レイヴン戦記

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鴉の旗

解放

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 ブラゼ村の包囲は完全に終わっていた、しかしオルトヴィーンの顔にはまったく達成感も喜びもなく、不安感が漂うのみであった、側にいるテオドール、ヒルデガルドにしても同じことが言えた。
 重苦しい雰囲気を払拭するようにテオドールが言う。

「カイ、頼めるか?」

 傍らに控えていたカイが「御意」と答えると、騎乗し鴉旗と白旗を持って前に出る、さすがに使者として来た者を撃つことはしないだろうと分かっていても当の本人も傍で見ている方もいい気分はしなかった、ある程度近づいたところで、カイは大声で内部に呼びかける。

「我はキルマイヤー家が従士長カイ、使者として参った、開門せずともよいのでそのまま聞くがいい!」

 老齢ではあるが幾たびも戦場を生き残ったその声はよく通るものであった。

「卿らの奮戦まずはお見事!されど謀はすべて露見しておる!」

 中の様子をうかがい知ることはできないが、予想がすべて当たっているならば、次の一手でかなりの効果を産むと予想できた。

「卿らの大将は今頃アルメ村を攻略していることであろう!何故それを知り得たか分るか?」

 櫓の上からいざという時に備え狙撃を狙っていたであろう人物が狙いを外し、下にいる人物を伺うような様子を示しているように遠目には見えた。

「卿ら死兵を残し、本体は分散の上アルメ村攻略にむかう策はすでに現当主により見透かされておる!」

 次が決定打にならずハズレだとすると、どうしたものであろうか、テオドールがそんな事を考えている中で、カイの言葉は続く。

「家を継げぬ子や孫のため死兵となる覚悟お見事、降伏するならば生け捕った子や孫を解放する事を約束しよう!」

 どう出る?見当はずれだったのだろうか?そんなテオドールの考えを余所にさらにカイの言葉は続く。

「アルメ村を制圧、その後でフリートヘルム様、ユリアーヌス様の身柄と引き換えに多額の身代金を得ようと言う試み、もはや叶わぬ夢ぞ!」 

 その時門が開くと非武装の老人が一人出てきた、かなりの高齢ではあるが、背筋の張った立ち居振る舞いから貴族階級もしくはそれに準じる家柄の出身であることがうかがえた。
 その人物は馬から降りたカイと何やら話すと、そのまま並行して陣地へと向かってきた、その様子を見ながら、テオドールは「当たりか」と呟いた。

 陣幕の中に通されたその老人は拘束されることもなく、簡易式のテーブルを挟みオルトヴィーンと対峙していた、オルトヴィーンの横にはテオドールがそのさらに横にはヒルデガルドが控えていた、

「オルトヴィーン・フォン・メルボルトと申します、貴公の姓名をお聞きしてもよろしいかな?」

 オルトヴィーンからの申し出に対し、老人からの返答は予想の範疇ではあるが失礼なものであった。

「丁寧な挨拶いたみいります、されど姓名は捨て申した、ご容赦願いたい」

 沈黙がその場を支配したが、意を決したように老人が話し出す。

「どこまで気付いておりますか?」

 その発言を聞くと、オルトヴィーンは「ふむ」と小さく呟きテオドールに視線を投げかけた。

「伯爵の息子を人質にとり、鴉旗を掲げる事でアルメ村から主力をおびき出し、空の村を陥落させる、その上でフリートヘルム様、ユリアーヌスの両名の身柄と引き換えに身代金を得るそんなとこではないんですか?」

 フーっと息を吐き老人は語る。

「流石ですな」

 ただ、そんな事はなんの解決にもなっていないので、テオドールは言う。

「降伏はしてはいただけませんか?安全の保障と捕虜が出ていた場合、それも解放しますよ?」

 その質問に回答するわけでもなく老人は質問する。

「アルメ村の戦況はどうなっていますかな?」

「分かるわけないじゃないですか、神様でもあるまいし」

「不安ですか?」

 老人の平静な声で発せられた質問に、怒りが湧いてきたがそれでも努めて平静に返した。

「ええ、不安ですね、当初は家を継げない者達が安住の地を求めての分の悪い事を承知での賭け、と見ていたのですが、死兵の老人を見て気付いたんですよ、家を継げない不憫な子や孫に隠居老人が手を貸している、そうなれば村に襲撃をかける兵力も当初の予想よりかなり多そうだ、という事にね」

「流石ですな、それでも今からでは手の打ちようがないわけですな」

 その挑発じみた言い分に微妙に切れかけた時に、ヒルデガルドが横から口を挟んできた。

「何言ってんのよ、それに気づいたのは私でしょ?街道封鎖をしてたのが老兵しかいなくて混乱してたのを、私が子や孫のために従軍した隠居老人じゃないの?って言ったんじゃない」

 彼女はクスクスと笑いながらからかうようにテオドールに話しかけた、小声で「まぁそうなんだけど」と言う声からは怒りの色は消え、幾分冷静さを取り戻していた。
 彼女はテオドールが落ち着いたのを見ると、老人の方を向き、挑発的に言い出した。

「ねえ、取引をしない?」

「取引ですか?」

 戦場に女がいる事自体不自然に感じていたが、取引などと言い出されて完全に虚を突かれた。

「そっ、分かってるんでしょ?どっちにしろあなた達は破滅しかないって、だから今フリートヘルムを解放すれば身許を洗うような事はしないであげるわよ、じゃなきゃ死体を晒して身許を洗い出して、徹底的に報復に出るわよ」

 若干不機嫌そうに眉間に皺をよせ、不快な顔をしながら老人はまだ余裕ありげに反論する。

「まぁそうなりましたら致し方ありませんな、身許が判明するかどうか賭けに出るのもよいかと、私は地獄の底でフリートヘルム様と高みの見物をさせていただきますよ」

「そっ、じゃあお引き取りを」

 完全に虚を突かれた、フリートヘルムを殺すぞと言っているのに全く意に介す事無く瞬時に合意不成立を宣言して来た。
 絶対にハッタリであると思ったが、オルトヴィーンとテオドールの様子を見るとあきらかにオロオロとした態度をとっていた、まるでどうしていいか分からない子供のようにすら見えた。

「ハッタリならもう少しうまくやる事ですな、オルトヴィーン伯爵には男子はフリートヘルムしかおらず、傍系に継がせたくないのは分り切っておりますぞ」

 それを聞くと腕を組み顎を若干そらせ、鼻で笑いながら反論する。

「でしょうね、でもそんなの私には関係ないわ、私の産んだ子が伯爵領を継げばいいわけだし、そういった意味じゃあなた達が始末してくれれば後腐れがなくていいくらいよね」

 黙ってしまう老人にさらに続けた。

「次男、三男にとって長男なんて邪魔な存在よね、それをサクッと始末してくれるんだから御礼を言いたいくらいだわ、そういえばあなたの言葉アルフェンあたりの特徴があるわよね」

 その発言を受け老人は憎々しげにしていたが、小娘にいいように言われっぱなしでいるのはどうしても我慢ならず反撃にでた。

「最初の解放しろという要求と矛盾しているように感じますな、ハッタリや駆け引きはもう少し大人になってからやった方がよろしですよ、お嬢ちゃん」

「いいのよこれで、私は解放を要求した、精一杯解放してくれるように涙ながらに頼んだの、それでも聞き入れられず兄は処刑された、憎い敵を八つ裂きにしてその祖国にはきっちり賠償を要求する、っていい大義名分ができるじゃない、最初からどうぞ殺してくださいなんて言ったら外聞が悪いでしょ」

 『泣いてねぇだろ!』一同はそう思ったが、彼女の独断場と化した交渉の席に口を挟む事は出来なかった。彼女の勢いは止まらなかった。

「お父様、アルフェンと行き来する出入りの商人もいましたよね?村を攻めている指揮官や身分のよさそうな人物の死体を見せれば知っている人物も出てくるかもしれませんねぇ」

 彼女が言葉を発するたびに老人が唇を噛み顔を歪めていく。

「村に与えた損害はきっちり身許を割り出して請求しないと困りますよね、あなた♡」

 同意を求めるてテオドールに向けられた笑顔がたまらなく怖かった、生涯この女だけは敵に回したくないと心底思いながら小声で「そうだね」と答えるのが精いっぱいであった。

「王姉であるユリアーヌス様に刃を向けたんだから家から絶縁してあるとか言っても無駄よね、国際問題に発展させて戦争も辞さないって構えたらどうなるでしょうねぇ?」

「もういい」

 老人の小声での返答をあえて無視してヒルデガルドは続ける、

「まぁ実家の取り潰しくらいで済めば御の字なんじゃないかしらね、次男坊や三男坊のやらかしでけっこうな名家がボロボロ潰れる、見ものねぇ、あなたもそう思わない?」

「もういいと言っているんだ!」

 たまらず老人が声を荒げる、その荒げた声を受けこれまでになくヒルデガルドは冷たく言い放つ。

「フリートヘルムを即時解放しなさい、そうすればあなた達は解放して、死体は身許の詮索はしないであげるわ」

 彼女のその言葉に老人はうなだれる他なかった、一連のやり取りを固唾をのんで見守ったテオドールとオルトヴィーンは目で語り合っていた、『怖いんですけど』『返品不可って事で』と。

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