レイヴン戦記

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新世代

占領軍

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 エンナからの救援軍を壊滅させると、前方に展開していたフリートヘルムの部隊と合流し被害状況の確認を手短に行った。正面から戦ったフリートヘルムの部隊には犠牲者も出ていたが、想定よりもはるかに少ない被害で済み、作戦継続の支障にはならないことを確認した。
 降伏し捕虜となった敵兵を捕縛すると、テオドールの部隊は捕虜を引き連れてエンナ村制圧へと向かい、カディス攻略に向かうフリートヘルムとはここで一旦別れる事となった、その際アストリッドは客将としてフリートヘルムの部隊と行動を共にすることとなっていた、この後正念場を迎えるであろうフリートヘルムに対しての最大戦力の貸与であり、戦場を求めて止まないアストリッドへの配慮でもあった。
 無事の再開を誓って別れるテオドールとフリートヘルムとは対照的に、アストリッドはまったく名残惜しそうなそぶりを見せる事無くフリートヘルムと同行して行った、その姿は新しい戦場が待ち遠しくて仕方ないといった様子であり『やっぱり今回であいつは栄転決定だな』そんな事をテオドールに考えさせた。
 捕虜を引き連れてエンナ村への道中を進んで行く中で、この後の賭けがどうでるか、それが大いに気にかかっていたが、一先ず山場を越えた事で幾分気楽な行軍となっていた。



 エンナ村は人口約300人、駐在軍約50人ほどの準前線の小さな村であった、領主のいない直轄地であったため、駐在軍の司令官が代官を兼ねていたのだが、その人物も討ち死にし、責任者不在という状況になってしまっていた。
 そんな状況下で、救援軍として出発したはずの村人が捕虜として敵軍に連れられて帰って来たものだから、村中が大混乱に陥っていた。
 そんな中で、鴉の旗を掲げた敵の使者と思わしき男が単騎進み出て、大声で降伏勧告を行ってきた。
 降伏勧告の内容は、食料の供給を行えば村人の財産には手をつけない、捕虜の命も保証する、反抗しないかぎり暴行等は行わない、降伏勧告に応じないなら捕虜は全て村の前にて処刑する、そういった内容であった。
 捕虜は顔の判別がつく距離で見せつけるかのように縛り上げられていたために、村にいる捕虜の家族は気が気ではなかった、しかし降伏したところで約束が確実に守られる保障などなく、門を開けた途端なだれ込んで来た軍によって好き放題蹂躙されることも決して珍しい事ではなかったのだから。

 しばらくすると門が開き一人の老人が出て来て、降伏勧告を行っていたヨナタンに近寄ると、自らを村の村長と名乗り指揮官との直接交渉を要求して来た。
 やや後方で携帯型の椅子に座り待期していたテオドールと面会すると、その若い事に驚きを隠しきれなかった、まだ20ほどの人物に、詳しい経緯は分からなかったが、村の生殺与奪件を完全に握られてしまっていた。
 平伏し降伏勧告の内容に間違いがない事を必死に確認する、それがなんの保障もない口約束に過ぎなくともそれでも一応の保障が欲しいというのが切実な本音であった。
 仮に信じず降伏しない場合、村をギリギリの状態で守り抜くことに成功したとしても、男手のほとんどを失った村に未来などない事も分かり切っており、指揮官の慈悲にすがるしかないが、相手はあの血も涙もない極悪非道の死神の化身である、村の娘や自分の首でおさまるなら安いものであるとさえ考えていた。
 村の女達にも村を守るために人身御供として提供する旨を伝え了承を得ていた、家族を守るため年頃の女達は皆覚悟を決めており、新婚で夫を捕虜の一団の中に発見した娘など、夫の命が助かるならばと、悲壮な想いで賛同し皆の涙を誘っていた。

「ああ、いいですよ、先ほどの口上を破る気は一切ないので安心してください、ただし、反乱は怖いので捕虜はしばらく代官屋敷の牢に監禁させてもらいますよ」

 了承するしかなかったが、その言葉が嘘ではない事を祈るしかない村長は己の無力さに泣きたいような気分であった。

 村長を先頭に村へ入って行くと、村人は静まり返っていたが、そこから発する気配は憎悪に満ち溢れていた、事実捕虜になった者はまだましであり、戦死した者もおり、その家族などは刺し違えたいという衝動を辛うじて押さえている状況であった。
 その憎悪に曝されて、テオドール達も内心ではかなり恐怖していた、なにしろ30名に満たない人数で村人200人以上の中にいるのである、老人、女、子供が多数を占めるとはいえ、一斉に襲い掛かられたら人海戦術の前にすり潰されるのは目に見えていた。

 村に入ってすぐに、テオドールは事前の打ち合わせ通りの宣言を行った。

「よいか!略奪、暴行の一切を禁ずる、破った者は即刻処刑と心得よ!」

 テオドールのその宣言に皆が一斉に「はっ!」と唱和する。村人達はそのやり取りを茶番劇のように猜疑心に満ちた目で眺めており、信用とか信頼など両者の間に欠片ほどもない、そんな空気が漂っていた。



 村の代官が使用していた屋敷はそれなり以上に大きくアルメ村の領主屋敷より大きいくらいであった、数人ずつで組んで、村の要所を守らせ、門を閉鎖し守りを固めさせたが、早く援軍が来て安定的な人数で守備を固められる日が待ち遠しかった。
 執務室にて一息つくいていると、報告に来たヨナタンに尋ねた。

「村の様子はどう?」

 若干げんなりとした顔をしていたヨナタンがため息まじりに答える。

「まあ、当たり前ですが敵意に満ちた目が痛いですね」

「だろうねぇ、占領軍を熱烈歓迎ってどんだけ領主が嫌われてたんだよって話になるからねぇ」

 その時ノックがすると、扉の外から声がかけられた。

「ラルスです、ただいま村長が面会を求めてまいりました」

「通していいよ」

 ご機嫌取りの貢ぎ物であろうという予想はついていた、そしてその予想は当たっていた。


「将軍様、もしよろしければ今宵の伽の相手として連れてまいりました」

 予想通りであったが連れられて来た娘を見て少し心動くものを感じた、楚々とした佇まいが清楚な美しさを感じさせるけっこうな美人であった。敵の動向を見定めて奇襲をかけるべく身を潜めての隠密活動を続けており、その禁欲的な生活は若いが故にかなり発散の場を求めてもいた、そこに来てかなりの美女を提供されるとどうしても心が騒いでしまった。

「あっ忘れてた、ユリアーヌス様とヒルデガルド様からお願いされていたことがあったんだった『彼の活躍をよ~く知りたいから、どんな細かな事でも後で全部報告してね』って言われてたんだった、すっかり忘れてたなぁ」

 ゲルトラウデの非常にわざとらしい独り言にラルスとヨナタンは思わず吹き出すが、村長と娘はポカンとした顔で状況の推移が理解できずにいた。

「あとで飴買ってあげようか?」

「奥様からチョコレートケーキ食べ放題っていう報酬を約束されています」

「予の周りには不忠者しかおらんのか!」

 その言い回しでラルスとヨナタンはギリギリ堪えていた笑いを我慢できずついに笑い出してしまった。そのやりとりにどう反応していいのか分からず村長と娘はオロオロするしかなかったが、テオドールが許可する前にゲルトラウデが話しかけた。

「意訳すると、そのような気遣いは無用とおっしゃっています、もし我が兵で女性に乱暴する者がいたらピーを捩じ切ってやりますから遠慮なく申し出てくださいね」

 どう対応したものかいよいよ困惑している二人を尻目に、テオドールはゲルトラウデに対して抗議を試みた。

「いや、そんな・・・」

「なにか間違ってましたか?」

 しかし、その抗議は冒頭部分で完全にシャットアウトされてしまった、抵抗の無駄を悟ったテオドールは半ばやけくそ気味に宣言する。

「自分が率先してそんなことやったら示しがつかないから、そういうのは結構だ!ヨナタンとラルスも皆に徹底させといてね、凱旋したら娼館借り切ってやるからここでは我慢しろって」

 笑いながら「はい」と返事をする二人にせめてもの抵抗を試みてみた。

「ちなみにラルスも行くの?フリーダには黙っといてあげるよ?」

「怒ると怖そうなので辞退させていただきます」

 笑いの消えた声で回答していた、たしかに彼女も怒ると怖そうに感じたのでこいつも絶対に尻に敷かれるんだろうなと少しシンパシーを抱いた。
 村長は村に帰ると、心配する村人達に「なんか、大丈夫そうだぞ、たぶん・・・」と言葉少なに語った、『極悪非道の死神の化身』その噂の人物と、先ほど執務室で女性兵士にやり込められている指揮官がどうしても同一人物とは思えなかった。



 その後は捕虜が虐待されていない証明、食事をきちんと提供されている証明のため、家族との面会も許可したため村人の敵愾心は徐々に薄くなっていった。

「余計な意見かもしれませんが若干甘いのではないでしょうか?」

 ヨナタンはテオドールによる占領政策が間違っているとは思わなかったが、若干の甘さを感じた、従軍経験のある彼にとって、兵士の心情もわかるだけに、占領すれば略奪などによって得られた財貨が命をかけた戦闘のボーナスとして大きな意味を持つことも知っていた、死の恐怖を感じる戦場から解放された反動で占領地の娘達を凌辱の対象とするのもボーナスの一環として指揮官も認めているのが普通であった。
 若いが故に英雄譚に謳われる英雄に憧れ、綺麗な戦争を夢見ているのであれば意見具申により修正していく必要があるのではないだろうか?そんな考えに立っての意見具申であった。

「甘いってのは皆に禁欲的な事を強要した点かな?」

「はい」

 この主は意見を冷静に受け止める度量はあると確信していたが、それでも緊張した。

「勘違いだと思うよ、死にたくないからそう命令しただけだよ」

 彼には言っている意味が呑み込めず、また冗談を言っているのかと思った。『そんな事したらうちの女性陣に殺されるよ!』そんな言い分からなのだろうか?そんな事を考えていると、よく意味が呑み込めていないのを理解し、テオドールは続けた。

「今この村にうちの兵士は君やゲルトラウデもいれて28人、村人は200人ちょっとだよね?連中が刺し違える覚悟で反乱起こしたらどうなると思う?全滅するのはこっちじゃないかな?」

 「あっ」と小さく声を上げると、言っている意味を完全に理解した。

「圧倒的な戦力差で制圧したならいいけど、現在置かれている状態は微妙なバランスの元に成立しているって事を忘れるとえらい目に遭うと思うよ」

「誠に申し訳ありません、考えが及びませんでした」

「あまり言って回らないようにね、反乱起こせば勝てるなんて思われても厄介だからさ、まぁ勝てても未来はないんだけどね」

「未来がない、とは?」

「反乱を起こされたら人海戦術でうちが負けると思うけど、働き手の男達を失い、女子供にも100人以上の死者がでたらこの村潰れるよ、しばらくおとなしくしておけば無茶な事はされない、そういう微妙なバランスなんだと思うよ」

 傍らで聞いていたゲルトラウデは頭で理解していても自分の身の上に起きた事とオーバーラップさせて少し悲し気な気分になった。

「だからこそ、自分達の村はきっちり守らないとね」

 テオドールの呟きに、二人は小さく頷いた。
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