完結 偽りの言葉はもう要りません

音爽(ネソウ)

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ドア越しの会話

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訳あり同士の婚姻は式など挙げずに終了して、宴さえなかった。
アナスタジアはもちろん、ミイラ男のようなサディアスも呼びたい客は皆無だったからだ。


そんな寂しい結婚生活の幕開けだったが嫁いだ彼女はなんとか夫と接触を図ろうとした。だがしかし上手くいかない、執事や侍女に協力して貰ったが徒労に終わる。
新婚早々に距離を置かれてしまった新妻アナスタジアは悲しそうに俯いた、食事さえ自室で摂るのが常らしい夫はほとんど部屋から出て来ない。
「やはり王命とはいえ曰く付きの嫁では嫌なのかしら」
「いいえ、婚姻を嫌がっているわけではないかと……嫌ならば最初から出迎える方ではありません。サディアス様は自己評価が低すぎなのが原因かと」
得体の知れない病を抱えているせいで、余計に他人と接触することを恐れているという。

「病のことは私にはわからないけれど、ずっと閉じこもっていては治るものも治らない。そう思わなくって?」
「はい、そうですとも!陽を浴びれば元気になれると信じてます!」
事情を把握した新妻と主を想う執事は共にサディアスのために働こうと決起したのだった。

意を決したアナスタジアは執務で閉じ籠った夫の元へ駆けつけドアを叩く。怠そうな声が返事をした。
「旦那様、美味しい茶葉が母上から届きましたの!気分がスッキリして頭も冴えますのよ、どうかご一緒に」
「……要らない、心遣いだけ頂こう」
「そんな、旦那様!お願いです一緒に味わいましょう?」
「……では侍女に頼んでキミは下がってくれ」
「えぇ~」

食い下がるアナスタジアだったが、茶は侍女が淹れろと指示されては仕方ない。
結局ドアを開けて貰うことすら叶わず渋々と退散するしかなかった、そして侍女を呼ぼうとして”ハッ”と何かを閃いた彼女はニッコリ微笑んだ。

10分後、ワゴンに茶器セットを乗せた侍女が書斎のドアを叩く。
茶の用意をしてきた旨を伝えるとドアが開錠する音が聞こえた。「入れ」と短い返事を聞き侍女は入室した。
「奥様の御実家からの贈り物でございます」
「うん、淹れてくれ」
包帯だらけの主は侍女の方を見向きもせずに書類と格闘していた、やがて花とフルーツ入りのフレーバーティーの華やかな香気が部屋に漂う。

「良い香りだ……」
甘く鼻腔を擽る茶葉の香りを気に入ったらしい部屋の主は「すぅ~」と息を吸って注がれるのを待つ。
「ご賞味下さいませ」侍女はそう言って壁際へと控えて待機した。
サイドテーブルに置かれたカップを持ち上げサディアスはゆっくりと嚥下する。
包帯でグルグル巻きだというのにその僅かな隙間から茶を飲んでいる、それから茶請けの焼き菓子を摘まみポリポリと食み出した。

二欠片ほど食べると紅茶のおかわりを要求する、よほど気に入ったようだ。
侍女は嬉しそうに二杯目を注ぐ、そして待ち兼ねたようにカップに手を伸ばすサディアスである。
すっかり堪能したらしい彼は「下げて良い」と侍女に言った、すると控えていた侍女が問いかけて来た。
「お茶の感想を伺っても宜しいでしょうか?」
「ん、何故だ?」
侍女は「奥様から感想を伺って欲しいとご要望がございました」と頭を下げる。

サディアスは少し困った様子で頭を傾いでから「とても美味しかったと伝えてくれ」と言った。
感想を聞いた侍女は満足そうに頷くと部屋を出て行った。

***

「うふふ、うまく行ったわ。美味しいとおかわりまでされて」
お仕着せ姿をしたアナスタジアは楽しそうに小さく跳ねて喜ぶ、とっさに閃いた”侍女のフリ”は見事成功したようだ。
「ヒヤヒヤしましたが、ようございました」
本物の侍女が苦笑いしつつも奥方の奇策を褒めた、気を良くしたアナスタジアは時々入れ替わって欲しいと強請るのだった。
背格好が似ていた二人はちょっと化けただけで見分けがつかなくなった、主付の侍女ベルは眼鏡をかけて髪をぴっちり結い上げている。幸い飴色の髪色も似ていたので包帯のせいで視界が狭いサディアスを騙せたようだ。

「慣れて来たら食事も運びたいわ」
あまりに嬉しかったアナスタジアは食事も手作りしたいと言い出したので、さすがにそれは御控えくださいと窘められるのだった。

「もっとお話ししたいわ、あの優しい瞳を間近で見られるのならなんでも頑張っちゃう」
全体の相貌は確認していないが、初めて対面した時の彼の瞳に魅入られてしまったアナスタジアはそれを恋の始まりとは気が付いていない。

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