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旅立ち、あと俺の借金じゃねーし!

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「まぁオヤジさん出して貰うだけでコッチも助かりましたんで」


「いえいえ、すぐにでも引き取って下さい。そこの不良債権」


 ガタイの良い黒スーツ姿のゴブリンは、甚兵衛を着込んだ年老いた灰色の毛並みのワーウルフを捕まえてそう言う。暴れてなお身動きが取れない為、ゴブリンの力は相当なものである。


 その向かいにいた女型のワーウルフは、青と灰の混じった柔らかそうな尻尾を揺らしながら腕組みし、見下す様にそう言い返すと虫を払う様に手を払った。


「っくそ!女房のくせに裏切りやがって、お前なんか二度と家の敷居を跨がせねぇからな!」


「その家をギャンブルで取られたのは何処の間抜けだよ。お前差し出したら引っ越すまでの期日貰えるから差し出したんだよ」


 捕まったワーウルフと女型のワーウルフの言い合いに挟まれるようにして、ゴブリンは居た堪れなさそうに立っていた。


「とっとと、しょっ引いて下さい」


「うるせぇ!二度と戻らねぇからな」


「だから帰る場所無いんだよ阿呆が」


 これもまた我が家では日常とかしていた。それ程までに異常である日常だったが、それがおかしな事だとは、その時はまだ知る由もなかった。


「母さん、あの人もう帰った?」


 家の別の部屋からやって来たのは子どものワーウルフだった。頭頂部と背中にラインの様に青い毛が生えそろい、他は銀色の毛並みに覆われた子どもを見るなり母親のワーウルフは言う。


「帰ったよ。でも、晩御飯食べたらすぐに寝るのよ、明日からまたお出かけしないと、いけないんだから」


「わかった。じゃあネルと一緒に先に寝ておくね」


 そう言うと晩御飯を食べた後に、すぐさまワーウルフの子どもを寝かしつけた。母親のワーウルフは荷物を夜通しまとめると、次の日の朝には引越しとなり二度とこの家に戻る事はなかった。


ーーーーーーーー数年後。


「またやりやがったな親父!って何で何処に隠しても金見つけるんだよ!」


 ジルの叫び声が響いた。青年となったジルは大人と体格差もなく、何処からみても立派なワーウルフへと成長を遂げていた。


「ちょっとお兄ちゃん!朝から喧嘩やめてよね」


「ネル!あのクソ親父、また生活費に手を出したんだよ。もう一回船に乗ってこいや!」


 以前。父親が借金の返済を船で漁を行い丸々三年陸に上がらず仕事を強制的に強いられて、借金を返済したのだった。勿論、その間は家庭も貧しいながら円満であった。


 ネルと呼ばれた女型のワーウルフは、ジルよりも一回り小さかったが、父親譲りの銀色の毛並みと母親から継いだ青い尻尾の先を揺らしながら言う。


「母さん、お父さんがまた」


「大丈夫よ。何せ取られた封筒にはお金は入ってないんだから」


 いつもの事であると、母親はエプロンポケットから同じ封筒を取り出すと、あれはフェイクだと話した。そして、二人の我が子に諭す様に話しかけた。


「いい?あんなクズになっちゃダメよ。ましてや、ああいう異性を捕まえてもダメ。騎士候補とか手堅い仕事を真面目にする人にしなさい」


 何処までが本気か分からなかったが、母親は二人にそう話した。が、余裕もそこまでであった。敵は一枚上手である。


「母さん。封筒、、、、、、なんか薄く無い?」


 ネルに言われ、慌てた様子で封筒の中を見る。そこには確かにあった筈のものはなく、中にあったのは一枚の小さな紙切れだった。


〝はずれ〝


「、、、、、、、、ふっざけんな!この穀潰しがぁぁぁぁぁぁあああああ!?」


 茶封筒は弾け飛ぶ様に母の力で飛散したのだった。この日から、父が帰る事はなく一ヶ月ほど逃げ回った末に発見された時には友人Bであるワーウルフに金を借りに行った時であった。


 これが今の我が家の現状である。昔と変わりがないと言えばそうであった。相変わらずの金銭感覚であった父だったが、何故か母が離婚しないのが不思議で仕方なかった。


 金は無かったが色々な人達の助けと、ライフハックを駆使し、さまざまな工夫をしながら何とか生き延びていた。これがジルの人生においての助けになる事は今はまだ知らない。


 父は何度売り飛ばされても必ず借金を返して戻って来るあたり、不思議でならなかったが作るのも本人の為誰も同情はしなかった。


 やがて、ジルが成人しこの村の成人の儀を執り行える様になった。この儀式を受けると一人前とみなされ、ツガイを組む事を許される神聖な儀式である。


 満月の夜。焚き火に集められたワーウルフは片手で数えられる程であった。その中に村長である老ワーウルフが若者にこの村の伝承を伝える事がこの村の儀式であった。


「今日この日をもって、ここに集まる者達は一人前のワーウルフとされる。大地の精に恥じることのない様に日々鍛錬し過ごす様に」


 話は長くはなかったが、我慢はしなければ待てない位は時間がかかった。成人の儀においての一番の楽しみは、この話が終わってから始まる。


「では、今日は明日からの為に英気を養うがいい」


 待ってましたと言わんばかりに、ぞろぞろとその場を離れると近くに用意されていたテーブルの上のご馳走を我先にと奪い合う様に食べ始めた。


 成人の儀と言っても、特に変わった事をするわけでもなく話を聞いて無料でご馳走が食べられると言うぐらいの認識しか皆持ち合わせていなかった。


 ゆえに必然的にメインは食事となっていた。ワーウルフの成人になっての初の出来事は宴であり、これから先にも何度も楽しいひと時を繰り返すと言う意味合いでもあった。


 ジルもこの日ばかりは人並みに宴を楽しむと、あっという間によは更けてしまい、楽しい時間は気がつけば過ぎ去っていた。


「ただいまー。今日は楽しかったけど疲れた」


 家に帰るとジルは尻餅をつく様に家に入る。ワーウルフの村では建築物を作るスキルを持つ物がいない為、人間の里から簡易の布製の家が多い。


 ジルの家も例外ではなく、まるでモンゴルのゲルの様な作りの家に戻ると、母とネルがまだ起きていた。ご馳走を少しばかりくすねていた為、それを土産に腰をかけた。


「楽しかったよ。でも年々里の成人が減ってるって本当だったみたいだな。参加者が少なかった」


「いいじゃん。食べ物の取り分が増えるし」


「まぁネルが行く時は全部独り占めできるかもな」


「そんなに食べれないし。そう言えば父さんいつ戻るんだろ、今日までには何とか帰りたいとか言ってたのに」


「まぁ明日か明後日には戻る、、、、何っっっ!」


 突然、母が何かを察知したのか辺りを警戒すると、家の外から悲鳴の様な声が聞こえた。次いで起こる爆撃音が鳴り響くと三人は家を飛び出す。


「っっっっっっっ!!まさか敵襲か」


 母は驚きと同時に声を漏らした。ネルとジルは戦闘経験が無かった為、未だ何が起こっているかは分かって無かった。


 長らく、ワーウルフの里に侵略者や侵攻者は現れていなかった。それは、ワーウルフには集団でいると本来以上の力を発揮する事と連携力があり敵に回せば厄介な為である。


 母に言われるがまま、村の避難所としている場所に目掛けて三人で全速力で走った。避難所に何とかついたが、いわゆる洞窟であり中には数人の村人が逃げ込んでいるだけだった。


「他の人は?まさか」


「いや、森の方に大半逃げとるよ。この場所まで嗅ぎつけられかねんからな。若いもんは敵襲を森に引き付けて迂回してくるじゃろう」


 洞窟に先に来ていた老ワーウルフは、そう答えると奥に他の者を引き連れて逃げていった。自分達はどうするか考えていると誰かが放った火の手が、近場までやって来ていた。


「マズイ。このままじゃ煙と炎に洞窟内の空気が駄目になる」


 そう言い、母はさらにこの場所から離れた方が良いと伝えると二人は母を信じる事にした。森に入れば襲撃者達に出くわす可能性もありリスクはかなりのものであった。


 しかし、村を背にした瞬間。爆音が響き渡り思わず振り返る。燃える村、生まれ育った村が燃える様を見だ瞬間に何かが途切れた感覚が走った。


「ネル、、、、、、、、母さんを頼む!」


 足は村へ向いていた。誰もいないかもしれない、行くだけで何も出来ないかも知れない、だがそこへ向かわずにはいられなかった。


 ネル達の返事も待たずに、燃える木々をすり抜けながら変わり果てた通い慣れた道を、最短距離で村へ帰る道を辿る。


 まるで生き物の様に襲いかかる火の手を、スルリと獣そのものの動きは立体的で、縦横無尽に駆け続けた。


「っはぁ、はぁ、つ、何だこれは」


 燃える村に火を放ち続けていたのはニンゲンだった。それも騎士や冒険者の様に姿を見れば分かる出立ちの姿は間違いなく見たことのある格好であった。


「あいつは、勇者なんじゃないのか」


 ジルには勇者の姿形を聞いた覚えがあった。その姿は人の形をしてはいたが、確かに魔物を何度も倒した悪臭にも似た何かを放っていた。


 三人組パーティだった。ガタイの良い黒い鎧の戦士のオスに、緑の衣の臆病そうな僧侶のメス、そして白銀の鎧を纏い勇者の証である首から下げられた剣と盾を模した首飾りをつけていた。


「関係ねぇ、俺の生まれ育った村をっ!うわぁぁぁぁああああああ!!」


 森を抜ける勢いそのままに、勇者パーティに襲いかかったジルは、跳ねたボールのように不規則に跳ぶと戦士の肩を爪で切り裂く。


 相手の悲鳴を聞きつつ、僧侶に軌道を変えた瞬間。横っ腹に今まで生きてきて感じた事の無い自分ではどうする事も出来ない力で吹き飛ばされた。


「いっ。ぶぐうぇあぁぁぁぁぁぁ!!」


 まるで景色が一瞬で変わってしまったかの様な変化の後、全身に焼けるかの様な激痛が走ると自分が吹き飛ばされたのだと、後になって気づいた。


「犬に引っ掻かれてんじゃねぇよ。だから足手まといはイラねぇんだよ」


 勇者はそう言うとジルに近づいて来た。その間に僧侶は戦士の治療の為に近づいているのが見えたが、此方はもう動ける状態には無かった。


「大体、先制こそ戦闘においての最適解だって何度も言ってやったのに、そのザマとは傲慢なのはお前じゃねぇか?」


 しかし、戦士も僧侶も何も言い返す事はなかった。それが同意の沈黙か、否定の沈黙かは分からなかったが勇者らしき男はジルの前で立ち止まった。


「まぁ、結果が全てよ。コイツらみんな経験値と言うなの供物に変わり無いんだからな」


 どうやら、ワーウルフを危険視したり何か因縁があるのでは無い様だった。つまりはただの自分勝手な自己都合による狩りなのだと言っていた。


 ジルはもう怒りは沸かなかった。ただ、自分の力の無さが今更になって悔しくて悔しくて目から熱い水分が流れていた。


「獣風情が命乞いでもするのか?」


 ただ、この男に殺されるのだけは絶対に嫌だった。脇腹に穴が空いているのか上手く呼吸が出来なかったが意地だけで勇者の足首に噛みついた。


「何だ?猫でももう少しましだぞ」


 呆気なく振り払われる。顎に力など入るわけもなく再び地べたを這いながら勇者から逃げたが、それが気に入ったのか此方の両足を剣で刺された。


「お返しだ。まぁいたぶる趣味は無い、次は死んで貰おう」


 豪華な装飾ではない。あくまで実用性を重視した剣は高く振り上げられると、躊躇や戸惑いを見せず振り下ろされた。


ーーーーーー金切音が鳴り響くと火花が上がる。


 それが剣戟であったのだと理解出来ずにジルの体は、浮遊する様に抱えられていた。剣筋の速さだけで無く動作も一寸の無駄なく動くと言う意味を体感すると、ようやく自分が助けられたのだと分かった。


「よう、遅くなったな」


 この声には馴染みがあった。一瞬にして助けてくれた相手が自分の父だと理解すると安堵をもたらしたが、気が緩めない状況なのは変わってはいなかった。


「オヤジ、アイツは」


「あぁ、分かっている。だが何故」


 久方ぶりに父の顔を見上げると、勇者と同じ首から下げられた剣と盾を模した首飾りが下げられていた。しかし、同じ物ではあったが色はくすみ年季が感じられた。


「何だ?それは魔物の持ち物じゃねぇぞ」


「それはコッチのセリフだ。その首飾りは飾りじゃねぇからな」


 離れていた場所から横一文字に勇者が剣を振り抜くと、雷撃を飛ばしたのかジル達に襲いかかったが、父がまるでカーテンを払うかの動作で一撃をいなした。


「さて、どうしてくれようか」


 父はそう呟くと今まで話は聞いたことはあったが、ジルも実際に見るのは初めてであった隠し玉。ワーウルフだけが到達出来る領域の体術。


 体術において洗練されたそれは、魔力を纏い闘気へと変換される。ワーウルフにおいても世界においてもただ一人の使い手。腕を妖艶に動かしそれは発動された。


魔力纏鎧スペルアーマー


 深淵の底よりいでたそれは、地面から滲み出る様にジルの父に纏わりつくと、やがて形を成し暗黒の鎧へと変貌を遂げた。


「お前は武道家のジークか。伝説の元勇者御一行の一員と刃を交えようとは、まさか元勇者パーティの仲間が魔物だとはさらに驚きであったが」


 ジルの父は勇者の言う通り、元勇者のパーティに居たのだった。そして、それは当時のパーティしか知らない事実であり、一般的には黒の武道家として素顔を一度も明かす事なく今日に至っていた。


「、、、、、まぁどちらにせよ刃を交えんと気がすまないだろ?」


 ジークの言葉に賛同するかの様に勇者は剣を構え直した。一触即発の中、ジルは鎧を着ながらにして自然に構えをとった。普通の鎧であれば、動きにくく構えすら取れないはずである。


ーーーーーー土を爆ぜる様な音が鳴り響くと、二人はけんけんを交える。


 剣戟に混じり火花を咲かせながら、幾十もの攻防を繰り広げると先に後ろに下がったのはジークの方だった。


 剣と拳。リーチ差を埋める為の神経と技術によって疲労が色濃く見えた。歳のせいだと言い訳を独り言の様に呟いたが、とうの勇者はジークとの戦闘を楽しんでいた。


「凄いぞ、まさか剣を受けきった事もそうだが、年齢を感じさせぬ技術と胆力」


「お褒めに預かり光栄だね。だが、もう少し目上の者は敬ってくれないか」


 単なる時間稼ぎであった。ジークには虚勢をはる体力も残っては居なかったが、取るべき手段はすでに決まっていた。


「次で終わらせてやる」


 言い終わるや否や、強襲で仕掛けたジークは一直線に勇者に向かって駆けた。単なる力比べかと少し肩透かしを食らったような感覚を覚えた。


 しかし、一撃に賭けると宣言したジークのそれを迎え撃つように剣を構えた勇者だったが、踏み込む数歩手間で何故かジークが直角に曲がった。


「っ!何だ」


 勇者がそれに気がついた時には、ジークに追いつけない速さで距離を稼がれていた。ジークの攻撃がフェイントであると理解した後、その作戦はジークの向かう先にある事に気がついた。


「はい。お終い、まだやるのか?」


 ジークは戦士と僧侶の元へ駆け寄ると二人の首筋に黒い鎧と同じ長い爪の先を突き立てていた。いわゆる人質であった。


「まさか、元勇者パーティの一員が人質取るのかよ。プライドはねぇのかよ」


「無いね。歳だし、何よりワーウルフなんだから人間くらい人質にとれるわ」


 互いに牽制を重ねる。勿論、ジークが本気で人を傷つける気は無かったが、こうなっては勇者が仲間を見捨てると言う選択肢はない為、勇者側の詰みの状態であった。


 暫しの睨み合いは、緊張の糸が切れると同時に互いの刃を降ろす事となった。ジークは後退し、人質を解放するとジルの元へ戻った。


「振り向いたら次は仲間から殺る。そのまま真っ直ぐに進め」


 ジークの言葉に苛立ちを覚えながらも勇者は、仲間を引き連れて森の方に消えていった。その背中を見送り、見えなくなる頃にようやく本当の意味で緊張は解けたのだった。


 村を灰に変えられ仲間も傷つけられた為、ジルは何故何故逃したのかと憤っているとジークは答えた。


「だったら自分でやれ!それに本気でやり合えば俺もお前もタダじゃ済まないからな」


 報復すればその報復が起こる。始まってしまえば此処が戦地に変わるのだと話し、これ以上の被害拡大を防ぐ為にも此処を離れるのが得策だと話したのだった。


 唐突な戦いがようやく終わり、生き残ったワーウルフ達が自分達の村に戻ってきた。まだ火災が残っていた為、これ以上被害を拡大させない様に皆で火消し作業を行った。


 悲しみで動けなくなった者、この先のことを考えて絶望する者。立ち上がれずにただ突っ伏した者達も沢山居た。希望が失われたこの村の惨状を見てジークは皆に語りかけた。


「大丈夫だ!俺達は生きている。この先、何があっても俺が何とかしてやる!」


 ワーウルフには村長は居ない。しかし、リーダーはジークに他ならなかった。全ての責任を負い村を再建するにはまず、微かでも希望が必要な事を誰よりも知っての発言だった。


 やがて、火消し作業に向かえなかったワーウルフ達も村一丸となって、最後には全員でこの窮地を乗り越えることができた。


 村はもうない。それにまた此処に居ればまた襲われる可能性もある為、移住はしなければならない。体力、気力ともに疲弊した今どうするべきかジークは知っていた。


「とにかく、飯だ。有りったけかき集めてこの村での最後の宴をしようじゃねぇか」


 その言葉に賛同して、焼けた家から様々な使えそうな物を持ち寄り、何とか炊き出しを行った。食べ物は少なかったが酒は瓶に入っていた物が多く無事であった。別れを惜しむ様にどんちゃん騒ぎは明け方まで続いた。


 村復興の為に村人全員で新たなる移住先を決めている最中にジルはジークに二人だけで話があると告げた。


 飄々としつつジルの雰囲気を捉えて、ジークは言う通りに少し村人達から離れて話しをする事にした。


「で、何だ話って。分かってると思うけど長くは時間取れないぞ」


「分かってるよ。簡潔に言うと俺、冒険者になろうと思ったんだ。だから、村の事気になるけど旅に出たいんだ」


「、、、、、、、そうか、でも何で急に」


「昨日、自分の力の無さが悔しかった。親父居なかったら絶対に消されてた事くらいは分かるんだ。だから仲間守れるくらいには強くなりたいと思ったんだ」


「俺は構わん。旅に出たいなら出れば良いさ、ただ母さんとネルは自分で説得しろよ」


「わかった。ありがとう」


 すぐさま、母と妹にはこの先自分がどうしたいのかを話した。反対は無かった、もとより父が父だけに、いつかはこうなる様な気がしていたらしい。


 暫くは復興の手伝いを続けていた。傷ついた人々に手を差し伸べるジークを見ながら、いつしか自分もこうありたいと思う様になっていた。


 新天地は二つ山向こうにある森に決まったが、途中でジルは村の皆んなと別れる事にしていた。別れを惜しみつつ、ジークが村の代表としてジルを見送る。


「分かっているとは思うが、冒険者は危険な職業だ。死ぬんじゃないぞ、これはお前に預けておく」


 そう言うとジークはジルに封筒を差し出した。それを受け取りジルは家族と村の皆んなに別れを告げ自分だけの旅を始めた。


「そう言えば封筒の中身なんだろう」


 離れて行った村人達が見えなくなると、封筒の中身を確認する。暫くはそれが何なのかと呆けていたが、ようやく我に帰りジークにしてやられたのだと気がついた。


「って!俺の借金じゃねーし!何でこれ渡したんだよ!」


 中には借用書が入っていた。項目を見ると村再建費用がほとんどでその内訳が細かく記されていた。しかし、最後の一行だけは気に入らなかった。


「親父の借金まで一緒にされてやがる!って、保証人が俺になってるじゃないか!」


 こうして、ジルの冒険の始まりは借用書と共に始まったのだった。
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