マッシブスピリッツ

★白狐☆

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冒険の書(取説)

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 冒険の書。それ自体は誰もが耳にしたことのある代物である。しかしその実、誰も見た事も無く、ましてや持っている者も聞き覚えない様な物でもある。


「じゃあ、これの効果が効いているのかどうかは、死んでみるしかないって事か」


「出来れば死なない方向でお願いします」


 馬車に揺られながら持て余す時間を潰す為、スパークとユルリは二人して冒険の書を調べてみたが、やはり白紙の紙が連ねられただけのメモ帳にしか見えなかった。


 唯一書かれていた事は、目次の如く見開き1ページに書かれた藤吉ユルリの、個人情報保護法なんて異世界にあるわけもない為に、初恋からスリーサイズ、はたまた学歴職歴が書かれているのであった。


「もはや黒歴史じゃん、、、、、、これ」


「なんて書いてあるんだ?コッチの字じゃないな。と言うか何処の出身なんだ」


「え?日本だけど」


「ニホン、、、、、、聞いた事あるな。でも何処かは知らない」


 なんで聞いた事あるんだコイツは、返答が海外の小さな島国の住人に聞いてみた的な回答であったが、きっと気の所為だろうとユルリはスルーして話を進める事にした。


「そう言えば、冒険の書を買うまで違う文字と絵が書かれてたんだよね。初めは詐欺だと思ったけど、もしかしたら消えちゃったのかも」


「、、、、、、消えた。そうか」


 スパークの表情が曇る。何かに気づいた様で話を逸らそうとしたが、ユルリは何故なのか分からなかった為、執拗に問いただすと仕方なく話し出した。


「その冒険の書の、持ち主が変わったって事だろ?」


「まぁ、買ったんだからそうなるのかな」


「冒険の書について、知られている情報はあまり無いのは知ってるな。これは憶測に過ぎないが、冒険の書の所有者が変わって元の持ち主からその効果が、ユルリに譲渡したと考えるのは自然だよな」


「やっぱりそうなるのかな。実感ないけど」


「力の譲渡だけがされたのならば特に問題はないと思う。だが、以前の持ち主が何らかの理由により冒険の書を使えないまま死を迎えたと考えれば、本自体の中身が消えた事も辻褄はあう」


 つまり、元の持ち主が死んだ事で譲渡された可能性があるとの話だった。勿論、寿命かも知れないし単に力だけをユルリに譲渡した可能性もなくはない。


「全ては俺の憶測に過ぎない。忘れてくれ」


 スパークの気遣いが、憶測に真実味を持たせている様にも思えた。結局は冒険の書について何も分からないまま議論を終える事になった。


 アースナルまでの旅路はまた長い為、その日は近場の小さな田舎町のレノに立ち寄ることにした。グレスト程の活気はなかったが、それでも酒場には賑わいが集まっていた。


「宿を探しているんだが、この町の宿の場所を教えてくれないか?」


「旅の人かい?実はあるにはあるんだが、今はいっぱいかも知れない」


「何かあったのか?一晩だけでも良いんだが」


「そうだな。じゃあ、うちの屋根裏で良ければ泊まれば良い、いま宿は遠征騎士様達の貸し切り状態なんだ」


「、、、、、、、、魔物か?それとも他国からの侵略」


「いや、実はこの辺りに逃げ出した飛龍種が出たんだが、ドラゴンライダー見習い達が捕獲に来ててな」


「ドラゴンか、そいつは厄介だな。町の外に出る際は気をつけるよ、ありがとう」


「お構い無く。新婚か?出来れば静かに頼むぜ」


「残念ながら、あれは旅の連れだよ。アースナルまでの護衛役なんでね。じゃあこれ少ないが」


 宿代わりに借りる為、気持ちばかりの金銭を手渡した。そのまま、酒場で二人は食事を済まし屋根裏で一晩を明かした。寝るには些か狭かったが、ベッドはユルリが使いスパークは外よりずっと良いと床で眠った。


 朝は早く、ひんやりとした屋内の空気に背押される様に二人は嫌々ながらも早起きをした。下に降りると酒場の裏手にでる。酔っ払い達がチラホラゴミの上を心地良さそうに眠るのを横目に裏口から店に入った。


「おはよう、お二人さん朝早いんだな」


「おはようございます。おかげでよく眠れました。マスターは寝ないんですか?」


 ユルリの言葉を聞くと、店内の人々を呆れた様に指差しながら、毛布をかけたお客が目覚めるまで休ませる必要があるのだと答えた。


 礼を言い、急ぐ旅でも無かったがグレストのような一件もある為、無用なトラブルを避ける為にも早めに町を出ることにした。


「まだ食料にも余裕あるし、買い物も無いから先に急ごう」


 とのスパークの言葉に言われるがまま馬車に乗り込みアースナルを目指す為、次なる町を目指して馬車を発車させた。


「そう言えば、アタシは逃げてるだけなのに、何でスパークさんはアースナルを目指しているんですか?」


「あぁ、アースナルは都市部でな。派遣の騎士みたいなものだ、地域調査って言えば聞こえはいいかな?」


「、、、、、、、スパークさんってお坊ちゃんなんですか?」


 ヒシリ。と凍りついた様な笑顔が正解を物語っていたが、これ以上は聞けなかった為、話題を逸らす為に辺りを見回すと、一面黄金色の畑になっていた。


「凄い綺麗ですねこの辺り、、、、、、、あれ何ですか?」


 少し先に煙が上がっていた。辺りには焦げ臭い香りが立ち込め、火事だとわかると馬車の馬を少し離れた風上の木に繋ぐと、二人で誰もいない事を確かめる為に中に入っていった。


 スパークの持っていた加護の衣と呼ばれる布を被った二人は、酸欠になる事も火傷を負う事もなく突き進む事ができた。


〝ツギハ、ニガサヌ!!〝


 響く様な声がユルリの頭の中で響いた。思わずスパークの方を見たが、どうやら聞こえている様子がなかった為、声をかけてみた。


「あの!あっちから声が聞こえてきたんですが」


「本当か!だったら急がないと」


 スパークは疑う事もせず、ユルリの指差した方向へ突き進む。遅れない様にユルリ自身も必死で追いかけ、声のした方向に走り続けた。


「止まれ!これ以上近づくと危険だ!!」


 目の前には、火炎放射器の如く火を放ち続ける竜と、鞍のついたもう一頭の竜がもつれる様に食い合いを繰り広げていた。一見縄張り争いをしているかの様にも見えたが、スパークは鞍を見て一目で逃げ出した飛竜だと気づいた。


「何か理由があるのかも知れない。あの火龍から飛竜を助けよう」


 スパークは滑走魔術を行使しながら魔弾を散弾銃の如く火龍に放つ。尚且つ、炎の勢いを食い止める為に時計回りのまま、滑走魔術で通った道を氷結魔術で周りを覆っていた。


「一度にこんな事が出来るなんて」


 スパークの強さは本物であった。不成者達との戦いとは全く違った攻撃的戦略を駆使して、飛竜を援護していった。


〝ニンゲン。ハヤクハナレロ〝


 再びユルリの脳内に叩きつける様な言葉が響き渡った。その声の主と目が合う、確かにその声は戦っていた飛竜からしたものだった。


「スパークさん!!そこから離れて!!」


 ユルリの声に反射するかの様に、スパークは戦線を飛び退く様に跳ね避け何事かと問う間もなく、まるで申し合わせたかのように飛竜が雷撃を吐き放った。


 火龍は咆哮と共に煙を上げながら落下すると、地面スレスレでなんとか持ち直し、飛竜の目の前でバイクをふかすように口から炎を噛むように漏らしては唸り声を上げていた。


「何?火龍の様子が変だからここから離れた方がいい?」


「さっきから、誰と話してるんだ?」


「誰って、、、、、、、あの飛竜とですが」


「何で飛竜と話せるの?」


「何でって、スパークは話せないの?」


「話せるわけないだろ。飛竜の言葉なんて分からん」


 ずっと聞こえていた声は、どうやらスパークには聞こえていない様である。しかし今は、そんな事よりここを離れる事が先決だと二人が来た道を戻ろうとした瞬間だった。


 今のいままで火龍対飛竜だったはずの戦いが、何故か突然火龍がこちらに向かって急降下してきた。それを阻止せんと飛竜も急降下で追いかけて来ていた。


「早すぎる!逃げきれないぞ。滑走魔術を使う!掴まれ」


 スパークはユルリを抱えると、滑る様に加速を始めながら防御壁を張るためにユルリに頼んだ。


「すまんが、服の内ポケットにスクロールが入ってる。火龍の炎が防げるか分からんが使わないよりはマシだろ」


「スクロールって何?何か巻物しか出てこなかったけど」


「それがスクロールだ。開くだけで魔術が発動する、俺のタイミングで一気に開け!」


 火龍と飛竜がチェイスを繰り広げる中、馬から遠ざかりつつ離れていくと、地面スレスレに二頭の竜は突っ込んできた。


「今だ!!スクロール」


「は、はひぃ」


 焦りながらも、スパークの声に応えてユルリはスクロールを勢いよく開いた。火龍と飛竜の巨躯が二人を押し潰さんと、地面を抉りながら転がってきた。


 寸でのところで、ドーム状の防御壁を張り地面にめり込みながらも命を繋いだ二人は急浮上した二頭の竜の行末を見届ける。


「火龍が本気だな。全身が炎の塊の様に燃えている」


 スパークの呟きと同時に、二頭の竜は再びぶつかる。大気の震えが起こると、二頭の竜は力無く落下していく。


「相打ち。いや、火龍が」


 火龍は片目を失い、瀕死の状態のまま煙をあげながら折れた翼のまま飛び去って行った。


「早く飛竜の手当てを!!あと町に連絡も入れないと!!」


 落ちた飛竜に駆け寄ったユルリはスパークに言いよる。しかしすでに、町にいる騎士達には連絡は入っているとスパークは教えてくれた。


「辺りを偵察用の鳥が飛んでいたから、来るまでにそう時間はかからんだろう。しかし、手当か」


「、、、、、、、、出来ないの?」


 スパークは騎士ではあっても、竜と関わりのある仕事はなかった。話しを聞いた事があり知識としては知っていたが、治療法までは覚えてはいなかった。


「すまない、竜種ほどの生き物に何が効くかは」


「、、、、、、、えっ?ナオリ草の群生が向こうにあるの?塗ればいいのね」


 しかし、スパークの心配は必要無かった。ユルリは飛竜と意志疎通が出来た為、飛竜から直接何が欲しいかを聞けたのだった。


「しかし、どうして話せるのか」


 スパークの問いに、ユルリはさっき理解したのだった。冒険の書のプロフィール欄に、唯一記されていた共通言語パルのおかげでスパークとも飛竜とも話せるのだと気づき、スパークにそれを伝えた。


「なるほど。パルか、だったら一刻も早くナオリ草の生えている場所に向かおう」


 飛竜に言われた通りにナオリ草をすり潰しそれを塗る。普段であれば自分で群生に身体を擦り付けるのだそうだが、流石に体力が残っていないらしくユルリに頼んだ次第だった。


 思ったより遠くなく、ナオリ草をかき集めるとすぐに二人は飛竜の元に戻り言われた通りの処置を施すと、飛竜はまるで猫の如く丸々とそのまま眠りについてしまった。


「、、、、、、、、君たち!こっちに飛竜が居ると連絡が入ったのだが」


 レノの町から、ようやくやってきた騎士達は、眠りについていた飛竜を見ると驚いたまま飛竜の起きるのを待った。


 その間に、これまで起きた出来事を騎士達に説明すると、二人を労うと共に竜の手当てを行った事に感謝されたが、唯一不機嫌な騎士が二人を値踏みする様に睨みつけてきた。


「本当は、お前らが飛竜アオを盗もうとしたんじゃないのか?大体火龍の姿なんて無いんだし火付けたんじゃないのか?」


 どうにも気に入らない上に、難癖をつけてくる騎士は兜を外すと、ウェーブのかかった金髪を払うと飛竜の方に歩いて行った。


「すまないね。あの飛竜はトミーのなんだがどうにも相性が悪い様でスパークさん達が羨ましいみたいなんだ」


「いえいえ、気にしてませんよ。それより何処かでお会いしましたか?」


「いいえ。初めまして私はトミーの上官でこの隊の指揮をとらせて頂いているマスクスと申します。スパークさんのお噂は常々一方的に存じているだけです。騎士の中では有名ですから」


 名前を知っていた為聞いてはみたものの、スパークは何かを察したのか、それ以上はマスクスに何も言わなかった。


「お気を悪くしないでください。別に意味は無かったんですがスミマセン。そうだ、良かったら食事を用意しますのでご一緒しませんか?」


 飛竜が動けるようになるまで暫くかかりそうであった為、一晩キャンプ予定になった騎士達と共にスパークとユルリは食事を摂ることになった。


 日が落ちれば、どんな場所であっても安全な場所など無い。町は結界で守られてはいるが、一歩外に出ればそこは戦場たりうる場所へと変わる。


 長らく、外での野宿と言うものに不慣れな二人にとっては渡りに船でもあった。が、当人達には実は自覚が無かったりもする。


「外で寝るなんてワクワクする。キャンプですね」


「そんな感じだったかな?まぁ、夜は冷えるからちゃんと毛布を肩までかけるんだよ」


 お婆ちゃんのようなスパークと、遠足気分のユルリ達は野宿の用意をしていた、マスクス騎士団から見ると些かおめでたい二人に見えたが、ある意味度量があると言う事にしておいた。


 夜食をご馳走になった二人は、マスクスに異世界人の事と冒険の書について尋ねると、異世界人のことは知らないようだが、冒険の書について知っている事があるとの事だった。


「冒険の書とは蘇りの書だろ?死んでも所持者だけが教会にて蘇るアーティファクト。しかし、所持者の生涯を辿りながら自動で書き込まれる人間の歴史書であり、生涯の終わりと共に新たな書き込みが始まる」


 知らない話が混じっていた為、ユルリはジッと傾聴を続けた。どう言う事なのか理解出来なかった為、ユルリはもう一度説明をお願いした。


「そうだな。ようは自分の人生を一冊のノートに書き記したとて、それは日記に過ぎない。しかし、その冒険の書は書かれる事で持ち主に試練と力を与えると言われていました。そして、文面としては消えはしますが全てがリセットされる訳では無いのです」


「見えない何かを継承できると言う事か」


 スパークが割って入る。ユルリにとってはやはりゲームの域を越えず、分かったような分かっていないような納得の複雑な返事しか返す事ができなかった。


「力、、、、、、魔術とか使えるようになるんですかね?」


 ユルリの言葉に目を丸くした二人は、固まった後、突然笑いを堪える事もできず吹き出すように大笑いした。


「ちょっ、、、、、、、何で笑うんですか!酷い」


「スマンスマン。そうだな、そちらの世界には魔術が無い世界だったんだな。こちらでは、会話するのと同じくらい当たり前の事だったからついな」


「申し訳ない。此方では生まれる前に魔術鑑定を行い、どの特性かを調べて母体に負担がかからないようにするんです。つまり、基本的に魔術を使えない人は居ないんですよ、、、、たぶんですが」


 何かこの二人ムカつく。と思いつつ夜はふけていく。ユルリが寝る前にもう一度冒険者の書を読んだ事で、異世界への扉はさらに開くのだった。
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