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最終決戦
②-3
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「ッ……!? どうして転移魔法が……、いや、そんなことより!! どうして記憶が戻ってるんだ!? 僕の……僕の魔法は完璧だったハズなのに……!」
――そこは、フレンジィ、こと逆城サイが根城にしていた魔法空間。
無機質な部屋にはぽつんとベッドだけがあり、情事の痕跡が残されている。
転移魔法の暴発でこの場に連れてこられた彼は、魔法を操った張本人であろう、翠野ハルヒコを睨みつける。
「逆城……、いや、サイ。俺は……」
「あんたと話すことなんて何もない……!! 僕を裏切ったくせに、今更掌返したって遅いんだよ!!」
怒りに任せた魔法が、禍々しい魔力の塊がハルヒコを襲う。彼はそれを避けることなく――ただ、静かに微笑んで攻撃を受けていた。
「なっ……!? なん、で、避けないんだよ!? あんなの当たったら……下手したら、死ぬのに、」
「ごめんなあ……、逆城。先生、自分勝手だったよな。おまえの気持ちも知らないで、いつも、逃げてばっかりで……」
「だ、黙れ……ッ、黙れ黙れ黙れぇええッッ!!」
額から血を流し、切なげに微笑むハルヒコに、サイは半狂乱になっていた。怒涛の魔法攻撃が放たれる――が、それらは、ハルヒコを避けるようにして部屋全体に降り注ぐ。
怒りの気持ちと、ハルヒコを傷つけたくない気持ちとがせめぎ合い、魔法のコントロールに影響が出ている様子だった。
激しい爆撃にも怯むことなく、ハルヒコは、サイの瞳を真正面から見つめて言う。
「俺は……おまえに記憶を消されて、『ハル』になって。ようやく、自分の気持ちに気づけたんだ。……あの日、おまえが告白をしてくれた日。断ることができなかったのは、曖昧な返事でおまえを期待させてしまったのは……俺も、おまえが好きだったから、なんだろう」
――その言葉に、サイの怒りは限界を超えた。
「ッ……!! 嘘だ……ッ、嘘だ、嘘だ嘘だ!! そんな言葉に騙されると思ってるのか!? またそうやって、僕をからかって、裏では嘲笑っているんだろう!? ……あんただって、他の連中と同じだ……!」
「逆城……!」
――逆城サイ、という少年は、生まれつき体が弱かった。全寮制の夢見ヶ丘高校に入学したのは、街中で暮らすより、空気の良い山奥の学校のほうが健康に良いかも、という理由からである。
病弱な彼は、幼少期からたびたび授業を休んでいた。そのせいで同年代の友達を作れず、おまけに、休みがちなのに成績は優秀だったせいでやっかまれることも多かった。
子供の頃、表向きには病弱な彼を心配してみせるクラスメイトが、陰では悪口を言っていたのを聞いてから、彼は他人を信頼しなくなった。
親切にしてくれる大人たちや両親ですら、内心、病弱なサイを疎んじているのを感じ取ってしまってからは、人間不信はますます加速した。
そんなときに出会ったのが――高校の養護教諭だった、翠野ハルヒコだったのだ。
彼は他の大人と違い、本心からサイを心配してくれた。友達の少ない彼を気にして、話し相手にもなってくれた。
その優しさに彼は依存し、依存はやがて恋に変わった。
誰よりも信頼していた相手だったからこそ――妻子がいるのを隠されていた、と知ったときに、裏切られたと思ったのだ。
彼も他の人間と変わらない、親切な態度は上っ面だけで、裏では己を嘲笑っていたのに違いない、と。
不安と怒りをあらわにしたサイに、ハルヒコは、静かな口調で語りかける。
「俺は……、俺には、妻子があった。家庭があった。おまえを選ぶのは間違いなく不貞で、しかもおまえは学生で……社会的に許されることじゃあなかった。……だから俺は、卑怯な俺は、おまえから逃げたんだ。『大人になってもまだ俺を好きだったらその時考える』なんて言い訳で時間稼ぎして、おまえに責任を押し付けた……。……それが、一番おまえを傷つけてしまうとも知らないで」
「黙れよ!! 全部言い訳だ、嘘だ、デタラメだ!! 今更……っ、なんで、今更そんなことを……!!」
何を言われても言い訳にしか聞こえない。そう主張されようともめげずに、ハルヒコは、彼との距離を一歩ずつ縮めていく。
「おまえは……どこまでもまっすぐに、俺のことを愛してくれたな。『ハル』になった俺に、何もかもを与えてくれた。他の全てを投げ捨ててまで、ただ、俺だけを見てくれた。そして俺も……『ハル』も、すべてを忘れて、ただおまえを愛してさえいればよかった。……嬉しかった。幸せ、だったんだ。俺が『ハル』でいた間は、ずっと」
「っ……!! な、んで……っ、ハルの記憶があるなら、どうして!! どうしてそんな、僕が好きだなんて嘘を言えるんだよ!!」
「嘘じゃあない。『ハル』だったときも、その前も、そして今も……、俺は、逆城を、サイを、おまえを……愛している」
「嘘だ……!!」
はらり、と。サイの頬に涙が伝う。
「だって……、だって僕は、魔法で無理矢理に先生を犯した!! 記憶を消して、洗脳して、僕だけのモノに作り変えた!! ……自分でもわかってるさ、こんなおぞましいことをするヤツを、愛してくれる人なんていないって!! それこそ、洗脳の魔法でも使わないかぎり……!!」
――彼自身、自分の異常さには気づいていた。気づいていて、それでもいいと己を納得させていた。
真人間ぶったところで、愛した人の心は手に入らなかった。ならばどんな外道に落ちてでも、卑劣な力を使ってでも、彼を手にしてしまえばいい。
そんな思いが、彼をヤンデリオのボスへと変貌させたのだ。
自分を愛する者などいるわけがないと嗤うサイに――ハルヒコが肉薄する。彼は、サイの肩を掴むと、泣きながら歪に笑う彼を抱きしめた。
「馬鹿を言うな、俺がいるっ!!」
「ッ!? な、にを、いきなり……!!」
「たしかにおまえの行動は……あまり、正しくないモノだったのかもしれない。他の人まで巻き込んで不幸にしようとしてるってのは、先生としても見過ごせない。……だが、そもそも、おまえをそこまで追い詰めてしまったのは俺なんだ」
ハルヒコの腕の力が強くなる。優しく暖かい抱擁だった。
「逆城、おまえはまだ子供だ。おまえが道を誤るのなら、大人が……俺が、導いてやらねばならなかった。記憶を捨てて、逃げて、おまえの腕の中で甘えているだけでは駄目だったんだ」
「は……、なん、の、話を……」
「……先生として、大人として失格かもしれないが……俺は。おまえの、たとえ社会的に間違っていたとしても、自分の愛を貫くところを、とても魅力的に思っている。俺も……、この愛が間違いだとしても、正しくないコトなのだとしても。おまえと愛し愛されたい、と、そう願ってしまったから……」
優しい声と言葉に一切の偽りはない。大人として正しくないとわかっていながら、ハルヒコは、サイの愛に応えることを望んでしまった。
ハルヒコの腕の中で、サイは、その身を小さく震わせていた。
「……嘘だ。先生に、そんなふうに思う理由なんてない。あるとしたら……僕の魔法の影響か、ただの、ストックホルム症候群だ……」
「不安になるのも仕方がないよな。だが……俺の気持ちは、あの日、おまえに告白されたときから変わっていない。……ただ、おまえ以外の全てを捨てる覚悟ができた、だけなんだ」
まるで恋人のように、優しくサイを抱きしめて。その耳元で、ハルヒコは囁く。
「……逆城。俺は、今度こそ逃げない。世界中から後ろ指をさされる恋だとしても、俺は、おまえを選びたい。……だから、これ以上、罪を重ねるのはやめないか? 俺のせいでおまえが苦しむのは、もう見たくない……。闇の魔法なんかなくたって、俺は、おまえの側にいてやるから……」
ハルヒコにとってサイは――幼少期の自分によく似た子供、だった。
彼も子供の頃には病弱で、同年代の友達が少なかった。体調を崩して授業を休み、保健室に通うサイの姿に、彼は昔の自分を重ねてついつい世話を焼いてしまったのだ。
そんなきっかけで親しくなってみれば、サイは、年齢よりも少しあどけないほどに純粋で、人の好意に不慣れな子供であることがわかった。
些細な親切に一喜一憂し、先生、先生と慕ってくる姿は可愛らしく、いち生徒に向ける以上の愛情を――あくまで教師としての、あるいは大人が子供に向けるものだが――抱いてしまうのはすぐだった。
そんな中での、突然の愛の告白は、ハルヒコを大いに動揺させた。彼が一番動揺したのは、その告白を喜んでしまった己自身について、である。
単身赴任をしているせいで疎遠とはいえ、妻子との関係は悪くない。不倫をする理由などどこにもないのに、サイからの告白に喜んでしまった自分がいた。
そのときには『学生との不倫なんて正しくない』と、喜んでしまった自分の感情にも蓋をして、返事を先延ばしにしてしまったハルヒコだったが――今にして思えば、あの時点で、とっくにサイに惹かれていたのだろう。
サイに嫌われることが怖かった。サイを傷つけることが怖かった。
そのせいで彼が闇の魔法に目覚め、無理矢理体を暴かれ、監禁されたときには傷つきもしたし悲しみもしたが――その理由だって、『俺のせいで逆城を豹変させてしまった』というのが悲しみの理由だった。
男同士の性行為には忌避感もあったが、慣れてしまえば、サイから与えられる快楽の虜になった。
記憶を失うことを選び、『ハル』となってからは、サイの毒々しい愛情すべてが甘美に思えた。
一度、サイの過激で熾烈な愛を知ってしまった体は、もう以前には戻れない。
ただ――自分のせいで、自分との暮らしを守るために、サイがこれ以上の犯罪行為に手を染めるのを放っておくわけにもいかない。
だからハルヒコはこの場に立ち、己はもうどこにも逃げないからと、彼を説得することにしたのだが――。
「……無理だよ」
逆城サイは、今にも泣きそうな顔に、歪な笑顔を浮かべて言う。
「信じられない、先生のこと信じたいけど……そんな都合のいい話があるわけないもの。この力がなくなったら、闇の魔法が消え去ったら、先生はこんな僕を捨てて、家族のもとに帰るに決まってる……!!」
「逆城……! どうすれば俺の思いが伝わる? どうすれば……、俺を信じてくれる!?」
「信じられるわけ、ないだろ。だって……闇の魔法がなかったら、僕たちは、始まってすらなかったんだから……!!」
サイが拒絶の言葉を告げた、そのとき。
地震のような激しい地鳴りがして、魔法空間にピシリとヒビが入り、崩れていく。
「なっ……!? なんで、この場所が、崩れて……!?」
「危ないっ、逆城!!」
空間は崩れ、二人は虚空めがけて落下していく。咄嗟にハルヒコが伸ばした腕を、サイが掴むことは決して無かった。
――そこは、フレンジィ、こと逆城サイが根城にしていた魔法空間。
無機質な部屋にはぽつんとベッドだけがあり、情事の痕跡が残されている。
転移魔法の暴発でこの場に連れてこられた彼は、魔法を操った張本人であろう、翠野ハルヒコを睨みつける。
「逆城……、いや、サイ。俺は……」
「あんたと話すことなんて何もない……!! 僕を裏切ったくせに、今更掌返したって遅いんだよ!!」
怒りに任せた魔法が、禍々しい魔力の塊がハルヒコを襲う。彼はそれを避けることなく――ただ、静かに微笑んで攻撃を受けていた。
「なっ……!? なん、で、避けないんだよ!? あんなの当たったら……下手したら、死ぬのに、」
「ごめんなあ……、逆城。先生、自分勝手だったよな。おまえの気持ちも知らないで、いつも、逃げてばっかりで……」
「だ、黙れ……ッ、黙れ黙れ黙れぇええッッ!!」
額から血を流し、切なげに微笑むハルヒコに、サイは半狂乱になっていた。怒涛の魔法攻撃が放たれる――が、それらは、ハルヒコを避けるようにして部屋全体に降り注ぐ。
怒りの気持ちと、ハルヒコを傷つけたくない気持ちとがせめぎ合い、魔法のコントロールに影響が出ている様子だった。
激しい爆撃にも怯むことなく、ハルヒコは、サイの瞳を真正面から見つめて言う。
「俺は……おまえに記憶を消されて、『ハル』になって。ようやく、自分の気持ちに気づけたんだ。……あの日、おまえが告白をしてくれた日。断ることができなかったのは、曖昧な返事でおまえを期待させてしまったのは……俺も、おまえが好きだったから、なんだろう」
――その言葉に、サイの怒りは限界を超えた。
「ッ……!! 嘘だ……ッ、嘘だ、嘘だ嘘だ!! そんな言葉に騙されると思ってるのか!? またそうやって、僕をからかって、裏では嘲笑っているんだろう!? ……あんただって、他の連中と同じだ……!」
「逆城……!」
――逆城サイ、という少年は、生まれつき体が弱かった。全寮制の夢見ヶ丘高校に入学したのは、街中で暮らすより、空気の良い山奥の学校のほうが健康に良いかも、という理由からである。
病弱な彼は、幼少期からたびたび授業を休んでいた。そのせいで同年代の友達を作れず、おまけに、休みがちなのに成績は優秀だったせいでやっかまれることも多かった。
子供の頃、表向きには病弱な彼を心配してみせるクラスメイトが、陰では悪口を言っていたのを聞いてから、彼は他人を信頼しなくなった。
親切にしてくれる大人たちや両親ですら、内心、病弱なサイを疎んじているのを感じ取ってしまってからは、人間不信はますます加速した。
そんなときに出会ったのが――高校の養護教諭だった、翠野ハルヒコだったのだ。
彼は他の大人と違い、本心からサイを心配してくれた。友達の少ない彼を気にして、話し相手にもなってくれた。
その優しさに彼は依存し、依存はやがて恋に変わった。
誰よりも信頼していた相手だったからこそ――妻子がいるのを隠されていた、と知ったときに、裏切られたと思ったのだ。
彼も他の人間と変わらない、親切な態度は上っ面だけで、裏では己を嘲笑っていたのに違いない、と。
不安と怒りをあらわにしたサイに、ハルヒコは、静かな口調で語りかける。
「俺は……、俺には、妻子があった。家庭があった。おまえを選ぶのは間違いなく不貞で、しかもおまえは学生で……社会的に許されることじゃあなかった。……だから俺は、卑怯な俺は、おまえから逃げたんだ。『大人になってもまだ俺を好きだったらその時考える』なんて言い訳で時間稼ぎして、おまえに責任を押し付けた……。……それが、一番おまえを傷つけてしまうとも知らないで」
「黙れよ!! 全部言い訳だ、嘘だ、デタラメだ!! 今更……っ、なんで、今更そんなことを……!!」
何を言われても言い訳にしか聞こえない。そう主張されようともめげずに、ハルヒコは、彼との距離を一歩ずつ縮めていく。
「おまえは……どこまでもまっすぐに、俺のことを愛してくれたな。『ハル』になった俺に、何もかもを与えてくれた。他の全てを投げ捨ててまで、ただ、俺だけを見てくれた。そして俺も……『ハル』も、すべてを忘れて、ただおまえを愛してさえいればよかった。……嬉しかった。幸せ、だったんだ。俺が『ハル』でいた間は、ずっと」
「っ……!! な、んで……っ、ハルの記憶があるなら、どうして!! どうしてそんな、僕が好きだなんて嘘を言えるんだよ!!」
「嘘じゃあない。『ハル』だったときも、その前も、そして今も……、俺は、逆城を、サイを、おまえを……愛している」
「嘘だ……!!」
はらり、と。サイの頬に涙が伝う。
「だって……、だって僕は、魔法で無理矢理に先生を犯した!! 記憶を消して、洗脳して、僕だけのモノに作り変えた!! ……自分でもわかってるさ、こんなおぞましいことをするヤツを、愛してくれる人なんていないって!! それこそ、洗脳の魔法でも使わないかぎり……!!」
――彼自身、自分の異常さには気づいていた。気づいていて、それでもいいと己を納得させていた。
真人間ぶったところで、愛した人の心は手に入らなかった。ならばどんな外道に落ちてでも、卑劣な力を使ってでも、彼を手にしてしまえばいい。
そんな思いが、彼をヤンデリオのボスへと変貌させたのだ。
自分を愛する者などいるわけがないと嗤うサイに――ハルヒコが肉薄する。彼は、サイの肩を掴むと、泣きながら歪に笑う彼を抱きしめた。
「馬鹿を言うな、俺がいるっ!!」
「ッ!? な、にを、いきなり……!!」
「たしかにおまえの行動は……あまり、正しくないモノだったのかもしれない。他の人まで巻き込んで不幸にしようとしてるってのは、先生としても見過ごせない。……だが、そもそも、おまえをそこまで追い詰めてしまったのは俺なんだ」
ハルヒコの腕の力が強くなる。優しく暖かい抱擁だった。
「逆城、おまえはまだ子供だ。おまえが道を誤るのなら、大人が……俺が、導いてやらねばならなかった。記憶を捨てて、逃げて、おまえの腕の中で甘えているだけでは駄目だったんだ」
「は……、なん、の、話を……」
「……先生として、大人として失格かもしれないが……俺は。おまえの、たとえ社会的に間違っていたとしても、自分の愛を貫くところを、とても魅力的に思っている。俺も……、この愛が間違いだとしても、正しくないコトなのだとしても。おまえと愛し愛されたい、と、そう願ってしまったから……」
優しい声と言葉に一切の偽りはない。大人として正しくないとわかっていながら、ハルヒコは、サイの愛に応えることを望んでしまった。
ハルヒコの腕の中で、サイは、その身を小さく震わせていた。
「……嘘だ。先生に、そんなふうに思う理由なんてない。あるとしたら……僕の魔法の影響か、ただの、ストックホルム症候群だ……」
「不安になるのも仕方がないよな。だが……俺の気持ちは、あの日、おまえに告白されたときから変わっていない。……ただ、おまえ以外の全てを捨てる覚悟ができた、だけなんだ」
まるで恋人のように、優しくサイを抱きしめて。その耳元で、ハルヒコは囁く。
「……逆城。俺は、今度こそ逃げない。世界中から後ろ指をさされる恋だとしても、俺は、おまえを選びたい。……だから、これ以上、罪を重ねるのはやめないか? 俺のせいでおまえが苦しむのは、もう見たくない……。闇の魔法なんかなくたって、俺は、おまえの側にいてやるから……」
ハルヒコにとってサイは――幼少期の自分によく似た子供、だった。
彼も子供の頃には病弱で、同年代の友達が少なかった。体調を崩して授業を休み、保健室に通うサイの姿に、彼は昔の自分を重ねてついつい世話を焼いてしまったのだ。
そんなきっかけで親しくなってみれば、サイは、年齢よりも少しあどけないほどに純粋で、人の好意に不慣れな子供であることがわかった。
些細な親切に一喜一憂し、先生、先生と慕ってくる姿は可愛らしく、いち生徒に向ける以上の愛情を――あくまで教師としての、あるいは大人が子供に向けるものだが――抱いてしまうのはすぐだった。
そんな中での、突然の愛の告白は、ハルヒコを大いに動揺させた。彼が一番動揺したのは、その告白を喜んでしまった己自身について、である。
単身赴任をしているせいで疎遠とはいえ、妻子との関係は悪くない。不倫をする理由などどこにもないのに、サイからの告白に喜んでしまった自分がいた。
そのときには『学生との不倫なんて正しくない』と、喜んでしまった自分の感情にも蓋をして、返事を先延ばしにしてしまったハルヒコだったが――今にして思えば、あの時点で、とっくにサイに惹かれていたのだろう。
サイに嫌われることが怖かった。サイを傷つけることが怖かった。
そのせいで彼が闇の魔法に目覚め、無理矢理体を暴かれ、監禁されたときには傷つきもしたし悲しみもしたが――その理由だって、『俺のせいで逆城を豹変させてしまった』というのが悲しみの理由だった。
男同士の性行為には忌避感もあったが、慣れてしまえば、サイから与えられる快楽の虜になった。
記憶を失うことを選び、『ハル』となってからは、サイの毒々しい愛情すべてが甘美に思えた。
一度、サイの過激で熾烈な愛を知ってしまった体は、もう以前には戻れない。
ただ――自分のせいで、自分との暮らしを守るために、サイがこれ以上の犯罪行為に手を染めるのを放っておくわけにもいかない。
だからハルヒコはこの場に立ち、己はもうどこにも逃げないからと、彼を説得することにしたのだが――。
「……無理だよ」
逆城サイは、今にも泣きそうな顔に、歪な笑顔を浮かべて言う。
「信じられない、先生のこと信じたいけど……そんな都合のいい話があるわけないもの。この力がなくなったら、闇の魔法が消え去ったら、先生はこんな僕を捨てて、家族のもとに帰るに決まってる……!!」
「逆城……! どうすれば俺の思いが伝わる? どうすれば……、俺を信じてくれる!?」
「信じられるわけ、ないだろ。だって……闇の魔法がなかったら、僕たちは、始まってすらなかったんだから……!!」
サイが拒絶の言葉を告げた、そのとき。
地震のような激しい地鳴りがして、魔法空間にピシリとヒビが入り、崩れていく。
「なっ……!? なんで、この場所が、崩れて……!?」
「危ないっ、逆城!!」
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