とある令嬢の婚約破棄

れいも

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とある令嬢の婚約破棄

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「ヴェリーチェ伯爵令嬢! 今ここに、お前との婚約破棄を宣言する!」

 突然の宣言に意味が分からず、私は思わず「ヴェリーチェ伯爵令嬢って私よね?」と呟いてしまった。
 目の前にはドヤ顔をした婚約者である、アイビー王太子殿下がふんぞり返っている。隣には目を潤ませたメリル伯爵令嬢が寄り添っている。
 まるで婚約者同士みたい。
 学園の卒業パーティーなのに、どうしてエスコートしに来ないのかと思ったら、別の令嬢をエスコートしていたって事ね。
 なるほど?

「お前は私の婚約者なのに、様々な令息に声をかけて回っていたらしいな」

 何のことだろう。
 よくわからず小首を傾げていると、アイビー王太子殿下の指示で4人の令息が姿を現した。
 生徒会メンバー勢ぞろいだ。

 左から順番に、イスカル伯爵令息、シスト子爵令息、テルビル侯爵令息、ルーイン伯爵令息。
 5人合わせて「アイシテル」ってなるから覚えやすくていいな、とずっと思っていたのよね。心の中で。

「殿下がおられない時、共に町へ行ってデートをしないかと誘ってきた。もちろん、私は断ったが」

 イスカル伯爵令息が、そう言い放ってきた。

 ああ、あれか。
 アイビー王太子殿下が「明日、この書類を生徒会室へ持ってきてほしい」っていうから、翌日届けに行ったら何故か不在で、イスカル伯爵令息だけがいたから世間話をしたんだった。

 デートに誘う?
 誘ったっけ?
 世間話をしたという覚えはあるけれど、内容までは覚えていない。
 絶対、大したことを話してないと思うんだけど。

 私が記憶を必死にたどっていると、イスカル伯爵令息が「忘れたのか!」と叫ぶ。

「疲れに利くハーブティーを出す店に、誘ってきたではないか!」

 思い出した!
 なんか顔色が良くなかったから、効きそうなハーブティーを出す店があるんですよって教えたんだ。
 その後、なんかむにゃむにゃ言ってたから、男一人で行くのが恥ずかしいのかと思って「誰かをお誘いになる口実になりますよ」って言ったんだった。

 いや、何故そこで私がデートに誘うことになるのよ。
 お前、婚約者がいるじゃん。
 お前の婚約者を誘って行けばいいだけの話じゃない。

「僕には、観劇に誘ってきたではないか! チケットを二枚、用意して!」

 シスト子爵令息も似たような状況になった時、世間話をしただけだ。
 どうもストレスが溜まってそうだったから「ストレスは発散した方がいいですよ」って、たまたま持っていたチケットを譲ってあげただけだ。
 親から「たまには婚約者としての交流をしなさい」と言われて握らされた観劇のチケットだったけど、アイビー王太子殿下と行きたくなくてどうしようかと思っていたから、ちょうどいいと思っていたのは認めるけど。

 というか、お前も婚約者を誘えよ。だから二枚とも渡しただろうが。
 よくそれで「誘ってきた」とか言えたよね。
 ちゃんと二枚とも受け取ったくせに。
 あれ? ということは、観劇したってこと? 私に文句言うの、おかしくない?

「僕は……いや、僕は今はいい」

 テルビル侯爵令息が続くと思われたが、何故か後ろに下がった。
 お前は何しに出てきたんだよ。
 思わず心の中でずっこけてしまったじゃない。

「わ、私には、わざわざ茶を入れてくれたではないか。上目遣いで、誘うように」

 お前は何故それで行けると思ったんだ、ルーイン伯爵令息。
 その場面にはお前以外にも全員いたし、アイビー王太子殿下が「お茶くらい入れろ」とかよく言っていたし、上目遣いで誘うようにっていうのはお前の主観でしかないでしょうが。

 全部、学園の生徒会執行部室で行われた出来事だ。
 最後のに至っては、誘うとか無理があるにも程がある。

 権力だけで生徒会長の役職につき、婚約者だからと生徒会役員として入れなかったくせに雑用だけこちらに放り投げてきたアイビー王太子殿下。
 こき使ってくれた恨みはあれど、こびへつらった覚えは一切ない。
 アイビー王太子殿下にも、その他令息たちにも。

 というか、ルーイン伯爵令息のお茶事件(?)の時は、メリル伯爵令嬢もそこにいたでしょう。何で、初めて聞いたみたいに驚いた顔しているのよ。

「心当たりがあるから、反論できないんだな」

 アイビー王太子殿下が不敵に笑う。
 反論できないのは、心当たりがあるというか、呆れているのよ。分からないかな?
 私は大きくため息をつく。

 とりあえず、分かった。
 これは、茶番だ。
 私を婚約者から引きずり下ろしたいから催された、茶番なのだ。

 公の証言にしたいからこそ、この卒業パーティという場で行われたのだろう。王太子殿下の卒業パーティだからと、陛下もいらっしゃっているから。

 陛下の方をちらりと見ると、私と同じような大きくため息をつき、頭を抱えている。

 よかった、あちらはまともそう。
 だけど、もうこうして公の場で発言してしまった以上、やっぱりナシ! という事にはならない。

 王太子殿下か、私か、どちらかが傷を負うしかない。

 この王国では王族が頂点に立ち、他は臣下だ。
 陛下になら喜んで支えたいと思うが、王太子殿下には率先して足を引っかけて転ばせてやりたい。本当は。
 だけど、私はそんなことはしない。臣下の一人だから。
 陛下のために、あえて傷を負うしかない。

 アイビー王太子殿下のためなどではない。
 陛下のため、いや、国のために仕方なく傷を負ってあげるのだ。

「畏まりました。婚約破棄、謹んでお受けいたします」

 私はカーテシーをし、その場を後にする事にした。
 せっかくの卒業パーティだけれど、このまま「じゃあ、そういうことで!」と言いながら楽しむことはできないだろう。
 せっかくのパーティを楽しみたかったし、友人と語りたかったし、料理を堪能したかったけれど、仕方がない。

 仕方ないけれど、恨むからな、アイビー王太子殿下!
 ずっとずっと恨んでいたし、好きか嫌いかで言えば嫌いだし、というか大嫌いだったし、婚約者ってことは将来結婚するのか嫌だなぁって思っていたんだけれども。
 結婚しなくてよくなったからラッキーだなとは思うけれども、やっぱり恨んでやる!

 複雑な思いのまま、ため息交じりにパーティ会場の扉に手をかけると、いつの間にか隣に来ていたテルビル侯爵令息が私の手を取った。

「何でしょう、テルビル侯爵令息。やはりあなたも私に何か物申したいことが?」
「とても奇遇なのですが、僕も婚約者がいなくなりまして」

 そこで「あ」と気付いた。
 そういえば、テルビル侯爵令息の婚約者は、メリル伯爵令嬢だ。彼女と婚約破棄したってこと?
 いや、婚約破棄するしかないか。あんなにアイビー王太子殿下といかにも婚約者同士です、みたいに寄り添っていたのだから。

 後ろを振り返ると、アイビー王太子殿下とメリル伯爵令嬢が陛下と共にどこかに向かっていた。
 一緒にいるあたり、本当に婚約を結ぶのかもしれない。
 テルビル侯爵令息は可哀想なことになってしまった。私は、アイビー王太子殿下と婚約破棄して嬉しいけれど。

「それは……ご愁傷さまでした」
「いや、全然。だって、これで堂々と口説けるし」

 意味が分からずにいると、テルビル侯爵令息が、突如私を抱き上げた。
 お姫様抱っこってやつだ。
 突然の出来事に体を硬めていると、あっという間にパーティ会場から連れ出され、控室の一室に連れていかれてしまった。

 一体何が起こったんだろう。
 メリル伯爵令嬢との婚約破棄に関して、文句を言われるとか?
 逃げ出そうとしているように見えたから、逃げられないように捕まえられたとか?

 私が身構えていると、テルビル侯爵令息が笑い出した。
 心からおかしそうに。

 学校生活でも、生徒会室でも、こんなに笑う彼を私は見たことが無い。
 いつもどこかつまらなそうに、目の前にあるものを処理していくイメージだった。

 それなのに、今、めちゃくちゃ楽しそう。

「ああ、ごめん。あまりにも面白くて。だって今、ヴェリーチェ伯爵令嬢は頭の中で『は?』って言っているでしょう?」
「は?」

 私が返すと、再びテルビル侯爵令息は笑った。

 なんだよ、こいつ! なんなんだよ!!
 頭の中で言ってると想像していた言葉が、私の口から現実に出てきたから?

 私が怪訝そうにしていると、テルビル侯爵令息は「ごめんごめん」と謝ってきた。
 たいして悪いと思っていない気がする。いや、絶対そう。

「いつもね、目が笑っていなかったよね。顔は淑女の笑みを浮かべているのに、目が絶対笑ってない。気になって観察していたら、陰でブツブツとアイビー殿下の名前を言いながらクッションをぼこぼこに殴っているのを見てしまってね」

 やばい、見られてた!
 あまりにも雑用を押し付けられすぎて腹が立ちすぎて、誰もいないと思ってやっていたうっぷん晴らしを見られていた!

 動揺する私の手を、テルビル侯爵令息はそっと取り、キスをする。

「あの時から、君に夢中なんだ」
「……意味が、意味が分かりません」
「ちょっと誘導してやったら、簡単に双方婚約破棄まで持っていけたから、笑いが止まらなかったよ」
「ええと……すいません、整理したいのですけれど」
「整理してもいいけれど、その前にお願いがあるんだ」

 テルビル侯爵令息はそう言い、にっこりと笑う。

「僕と、婚約しましょう」

 綺麗な笑みだ。
 裏でなんやかんややっていただろうことは分からない、とても美しい笑みだ。
 短時間で得られる情報量の多さに翻弄され、いつも無だった人の美しい笑みを見せつけられ、私は無意識にうなずいてしまった。

 テルビル侯爵令息は「よかった」と頷き返し、再び私の手にキスを落とした。

「僕は君みたいに面白い婚約者を手放すなんて、絶対にしないからね」
「面白……」

 謎の評価をなされたのち、私は彼に優しく抱きしめられてしまった。


 翌日、やらかした王太子殿下が暫く謹慎を告げられたと知る私の元に、テルビル侯爵令息が婚約証書を手に我が家に訪れるまで、私はずっと夢心地のままでいるのだった。


<怒涛の展開に突っ込み疲れ・了>
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