レイヴン戦記

一弧

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鴉の旗

出産

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 産声が鳴り響いた、それは勝利を告げるファンファーレのように室内に響き渡った、エレーナは目配せをすると、ゲルトラウデは心得たとばかりにテオドールを呼びに行った。

「次は私の番ね」

 ユリアーヌスは気丈に言ったが、内心は不安との戦いだった、それでもアルマの出産を間近で見る事によって気分は若干和らいでいた、理由はアルマの出産が初産とは思えないほどの安産であり、わりと呆気なく産まれた事に起因していた、何人も子供を取り上げてきた村の産婆が驚くほどの安産であった。

「ああ、皆さんお疲れ様です」

 照れくさい感情をごまかすためか、少し場違いなセリフを言いながらテオドールが入ってくると場は少し苦笑いのようなものが起きたが、みな第一子の誕生を喜んでいた。
 産湯で洗われ、布に巻かれアルマの横に寝かせられた我が子を見ると実感のようなものもわいてきたが、これが又から出てきたのか、などと考えると女体の神秘について考え込んでしまいそうになっていた。

「子供に想いを馳せるのもいいけど、アルマにも声をかけてあげたら?」

 ユリアーヌスが配慮のない夫に注意を与える、周りからはクスクスと笑いが洩れるのが、それももう毎度の事となっている。

「ああ、よく頑張ったね、うん、すごいと思う」

 どこかピントのずれたような言葉にアルマからも笑みが漏れる、

「名前はもう決めたのですか?」

 エレーナの質問に対し、微妙に口ごもりながら、質問で返す、

「あ、え~と、それ以前にどっちですか?」

 一瞬、みなが沈黙したが、ユリアーヌスが沈黙を破り回答する、

「男の子よ」

 村の女達もその話題の重要性は理解していたため、目を合わせないようにスっと目を伏せ沈黙していた、しかしユリアーヌスは努めて明るく続けた。

「アルマが嫌がるような事はしないわよ、ただし状況によってどういうシナリオにするかは未定だから、出産の事はまだ内密にね」

 少し安堵した様子の村の女達に対しアルマはあまり動じていなかった、母の言っていた事を噛み締め、子を産んだ時に彼女の中で何かが変わった気がした、どことなくユリアーヌスやヒルデガルドを恐れて、我が子の安全を祈っていたが、今は刺し違えてでも守ろうという気概が彼女の中で形成されていた。
 ユリアーヌスもその変化は雰囲気で感じており、微笑みながら言った。

「強くなったわね」

「はい」

 アルマも笑顔で答えるが、いつもユリアーヌスとヒルデガルドが笑顔で火花を散らしあうような雰囲気はなく、母親の顔での慈愛に満ちた微笑みあいであった。



 翌々日に始まったユリアーヌスの出産は別室で待機して、また手持無沙汰な時間を送るのであろうかと、そんな事を考えて始めるか否かというタイイミングでゲルトラウデが入って来た。

「産まれました」

「はや!」

  思わず、感想が漏れるほどの速さであった、母屋となっている寝室に移動すると皆が笑いを堪えているかの様子が見て取れた、何が起こったのか理解はできなかったが、少なくとも悪い状況ではない事だけは確認でき安堵の息を吐いた。

「いや~、アルマの半分くらいの時間に対して叫び声は5倍くらいあったかしら、『死ぬ~いや~裂ける~』うん、見せてあげたかったわね」

 ヒルデガルドがここぞとばかりに茶化すが彼女は知らなかった、自分の時、更にひどく叫び、キッチリと報復のように声真似までされることを。
 憮然とした表情だが幾分落ち着きを取り戻したユリアーヌスは確かに疲れたような表情をしていたが、憔悴というよりは全力疾走した後の息切れのような表情であり、酷い時は一昼夜におよぶ出産もあるだけ驚異的な軽さと言えた、幼い頃から潤沢な栄養を取れた事も幸いしていたのか、肉体的にはかなり健康さと若さを保てていた事も幸いしていたのかもしれない。
 
「名前はどうしようかしらねぇ、ヒルデなんとかみたいな名前だと底意地が悪い性悪女になりそうだしねぇ」

 聞きづらい話題だろうという事を察していたユリアーヌスが生まれたのが娘であるという事をそれとなく知らせるために嫌味付きでゆっくりと語り出した。

「ふん、フローでしょ、恥ずかしい遺書はとっとと灰にしたら」

 その一言で、ユリアーヌスの顔色が変わり少し険しくなるのが見て取れた、テオドールには何を言っているのかさっぱり分からなかったが、ユリアーヌスの表情を見る限り、意味のある内容であるのは明白なように思われた。
 ユリアーヌスはスッと視線をイゾルデに投げるが、イゾルデは首と手を激しく振り自分ではないというアピールをしていた。

「なんで知ってるの?」

「ふん、なんでもお見通しなのよ!」

 ヒルデガルド以外まったく状況が分からない事態に陥っていた、ユリアーヌスとイゾルデは若干分かっているようであったが、それでも完全には分かりかねていた。
 ユリアーヌスは出産には事故がつきものであり、自分が死んだ場合、子供が男子だった場合、女子だった場合、アルマの子の扱い、様々なケースについて書き残していた。それはいざ自分が死んでも最大限の援護を残せるための配慮であり、この村に来て二年間本当に充実した楽しい時を過ごせた事に対しての恩返しの意味を込めてのものであった、賢いヒルデガルドが薄々その遺書の存在に気付いた可能性は考えられたが、生まれる娘のために用意した名前までピタリと当てるのは内通者が居るとしか思えなかった。
 しかし冷静に考えれば娘の名前に関してはイゾルデにも相談せず、テオドールあての個人遺書に記してあっただけなので、現段階では絶対に知る事は出来ないはずであり理由が分らず混乱してしまった。

「アルマ、その子の名前はグリュックだそうよ」

 そこまで来るといよいよ理由が分からなくなった、生まれてくるのが男の子だった時に備えて用意しておいた名前だった、若干不信そうな目でヒルデガルドを見るユリアーヌスにイゾルデがオズオズと蝋封が施された手紙の類を差し出す。

「即刻暖炉へ!」

「はっ!」

 その様子を見ながらヒルデガルドはフフンと鼻を鳴らすが、昨晩見た悪夢としか思えない夢を思い出すと冷汗が出る思いだった、出産の失敗により母子ともに死去、悲嘆にくれる一同、数日してユリアーヌスの遺志だと言って、グリュックと名付けられるアルマの子、少し遅れて自分が産む女児にユリアーヌスの名を付ける、そんな一連の夢は悪夢としか思えなかった。ありえないほどリアルなその夢は既視感をもって実感でき、目を覚ますと自分の動悸の激しさで若干の呼吸困難に陥ったほどであった。
 だからこそ、出産にあたっては気丈に振舞うユリアーヌス以上に正夢ではないだろうかと緊張していただけに、あっさりと終わった時には気が抜けるほど安堵すると同時にそんな不吉極まりない夢に対しやり場のない怒りを感じてしまった。
 ユリアーヌスとしては色々な可能性を考えたが、どう考えても知るはずのない情報を知るヒルデガルドにひどく考え込むような視線を投げかけていたが、その視線を受けてヒルデガルドは思っていた『ユリアーヌスの死を嘆いて大泣きしていたなんて絶対に言いたくない』と。
 

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