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第七章 運命の報復
第99話 ドリウス奴隷商館のひどい現状
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「クラシアル、申し訳ないがドリウス奴隷商会の方に連れて行ってくれ。源さんもごめんね。付き合わせちゃって。あと少しだからね」
そう、クラシアルと源さん用件を伝えた。まだ、朝方の10時。急げば多くの者たちが救える。急がねば...。
「大丈夫だわん。それよりも、ご主人様こそ...大丈夫だわん?」
逆に心配をしてくれる源さん。その瞳は優しく、けなげに輝いている。そんな源さんの様子に、心が温かくなる。
さらに、クラシアルも言葉をかけてくる。
「間違ったことをしているわけではない。胸を張ればいい。太郎と行動できることを誇りに思うぞ。それに、多くの者とのつながりを深められる」
クラシアルのその言葉は、静かに染み込むように胸に響いた。
さらにクラシアルは、龍族だけで固まって暮らす時代はとっくに終わったと口にした。
「他の種族との関わりを持ち、もっと広い世界を見なければいずれ足元をすくわれる...私のようにな」と言い、その言葉にはどこか自嘲めいた響きが込められていた。
次の瞬間、クラシアルは「さあ、そんなことよりも太郎、さっさとドリウスの奴隷商会に向かうぞ!」と促してきた。
クラシアルの背中に身を委ねると、その大きな翼が風を切り、地面がゆっくりと遠ざかっていく。雲の切れ間から射し込む陽光に一瞬、目を奪われたが、探知魔法が示す方向へ視線を向ける。すると、あっという間に、ドリウス奴隷商会の屋根がぼんやりと浮かび上がった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ドリウス奴隷商会の上空に到達すると、地上からの声が風に乗って耳に届いた。
「太郎様~!こっちこっち!」メリシーが腕をグルングルンと回しながら叫んでいる。
その声に導かれる様に地面に降り立つと、砂ぼこりが舞い上がり、空気が少し重く感じられた。
「どんな感じだ?」と声を掛けると、メリシーは頬をぷくっと膨らませ、苛立った声で返してきた。
「もー!それが大変なんだって。太郎様、遅いし!」
ごめんごめん、あっちで時間食っちゃったの。
ドリウス奴隷商館は、地上三階、地上三建。そこに約200人を超える奴隷が収容されている。ほとんどは人族だが、その中には獣人やドワーフ、エルフといった異種族の姿もあるようだ。
地上一階は、豪華な客間が並ぶフロア。壁には贅を尽くした装飾が施され、訪れる者の目を奪う。またフロアの一角には、娼館を模した”お試し部屋”が設けられており、甘美と退廃が入り混じる空気が漂っている。
性奴隷の多くは、首に嵌められた奴隷の首輪によって自由を奪われ、意志を無視された形で連行された者たちが殆どだった。
ちなみに、地下一階は戦闘奴隷と犯罪奴隷の居住区。
そのうち約40名は犯罪奴隷だった。強盗、強姦、窃盗、殺人等、彼らは欲望のままに罪を犯した者たちであり、救助対象からは除外した。これらの者たちは、後にガッダン国王に王宮再建の作業員として送る予定だ。
戦闘奴隷や犯罪奴隷の数が予想より少なかったのは、彼らが早々に”人国の肉の壁”として配置され、人国領土の外周へと送り出されてしまったからだという。
地下二階では、身体に欠損を抱えたり重い疾患を患った者たちが、薄暗く劣悪な環境下に押し込められていた。彼らの多くは”売り物”としての価値を殆ど認められず、売られても二束三文でしか取引されない存在だった。
そして、地下三階には精神を支配する薬の生産工場が存在していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
メリシーいわく、俺に助けて欲しいのは、戦争奴隷や良識ある欠損奴隷、そして重度の疾患を抱える奴隷たち。彼らは”売り物”にならず、薬の実験材料として扱われていたらしい。
メリシーは「違法に連れて来られた者が多いのなんの。太郎様に救われる前の私と同じように、欠損やら重篤な症状をもつ者も多いし...。その者達は保護して、太郎様がくれたポーションやご飯、甘い缶詰を分け与えたよ」と言ってきた。
「サイモンから貰ったポーションは、沢山使ったか?」と尋ねると、メリシーは即答した。
「もう、遠慮なく使っているよ!周りの者が使い過ぎだと言うぐらい使っている!ただし、戦争奴隷とか違法奴隷にしか使っていない」
少し考え込むようにした後、メリシーは言葉を続ける。
「私がその者達にポーションをバンバン使っていたら、戦闘奴隷や犯罪奴隷たちが、『俺にもよこせや~!』って騒ぎ始めたもんだから、何人かその...ワイバーンたちにあげちゃった」
メリシーは言葉を切り、顔を伏せながら小さく息を吸い込んだ。「そうしたら...すごく静かになったんだけど...」
一瞬、微妙な空気が流れ、俺は恐る恐る促す。「...だけど?」
違うワイバーンたちが数体、その場所から動かなくなってしまったらしい。
無言のおやつ頂戴アピールだ...。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「重病人や欠損がある者達は太郎様しか治せないから待っていたのに。ちっとも来ないんだもん!ジュード様に何度も太郎様を呼べって言っているのに、『太郎様にもご都合が、ご都合がって...』人命に勝る都合って何だっつうの!」
大層ご立腹だ。まあ、メリシーの言う事が、100%正しいけど。
「メリシーが俺に直接念話をしてくれていいんだよ」と言うと、彼女はすぐさま声を荒げた。
「何度もしたよ!散々。でも、伝わらなかったの!」
怒られた。火に油を注いでしまったようだ。
「私と太郎様との繋がりが弱いんだよ、多分...」とメリシーは少し寂しそうに視線を伏せた。
「ジュードより繋がりが弱いって、どういうこと?夜、犯しに行ってやろうか...」て、物騒なことまで言い出した。気をつけよう。
「遅くなってごめんね、メリシー。すぐにジュードと一緒に薬の製造工場の状況を確認して、二人で駆け付けるね。それまでに、トリアージを済ましておいてね」と告げた。
ジュードの所に向かった後、メリシーの所へ一緒に行かないと。
地下三階を目指し、らせん階段を駆け下りた。息を乱しながらたどり着いた先には、一人の獣人男性が立っている。ジュードだ。
「ジュード、ごめんね。薬の製造工場は見つかった?」そう短く問いかけると、ジュードは険しい表情を浮かべ、静かに頷いた。
「はい、確認しました。規模は大がかりなものです。地下に設置された理由ですが、薬が漏れ出た際、地上への煙霧を防ぐためだと思われます。そのため、わざわざ深い場所を選んだのでしょう。」
ジュードの言葉には、抑えきれない緊張が滲んでいた。
「何が起こるか分かりません。太郎様もあの部屋に近づく際には、十分にはお気を付け下さい」と真顔で言ってきた。相当やばい代物なんだろう。後で俺の魔法で何とかしてしまおう。
話ながらメリシーの元へ向かう。階段を上りながら、ジュードに声をかけた。「それと、違法奴隷や戦争奴隷がたくさんいたそうだね」
ジュードは即座に応じる。
「そうなんですよ。状態が悪い者が多いようで、メリシーが『早く太郎様を呼べ!呼べ!』と、ひどく焦っていました」 と答えつつ、ジュードの表情には少し疲れた様子が浮かんでいた。
メリシーが直接俺に念話を送ってくれたらしい。しかし、その時はガッダンとゾウス王子の治療直後で、念話を受け取れるだけの魔力が残っていなかったのだろう。
申し訳ないことをした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ジュードと共に小走りで地下二階に向かい、メリシーが待つ場所へと辿り着いた。そこで目にした光景は、まさに地獄。汚れと悪臭が立ち込める環境が目の前に広がっていた。
メリシーに事情を尋ねると、部屋の清掃は全くと言っていいほど、手つかずだったという。
動けぬ者が垂れ流した糞尿が床に染みつき、布団など影も形もない。 ただ冷えきった床に、身を投げ出して横たわるだけの有様...。もちろん奴隷たちが身につけている洋服も穴だらけの、ぼろ雑巾のような衣服。
そんな者たちが、三畳ばかりの部屋に、五人ほど押し込まれていた。
「...これは、ひどいですなぁ」と、あまりの悪臭と室内の惨状に、ジュードの眉間にも深い皺が寄る。
ここにいる者達は、満足に食事も与えられていなかったのだろう。俺たちが用意したご飯に、飢えた獣のように群がり、むさぼるように口へ運んでいる。
メリシー曰く、ここに来てから仲間数名で掃除はしたものの、手も足も出ない状態だという。だからこそ、メリシーは身振りを交えながら懇願してきた。
「太郎様の、あの魔法! 一瞬で部屋や着ているものがピカピカになるやつ! 早く、ちゃちゃっと使って!」
俺は急いで魔法を発動する準備をする。これ以上、メリシーの気分を害するわけにはいかない。
「よし、フロアクリーン!」と叫んだ。
その瞬間、空気が一変した。 悪臭は霧のように消え失せ、汚れも跡形なく洗い落とされた。 さらに、そこにいた全員の身体や着ていた服までもが、清潔に整えられてゆく。
「えっ?」
「なに今の?」
「なんだ、なんだ...」
周囲がざわつき始める。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
身ぎれいになり、急に恥ずかしくなったのか、ボロ着の穴を手で隠す女性たち。それまでの彼女たちは汚いぼろ着れをまとい、体中も汚れていて、羞恥心を失っていたのだろう。
さて次だ。「メリシー、頼んでおいたトリアージは済んでいるかい?」
メリシーは短く頷き、手に持っていた紐を指で弾いた。
「見回ったよ!状態に合わせてこの色付きの紐を、手首につけておけばよかったん...だよね?」と言って、残っている紐を俺に見せた。
災害地などで治療の優先度を決めるトリアージ。メリシーに頼んで、ここにいる者たちの手首に色付きの紐をつけてもらった。
メリシーには呼吸状態、呼吸数、意識の状態、脈拍などの見方を簡単に教えた。
それを基にメリシーは、赤、黄、緑そして黒の紐を、奴隷達につけて回った。あと「何の根拠もないかもしれないけど、メリシーの勘も大事にしてね」と念を押した。
赤い紐が、治療の優先順位が高い者。例えば緊急的な治療が必要な者がこれにあたる。
次が黄色い紐を付けている者で、治療の必要性があるものの、短時間なら待つことができる者たち。
緑は軽症。黒は、残念ながらもう死んでしまった状態だ。
さて...赤い紐を付けた者たちから治療にあたろうと辺りを見渡すと、ざっと見ただけでも20人以上が目に入る。
どんだけ酷い環境に押し込めていたんだ、ドリウスの奴...。腹しか立たない。
さあ、気合を入れて治療を行うか。そして万が一のためにサイモンから貰った、マジックポーションを数本、アイテムボックスから取り出しておく。
魔力が底をつく前に補充をするためだ。さあ、いっちょやってやりますか!
そう、クラシアルと源さん用件を伝えた。まだ、朝方の10時。急げば多くの者たちが救える。急がねば...。
「大丈夫だわん。それよりも、ご主人様こそ...大丈夫だわん?」
逆に心配をしてくれる源さん。その瞳は優しく、けなげに輝いている。そんな源さんの様子に、心が温かくなる。
さらに、クラシアルも言葉をかけてくる。
「間違ったことをしているわけではない。胸を張ればいい。太郎と行動できることを誇りに思うぞ。それに、多くの者とのつながりを深められる」
クラシアルのその言葉は、静かに染み込むように胸に響いた。
さらにクラシアルは、龍族だけで固まって暮らす時代はとっくに終わったと口にした。
「他の種族との関わりを持ち、もっと広い世界を見なければいずれ足元をすくわれる...私のようにな」と言い、その言葉にはどこか自嘲めいた響きが込められていた。
次の瞬間、クラシアルは「さあ、そんなことよりも太郎、さっさとドリウスの奴隷商会に向かうぞ!」と促してきた。
クラシアルの背中に身を委ねると、その大きな翼が風を切り、地面がゆっくりと遠ざかっていく。雲の切れ間から射し込む陽光に一瞬、目を奪われたが、探知魔法が示す方向へ視線を向ける。すると、あっという間に、ドリウス奴隷商会の屋根がぼんやりと浮かび上がった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ドリウス奴隷商会の上空に到達すると、地上からの声が風に乗って耳に届いた。
「太郎様~!こっちこっち!」メリシーが腕をグルングルンと回しながら叫んでいる。
その声に導かれる様に地面に降り立つと、砂ぼこりが舞い上がり、空気が少し重く感じられた。
「どんな感じだ?」と声を掛けると、メリシーは頬をぷくっと膨らませ、苛立った声で返してきた。
「もー!それが大変なんだって。太郎様、遅いし!」
ごめんごめん、あっちで時間食っちゃったの。
ドリウス奴隷商館は、地上三階、地上三建。そこに約200人を超える奴隷が収容されている。ほとんどは人族だが、その中には獣人やドワーフ、エルフといった異種族の姿もあるようだ。
地上一階は、豪華な客間が並ぶフロア。壁には贅を尽くした装飾が施され、訪れる者の目を奪う。またフロアの一角には、娼館を模した”お試し部屋”が設けられており、甘美と退廃が入り混じる空気が漂っている。
性奴隷の多くは、首に嵌められた奴隷の首輪によって自由を奪われ、意志を無視された形で連行された者たちが殆どだった。
ちなみに、地下一階は戦闘奴隷と犯罪奴隷の居住区。
そのうち約40名は犯罪奴隷だった。強盗、強姦、窃盗、殺人等、彼らは欲望のままに罪を犯した者たちであり、救助対象からは除外した。これらの者たちは、後にガッダン国王に王宮再建の作業員として送る予定だ。
戦闘奴隷や犯罪奴隷の数が予想より少なかったのは、彼らが早々に”人国の肉の壁”として配置され、人国領土の外周へと送り出されてしまったからだという。
地下二階では、身体に欠損を抱えたり重い疾患を患った者たちが、薄暗く劣悪な環境下に押し込められていた。彼らの多くは”売り物”としての価値を殆ど認められず、売られても二束三文でしか取引されない存在だった。
そして、地下三階には精神を支配する薬の生産工場が存在していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
メリシーいわく、俺に助けて欲しいのは、戦争奴隷や良識ある欠損奴隷、そして重度の疾患を抱える奴隷たち。彼らは”売り物”にならず、薬の実験材料として扱われていたらしい。
メリシーは「違法に連れて来られた者が多いのなんの。太郎様に救われる前の私と同じように、欠損やら重篤な症状をもつ者も多いし...。その者達は保護して、太郎様がくれたポーションやご飯、甘い缶詰を分け与えたよ」と言ってきた。
「サイモンから貰ったポーションは、沢山使ったか?」と尋ねると、メリシーは即答した。
「もう、遠慮なく使っているよ!周りの者が使い過ぎだと言うぐらい使っている!ただし、戦争奴隷とか違法奴隷にしか使っていない」
少し考え込むようにした後、メリシーは言葉を続ける。
「私がその者達にポーションをバンバン使っていたら、戦闘奴隷や犯罪奴隷たちが、『俺にもよこせや~!』って騒ぎ始めたもんだから、何人かその...ワイバーンたちにあげちゃった」
メリシーは言葉を切り、顔を伏せながら小さく息を吸い込んだ。「そうしたら...すごく静かになったんだけど...」
一瞬、微妙な空気が流れ、俺は恐る恐る促す。「...だけど?」
違うワイバーンたちが数体、その場所から動かなくなってしまったらしい。
無言のおやつ頂戴アピールだ...。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「重病人や欠損がある者達は太郎様しか治せないから待っていたのに。ちっとも来ないんだもん!ジュード様に何度も太郎様を呼べって言っているのに、『太郎様にもご都合が、ご都合がって...』人命に勝る都合って何だっつうの!」
大層ご立腹だ。まあ、メリシーの言う事が、100%正しいけど。
「メリシーが俺に直接念話をしてくれていいんだよ」と言うと、彼女はすぐさま声を荒げた。
「何度もしたよ!散々。でも、伝わらなかったの!」
怒られた。火に油を注いでしまったようだ。
「私と太郎様との繋がりが弱いんだよ、多分...」とメリシーは少し寂しそうに視線を伏せた。
「ジュードより繋がりが弱いって、どういうこと?夜、犯しに行ってやろうか...」て、物騒なことまで言い出した。気をつけよう。
「遅くなってごめんね、メリシー。すぐにジュードと一緒に薬の製造工場の状況を確認して、二人で駆け付けるね。それまでに、トリアージを済ましておいてね」と告げた。
ジュードの所に向かった後、メリシーの所へ一緒に行かないと。
地下三階を目指し、らせん階段を駆け下りた。息を乱しながらたどり着いた先には、一人の獣人男性が立っている。ジュードだ。
「ジュード、ごめんね。薬の製造工場は見つかった?」そう短く問いかけると、ジュードは険しい表情を浮かべ、静かに頷いた。
「はい、確認しました。規模は大がかりなものです。地下に設置された理由ですが、薬が漏れ出た際、地上への煙霧を防ぐためだと思われます。そのため、わざわざ深い場所を選んだのでしょう。」
ジュードの言葉には、抑えきれない緊張が滲んでいた。
「何が起こるか分かりません。太郎様もあの部屋に近づく際には、十分にはお気を付け下さい」と真顔で言ってきた。相当やばい代物なんだろう。後で俺の魔法で何とかしてしまおう。
話ながらメリシーの元へ向かう。階段を上りながら、ジュードに声をかけた。「それと、違法奴隷や戦争奴隷がたくさんいたそうだね」
ジュードは即座に応じる。
「そうなんですよ。状態が悪い者が多いようで、メリシーが『早く太郎様を呼べ!呼べ!』と、ひどく焦っていました」 と答えつつ、ジュードの表情には少し疲れた様子が浮かんでいた。
メリシーが直接俺に念話を送ってくれたらしい。しかし、その時はガッダンとゾウス王子の治療直後で、念話を受け取れるだけの魔力が残っていなかったのだろう。
申し訳ないことをした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ジュードと共に小走りで地下二階に向かい、メリシーが待つ場所へと辿り着いた。そこで目にした光景は、まさに地獄。汚れと悪臭が立ち込める環境が目の前に広がっていた。
メリシーに事情を尋ねると、部屋の清掃は全くと言っていいほど、手つかずだったという。
動けぬ者が垂れ流した糞尿が床に染みつき、布団など影も形もない。 ただ冷えきった床に、身を投げ出して横たわるだけの有様...。もちろん奴隷たちが身につけている洋服も穴だらけの、ぼろ雑巾のような衣服。
そんな者たちが、三畳ばかりの部屋に、五人ほど押し込まれていた。
「...これは、ひどいですなぁ」と、あまりの悪臭と室内の惨状に、ジュードの眉間にも深い皺が寄る。
ここにいる者達は、満足に食事も与えられていなかったのだろう。俺たちが用意したご飯に、飢えた獣のように群がり、むさぼるように口へ運んでいる。
メリシー曰く、ここに来てから仲間数名で掃除はしたものの、手も足も出ない状態だという。だからこそ、メリシーは身振りを交えながら懇願してきた。
「太郎様の、あの魔法! 一瞬で部屋や着ているものがピカピカになるやつ! 早く、ちゃちゃっと使って!」
俺は急いで魔法を発動する準備をする。これ以上、メリシーの気分を害するわけにはいかない。
「よし、フロアクリーン!」と叫んだ。
その瞬間、空気が一変した。 悪臭は霧のように消え失せ、汚れも跡形なく洗い落とされた。 さらに、そこにいた全員の身体や着ていた服までもが、清潔に整えられてゆく。
「えっ?」
「なに今の?」
「なんだ、なんだ...」
周囲がざわつき始める。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
身ぎれいになり、急に恥ずかしくなったのか、ボロ着の穴を手で隠す女性たち。それまでの彼女たちは汚いぼろ着れをまとい、体中も汚れていて、羞恥心を失っていたのだろう。
さて次だ。「メリシー、頼んでおいたトリアージは済んでいるかい?」
メリシーは短く頷き、手に持っていた紐を指で弾いた。
「見回ったよ!状態に合わせてこの色付きの紐を、手首につけておけばよかったん...だよね?」と言って、残っている紐を俺に見せた。
災害地などで治療の優先度を決めるトリアージ。メリシーに頼んで、ここにいる者たちの手首に色付きの紐をつけてもらった。
メリシーには呼吸状態、呼吸数、意識の状態、脈拍などの見方を簡単に教えた。
それを基にメリシーは、赤、黄、緑そして黒の紐を、奴隷達につけて回った。あと「何の根拠もないかもしれないけど、メリシーの勘も大事にしてね」と念を押した。
赤い紐が、治療の優先順位が高い者。例えば緊急的な治療が必要な者がこれにあたる。
次が黄色い紐を付けている者で、治療の必要性があるものの、短時間なら待つことができる者たち。
緑は軽症。黒は、残念ながらもう死んでしまった状態だ。
さて...赤い紐を付けた者たちから治療にあたろうと辺りを見渡すと、ざっと見ただけでも20人以上が目に入る。
どんだけ酷い環境に押し込めていたんだ、ドリウスの奴...。腹しか立たない。
さあ、気合を入れて治療を行うか。そして万が一のためにサイモンから貰った、マジックポーションを数本、アイテムボックスから取り出しておく。
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