107 / 184
第十五章
107.ありがとう
しおりを挟む無音の車内で梓が暗い顔をして俯いていると、高梨は梓の髪をゆっくりと撫でた。
「僕達、もう別れよう」
「えっ……」
「お互いすれ違っているのに、気付かないふりをするのはもうやめないか?」
先生から別れを切り出すなんて思いもしなかった。
頭の中がどんどん真っ白になっていく。
だけど、先生は以前から決心していたかのように話を続けた。
「ここ最近考えていたんだけど、校長室の一件からお互い歯車が噛み合わなくなっていったのかもしれない」
「……」
「僕は梓が嫌がらせを受けてると知らされても話を聞き出そうとしていただけで結局一度も手を貸さなかった。教師なのにヒドイだろ……」
「そんな事ないっ! 私がちゃんと話さなかった事が原因だから……」
「大切な人が辛い想いをしていたのに、何もしてやれない自分が情けなくてね。彼女一人すら守れない男なんて最低だし」
先生、違うよ……。
嫌がらせの件は私が勝手に黙っていただけだから、先生は全然悪くない。
それに、情けなくなんてない。
私の気持ちを優先するばかりに、長々と待ちぼうけを食らってただけ。
春に蓮と別れて教室で一人泣いていた私に気付いてくれた時も、先生は泣いてる理由を問い詰めずに寄り添ってくれた。
先生の器の大きさに心が惹かれていったんだよ。
情けないのは先生じゃなくて私なんだよ。
話を黙って聞いていた梓の瞳から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
責めるどころか自分を戒めている高梨の話に、梓は押し寄せる罪悪感と戦えなくなってしまう。
「ほら、そんなに泣かないで。お互い前向きに頑張っていこう」
「うん……」
「最後まで守ってあげられなくてごめんね」
「こちらこそ、ごめんなさい。私は遼くんを幸せにするどころか苦しめてばかりだった。遼くんは優しいから、遼くんなら許してくれるから、遼くんなら理解してくれるからと思って、いつも遼くんの気持ちを後回しにしていた。本当はそれが間違っているのに、見て見ぬふりばかりしていて……」
残念ながら、ありがとうという言葉より今は反省の言葉しか浮かばない。
彼と交際していた半年間、私は一体何をしていたんだろう。
「終わった事はもう忘れよう。後悔からは何も生まれないからね。今日までありがとう。梓と付き合えて幸せだったよ。僕の方こそ力になれなくてごめんね」
先生はそう言うと、車内に置いているティッシュを数枚取り出して優しく涙を拭いてくれた。
今日は先生とは別れようと思っていたけど、こんな残酷な別れ方をしたかった訳じゃない。
本当はお互いじゃない。
歯車を狂わせたのは私の方。
先生は大人だから気遣ってそう言ってるだけ。
本当は、私の心が違うところに向いてる事に気付いてるはず。
もしかしたら、別れ話を切り出す事を察して、私が別れやすいように先に話を切り出してくれたのかもしれない。
自分に非があるように伝えれば、私が自分を責めずに済むんじゃないかって。
だから、あんな優しい言い方……。
ずるいよ、先生。
先生の優しさを受け取ると、どうしようもないほどやりきれない気持ちになった。
蓮が私とやりなおしたいと言ってきてから、私は段々嘘つきになって先生にゴメンねの回数が増えていったね。
最後にゴメンね。
先生には迷惑をいっぱいかけちゃったね。
でも、最後の瞬間まで私の事を大切に思ってくれてありがとう。
0
あなたにおすすめの小説
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
俺様系和服社長の家庭教師になりました。
蝶野ともえ
恋愛
一葉 翠(いつは すい)は、とある高級ブランドの店員。
ある日、常連である和服のイケメン社長に接客を指名されてしまう。
冷泉 色 (れいぜん しき) 高級和食店や呉服屋を国内に展開する大手企業の社長。普段は人当たりが良いが、オフや自分の会社に戻ると一気に俺様になる。
「君に一目惚れした。バックではなく、おまえ自身と取引をさせろ。」
それから気づくと色の家庭教師になることに!?
期間限定の生徒と先生の関係から、お互いに気持ちが変わっていって、、、
俺様社長に翻弄される日々がスタートした。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛
ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり
もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。
そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う
これが桂木廉也との出会いである。
廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。
みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。
以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。
二人の恋の行方は……
お嬢様は地味活中につき恋愛はご遠慮します
縁 遊
恋愛
幼い頃から可愛いあまりに知らない人に誘拐されるということを何回も経験してきた主人公。
大人になった今ではいかに地味に目立たず生活するかに命をかけているという変わり者。
だけど、そんな彼女を気にかける男性が出てきて…。
そんなマイペースお嬢様とそのお嬢様に振り回される男性達とのラブコメディーです。
☆最初の方は恋愛要素が少なめです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる