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21.耳に伝わる体温
しおりを挟む――私は、バイトが終わって夜道を歩いていた。
暗闇に包まれている公園に、ベンチに座っている刈谷くんを見つける。
イチョウの落ち葉が足元でカサカサと揺れ、心をざわつかせる。
家の扉で彼にひどい言いかたをしたあの日から、話し合えていない。
時間はあったのに、話しかける勇気が出なかった――いつもみたいに。
でも、このままの状態が続くのは、自分も辛い。
「刈谷くん」
心臓をドキドキさせたまま、彼の元へ。
彼は気付くと、「あ、ミナ」と言って、少し元気がないような目で私を見つめた。
怒っていない様子に、ホッとする。
「バイト帰り?」
「うん。……家に、帰らないの?」
「少し、外の空気が吸いたくて」
ギクシャクした会話。
私のせい……だ。
「あ、あの……。この前は、嫌な想いをさせてしまってごめんなさい」
微妙な空気を長引かせるのが嫌で、頭を下げた。
「えっ」
「文字で謝るのは、なんか違うかなって。でも、謝るタイミングとか、よくわからなくて……」
ずっと謝ろうと思っていた。
でも、いざ本人を目にしたら、気持ちがついてこなくて――。
彼はプッと笑う。
「敬語、やめてくれたんだ」
言われて気付いた。
自分が思っている以上に、心が近づいていたことを。
「あ、うん……そうみたい。あはは、自分でも気づかなかった」
「壁を取っ払ってくれたみたいで嬉しい」
LINEの返事を返さなかったから、てっきり怒ってるかと。
でも、いつも通りの笑顔で答えてくれて、胸の奥が温かくなっていく。
「刈谷くんなら、心を許せるみたい」
「ミナ……」
言ったあとに言葉の重みに気づいた。
口元にサッと手を当てる。
私、なに言ってるの。
「いま変なこと言っちゃったよね。でっ、でも……刈谷くんは何でも話しやすいというか」
目が泳いだまま、頬を赤く染めた。
彼は「あははっ、ありがと」と笑う。
でも、どうしてこんな時間に公園へ?
そう言えば、以前、家に居場所がないって言ってたっけ。
なにが原因なんだろう……。
「それより、ずっとここにいたら風邪引いちゃうよ。良ければ、うち寄ってかない?」
「悪いよ。このまえも世話になったのに」
「実はさ、バイト先でコロッケ4つもらってきたんだ。一人じゃ全部食べ切れないから」
と言うのは嘘。
迷惑をかけたお詫びをしたかった。
「じゃあ、コンソメスープも飲みたい」
「コンソメ……スープ?」
「うん。体が冷えてきたから」
私はこくんと頷いて、彼と一緒にマンションへ向かった。
自宅でスープを作っていると、刈谷くんの電話が鳴った。
けれど、彼は無表情で画面を見つめているだけ。
「電話に出ないの?」
つい口を出してしまった。
もうかれこれ2分は経過している。
「出たくなくて」
部屋中に響き渡るメロディ。
電話をかけた相手は、その事実を知らない。
私はコンロから離れて彼の前に行った。
コンソメスープの香りに包まれたまま、両手で彼の耳を塞ぐ。
「これなら、聞こえないよ」
たぶん彼には聞こえないだろうと思って、口を大きく動かしてそう言い、ニコッと笑った。
着信拒否をする様子もなかった。
これが一番だろうと。
すると、彼は「ありがとう」と言って、私の耳を両手で塞いだ。
「じゃあ、ミナにも聞かせない」
「えっ」
スマホのメロディが鳴り響く室内で、互いの体温を耳で感じ合う。
こんなに近くで彼と顔を見つめ合うことがなかったから、胸の奥が少しくすぐったい。
「なっ、なにこれ~。二人でやると、結構恥ずかしいね」
誤魔化していないと、恥ずかしくてやってられない。
ごくりと息を呑む。
「え、なんて?」
「あっ……え、えっと……」
動揺を隠すように、目線を流した。
意識すればするほど、指先が冷たくなっていく。
すると、視界の隅で鍋の蓋がカタカタと揺れていた。
「あ! 鍋!」
鍋から泡を噴いて溢れるスープ。
ジュウジュウと五徳で音が立っている。
すかさず刈谷くんの耳から手を外して立ち上がった。
刈谷くんの手に引っかかって転び、腕枕状態に。
メガネが落ちた。
赤面している彼の顔が、私の瞳に映っている。
見つめ合う目と目は、視線が外せない――。
「ごっ! ごめんなさい!!」
座り直して膝に手を置いた。
彼も起き上がって、照れくさそうに頭をかく。
「アクシデント……だもんね」
「も、もちろん! ……えっと。火、消さないと!」
私は立ち上がって、コンロに駆け寄り、火を消した。
ふぅとため息を付くと、足音が近づく。
刈谷くんが後ろへ周って、私にメガネをかけた。
「忘れ物」
「えっ」
すぐ後ろの気配に、心臓がドキンと跳ねた。
「メガネないと、よく見えないでしょ」
「う、うん……。ありがとう」
こんな真っ赤な顔、見られたくない。
肩を縮こませて震えていると、背中に声が届いた。
「こっちこそ、ありがとう」
「えっ」
振り向くと、そこには穏やかな表情が待っていた。
「俺さ、ミナと一緒にいると、安心するみたい」
そんなことを言ってくれる人は初めてだった。
沸騰しているスープと同じように、胸が熱くなっていく。
でも、その正体を見つけてしまったら、少し臆病になるかもしれない――。
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