レイヴン戦記

一弧

文字の大きさ
53 / 139
鴉の旗

解放

しおりを挟む
 ブラゼ村の包囲は完全に終わっていた、しかしオルトヴィーンの顔にはまったく達成感も喜びもなく、不安感が漂うのみであった、側にいるテオドール、ヒルデガルドにしても同じことが言えた。
 重苦しい雰囲気を払拭するようにテオドールが言う。

「カイ、頼めるか?」

 傍らに控えていたカイが「御意」と答えると、騎乗し鴉旗と白旗を持って前に出る、さすがに使者として来た者を撃つことはしないだろうと分かっていても当の本人も傍で見ている方もいい気分はしなかった、ある程度近づいたところで、カイは大声で内部に呼びかける。

「我はキルマイヤー家が従士長カイ、使者として参った、開門せずともよいのでそのまま聞くがいい!」

 老齢ではあるが幾たびも戦場を生き残ったその声はよく通るものであった。

「卿らの奮戦まずはお見事!されど謀はすべて露見しておる!」

 中の様子をうかがい知ることはできないが、予想がすべて当たっているならば、次の一手でかなりの効果を産むと予想できた。

「卿らの大将は今頃アルメ村を攻略していることであろう!何故それを知り得たか分るか?」

 櫓の上からいざという時に備え狙撃を狙っていたであろう人物が狙いを外し、下にいる人物を伺うような様子を示しているように遠目には見えた。

「卿ら死兵を残し、本体は分散の上アルメ村攻略にむかう策はすでに現当主により見透かされておる!」

 次が決定打にならずハズレだとすると、どうしたものであろうか、テオドールがそんな事を考えている中で、カイの言葉は続く。

「家を継げぬ子や孫のため死兵となる覚悟お見事、降伏するならば生け捕った子や孫を解放する事を約束しよう!」

 どう出る?見当はずれだったのだろうか?そんなテオドールの考えを余所にさらにカイの言葉は続く。

「アルメ村を制圧、その後でフリートヘルム様、ユリアーヌス様の身柄と引き換えに多額の身代金を得ようと言う試み、もはや叶わぬ夢ぞ!」 

 その時門が開くと非武装の老人が一人出てきた、かなりの高齢ではあるが、背筋の張った立ち居振る舞いから貴族階級もしくはそれに準じる家柄の出身であることがうかがえた。
 その人物は馬から降りたカイと何やら話すと、そのまま並行して陣地へと向かってきた、その様子を見ながら、テオドールは「当たりか」と呟いた。

 陣幕の中に通されたその老人は拘束されることもなく、簡易式のテーブルを挟みオルトヴィーンと対峙していた、オルトヴィーンの横にはテオドールがそのさらに横にはヒルデガルドが控えていた、

「オルトヴィーン・フォン・メルボルトと申します、貴公の姓名をお聞きしてもよろしいかな?」

 オルトヴィーンからの申し出に対し、老人からの返答は予想の範疇ではあるが失礼なものであった。

「丁寧な挨拶いたみいります、されど姓名は捨て申した、ご容赦願いたい」

 沈黙がその場を支配したが、意を決したように老人が話し出す。

「どこまで気付いておりますか?」

 その発言を聞くと、オルトヴィーンは「ふむ」と小さく呟きテオドールに視線を投げかけた。

「伯爵の息子を人質にとり、鴉旗を掲げる事でアルメ村から主力をおびき出し、空の村を陥落させる、その上でフリートヘルム様、ユリアーヌスの両名の身柄と引き換えに身代金を得るそんなとこではないんですか?」

 フーっと息を吐き老人は語る。

「流石ですな」

 ただ、そんな事はなんの解決にもなっていないので、テオドールは言う。

「降伏はしてはいただけませんか?安全の保障と捕虜が出ていた場合、それも解放しますよ?」

 その質問に回答するわけでもなく老人は質問する。

「アルメ村の戦況はどうなっていますかな?」

「分かるわけないじゃないですか、神様でもあるまいし」

「不安ですか?」

 老人の平静な声で発せられた質問に、怒りが湧いてきたがそれでも努めて平静に返した。

「ええ、不安ですね、当初は家を継げない者達が安住の地を求めての分の悪い事を承知での賭け、と見ていたのですが、死兵の老人を見て気付いたんですよ、家を継げない不憫な子や孫に隠居老人が手を貸している、そうなれば村に襲撃をかける兵力も当初の予想よりかなり多そうだ、という事にね」

「流石ですな、それでも今からでは手の打ちようがないわけですな」

 その挑発じみた言い分に微妙に切れかけた時に、ヒルデガルドが横から口を挟んできた。

「何言ってんのよ、それに気づいたのは私でしょ?街道封鎖をしてたのが老兵しかいなくて混乱してたのを、私が子や孫のために従軍した隠居老人じゃないの?って言ったんじゃない」

 彼女はクスクスと笑いながらからかうようにテオドールに話しかけた、小声で「まぁそうなんだけど」と言う声からは怒りの色は消え、幾分冷静さを取り戻していた。
 彼女はテオドールが落ち着いたのを見ると、老人の方を向き、挑発的に言い出した。

「ねえ、取引をしない?」

「取引ですか?」

 戦場に女がいる事自体不自然に感じていたが、取引などと言い出されて完全に虚を突かれた。

「そっ、分かってるんでしょ?どっちにしろあなた達は破滅しかないって、だから今フリートヘルムを解放すれば身許を洗うような事はしないであげるわよ、じゃなきゃ死体を晒して身許を洗い出して、徹底的に報復に出るわよ」

 若干不機嫌そうに眉間に皺をよせ、不快な顔をしながら老人はまだ余裕ありげに反論する。

「まぁそうなりましたら致し方ありませんな、身許が判明するかどうか賭けに出るのもよいかと、私は地獄の底でフリートヘルム様と高みの見物をさせていただきますよ」

「そっ、じゃあお引き取りを」

 完全に虚を突かれた、フリートヘルムを殺すぞと言っているのに全く意に介す事無く瞬時に合意不成立を宣言して来た。
 絶対にハッタリであると思ったが、オルトヴィーンとテオドールの様子を見るとあきらかにオロオロとした態度をとっていた、まるでどうしていいか分からない子供のようにすら見えた。

「ハッタリならもう少しうまくやる事ですな、オルトヴィーン伯爵には男子はフリートヘルムしかおらず、傍系に継がせたくないのは分り切っておりますぞ」

 それを聞くと腕を組み顎を若干そらせ、鼻で笑いながら反論する。

「でしょうね、でもそんなの私には関係ないわ、私の産んだ子が伯爵領を継げばいいわけだし、そういった意味じゃあなた達が始末してくれれば後腐れがなくていいくらいよね」

 黙ってしまう老人にさらに続けた。

「次男、三男にとって長男なんて邪魔な存在よね、それをサクッと始末してくれるんだから御礼を言いたいくらいだわ、そういえばあなたの言葉アルフェンあたりの特徴があるわよね」

 その発言を受け老人は憎々しげにしていたが、小娘にいいように言われっぱなしでいるのはどうしても我慢ならず反撃にでた。

「最初の解放しろという要求と矛盾しているように感じますな、ハッタリや駆け引きはもう少し大人になってからやった方がよろしですよ、お嬢ちゃん」

「いいのよこれで、私は解放を要求した、精一杯解放してくれるように涙ながらに頼んだの、それでも聞き入れられず兄は処刑された、憎い敵を八つ裂きにしてその祖国にはきっちり賠償を要求する、っていい大義名分ができるじゃない、最初からどうぞ殺してくださいなんて言ったら外聞が悪いでしょ」

 『泣いてねぇだろ!』一同はそう思ったが、彼女の独断場と化した交渉の席に口を挟む事は出来なかった。彼女の勢いは止まらなかった。

「お父様、アルフェンと行き来する出入りの商人もいましたよね?村を攻めている指揮官や身分のよさそうな人物の死体を見せれば知っている人物も出てくるかもしれませんねぇ」

 彼女が言葉を発するたびに老人が唇を噛み顔を歪めていく。

「村に与えた損害はきっちり身許を割り出して請求しないと困りますよね、あなた♡」

 同意を求めるてテオドールに向けられた笑顔がたまらなく怖かった、生涯この女だけは敵に回したくないと心底思いながら小声で「そうだね」と答えるのが精いっぱいであった。

「王姉であるユリアーヌス様に刃を向けたんだから家から絶縁してあるとか言っても無駄よね、国際問題に発展させて戦争も辞さないって構えたらどうなるでしょうねぇ?」

「もういい」

 老人の小声での返答をあえて無視してヒルデガルドは続ける、

「まぁ実家の取り潰しくらいで済めば御の字なんじゃないかしらね、次男坊や三男坊のやらかしでけっこうな名家がボロボロ潰れる、見ものねぇ、あなたもそう思わない?」

「もういいと言っているんだ!」

 たまらず老人が声を荒げる、その荒げた声を受けこれまでになくヒルデガルドは冷たく言い放つ。

「フリートヘルムを即時解放しなさい、そうすればあなた達は解放して、死体は身許の詮索はしないであげるわ」

 彼女のその言葉に老人はうなだれる他なかった、一連のやり取りを固唾をのんで見守ったテオドールとオルトヴィーンは目で語り合っていた、『怖いんですけど』『返品不可って事で』と。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~

スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」  悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!? 「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」  やかましぃやぁ。  ※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...