魔法少女♂とヤンデリオ

嶋紀之/サークル「黒薔薇。」

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嫉妬型ヤンデレ、八雲チアキの場合

嫉妬型ヤンデレ、八雲チアキの場合①-1

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 魔法少女。その言葉がファンタジー、虚構の中のものだったのは過去の話。今やこの世界、特にこの街――夢見ヶ丘町においてそれは、ごく日常的なニュースに出てくるワードになっていた。

 ことの始まりは数ヶ月前……突然、夢見ヶ丘町内において、正体不明のドラゴンのような姿をした怪物が街や人を襲う事件が多発するようになった。それらはなんの前触れもなく、どこからともなく現れては、一通り暴れ終わると煙のように消えていく。この超常現象に人々は困らされていたのだが、それを解決したのが『魔法少女』を名乗る人物であった。
 魔法少女スイートクリスタル、と名乗る彼女は、怪物が現れると、颯爽と空を駆けて現れる。薄桃色の髪をツインテールにして揺らし、ロリィタ風のフリフリ衣装に身を包んだ姿は、アニメや漫画における『魔法少女』そのものだ――と、多くの目撃者は語っている。ある者が言うにはスラリと背の高い凛々しい美少女だとか、ある者が言うにはまだあどけなさの残る可憐な娘だとか、また別のものが言うには近くで見たら女装した少年だったとか、その詳細はまちまちで、一説には現れるたび魔法で姿を変えているとも噂されているが、ツインテールとヒラヒラフリフリのコスチュームだけは変わらないらしい。
 彼女は暴れる怪物を時にビームで吹き飛ばし、時に徒手で殴り倒しては鎮圧する。そして祈りを捧げれば、時間を巻き戻すかのようにして、怪物による被害が修復されていく。魔法少女と呼ぶにはやや脳筋パワー型っぽさも否めないものの、その活躍ぶりはまさしくヒーローのそれであった。
 不思議なことにカメラにも映らず、一切の記録に残らない存在でありながら、夢見ヶ丘町のローカルテレビや新聞社はこぞって彼女を特集している。都市伝説のようなものでありながら、もはやご当地ヒーローと言っても過言ではない存在なのである。


『ご覧ください、こちらが先日、例の怪物からの襲撃を受けた銀行です! 幸いなことに、魔法少女の活躍により建物は修復され、被害は残っておりません。襲撃当時現地にいた、従業員の方にお話をうかがってみたいと思います……』
 ――夢見ヶ丘町の中心部に位置する、とある私立の男子高にて。食堂のテレビでは、魔法少女と怪物にまつわるニュースが今日も流れている。
 昼時とあって混み合う食堂内では、思春期の少年たちが和気藹々と食事をしながら、魔法少女について噂していた。
「なあ、魔法少女ってさ、超カワイイってほんとかな?」
「噂じゃすっげー美人らしいぜ! 一度会ってみてえよな~!」
「なんでカメラに映んねーんだろうな? やっぱ魔法?」

 皆がテレビのニュースを気にする中で、ただ一人、魔法少女に見向きもせずに目の前の相手を盗み見ている青年がいた。ぽっちゃりとしたふくよかな体型と、手入れのされていないボサボサの癖っ毛。眼鏡に隠された気弱そうな表情。見るからに地味でモテなさそうな青年の名は八雲チアキ。この私立夢見ヶ丘男子高等学校に通う二年生である。
 そして、彼の向かい側に座るのは、チアキと同じ美化委員に所属する三年生。180cm近くある長身と、体操選手のようなしなやかで引き締まった細マッチョ体型、そして切れ長の瞳のイケメンだ。無造作に逆立ったベリーショートの髪型がいかにも高校生男児という雰囲気を醸し出している。彼は晶水あきみノブユキ、といって、チアキとは委員会のみならずバイト先も同じなためか、なにかと気にかけている先輩だ。
 今はたまたま、食堂で近くにいたチアキに気付いたノブユキが声をかけ、共に食事をすることとなったのだが――彼は知らない。八雲チアキという男の本性を。

(はあぁ……っ、先輩♡ ノブユキ先輩♡♡ 今日もイケメンでかっこいいなぁ……♡ 物憂げな表情も美しすぎる……♡ こんな間近で見れちゃうなんてラッキー!! おれなんかに気づいてくれる先輩、優しすぎるっ♡ ああ、ますます惚れちまうよお……♡♡)
 チラチラとノブユキを盗み見るチアキは、彼に恋慕を抱いていた。しかも、わりとヘヴィな感情を、だ。
 相手がおそらくはノンケのため、勇気も出せずにひっそり片思いするに留めているが――留めているからこそ余計に、チアキの恋慕は重く陰湿なものになっていた。
(それにしても……先輩、魔法少女のニュースになった途端、黙り込んでテレビの方見てるけど、そんなに魔法少女が気になるのか? やっぱノンケなんだろうな……、美少女って噂だもんなあ、魔法少女……。うう、おれなんかと話してるより、見知らぬ女のコのこと考えてるほうが楽しいんだ……!)
 腹の中で渦巻く思いはおくびにも出さず、健全な『良い後輩』のフリをして、チアキは無言を貫いていた。己がゲイであることにも、己自身の容姿にもコンプレックスを抱くチアキは、己の恋慕を誰にも悟らせずに生きているからだ。


 しばらくすると、あまりに熱烈な視線に気がついたのか。ふいにノブユキはチアキを見る。
「あ……、すまん、八雲。テレビばかり見ていたな。俺を見ていたようだが……なにか用だろうか?」
「えっ……!? あ、いやっ、その!!」
 突然、目線がかちあったことにより、チアキは軽くパニック状態に陥った。
「ぜぜ、全然大丈夫ですっ! せ、先輩もやっぱ、魔法少女とか気になるんだな~って、その。そんだけで……!」
「あ……、いや、それも気になったんだが」
 あたふたと慌てるチアキの様子には気が付かず、ノブユキは、人の良さそうな笑顔を浮かべ答える。
「……実はこの時、俺も近くを通りかかってな。怪我人がいやしないかと心配だったんだが。被害も残らず、従業員の人も元気そうで良かったと……、そう思ってな」
「先輩……」
 あまりにもお人好しなその発言に、チアキは内心で感動しまくっていた。
(ああ……なんて優しいんだ!! 自分も事件に巻き込まれかけたのに他人の心配だなんて、なんてカッコいいんだ、ノブ先輩っ♡ さすがおれの好きな人っ♡♡)
 しかし、表面上はあくまで後輩としての尊敬だけを出力して、あっけらかんとした声で言う。
「やっぱすごいっすよ、先輩は! おれならあんな現場に居合わせたら、自分のことで精一杯で……他の人のことなんか考える余裕ないですもん」
「恥ずかしいな、そんな……改まって誉められると。こんなの、大したことじゃあないのに……」
「またまたぁ。謙遜しちゃって~!」
「おい、からかうなって!」
 ノブユキの嬉しげな笑い声を聞きながら、これでいいのだと、チアキは自分自身に言い聞かせる。

 彼に惚れたのは高校入学したての春のこと。それから一年間をかけて、同じ委員会に入り、バイト先を調べた後に偶然を装い同じ店でのアルバイトを始め、その他こっそりと尾行したり情報収集をしたりと裏でアレコレ手を回しつつ、ノブユキの良き後輩という地位を手に入れた。部活動に入っていない彼は、後輩との接点があまり多くはない。一番親しい後輩になるまでは簡単だった。
 ノブユキに告白したい、という気持ちがないわけではない。しかし、振られたら最後そばにいる事もできなくなるという思いが、チアキの口を閉ざしていた。
(本音を言えば、そりゃ、ただの後輩で留まっているのは辛いけど……先輩たぶんノンケだし。告白したって困らせるだけ。それなら、今のままでいい、いい後輩のままでいい……。だって、このポジションにいれば、こんなに近くで先輩の笑顔が見れるんだから……)
「……八雲? どうした、黙りこんで」
 気遣わしげに声をかけられ、慌てて、ハッと顔を上げる。
「あっ……いえ!! なんでもないっす、あの、ちょっと……考え事してただけで」
「……そうか? 悩み事があるなら、俺で良ければ、相談に乗るぞ」
「っ……、ほ、ほんと、大丈夫っすから!!」
 自身の迷いや不安を誤魔化すように大声で言った、そのとき。三年生のグループが、ノブユキに声をかけてきた。
「あ、ノブー!! こんなとこにいたのかよっ」
「おい、探したぜ、ノブユキ!!」
 彼らはノブユキのクラスメイトたちだった。彼の交友関係はもれなくチェック済のチアキも当然、一方的に知っている。面と向かって会話したことはないため、持ち前の人見知りを発揮してしまい、気まずそうにうつむくしかできなくなっていたのだが。
 ノブユキのクラスメイトたちは少しばかりの雑談をしたのち、そうだと思い出した様子で告げる。
「あ! そうそう、用務員の蒼井のおっちゃんが、おまえのこと呼んでたぜ? 校舎裏の花壇に来いってよ」
「そーそー! なんだっけ、おまえの世話してた花? 咲いたらしいぜ」
「な……っ!? おい、そういうのは先に言ってくれ!! 昼休みが終わるだろうが!」
 楽しげに話す彼らの姿を前にして、チアキの心にちくちくとした何かが刺さっていく。嫉妬するなど筋違いだとわかっていながら、羨ましいと思うのを止められない。
 後輩の中では一番仲が良かったとしても、委員会やバイトでたまに顔を合わせるだけのチアキと、同じクラスで一年間を共に過ごす同級生とでは、親しさの度合いがまるで違う。チアキ自身、心の中では彼を「ノブ先輩」などと愛称で読んでいるものの、面と向かってその呼び方を許されるほど親しい仲である自信が持てずにいたのだ。羨んだところで無駄だとわかっていながらも、溢れる不穏な気持ちが止められない。
 醜い自分の心を押しつぶすように、無理矢理爽やかな笑顔を作ると、チアキは言う。
「……先輩! おれのことは気にせず、花壇、見に行ってきていいんすよ?」
「あ……、すまん、八雲。話の途中だったのに……」
「全然いいっすから! てか、おれも次の授業の準備とかあるし、そろそろ教室戻ろうと思ってたとこなんすよね~」
 あははと笑って言った言葉は出任せだ。本当はギリギリまで、ノブユキの側にいたかった。しかし、それを言える立場でないとわかっているから、彼は必死に自分の本心を押し殺す。
「ふふっ……そうか。それじゃあ、また。バイトでな」
「はーい!」
 明るく返事をして、去っていくノブユキの背中を見つめながらも、その心にはドロドロとしたものが積み重なっていく。
(バイト……、おれと先輩のシフトが被るのは日曜日と水曜日だけ。今日は木曜日。先輩と次に話せるのはあと3日後。約72時間後。約4320分後。約259200秒後。学校でだって、会おうと思えば会えるけど……おれには先輩に会う理由いいわけがない。いつもバレないように、離れたとこから見るしかできない……)
 今日だって、本当はこっそりと見ているつもりだった。たまたま食堂が混んでいたタイミングでノブユキに見つかったおかげで相席できたが、本来、一緒に食事をするほどの仲ではない――と、チアキは認識していた。
 己の行動がストーカーじみてきていることもわかっていたが、それでも、彼は自分を止められずにいた。
(いつか……おれもあの人たちのように、先輩のこと、名前で呼べたらいいのにな。親しげに『ノブユキ先輩』って、『ノブ先輩』って……『ノブ』って……)

 そう、祈るようにチアキが考えた瞬間――耳をつんざくような爆発音と、数秒遅れて、避難訓練の時に聞いたサイレン音が、真昼の食堂に響き渡った。

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