レイヴン戦記

一弧

文字の大きさ
105 / 139
王国動乱

プロローグ

しおりを挟む
「いや、母子ともに無事と聞いてはいたが、実際にこの目で見るとやはり安心できるな」

 まだ首も据わらない赤子であるが故に今後の健やかな成長を期待するものの、まずは母子の健康が保たれたことにヴァレンティンは素直な感想を述べた。

「ええ、生きているだけでうれしい限りです」

 テオドールの感想も心情のこもったものであった、そんな二人のやりとりを内心では少し不満を持ちながらもまずは次女の無事な誕生を祝うヒルデガルドであった、二人目の出産であり若干最初の子より楽に産めたという感じはあったが、二人続けて女児であり、どうしても男児が欲しかった彼女としては若干不満に思う点もあり、二人続けて女児を生んだとなると陰で女腹などと言われるであろう事が予想できるだけに不満を抱える事となっていた、しかし命がけの出産であり、腹を痛めて産んだ子という事もあり女児であっても非常に可愛いという母性もあり、若干複雑な感情を抱かざるを得なかった。

 ヒルデガルドが産んだ次女へのお祝いという名目で尋ねて来ていたヴァレンティンであったが、真意がそれだけではないことは皆が気付いていた、しかしあくまで表面上は和やかな談笑によって会話は進んでいた。しかしそれも暴君の到来によって中断されることとなった。

 突然部屋の扉が勢いよく開けられると、小さな木剣を持った男児がヴァレンティンに勝負を挑んで来た、その男児は極めて愛らしい風貌をしていたが、よく見るとあちこちに擦り傷があり、かなりの腕白ぶりがうかがえるような子であった。
 あわてて後を追いかけて来たイゾルデが盛んに謝っていたが、どこまでもヴァレンティンに勝負を挑み続けていた。

「グリュック、儂に恨みでもあるのか?」

 少し困惑しながらも執拗に勝負を挑む男児に若干苦笑いを浮かべながら尋ねるヴァレンティンだったが、その少年から発せられた回答は二重三重に意外なものであった。

「偉い将軍って聞いた倒せば私が将軍になれるって、それから私はフローよ!」

 ユリアーヌスとテオドールは完全に頭を抱えており、ヴァレンティンは少し唖然とした顔をしていた、よく見れば入り口のところで扉の影から中を窺うようにしている男児がおり、それがグリュックなのであろう事が理解できた。
 ヴァレンティンにとって両者ともに初対面であっただけに、腕白に自分に挑みかかって来た者が長子のグリュックであろうと勝手に思い込んでしまったのだが、たしかに言われてみればフローを名乗った女児にはユリアーヌスの面影があるように思えてきた。

「ちなみに、それは誰から聞いたんだい?」

「イゾルデ婆ちゃん」

「お姉さんでしょ!」

 イゾルデが間髪入れず『お姉さん』と訂正したが、彼女と同年齢の村人には孫がいる者も何人もおり、無駄な抵抗でしかない事を皆が知っていた。

「また、しょうもない英雄譚を聞かせてたのね・・・教育係り間違えたかしら・・・」

 ユリアーヌスのため息とともに吐き出された言葉が全てを物語っていた。扉の影に隠れるようにしていたグリュックは呼ばれるとオズオズと近寄って来てお客であるヴァレンティンに丁寧に挨拶をしたが、どことなく弱々しく覇気はあまり感じさせないような子であり、見る者すべてが男女逆であったなら、と思わせる有様であった。
 子供達をイゾルデと共に下がらせると、おもむろにヴァレンティンは尋ねた。

「自領のみで育てるつもりかね?やはり他領に預けるとなるとそろそろその時期に来ていると思うがまた伯爵領かね?」

 他領に預け、その領地の絶対者ではない場所における不自由さを体験させる事はやはり重要な事であり、領主諸侯の後継者たるべき人物はたいていそのような経験を積んでいる事が多かった。

「まぁ、そうなりますかねぇ」

 イマイチ歯切れの悪いのにも理由があった、どうも弱々しいのだった、妹のフローの方がはるかに活発であり、兄の木剣を振り回し英雄ごっこに興じる有様を見ると、外部に修行に出していいものかどうか判断に非情に悩むところであった。

「その話をするところを見ると侯爵様が直々に修行を着けてくれるおつもりだったんですか?」

 ヒルデガルドの少し笑みを浮かべた挑戦的な物言いは相変わらずだが、真意は少し読みづらく感じた。やっかいな他人の子を遠方に追い出そうという思考なのか、それとも侯爵の後ろ盾という強力な庇護者を得ようと言う親心なのか、さすがに判断がテオドールにもつきかねた。

「正直に言えば、くれるなら貰って行って侯爵領を継いでもらおうかと思っていたところだったんだがな」

 冗談を言っているのか、本気で言っているのか判断のつきかねないこの発言に際し、さしもの才女もこの発言を頭で理解するために少しの時間を要する事が必要となった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~

スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」  悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!? 「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」  やかましぃやぁ。  ※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。

処理中です...