レイヴン戦記

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人生何が起こるかわかりません

立場と言う呪縛

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 ある意味戦場に赴くような心境であった、戦場に赴く前に家族に決意を告げるように、ユリアーヌスには事情を告げた、彼女は少し考えるようなそぶりをした後で努めて明るく送り出した。

「私の事は気にせず、なるべく大切にしてあげなさいね、おざなりにされるのは女として屈辱以外のなにものでもないんですからね」

 彼女の言葉を受けヒルデガルドの寝室を訪問し情事に及んだが、どことなく噛み合わなさを感じる結果に終わった。
 アルマのような不慣れというのとも違う違和感を感じたのだ『呼吸やタイミングがどことなくづれている』そんな感じであった、事が終わった後も静かに背を向けて寝ようとする彼女からははっきりと拒絶さえ感じられた『何が気に入らないんだよ!』と、かなり腹立たしい想いを持ったが、さすがに言えるわけもなくテオドールも彼女に背を向けて眠ることになり『どう考えてもユリアーヌスやアルマの方がいい』と思わずにはいられなかった。
 事が済み背を向けて目をつぶると彼女は小さく安堵の息を吐いた、ラファエルと何度か同衾したこともあり、男女の営みについては分っていたが、望まぬ相手との性交渉がここまで精神的苦痛を伴う物とは想像していなかった、事が終わった後は部屋から出て行き、別のベットで眠りたいとさえ思っていた。彼女がテオドールにここまでの拒否感を持つに至った原因はテオドールにも責任の一端はあった、村に到着してから、ユリアーヌスと同衾し、アルマの部屋を何度も訪問しているにもかかわらず、自分には一回も手を出そうとしないその態度は彼女のプライドを大きく傷つけた、当初はユリアーヌスより自分の方に夢中にさせて見せると息巻いていたが、長らく放置されるうちに情熱も冷め切ってしまっていたのだ、とは言っても女性経験はユリアーヌスとアルマのみ、貴族女性の考え方など知る由もなかったテオドールにはそれを理解し、最適解を導き出すなど不可能に近い事であった。
 ヒルデガルドは背中に感じるテオドールの気配をなるべく意識しないようにしながら、この一回で妊娠していることを強く望まずにはいられなかった。

 まだ薄暗いうちに人の気配で目を覚ますと、隣にテオドールが居た、一瞬ビクッとしたが、昨晩同衾した事実をすぐに思い出し冷静さをとりもどした。

「ああ、起こしてしまいましたか、すいません」

 彼は彼女が目を覚ましたのを確認すると、謝意を表明した、目を覚ましたのはいいがユリアーヌスやアルマのするように起き掛けに朝から手を出す気にもなれず、ベットから抜け出そうとしたところで目を覚まされてしまった形になったのだ。
 ただ、その態度も彼女には不愉快なものであった、謝意など示すことなく堂々としていればいいのに、どことなく卑屈な態度に映るが故により不快に感じるのであった。ただ黙っていても問題は悪化するのみであることは理解できていたので、意を決して話しかけた。

「少しよろしいでしょうか?」

 一刻も早く部屋から離れたいと思っていた彼にしてみれば、この申し出は歓迎するものではなかったが、断ることもできず、それに応じると彼女は衣服を整えながら小さなテーブルにへと向かった、この時、薄明りの中で乱れた着衣を直す彼女の姿に昨晩不完全燃焼気味に事を終えた彼はドキッとして思わず目をそらしてしまった。彼女が着席すると、彼もその対面に着席し彼女の言葉を待った。

「昨晩はご訪問ありがとうございました」

 彼女から謝意を告げられるとはまったく思っていなかったので面食らい返答ができないでいると、彼女は続けた。

「不慣れ故にご満足いただけなかったとは思いますが、今後も時々ご来訪いただければ幸いです。できうる限りご要望にはお答えいたします」

 拒否できる術もなく彼は小声で「はい」と返事をするのが精いっぱいであった、

「ありがとうございます」

 以前のお茶会で思い付いた策はあったが、まだ時期尚早であり、子供さえできればその策は盤石なものとなる、それまでの辛抱だと決意をした彼女の前ではテオドールは完全に押し負けてしまっていた。



 判定負けを喰らった気分だった、苦手意識は持っていたがそれが昨晩の一件でより鮮明になった、朝食の席においても態度の変化は明白で、ヒルデガルドに対して以前以上にぎこちない態度になっていた、この変化はヒルデガルドの寝室に行くように仕向けたエレーナも感じとったが、それ以上の深入りをするべきか否か判断に迷い行動には移せなかった。

「え~、では、反省会を始めたいと思います」

 昨晩の大まかな状況を聞いた、ユリアーヌスの発言であったが、声のトーンはそこまで深刻なものではなく、少しふざけたノリさえ含まれていた、ヒルデガルドとの仲がうまくいかなかった事実が領主夫人としての立場ではあまりよろしくないとは思っていても、乙女的な思考ではどうしても嬉しく感じてしまっているからである。

「先生~、何が悪かったんでしょうか?」

 周りに誰もいない二人だけの寝室なので、テオドールもその空気を感じ取り悪ノリで応じる。

「下手だったんじゃないの?」

 クスクスと笑いながら言う彼女の言葉に若干引きつったような顔で完全にフリーズしてしまった。

「まぁ、半分冗談よ、私には対比対象がいないしね」

「半分?」

 彼は『半分』という点が引っ掛かった、逆に考えるなら『半分は真実』という事になるのだから、怪訝な彼に彼女は続ける。

「私には対比対象がいないけど、彼女にはいたんでしょ」

「ああ・・・、そういう事か」

「実際に最初から対応が冷たく感じたのなら、彼女の考えはほぼ読めるわね。端的に言うと貴族としての務めを義務的に果たす事にしたのでしょうね」

「『子を産む』って事かな?」

「そうね・・・」

 ユリアーヌスは決してヒルデガルドの事が好きではなかったが、意地を張り今よりもかなりマシな選択肢もあったであろうに、このような状況に自分を追い込んだ彼女に少し同情的な思いを抱いた、少しのボタンの掛け違えで、ここまで歪な関係へと変貌してしまう、宮廷内部での見聞でもっとドロドロとした話は聞いた事があったが、当事者の一人となってみると、空恐ろしさも感じていた。最初の緩んだ空気もどこへやら、若干沈んだ空気がその場を支配していた。

「とりあえずは、彼女をそれなりに優先してあげた方がいいかもね、追い込むのもよくないでしょうしね」

「う~ん・・・そうだね」

 彼は正直あまり行きたくなかった、精神的に拒絶しているかのような相手と無味乾燥とした情事にあまり魅力を感じることもなく、ユリアーヌやアルマとの逢瀬に時間を割く方がどれだけいいことかと思ってしまっていたからである、だがユリアーヌもそんな彼の心情を察して釘を刺す。

「前にも言ったけど、おざなりにするのはおよしなさいね、女としてこれほどの屈辱はないんだから、あなたの言いたい気持ちもわかるわ『いかにも、イヤイヤな態度で接してきたのはあいつだ!』っていいたいんじゃない?」

 ずばり、心情を言い当てられて絶句した後「うん」とうなずくと、その返答を待って彼女は続ける。

「それでもよ、あなたまで義務的に行動したら修復の可能性を自分から捨てるようなものよ、現状を客観的に判断するなら、伯爵令嬢との関係が壊滅的というのはいただけないわ、修復できるなら修復した方が絶対的にいいですからね」

「なんか、領主になってから悩ましい問題はほとんど女性関連ってのがねぇ・・・」

 ため息をつき呟く彼の言葉に、ユリアーヌスは吹き出しなが返す。

「幸せな事じゃない!だいたい余所の諸侯なんてもっときつい問題抱えてるとこばっかりよ、『領地紛争』『税収調整』『領内人事』『境界裁定』『労役依頼』、数え上げればきりがないくらいよ、中央に近かったり最前線付近だったり、領地が広大だったりすればより問題が大きく重いですからね、ここなど穏やかな方よ」

「たしかに伯爵領とか侯爵領とかになると、さすがに何をどうしていいのか見当もつかないなぁ・・・って言ってもここは最前線じゃないの?隣国が攻めてきたのを三度撃退したって話だし」

「ああ、有名な英雄譚よね、でも問題ないんじゃない?二度は隣の伯爵領で三度目はこの村だったけど、それも20年位前になるんだったかしら?その三度の遠征で総大将だった当時の王太子は無能の烙印を押されて失脚、継承権を剥奪されて廃太子となり、それ以後遠征騒ぎも起きていないし、今更手出しはしてこないんじゃないかしらね?」

「伯爵領の方がまだ可能性が高いと見ているのかな?」

「でしょうね、いくつも山を越えてこの村を襲撃するなんて、リスクに見合うだけのメリットが全然釣り合わないでしょうからね、最後の遠征なんて私怨以外の何物でもなかったって言われているしね」

「まぁ、二度に渡って生け捕りにされれば恨みに思うのも分からないではないんだけどね」

 その彼の発言を受けてユリアーヌスは少し小首を傾げるようなしぐさをすると、訂正を開始した。

「それはたぶん違うわよ」

「え?」

「敵の王太子だったエンゲルベルトは私怨ではなくそうせざるを得なくなっていたのよ」

「え?だってさっき『私怨以外の何物でもない』って言ってたじゃない」

「世間ではそう言われているってね」

「実際は違うの?」

「憶測だけどね、もし二度に渡って大軍を率いながら生け捕りにされるなんてヘマをしたら当然のように失脚ね、はっきりと挽回して見せるしかなかったんでしょうね。しかし、挽回しようにもそんな無能な指揮官の指揮下で戦いたいと思う諸侯はまずいないわ、兵力の集まりが芳しくなく、とてもじゃないけど数が物を言う平野戦では厳しい、そこでこの村をターゲットにしたんでしょうね。もちろん憎しみもあったでしょうけどね」

「戦って勝つしか活路がなかったってことか・・・王族ってのも厳しいんだねえ・・・」

「まぁ、そういう事ね、だから今私はその身分から離れてけっこう幸せにやっているのよ」

 そう言って微笑むユリアーヌスの言葉は本心からもものであった、しかし、その王族、王太子としての地位に固執し続けた男の執念がまだ死んでいなかったことを、彼女は知らなかった。


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