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第二十一章
145.惨めな想い
しおりを挟む「……いいの。あと少しで卒業だし、嫌がらせくらいで最後の高校生活に波風立てたくないから」
「でも、この問題を放ったらかしにすると、梓一人だけが損をするよ? せめて犯人を探さないと……」
「昨日蓮が私のチョコを食べている姿を見た人が気に食わなくてやっただけかもしれないし……」
「だったら余計沈黙を続ける必要がない!」
「それより、蓮が登校する前までにジャージを片付けなきゃね。また心配かけちゃうから」
「……もう! バカだよ、梓は」
再三に渡る嫌がらせ。
犯人はきっと私の心の痛みなんて知らぬまま何食わぬ顔で過ごしているだろう。
一度や二度では終わらない心の傷を一度たりとも考えた事があるのだろうか。
梓は鞄を机のフックにかけて墨汁臭いジャージを手に取った。
しかし、墨汁の香りが漂ってきた瞬間、心の中で何かが弾けた。
どうして私だけが惨めな想いをしなくちゃいけないのかな。
私だって蓮が傍に居なくて辛いのに。
原因不明ないじめに遭っても、我慢してるのに。
一人で戦い続けているのに。
一体どうして……。
梓はやりきれない気持ちになると、歯を食いしばってジャージを握りしめたまま教室を飛び出した。
「梓っ……」
すかさず異変に気付いた紬は、全速力で教室を飛び出して行く梓の後ろから血相を変えて追いかける。
引きとめようとして手を伸ばすが、梓との距離は離れていく一方。
「待って……梓っ……」
紬にはこれ以上迷惑をかけたくなかった。
だから、追いつかぬようにと振り返りもせずに走った。
3年間ずっと迷惑かけ続けてしまったけど……。
大切な親友だから。
紬が大好きだから。
嫌な思い出は出来るだけ記憶に残させたくないと思っていた。
いま私に起こっている残酷な出来事が、どうか紬の心に刻まれませんように……。
私は心の中で切実にそう願いながら、紬の前から姿を消した。
梓はめっきりひと気の少ない理科室前に向かう途中、廊下ですれ違いざまに大和と激しく衝突した。
ぶつかった衝撃で梓の軽い身体が宙へと吹っ飛ぶ。
バシッ…… ズサー……
「いてて……。ったく、誰だよ」
大和は尻もちをつき、腰を押さえながらぶつかってきた相手に目を向けると……。
そこには、床に両手と両膝をつけて倒れている梓の姿が。
乱れた髪で顔が隠れているので表情は伺えない。
「…………」
「……えっ、梓?」
大和はゆっくりと立ち上がりながら涙を拭っている梓を見ると、普段と違う様子に気付いた。
だが、梓は言葉を発する事なく立ち上がると、無言のまま理科室の方へ走って行った。
「梓! おい、待てよ。おい……」
大和は声で引きとめようとした直後、後ろから息を切らしながら走ってきた紬に気付いて、すれ違いざまに腕を掴んで引き止めた。
「紬……。梓に何があったの? 何か様子がおかしいけど」
「ハァッ……ハァッ……っ。大和くん……」
梓の様子がおかしいのは一目瞭然だったが、後を追ってきた紬の顔も涙でグシャグシャに。
大和は興奮している紬を一旦落ち着かせようと思って、ひと気の少ない四階の踊り場へ連れて行った。
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