レイヴン戦記

一弧

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鴉の旗

帰還

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 公開決闘の後は仕官希望者はまったく来なくなった、一撃で5人を葬ったアストリッドに恐怖したというのが大半だったのであろう。
 紹介状持参の人間を三名ほど従士として採用できたのは大きいかもしれない、給金の関係で三名に絞らざるを得なかったが、やはり次男、三男にも燻ぶった人材は多数いることが確認できた。
 町でギルドに所属する職人たちの中で開拓村における独立を希望する者の選定などはマレーヌにまかせ、王都に到着してから注文していた品も完成し、いよいよ明日は帰途に着こうかという時に二人の身なりのよい人物が宿を訪ねてきた。当初対応した村の青年に丁寧に一通の紹介状を手渡した、もちろん来賓に対して丁寧な応対をするように指導しており、この青年に落ち度といえるものはなかったが、もしその紹介状に描かれた紋章の意味が分かれば平静な対応を取れたかかなり怪しかったであろう。
 紹介状をテオドールが受け取る前に見たイゾルデは青年の手から奪い取るように紹介状を奪い、紋章をマジマジと見つめた、その様子に違和感を感じたテオドールは尋ねる、

「その紋章どこのでしたっけ?伯爵家でも侯爵家のでもなかったですよね?あれ?王家のでしたっけ?」

「そうです!王家の紹介状など滅多に出る者ではありません、私が案内しますので絶対に失礼のないようにお願いしますよ」

 ユリアーヌスが身近にいた事や、元々農民であったため、それほど意識していないが、王家の格式からすれば、自分の家など路傍の石に近い存在だという事を一応イゾルデからは聞かされており、その紹介状も極めて重いものなのであろうという事を朧気ながら理解した。

 紹介状に目を通した後で面会した二人の人物のうち、一人は年は60近くであろうか物腰柔らかで、品と知性を感じさせる人物であったが、その後方に控える人物はオドオドとし、土気色の肌に見栄えも悪く、挙動にも不審な点が見られるほどであった。

「フェルディナント様よりご紹介に預かり、宮廷侍医をしておりますグレゴール・フォン・アオゴと申します、こちらに控えるは、三男のゲオルグと申します」

 自己紹介の後ゲオルグと紹介した男に目配せをすると男は慌てて礼をし、父に倣った。その様子にどうしようもない違和感を感じていると、それを察したグレゴールは話を始めた。

「ご覧のようにこの者、耳と口が生来不自由で親ながら不憫に思っておりました、せめて自分の持ちうる知識、技術は全て伝授いたしましたが、仕官に際し難しい事が多々ございまして・・・」

「分かりました、採用いたします、貧乏村ですので給金はかなり微妙なものがありますが、その点さえご勘弁いただけるのでしたら、是非に」

 頭を下げ説明をしていた、グレゴールはその言葉に耳を疑い思わず顔を上げた、実際に伝手を頼り息子の仕官先を見つけたのは今回が初めてではなかったが、どこも長くは続かなかった、元々望まれての仕官ではなく厄介者を押し付けられたと感じていた所に本人もけっして社交的ではなく、コミュニケーションも人より取りずらい為、色々な誤解を生み、居ずらくなるケースが3度も続いていた。
 目の前で採用を即決した若い領主は決して嫌々採用を決めたようには思えなかった、侍医としてフェルディナントとも直接の面識があり、不肖の息子の話をした事があったのがきっかけで紹介という運びになったがここまで話がすんなりと運ぶとは思っていなかった。
 不思議そうな顔をするグレゴールにテオドールは自分が何かまずい事でも言ってしまったのだろうか?と不安になり、問いかける。

「すいません、何かおかしな事を言ってしまったでしょうか?」

「あ、いえ、この子は耳と口が不自由でして、意思の疎通も難しいと思うのですが」

「でしょうねぇ、でも筆談とかで何とかなるんじゃないですか?」

「ええ、まぁ」

 あまりに上手く行きすぎて不信感さえ芽生えてきたグレゴールに向かって続ける。

「流行り病や疫病でけっこう死人が出るんですよ、それが0になるとは思っていませんが、少しでも減ってくれればいいという思いがありますからね」

 それを語るテオドールの表情を見て、グレゴールは自分の認識に疑問を感じた、ユリアーヌスとは面識もあったが、テオドールの事は結婚式で遠目に見ただけで、正直な感想として年増を押し付けられて迷惑していたのではないか?対外的に仲の良いふりをしていただけではないのか?と思っていた節があった、むしろ宮廷内部ではこの意見が主流であり、本当に仲睦まじくやっていることを心から信じる者などほとんどいなかった。
 そんな事を考えながらも実際にここまで来て後に引くという選択肢があるわけでもなく、息子に頭を下げるよう促し、準備をなるべく早く整える事を約束し宿を後にした。
 
 予定外の人材登用も最後にあったが、新村開拓事業の承認、移住者募集のための手続きとなど、新規従士の登用、予定とした事は全て滞りなく終え帰途に就くこととなった、余計なアクシデントもほとんどなく終える事が出来たのはマズマズの結果だったのではないだろうか?そんな事を考えていた、そう考えなくてはならない程、大きく動くたびに予定外のアクシデントが襲い頭を悩ませる事が多かったのだから。
 帰路にも波乱はなく、少なくとも上機嫌での帰還を果たす事となった。
 

 
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