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何故か股間を押さえてしまう。
しおりを挟む間が悪いと言えば悪い。最悪って言えるけど、それよりも何よりも椎名には聞きたい事がある。
しかし「あの」話をするには注意が必要だ。
椎名に気づかれないよう、トイレや風呂場に葵がいないかどうかをチラッと確認した。
「……いないな」
掃除をしたんだと思う。トイレはドアが開いているし、風呂場は静かだ。……と言う事は恐らく朝飯の買い出しにでも行ってる。
「椎名さん、葵は?会った?」
「いや、俺が来た時にはもう出てた、コンビニかな?朝ご飯に沼津で生しらす丼を食べに行こうって誘いに来たんだけどな」
「……遠いな。」
「ちょっと気晴らしにと思ってね」
「旨そうだろ?」と言って携帯の中の写真を見せてくれるのはいいが見る前に閉じてしまい手に持っていたカップをテーブルに置いた。
そしてふうっとソファの背もたれに体を預け頭痛を抑えるように眉間を摘んだ。椎名の目の下にクマが出来ている。見慣れているから流していたが、よく見るといつも綺麗にセットされている髪はバラバラ、心なしかシャツもヨレ。
椎名は昔から深夜に突然呼び出されても(警察ね)キチンとスーツを着て来る奴なのだ。いつも精力満帆。殴る拳はフルパワー。だからこれはちょっと珍しい。
「何?徹夜?何かあった?」
「ああ、あったもあった。実は暴力団抗争の末組長が撃ち殺されてその報復に暴動が起きて街中で銃撃戦、今は浅間とかの山荘に立て篭もって逃亡用の宇宙船を要求している途中」
「………話せないならそれでいいから嘘を付くならもっと簡単なのにしてくれ」
「わかってるなら聞くな、所でさ、葵くんはどう?」
「は?」
それを聞きたいのはこっちだ。
「死のうとした」とメッセージを送ったのに「どうしても」も何も無いのは明らかにおかしいのに……
それを指摘する前に、つい反射的に自分の体を見下ろしてしまった。
「何してんだお前」
「いや、あのさ、しぃ…椎名さんの方が何か知ってるんじゃないの?」
「知ってるけどな」
「知ってるって…何を知ってんだ」
「まあ、それはいいからちょっとこれを見ろ」
よくは無いけど……どうせ今その話をする訳にはいかない。いつ葵が帰ってくるかわからないのだ。椎名が見ろと指した指先を追うと、そこに並んでいたのは葵が折った小さな折り鶴だった。確かに昨晩は3匹だったのに2匹増えて5つも並んでる。
「これが何だよ」
「これってさ、葵くんが無自覚に出してる無言のSOSなんだと思うんだ、お前にも覚えがあるだろう」
「うん……あると言えばあるな、あるけどさ…」
事務所に来たその日、葵は「手っ取り早いから腎臓を買え」って喚きながらチマチマと丁寧に鶴を折っていた。
その後も何回か見かけたけど葵の口先は図太く野太い。意識した事は無かった。
「でもそれは寝る前から折ってたし俺とは関係ない……と思うけど……」
「え?それはどういう意味だ、お前…何かしたのか?」
「え?……いや…」
……しまった。
椎名が「葵はどうだ」と聞いたのは一昨日の事なのに、その後「何かあった」と自ら白状してしまった。
別に責められる事じゃ無いと思うけど、葵と寝たなんてバレたら何を言われるかわからない。
椎名は葵を「まだ保護が必要な小さな子供」として扱いたいのだ。普段を見ていればわかる。
常々に言っている葵は笑っていればいい、と言うのも本心だと思う。
「葵くんに何かしたんだな?」と言ってジロリと見上げて来る目が険しい。
ブンブンと首を振ってブンブンと頷く、そしてもう一回ブンブンと首を振った。
「何かって……何だよ」
「やっぱり……健二、お前葵くんに何か言っただろう」
「だから何かって何?まず椎名さんが先に言えよ、俺の送ったメッセージ読んだんだろ」
「ああ、だから聞いてる、何を言った?」
「何って、あんまりにも真っ白な顔をしてるからどうしたって聞いただけだ、そしたら漢らしく手首にカッターナイフだぜ?」
「それだけか?」
「驚かないのか?」
「驚いてるよ、それよりお前……」
「何でチンコを押さえてる」って……
押さえてた。
知らない間に抑えてた。
腰を引いて前屈みになってる。
慌てて背筋をのばすと椎名の眉間にギュッと皺が寄った。
もう駄目かもしれない。
昔から椎名には嘘を付けないのだ。
もっと正確に言えば嘘をついても速攻でバレる。
それに一線を超えたカップルって何をしている訳でも無いのにわかるものだ。
もしかして葵の態度が激変しちゃって「健二さん」って可愛く寄ってきたらイチャつく事間違いない。
うん。そこには自制心なんて存在しない。
ここは引き伸ばして誤魔化して時間を作ってから後で筋を通す。
「葵の奴遅いな」
「……………健二」
「コーヒーを……」
「健二……お前変だぞ」
「へ?」
「だから何で股間を抑えんだよ」
「ええ?!」
押さえてる。
何故か押さえてしまう。
椎名の腰がソファから浮いた。
そして顔から表情が無くなってる。
ここで吐いたら多分殴られる。
でも後でバレても殴られる。
そしてどうせバレる。
うん。
無理。
「だ…」
「だ?だって何だ」
「抱いちゃった」
テヘと笑ってペロっと……では済まないだろうなと思わず身構えたが、予想に反して椎名はハ~っと大きな溜息を吐き、力が抜けたように浮かせた腰をソファに落とした。
「怒らないの?」
「怒るも何も……最悪のタイミングで最悪な事をしてくれるな、お前は健全な下衆男を若さにかこつけて素直に邁進してたから油断してたわ」
「健全な下衆男って……新語だな」
「うるせえ!お前な!そのケがあるなら言え!そしたら葵くんをここに連れて来たりしなかったぞ」
「いや、ちょっと待ってよ、男とか女とかじゃなくて葵が好きだから抱いたんだ、それに突然襲いかかったつもりも無いし随分我慢しての話だ、遊びじゃないし……」
そこは椎名にも……勿論葵にもわかってもらいたい。手近に葵がいたから抱いた訳じゃない。
葵だから、葵が好きだから手に入れたいと思っただけだ。
弁解する気はないし、弁解する必要も無い。
黙ってしまうと「なあ…」と椎名が諭すような声を出した。
聞かん。
「俺は葵が好きなの」
「その話はまた別だ」
「別じゃ無い」
「いいから聞け、葵くんはさ、そんな目で見ると色っぽいだろ」
「そんな目で見てない、それに俺は男を漁る趣味なんか無い」
生意気で、口が悪くて、時に野良猫そのもので、大人であろうと突っ張っているくせに隠せない無邪気が漏れて出てくる所。
生きてきた環境が許して無かっただけで本来の葵はもっと天真爛漫なんだと思う。
そしてここにいれば、一緒にいればそれを引き出してやれるのは俺が一番合ってると自負がある。
もう一度フウ~っと長い溜息を吐いた椎名はちょっと座れと言って顔を覆った。
元々坐ろうと思ってたからコーヒーを持って向かいあったソファに行こうとすると、「床だ」と低い声で怒られた。
「殴るんだったらさっさと殴れ、言っとくけど俺は反省したりしないぞ、真面目に葵が好きだと言ってるんだ」
「いいから聞け」
「……何だよ」
そもそも葵は大人で(一応)椎名の持ち物じゃない。葵は600万の借金があると思い込んでいるがそんなもん無いのは椎名自身から聞いている。
逃げる気満々の葵をこの事務所で保護する為だと椎名が言うから黙っているのだ。
怒られる筋合いは無いと思うが……素直に従う。
もう随分長いけど椎名は何を考えているかわからないし、笑ってない椎名は怖いのだ。
床に正座をするとポンッと頭に手が乗った。
ビクッとしたけど目は逸らさない、目を閉じたりもしない、瞼に力を入れて踏ん張るとプチュっと目潰しをされた。
「痛えな」
「ふざけないで真面目に聞け」
「ふざけて無いで真面目に言え」
ニッコリと椎名は笑ったけど頭に乗った手がギギっと締めて結構なギリギリで押し留まっている事を知った。
背中を正して座り直す。
「健二がメッセージを送ってきた日、あの日の夕方だ」
椎名はそこまで言ってから煙草に火を付けてフウ~ッと吐き出した。もうタメが怖い。
「あの日って葵が死ぬって言ったって伝えたのに無視した日ですよね、椎名さんこそ葵に何か言ったんでしょう?事務所の脇で言い争ってる所を見ました、あの日の葵はおかしかった」
「俺が何か言ったんじゃ無い、ただ知ってたんだ」
「何を?」
「引田って男を知ってた」
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