レイヴン戦記

一弧

文字の大きさ
42 / 139
番外編

若きテオドールの悩み

しおりを挟む
 ユリアーヌスやヒルデガルドから貴族社会の事を色々と聞くと彼には色々な疑問が沸いてきていた。
 正直この先も厄介な問題が色々沸いてくることは目に見えているが、胃が痛くなりそうなので、なるべく考えないようにしていた。
 しかし、好奇心や自分の身にダイレクトに係わる事はどうしても聞きたいと言う欲求が恐怖心を上回った。

「あのさ、ちょっと質問いいかな?」

 二人きりの寝室で意を決したようにユリアーヌスに尋ねてみる、気楽な調子で了承の返事を貰うと持論を展開してみた。

「王族や貴族に自由がないってのはなんとなく分かったんだよ、たださ、例えば男娼みたいなのと田舎の領地を捨扶持に貰って若隠居を決め込むって手もあったんじゃないのかと思ったんだよ」

 その説明でユリアーヌスはテオドールの言いたい意図をだいたい見抜く事ができた、女を楽しませる事が専門の男娼であれば、自分より見栄えもいいだろうし、当然その条件であれば反乱を起こす力もない、全ての条件に当てはまるのではないだろうか?そんな所から出た質問であり、なんだかんだで容姿にコンプレックスを持つが故の自信のなさの表れであるように感じられた。
 ユリアーヌスとしてもたしかにお世辞にも容姿のいいとは言えないどころか、貧相と表現するのが的確なテオドールの容姿を褒め称えれば明らかな嘘になり、そんな嘘を信じ込めるほど単純な人間ではない事はよく分かっていた。ここは正直に言う事が一番効果的であろうとの判断から、話を始めた。

「そうすると、名目上はフリーってことになるわよね?そこの領地に私を担ぎ上げようとする貴族がやって来て、賄賂がわりに容姿のいい男娼や芸人を盛んに勧めて来るでしょうね、私がそんなに色狂いに見える?」

 『けっこう激しい方だよね?』言ってみたかったが、流石に言えなかった、完全に納得できたわけではないが、フリーな状態にする事は他とのいらない接触を招くことになりかねないが、陸の孤島とも言えるこんな山の中までわざわざ謀議のために来るとすれば非常に目に着きやすいかもしれない、街道の要所であれば言い訳も出来るかもしれないが、この村を訪れるのはこの村に用がある者に限られるのは明らかなのだから。

「なに?私に飽きて男娼にでも押し付けてヒルデガルドとよろしくやってくつもり?」

 慌てて大いに否定するが、態度で示せと言われて明け方近くまで搾り取られる形となった、新婚当初は体力のある若いテオドールが圧倒するケースが多かったが、段々とツボを心得てきたユリアーヌスに押し負ける事が多くなってきていた。
 『色狂いって言われても否定できないのではないだろうか?』そんな事を考えたが、当然怖くて言えなかった。

 ユリアーヌスにも言い分はあった、王宮のユリアーヌスを見る目は二つだけであり、厄介な存在として距離を置こうとする者か、取り入ろうとする者かの二種類に限られた、そんな中でテオドールもやはり距離を置こうとする者であった、これについてはどうしても仕方のない事と諦めていた、取り入ろうと近づく者は論外であり、排除せねば国を割りかねない、距離を置こうとする者の方がむしろ正解なのであるから。
 テオドールは愛の言葉を囁きかけるような、そんな気の利いたことは絶対にできないタイプである、しかし閨で情熱的に自分を求めてきて、終わったあとでも物欲しそうにさらに求めてくる態度は絶対に歓心を買うための芝居ではないと確信できた。
 本心、真心、本能、本質、言い方によって受け取り方は大きく異なるが、王宮内では極めて接する機会のない感情であり、分りずらい感情であった、その点テオドールは王宮の狐や貉に比べれば非常に分りやすい生き物だった『安心できる場所』それがユリアーヌスの辿り着いた結論だった。



 軽く一杯やりながら楽しそうに鼻歌を歌っている目の前の女性を見ると『見た目は美少女中身はおっさん』等と言う言葉が自然と浮かんできてしまう。
 まぁ仮面を被ったまま、ほぼ無表情で会話がほとんどない状態が続いた事に比べれば今の状況は非常に望ましい事ではあるのだが、その落差はあまりにも激しすぎるのではないだろうか?そんな事がどうしても頭を過る。
 しかし、たしかに美人である、ユリアーヌスも美しいがヒルデガルドの美しさに比べればどうしても見劣りしてしまう、昔の境遇でこんな美人を妻に迎える事が出来るなら、たぶん靴の裏を舐めてでも妻に迎えたいと思ったかもしれない。
 しかし美人であればあるほど自分の劣等感を刺激するのも事実であった、並べば頭一つ分低く、絶対に令嬢と従者にしか見えない事は自分が一番よく自覚していた。

「ねぇ、ご機嫌そうだけど、本当に幸せなの?」

「ん?」

 鼻歌が止み、若干不機嫌そうな反応を返す、質問の意味がどうとでも取れる意味であり、どこにフォーカスしての質問なのか分らなかった、しかし愉快な質問ではない事だけは瞬時に理解した。

「何について質問しているの?きちんと説明して」

 尋問のようであった、こうなったらはぐらかす事は絶対にできない事を知っているだけにきちんと説明した。

「ヒルデガルドだったら正直もっといい条件の嫁ぎ先はいくらでもあった気がするんだよ、意地になってここを選んだような気がしてるから、本当に幸せなのかな?ってどうしても気になってね」

 ストレートに質問をぶつけられ、率直に考えると現在の生活は楽しいと思えた、無理をして笑っているつもりはない、目の前の貧相な青年はまぁ外見はともかく許し難いようなタイプの人間ではない。しかし回答以上にその質問の真意は別の所にある事をほぼ見抜いた、劣等感から自分はふさわしい人間ではなく、無理をさせているのではないだろうか?そんな事を考えたのかもしれないと。

「逆に聞くけど最高の条件の結婚ってどんな相手だと思ってる?」

 少し考えるも答えは出なかった、王様と以前なら答えたかもしれないが、それが真の幸せとは言い難い事はなんとなく分かって来た、ラファエルと答えれば本気で殴られる気がする、無理な事は分かっているのだし、そんな事は神様でなくてはできないことである。

「そういわれると分からないけど、どんなのが最高だと思うの?」

「ん?決まってるじゃない、この世界の全てを我が物とする帝王で容姿端麗、眉目秀麗、文武両道、非の打ちどころのない完璧超人ね、あ、ついでにババァと浮気しない男ね」

 聞いて呆然としてしまうと同時に考えてしまった、本気なのだろうか?冗談なのだろうか?と。

「そんなのいるわけないでしょ、それに実際にそんなところに嫁いだら退屈でしょうね。ユリアーヌスに何か言えば言い返してくるけど、アルマに強く言えば、たとえそれが言いがかりでも平身低頭謝って来るでしょ?殴り合う相手がいないのも退屈でしょうからね」

 確かにユリアーヌスと下らない言い争いをしている姿は生き生きとしているように見える、まぁ幸せならいいのかもしれない、そんな事を考えているとまたとんでもない事を言い出した。

「なに?満足させられてないとでも思ってたの?たしかにちょっと不満よね、一度でいいから『もう勘弁して』って言うくらい満足させてくれないかなぁ」

 ひどく落ち込んでしまう、ラファエルはそんなに強かったのだろうか?というよりもしかしたら、同じように彼女に振り回されてアタフタとしていたのではないだろうか?たしかに村で見かけた時も常にヒルデガルドが先頭を行きラファエルが後を従者のように付き従っているように見えた気もしてきた、当時は婚約者の自由を許す優しい男と写ったが、もしかしたら相当振り回されていたのかもしれない。

「というわけで朝までがんばってみましょうか!」

 自分より頭一つ大きいヒルデガルドに引きづられるようにベットに入るが、まぁこの状況を世の男達が見たら羨むのだろうか?それともご愁傷様とでも言うのだろうか?まぁ不幸ではないだろうと、がんばれるだけがんばってみる事とした。

 彼女にも本当の幸せなどというものは分からなかった、自信に満ち溢れているようでいて、幼い頃からの婚約者であり最大の友人であるラファエルが死んだときなど世界がどうなってもいいと思い泣き叫んだほどであった、今テオドールに抱かれていてもどこかに小さな罪悪感を感じる部分がある、だからこそ酒気を入れてからではないと、ふとしたはずみでその感情が漏れだしそうになるのである。
 しかし、それはどんな名家に嫁いだとしても変わる事はないと思われた、少なくともここには思い出を共有できる人間がおり、思い出があちこちに散らばっていた、思い出すのが辛くないわけではないが、その思い出を全て他人に奪われるのだけは死んでも嫌だと言う思いは絶対に変わる事はないと思われた。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~

スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」  悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!? 「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」  やかましぃやぁ。  ※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

処理中です...