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最終話
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とある会場へ向かうデンクス夫妻は馬車に揺られていた。
「もうすぐ30回目の結婚記念日だねナリー」
「ええ、早いものね。おばぁちゃんと呼ばれるのも遠くないでしょうね」
そう言って少し憂いの目をした妻に、「キミはずっと美しい」と呟きアリスターは口づけを落とした。
「私と結婚して幸せかい?」
「えぇ、もちろんだわアリー。でもひとつだけ心配なことがあるの」
不安気な妻の顔を見てアリスターは慌てた。
ナリレットは夫の手を取ると真剣な眼差しで口を開いた。
「ねぇアリー、お願い。どうか私より長く生きて頂戴、貴方が先に逝ってしまったら悲しくて辛いわ」
「ナリー……ふふ、我儘だなぁ。わかったよ頑張る」
「約束よ?」
「あぁ、誓うとも」
こんな会話を交わす二人は記念品をもとめ、目的地に思いを馳せる。
豪奢な馬車が停止したのは美術品オークションの会場だった。
大理石で建造されたそこは、神殿のように厳かな雰囲気だ。
集う人々は富豪の貴族や名の知れた大商人、お忍びでやってくる王族までいた。
「はてさて。私達の記念日に相応しい逸品はあるだろうかね」
「ふふ、そうね。楽しみだわ」
主催にして進行役が壇上に現れると会場中から割れんばかりの拍手が響いた。
それを主催が白い手袋で制すとシンと静まり返る。
つらつらと口上が終わると品物が次々と並べられた。
先ずは手頃な価格の宝飾品が5点並べられる、小手調べという感じだ。
やがて宝石、絵画と進んで行ったがこれといってデンクス夫妻の心を掴む品は見当たらない。
「うーん、きょうはハズレかな」
「そうねぇ、どれも素敵だけど我が家にありそうなものばかりね」
白磁の見事な壺や絵が一千万単位で落とされていく、目玉は亡国の王冠と宝剣だと聞いたが、そんなものは欲していない。
夫妻が諦めたころ、彫刻品がワゴンに乗せられやってきた。
進行役が声を強めに張り上げ紹介する。
「一刀彫の少女像でございます、作者は儚くなっており遺作となっています。どうぞこの機会に希少な作品を……」
進行が100万からと叫べばどんどんと値が吊り上がって行く。
ついには三千五百を超えた、札を上げ続ける者は必死の形相である。
「あの少女像スゴイな……あれ?なにか既視感が」
「え?」
食い入るように見つめるアリスターを、ナリレットは不思議そうに眺めた。
「あの像がどうかして?欲しくなったの?」
「……あの少女は……キミによく似ている気がする」
二人はハッとしてパンフレットに目を落として驚愕する。
<少女像:作品名 初恋 製作者グラン・モーラ>
思わず立ち上がりそうになったナリレットだったが、辛うじて耐えた。
「あぁ……思い出したわあの髪飾り、壊れてしまったおばぁ様の―――あぁぁぁ」
オペラグラス越しに見た少女像の髪留めが、少し大きめに彫られてそこにあった。
まるで『思い出して』と言わんばかりに。
グランが魂を込めたその一刀彫の少女は、あの日、あの時、生きたナリレットそのものだった。
固まってしまった妻の様子を心配そうに覗うアリスター。
「バカな人……」
スポットライトに照らされた木彫りの像は儚げに輝いていた。
***
その後、競り落としたのはどこかの商人らしいと聞いた。
結局、夫妻が札を上げることは一度もなかった。
「良かったのかい?」
「ええ、なにも欲しいものは無かったもの」
少し残念そうな夫の顔を見て、ナリレットはふわりと微笑んだ。それは慈愛に満ちた母と妻、そして恋する乙女のようでもあった。
「私の欲しいものはとっくに手に入れているわ。そうでしょアリー」
「!?――そうか、そうだね。私も同じだよ」
屋敷に戻った二人を待っていたのは愛しい二人の子供たち。
そして――。
「結婚したい人ができました!は、初恋でもあります」やや上気した面持ちの息子がそう告白した。
夫婦は揃って祝福を贈る。
それから母はこう息子に諭すのだ。
「初恋は拗らせては駄目よ?」
Fin.
「もうすぐ30回目の結婚記念日だねナリー」
「ええ、早いものね。おばぁちゃんと呼ばれるのも遠くないでしょうね」
そう言って少し憂いの目をした妻に、「キミはずっと美しい」と呟きアリスターは口づけを落とした。
「私と結婚して幸せかい?」
「えぇ、もちろんだわアリー。でもひとつだけ心配なことがあるの」
不安気な妻の顔を見てアリスターは慌てた。
ナリレットは夫の手を取ると真剣な眼差しで口を開いた。
「ねぇアリー、お願い。どうか私より長く生きて頂戴、貴方が先に逝ってしまったら悲しくて辛いわ」
「ナリー……ふふ、我儘だなぁ。わかったよ頑張る」
「約束よ?」
「あぁ、誓うとも」
こんな会話を交わす二人は記念品をもとめ、目的地に思いを馳せる。
豪奢な馬車が停止したのは美術品オークションの会場だった。
大理石で建造されたそこは、神殿のように厳かな雰囲気だ。
集う人々は富豪の貴族や名の知れた大商人、お忍びでやってくる王族までいた。
「はてさて。私達の記念日に相応しい逸品はあるだろうかね」
「ふふ、そうね。楽しみだわ」
主催にして進行役が壇上に現れると会場中から割れんばかりの拍手が響いた。
それを主催が白い手袋で制すとシンと静まり返る。
つらつらと口上が終わると品物が次々と並べられた。
先ずは手頃な価格の宝飾品が5点並べられる、小手調べという感じだ。
やがて宝石、絵画と進んで行ったがこれといってデンクス夫妻の心を掴む品は見当たらない。
「うーん、きょうはハズレかな」
「そうねぇ、どれも素敵だけど我が家にありそうなものばかりね」
白磁の見事な壺や絵が一千万単位で落とされていく、目玉は亡国の王冠と宝剣だと聞いたが、そんなものは欲していない。
夫妻が諦めたころ、彫刻品がワゴンに乗せられやってきた。
進行役が声を強めに張り上げ紹介する。
「一刀彫の少女像でございます、作者は儚くなっており遺作となっています。どうぞこの機会に希少な作品を……」
進行が100万からと叫べばどんどんと値が吊り上がって行く。
ついには三千五百を超えた、札を上げ続ける者は必死の形相である。
「あの少女像スゴイな……あれ?なにか既視感が」
「え?」
食い入るように見つめるアリスターを、ナリレットは不思議そうに眺めた。
「あの像がどうかして?欲しくなったの?」
「……あの少女は……キミによく似ている気がする」
二人はハッとしてパンフレットに目を落として驚愕する。
<少女像:作品名 初恋 製作者グラン・モーラ>
思わず立ち上がりそうになったナリレットだったが、辛うじて耐えた。
「あぁ……思い出したわあの髪飾り、壊れてしまったおばぁ様の―――あぁぁぁ」
オペラグラス越しに見た少女像の髪留めが、少し大きめに彫られてそこにあった。
まるで『思い出して』と言わんばかりに。
グランが魂を込めたその一刀彫の少女は、あの日、あの時、生きたナリレットそのものだった。
固まってしまった妻の様子を心配そうに覗うアリスター。
「バカな人……」
スポットライトに照らされた木彫りの像は儚げに輝いていた。
***
その後、競り落としたのはどこかの商人らしいと聞いた。
結局、夫妻が札を上げることは一度もなかった。
「良かったのかい?」
「ええ、なにも欲しいものは無かったもの」
少し残念そうな夫の顔を見て、ナリレットはふわりと微笑んだ。それは慈愛に満ちた母と妻、そして恋する乙女のようでもあった。
「私の欲しいものはとっくに手に入れているわ。そうでしょアリー」
「!?――そうか、そうだね。私も同じだよ」
屋敷に戻った二人を待っていたのは愛しい二人の子供たち。
そして――。
「結婚したい人ができました!は、初恋でもあります」やや上気した面持ちの息子がそう告白した。
夫婦は揃って祝福を贈る。
それから母はこう息子に諭すのだ。
「初恋は拗らせては駄目よ?」
Fin.
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