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特集 「怖い顔」

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棘棘を纏う調子に乗った装いはまんま中二病
まだら模様の目はもはや異世界のキャラ。
火を吹かないのが不思議に思う怪獣顔。

「ど~ん」

毛のない頭に謎の皺。
眉間の皺と同化した眉。顔の真ん中から放射線に伸びた皺って天然?
話す言葉は「が行」のみ。(イメージです)
姿勢のいい筋骨隆々はマウンテンゴリラ。
そう……ゴリラの毛を剃って隈取を付けたらこんな顔。

「ど~ん」

昨日のイケメンは誰だ。
青グレーのスーツはガンメタの輝き。
狡《こす》い流し目は悪意の塊。
ハイエナが喋って笑ったらこんな顔。

「ど~ん………」

三つ並んだ怖い顔が口を揃えて「おはよう」と笑った。これは確かに腰が引ける。



「おはようはいいですけど……何ですか銀二さん、どうして三つも怖い顔が並んでるんですか、朝からどうしたんです」


実は、まだ目を覚ましてないうちにまた、葵が腹の上に乗ったのだ。
「怖い」と言って。

そして葵。
その位置にグリグリと顔を押し付ける癖はやめよう。

葵に「何とかしてくれ」と背中を押されて事務所に出てみると、ガメラ、禿げのヤクザ、ヤクザ仕様の銀二がドアの前に顔を揃えて微笑んでいた。
葵じゃないけど確かに怖い。

「まだ8時にもなってませんよ、どうしたんですか、どうしてガメラを風呂場から出してるんです」

人の背中に隠れて出て来ない癖に「とうとう食うの?」って聞くな葵。
まだ約束のひと月は経ってないし、万が一約束の日が来ても食わない。
そして何故「食う」に拘るのかわからない。

常々思っていた事だが、まだ息をしている生き物を見て「美味しそう」って感想を持つその感覚がおかしい。そして、とてもじゃないが美味しそうな要素はない恐竜のようなガメラを見て、食うか食わないかの議論になる事自体がおかしいと思う。

「葵…お前さ、目の前にある肉はガメラだよって言われて食えるのか?」
「え?食べていいなら食うよ?亀は美味しいって親父が言ってました。」

「いや……食べていいとか悪いとか美味しいかどうかじゃなくて……」

質問の仕方が悪かったのは認めるけど、言いたいのはそう言う事じゃない。

「食えるなら食う、当然だろ」って顔で見上げてくる葵の顔には昨日の夕方に見せた不穏な雨雲の影は全く見えない。何があったのか物凄く気になるけど、葵の手首に張り付いた絆創膏がこのまま知らん顔をしろと告げている。
全部無かった事として惚けるつもりなら付き合わなくてはならない。

「とにかく……冗談でもガメラを食うとか言うな」

「この亀は食用なんですか?」と銀二。
「美味しのかな?」と屠殺人の目でガメラを見るのはやめろ。本当にみんなおかしい。

「ふざけないでください銀二さん、それよりも何なんですか」
「お風呂は狭くて息苦しいとガメラさんが言ったから出してあげたんです」

「……ガメラが狭いって文句を言ったと?」

「言いました」

ヘラヘラと頷いた銀二は今軽めのヤクザバージョンなのだ。真面目に聞いたって真っ当な答えは出てこない。
ガメラが言ったのならそれでいい。

「じゃあもっと大切な事を聞きますがこんなに朝早く何をしてるんです」

ついでに「もう一人のハゲは誰だ」と聞きたいけど、隈取りヤクザはあまりにも「ヤクザ」で怖くて聞けない。
しかしそこは銀二だ。
口調はチンピラなのだがすぐに察して「おい」と隈取りゴリラに向かって顎を振った。

挨拶しろって事だよな。
口で言えばいいと思う。
そういう役なのか、実際にそうなのかはわからないけど禿げは銀二より下って設定らしい。
ペコリと禿げの天辺にある謎の段々を見せて、さっと上げた顔がグニャっと曲がった。

多分だけど禿げのヤクザは今笑った。

「モモチです、よろしく」


「ももち……」

「………」

因みに今復唱したのは背中に張り付いたままの葵だ。言いたい事もどんな心理状態なのかも手に取るように分かるけど、矢面に立っているのは俺なのだ。ここで笑うのだけはやめて欲しい。

シッっと手で払う真似をするとササっと人の背中に首を引っ込めた。


「モモチ……さん、あの失礼ですがそれは名前ですか?ニックネームとか?」
「みんな私の名前を聞くと笑いますけど本名です、桃と地面の地で桃地です、亀の世話を手伝ってこいと椎名さんに言われたんです」

また、グニャっと皺の隈取りが歪む。
見た目は怖いけど普通の人らしい。
椎名がどう言うつもりなのかわからないが、椎名がわからないのもいつもの事だ。

「ガメラはあんまり動かないから特別な世話なんていらないんだけどな……まあいいや、俺は健二で俺の後ろにいるのが葵です」

「ああ、聞いてます、健二さんは椎名さんの息子さんで葵さんは椎名さんの甥ごさんですよね」

「え?!」と葵が驚いた声を上げ、銀二は桃地の禿げた額に「おい」と突っ込みを入れた。

桃地がどんなテンションでそう聞いたのかは知らないけど、椎名は真面目な顔でふざけるから真に受けてるのだと思う。
以前「息子」と紹介された事もあるのだ、弟ならまだマシな方だ。

「健二さんと椎名さんって兄弟なんですか?」って驚いている葵も葵だ。もういい加減に椎名のおふざけに慣れろと言いたい。

「弟じゃ無いけどもう何でもいいです、銀二さんは?昨日の収穫を話しに来たにしてはチンピラ色が強いですね」
「報告のついでと言っては何ですが、桃地だけでは健二さんも葵さんも困るでしょう、だからお前もガメラさんの面倒でも見て来いと……」
「……椎名が言ったと…」

「はい」

椎名には権力者って言葉がぴったりだ。
こうまで従順な部下が何人いるのか、さぞや便利に使い回しているのだろう。

まだ起きて10分も経ってないのに何だか疲れて体の力が抜けた。



見た目はまんまヤクザだけど、桃地は気さくで気の利く人だった。仕事の話をすると言ったら朝飯を買うついでにガメラの散歩に行ってくると言ってゴツゴツの甲羅を横向きに抱えた。

ガメラは散歩なんか望んで無いと思うけど、葵が「いってらっしゃい」と送り出してしまったからそれならそれで桃地がいないうちに済ませた方がいい。コーヒーを淹れて銀二に報告をお願いした。

椎名の指示なしに銀二が出した飲み物などに手を付けないのはいつもの事だが「楓ちゃんはさ…」と軽い口調で切り出した後、ピタっと止まって口を手で抑えた。

「銀二さん?」

「楓さんは……」
「はい…」

「すいません、ちょっと待ってもらえますか?どんな風に話せばいいのかわからなくなって…」
「はあ……」

どうやら速やかなモードチェンジは出来ないらしい。憑依型の役者かっ!って突っ込みたいけど、こんな時は葵が冷静で助かる。
「さっさとお願いします」と気遣いゼロでノートを構えた。

中学生みたいな顔をした葵にそう言われれば冷静になるのはわかる。
「わかりました」と咳払いをして、チンピラとイケメンを諦めた銀二は秘書口調に戻って楓ちゃんの分析を始めた。聞き取りは葵の役だ。

「牧野楓さんを総合的に纏めると、言うなれば「アイドル」願望があるのだと思います、葵さんは?感じませんでしたか?」
「人前で歌ったり踊ったりしたいって意味なら感じなかったけど……どういう意味ですか?」
「テレビに出ているようなアイドルじゃなくて、沢山の人に好かれて、沢山の人に囲まれる人気者になりたいって意味です」

「ボッチ自称なのに?基本的には1人が好きだって言ってましたよ?」

思わず口出すと、もう話し合い定例の「健二さんは黙ってて」だ。葵は冷たい。
しかし銀二は優しい、「その通りです」とニッコリ笑って褒めてくれた。

「ボッチは自称なのです、もっと正確に言えば楓さんは周りにいる誰も「友達」に値すると思ってない」

「え?……それは……」

「ああ、そこを勘違いしないで欲しいのですが、決して上から目線という訳ではありません、普通より他人への注文が多いのだと思います」

「はあ……」

これはまた難題が来た。
銀二の説明では「何故友達が出来ないのか」って問いに、「何となく楓ちゃんの態度が悪いから」って答えになってしまう。具体例が無いと楓ちゃんだって気を付けようが無いし、ただ気を悪くするだけになる。

何故そう思ったのかを聞こうとすると葵が「例えば?」と聞いた。

さすが葵、仕事だけはちゃんとする。
銀二は「あくまで私の主観です」と断ってから先を続けた。

「例えば……そうですね、具体例って程では無いんですが、彼女は何がしたいとか、どこにも行きたいと言わないんです。だから私は途中からリードするのをやめて彼女にやりたい事を任せてみました、いく先を決める、店を決める、注文を取る、全部黙って見ていると、何故決めてくれないのかと不満が見えました」

「人がやってくれるのが当たり前だと?」
「そんなに深く考えていないと思いますよ、ただ不満なんです」
「映画は?楓ちゃんが観たいと言ったんですか?」
「私は楓さんの相手に飽きたように装い、何を観たいのか聞かずに趣味の悪いホラーをわざと選んだんですけど、ムッとしただけで嫌だとは言いません、その後は始終不機嫌でしたね」

「自分では動かないくせに文句が多い、口には出さないけど態度には出るって事か………」

「健二さん、誤解しないで欲しいんです。確かに銀二さんの言う通りちょっと人に対しての文句が多いのかなって俺も思いましたけど、それは敢えて上げればって話なんです。楓ちゃんは可愛いんですよ、一緒にいて楽しいし、普通のいい子なんです」

「でも葵もそう感じたんだろ?それにしても……銀二さんも葵もそんな事がよくわかるな」

「健二さんには不向きだと思います」

うん。
無理。

もし、デートする役を請け負っていたとしてもそんな片鱗には気付かなかったと断言できる。
普通に楽しく遊んで、何かにムッとされても「怒るなよ~」で済まして一瞬で忘れる。

適材適所って言葉凄い。

「そこって友達がいなくなる原因だと思うか?ってか自称って事は友達がいるにはいるって事?」

「いないと思います」と銀二と葵の声が揃った。

「いないんだ……何で?確証があんの?」

「はい、昨日何したとか、楽しかった事とかを緩く聞いても、綺麗なアイシャドーを見つけたとか、好きなアーティストの話だけで、友達と何をしたとかこんな事があったとか出てこないんです」
「俺の時もそうでした。学校の課題を真似されたとか教室がうるさいとか、誘っておいていつどこに行くのか連絡が無いとか……うん、銀二さんの言った通り自分では何もしないのに、何もしてくれないって怒ってる事が多いかな」

「自分が損をするのは嫌、でも人の損は見えない」

銀二の締めはこうだ。

楓ちゃんが食べ物のシェアを嫌がるのは自分のテリトーに拘りがあるからなんだとか。しかし人のテリトリーは見えてないって事らしい。

どういう意味だ、難しい。
しかも銀二さんが並べる楓ちゃんの評価は辛辣でギッタギタ。
要約すれば…だが、自分の物は自分の物、しかし人の物も自分の物というジャイアニズムに聞こえた。

しかし銀二も葵も、楓ちゃんは多少独善的で視界が狭いが普通のいい子だと注釈を付ける。

難しい、難し過ぎる。
もうここで言ってしまいたい。
これは「法律で裁けない問題を解決します」を謳ったH.M.Kの仕事じゃ無いと思う。

楓ちゃんについて上げた問題点は意地悪く観察した結果で「強いて言えば」なのだ。

若い女の子がデートする相手にリードを求めても何の不思議もないし、当たり前と言えば当たり前。

嫌な事を嫌と言えるのも、勿論人によるけど友達がいなくなる程極端じゃ無い。

じゃあどうするか。
実は銀二さんが「今日で最後」と試用期間を独断で終わらせていた。

つまり今の少ない手持ちで楓ちゃんに「何故友達が出来ないか」なんて難問に答えを出さなければならない。

しかも伝え方を間違えれば楓ちゃんが傷付くだけなんて最悪な展開も予想される。
とんでもない難問だと思う。

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