ためいきのしずく

絵南 玲子

文字の大きさ
上 下
5 / 5

今度生まれ変わったら

しおりを挟む
 もう、どれくらいたったのだろう。
 千年もの間、ここにすわり続けているような気がする。夕日の美しい、砂ばくのまん中に。

 私は、岩になった。
 地球のへそぐらいもありそうな、まっ黒い、大きな岩だ。

 どんな嵐がきても、びくともしない。かいじゅうにかじられても、多分、だいじょうぶだ。
 そして、何もしないで、この場所で、太陽や月のみちすじを眺めていればいいのだ。気らくなものだ。

 けれど、少々あきてきた。

 どうして、私は、こんなところにすわっていなければならないのだろう。もとのかしの木がよかったのに。

 どっしりといったって、これじゃあ、ちょっと重すぎる。
 それに、砂ばくぐらしは体にこたえる。
 昼間は、火のように熱い太陽にやかれ、夜のやみの中で、しんしんとこごえる寒さを防いでくれるものはない。
 昔はゴツゴツとがっていせいのよかった私の体も、きびしい気候にさらされ続けて、すっかりまるくなってしまった。
 あまりの暑さと寒さのせいで、体じゅう、ひびだらけだ
 その上、私自身の重さのせいで、私の体は、少しずつ砂の中に沈みはじめてしまった。
 
 こおりつくように寒い夜、私は、ちっともねむれなかった。  
 神さまは、私に、こうしていったい何を考えろとおっしゃるのだろう。

(ちょっと、よくばりすぎたかなぁ)
(あんまり、ためいきつきすぎたかなぁ)

 ようやく朝の光がさして、少しずつ寒さが遠ざかっていくころ、一羽のちょうちょが飛んできた。
 「朝つゆは、とってもおいしいわ」
 黄色いちょうちょは、いかにも楽しげに、そしていっしょうけんめい羽ばたいていた。

 そのかたわらで、私は、音もなく沈んでいく。熱い砂の下にうもれて、もう、星を見ることもできなくなる。

(今度生まれてくるときは……) 

 いや。もう、よそう。 
 何度、同じことをくりかえしただろう。
 何のために生まれてきたのだろう。

 朝の光はまぶしすぎる。
 ゆっくりと、けれども確実に沈んでゆく自分の体をぐるりと見わたしてから、私はそっと目をとじた。
 深いためいきとともに、なみだがひとすじ、すーっとこぼれた。

 「まぁ、なんてきれい!」

 はずむようなちょうちょの声に、ゆっくり目をあけてみると、なみだが流れおちたあとに、ひとつぶの小石が光っていた。
 きらきらと、にじ色にすきとおっていた。なみだのしずくの形をしていた。

(これまでに何度も何度もこぼしてきた、ためいきのしずくかなぁ)

(私にも、こんなに美しいものを作ることができたのか)

 こころが、少し、やわらかくなった。 

(今度生まれてくるときは……。おや、おや……)

 それでも、夢をみるぐらいはいいだろう。
 もう一度生まれ変われるものならば、できれば、人間がいいな。そうだ! 見はらしが丘の、あのいたずらっ子のような、小さな男の子がいい。

 そうして、花の種をまこう。
 いっぱい花がさくように、毎日、毎日、水をあげよう。
 働きもののちょうちょが、遠くまでみつを探しに行かなくてもいいように。
 たくさんの生きものたちが、にっこりと笑ってくれるように。

 しばらく、静かにねむることにしよう。
 私は、もう一度目をとじた。
               ―おわり―    
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...