きこむだけだったが、夢中にさせる何かがそこにあった。プリシラは花瓶の花を描いていた、一心不乱に絵に向き合ってる間は恋の痛みを忘れることが出来た。
些細なことだが、彼女にとっては大きな変化といえよう。

そのうち、恋にばかり心酔していた自身も「なんて勿体ない生き方をしていたのか」と猛省するようになっていた。


***

「ねぇプリ、今度クラブの遠征があるのだけど参加してみない?」
「遠征……どこへ行くの?」
風景画を描きに山や海へ出向く行事が年数回あるとマーガレットが説明する、次回は海の街へ遠征するらしい。
「海の街といえばラパラかしら、それは素敵ね!」
「でしょでしょ!空の青さとは違う海を描くのはきっと素晴らしいわ」
やたらと青を描きたがる友人はやや興奮気味に語る、いつもの冷静な彼女とは違う面を見たプリシラは笑い遠征へ行きたいと強く願った。


侍女と護衛を付けて参加を許されたプリシラは誰よりも張り切る。
初夏の海は穏やかで、足元を掠める波はほどよく冷たい。潮風も心地よく彼女らの髪を通り抜け陽の暑さを和らげた。
「来て大正解!散歩するだけでも価値があるわ、昼間の海も良いけど夕闇が迫る海も描きたいわね」
「それね!私は夕方の赤い海を描きたいわ」
キャイキャイとハシャグ二人はとても目立つ、別に大声で周囲を困らせているわけではない。むしろ波音に消されるような慎みを持っている。

なのに、海辺を行く人々は彼女らに目を奪われるのだ。
本人らは自覚してはいないが、プリシラもマーガレットも海の青に映える美少女なのである。
白いドレスを纏った彼女達は清廉な所作とも相まって海の妖精のようにキラキラと眩しいのだ。

「あの御令嬢はどなただろう?」
「護衛ががっちり付いているな、無闇に声を掛けられん」
年若い地元の青年たちは眩しい妖精たちへ羨望の眼差しを送るのだ。しかし、デレデレとした彼らに侍女と護衛が厳しい目で牽制するとスゴスゴ逃げ帰って行く。

「まったく油断ならないこと!プリシラ様は益々と美しさに磨きがかかるお年頃だわ。気が抜けなくってよ」
「うむ!身命を賭して御守りする所存!」
実はこの二人は夫婦だったりする、頑強な侍従夫妻の守りに抜かりはない。
厳めしそうな擬音が昇りそうな夫妻を余所に彼女らは絵を描くのに没頭していった。

***

正午を少し過ぎた頃、休憩にいたしましょうとクラブ長から声がかかった。
魔力を注ぎ描く彼らの身体は空腹を強めに訴えてくる、夢中になり過ぎていたプリシラは筆を止めた途端に恥ずかしい音が腹部より鳴って赤くなる。

「プリシラ様、マーガレット様こちらのシートへどうぞ!一緒に食べましょう」
「あ、俺も俺も!」
「是非、ご一緒に!」
絵画クラブに席を置く男子生徒がワラワラとプリシラ達に群がって昼食へ誘いだした。
「あらあら。身近にも子オオカミの群れが」
バキボキと指を鳴らす侍女メリアは満面の笑顔で少年たちを蹴散らしにかかる。顔色が青くなった少年たちは脱兎の如く逃げた。

「あれ?昼食を御一緒するのでは?」
彼らの挙動を不審に思うプリシラはどこへ行っちゃうのと呼んだが彼らが戻ってくる様子はなかった。
「さぁさ、お嬢様方はテーブルセットへどうぞ、今日の為に料理長が腕を揮いましたのよ」
「わぁ!綺麗なサンドイッチね!いただきます」
「ご相伴に預かりまーす!」

簡易テーブルを海辺の端にセットした彼らは優雅にランチを楽しんだ。
「素晴らしい風景を楽しみながら食べると更に美味しいわ!」
「ほんとね、誘って良かったわ」
プリシラ達一行がランチを楽しんでいると、海辺沿いの道からやって来た二頭立ての馬車が停車した。
何事かとクラブの一団はその馬車を注視した、すると立派な装束を身に着けた者が現れて驚愕する。

「あの方はダドリー王子殿下!」
背後に6人ほどの護衛を付けてプリシラ達の方へやって来る、学園では同世代の学友でもある王子の出現に彼らは緊張して出向かえる。

「やあ、楽しんでいる所へ済まない。畏まらなくて良いよ、学園内と同じさ」
気さくに話しかけてきた王子に一同は苦笑いする。
「実はすごい美少女が避暑地にいると噂を耳にして参った次第、偶然こちらに遊びに来ていたのさ。そちらはたしかエイデール侯爵令嬢だね?確かにキミは美しいな」
「恐れ入ります、殿下。エイデールの長女でございます」

恭しく挨拶したプリシラは背後にいた護衛の中に良く知る人物の顔を発見した。
「クラン、クラレンス様……」
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