マッシブスピリッツ

★白狐☆

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OL異世界に特に用もなく行く

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「いつもありがとうね藤吉さん。でももし嫌だったらいつでも言ってね。今パワハラとかって五月蝿いから」


「別に構いませんよ。どうせ自分の作るついでなんで」


 一言多いのは単にいつも違う事を考えているからであって、嫌味を言ったつもりも本人にはなく、課長もいつもの事な為、気にした風もなくお茶を飲んでいた。


 それが、藤吉ユルリの日常であり仕事の一環であった。


 特にやりたい事も見つからないまま、何となく決めた事務員の仕事は大したストレスも希望もないまま二年が過ぎようとして居た。


 それはある日の仕事帰りだった。何となく立ち寄った雑貨屋は、いつも通る道にある店だったが二年経った今の今まで気付きもしなかった。


「何だろ、雑貨屋って言うか何でも屋みたい」


 店内は物で溢れ、昔ながらのリサイクルショップの様に通路の確保すら出来ていない残念な感じだったが、ユルリは気に入った様で何に使うか分からない様なガラクタの中からそれを見つけた。


「何だろ?石、宝石みたいな」


 赤い宝石のついた古い本であった。中をめくると見た事の無い国の文字が並び、所々に可愛い挿絵が描かれて居た。


「あ、妖精。でも、何かちょっと違うかな」


 自分の知っている妖精は、蝶の様に小さく泉の側で誰かの肩で休む様なイメージだったが、此処に描かれていた絵の妖精は人と大きさも変わらず、洞窟の様な場所で何かをしている絵だった。


「隣のは普通の人か、何だろファンタジー小説かな」


 ただ、残念な事に読み方すら分からない文字は頂けない。調べてでも読みたかったが、そもそも何処の国の文字かも分からない為調べようも無かった。


 一旦その本をその場に置き、とりあえず別の面白そうな掘り出し物を探してみる事にした。誰が買うんだと言う物から、何故これが此処に!と言うようなレトロゲームまで安価で売っていた。


「じゃあこれ下さい。あ、袋有りますから」


 レジには猫型ロボットのお面をつけた店員が、やる気なく本を読みながら店番を行っていた。マイバッグを取り出しつつ、ユルリは財布の中身から二千円を手渡した。


「、、、、、、、、はい、五百万円」


 五百円を受け取りつつ、お面の中から聞こえて来た声はお婆さんの声だった。失礼だとは思ったが、ユルリはお爺ちゃんだとばかり思っていたので少しびっくりした。


 買ったのはレトロゲームソフト何本かと、何故か安くで売っていた洗濯バサミであった。買った物をエコバッグに詰め込む最中、あの本の事を聞いてみた。


「あの。あそこにあった赤い石のついた本なんですが、何処の国の本なんですか?」


 値段も気になったが、まず何処の国の本か解らなければ読む事も出来ない。自分の知らない文字に興味が湧いて居た。


「、、、、、、、、さぁ?どれだろ」


 店主らしき老婆は、お面を頭まで上げ目を細めながら本のあった方を暫く見つめていたが、見つからなかったのか渋々重い腰を上げると本を何とか手にした。


「あぁ、これかな。えっと、、、、、何だっけ」


 暫く見つめていると、本を見つめたまま老婆は固まり静けさが広がっていく。本を握ったままカウンターまで戻ると、老婆は違う本を取り出し暫くすると本を閉じて答えてくれた。


「コレはゲルマン人の諸語、つまり簡単に言うとルーン文字」


 それだけ言うと本を手渡して来た。ルーン文字ならば何とか調べれば読めるのでは?等と思うはずもなく、古代文字は学者に任せるのが一番と本を返そうとした。


「あの、さすがに私じゃ読めなさそうなんで結構です」


「違う。この本はアンタのだよ、人が本を選ぶんじゃ無い、本が人を選ぶんだよ」


 それだけ言うと、店の奥に入っていきもう戻ってくることは無かった。読めもしない文字の本を抱えたままユルリは暫く待ったが、本当に戻らなかった。古書がいくらするか解らない為、一応有り金を置いて店を出た。


「駄目じゃん。アタシの今週分の生活費、、、、、、、はぁ」


 とりあえず荷物もあった為、家に帰ることにした。帰る途中、コンビニに寄ってお金をおろしてから晩御飯だけ買い足した。


 ルーチンワークの如く日々の繰り返しであった。仕事に行き、帰りに物を買い、風呂に入りそして眠りにつく。多少の違いはあれど特に不満も希望もなく、つつがなくこれを繰り返して居た。


 布団に入ると今日無理やり渡された本の事を思い出し、取り敢えずスマホで調べてからどうするか考えようと本を自分の枕元に置くと充電途中のスマホで少し調べる事にした。


 調べてみると、ルーン文字についての解釈はそれぞれであった。呪術的なことに要すると書き込まれた物から、単なる文字の一種でしか無いと語るものもいた。


「まぁ、漢字だって縁担ぎや悪い意味の打ち消しでワザと違う漢字あてがう事も有るっていうし」


 言語に詳しい訳でも、研究している訳でもないユルリにとってさしたる興味にはならなかった。文字カッコいい!くらいにはなったが、そもそも読めないのでは意味もない。


「皮の表紙に、赤だからガーネットかな。でも本物ならこれだけで価値ありそう」


 もしかしたら、思った以上に高価な買い物だったのかもしれない。どれでも鑑定団に応募してみようかなど、どんどん違う方向に妄想が膨らむのもいつもの癖で有る。


 しかし、この本がただの本でない事をユルリはすぐに知る事になる。あの挿絵の描かれたページを開こうと本のページを捲る事で気がついた。


「絵、、、、、、違う文字も、、、、、、何も無い」



 本は薄汚れた汚れだけを残して、文字と挿絵の全てを白に変えてしまった。メモ帳の様になってしまった本を見たユルリは〝やられた、詐欺だ〝と一瞬思った。


 本を調べるフリをして無価値なただの汚れたメモ帳を売りつける詐欺。しかし、そもそも金の請求をしてこなかった為、この考察もとい妄想には無理があると行き着いた時だった。


ーーーーーー冒険の書に貴方の全てを記入して下さい。


 ルーン文字ではなく日本語で光る様に浮かび上がった文字は、ユルリが文字に触れた瞬間、本の中から閃光が放たれ視界は全て遮られた。


 真白に染まる世界。その時間は一瞬の刹那にして、恒久的な永遠でもあった。ユルリを包んだのか世界全てを照らし出したのかは分からなかったが確かにその瞬間、藤吉ユルリと言う女性は現世から泡沫の如く跡形のかけらも残さず消え去ってしまった。
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