水嶋さん

ろくろくろく

文字の大きさ
3 / 43

佐倉局長

しおりを挟む
水嶋のマンションは都心に近く、通勤にはとても便利な場所にあった。土地勘が無いから正確にはわからないが、車で走った感覚では急行の止まる駅まで徒歩10分も掛からないと思う。
賃貸だとすれば相当な家賃になりそうだった。

絶えず水を飲ませたせいかタクシーを降りる頃には水嶋は幾分かマシになっていた。まだ首は座ってないけど会話が出来るくらいまでは回復している。

しかし、まだ頼りない歩みはほぼ千鳥足だ。
コケルならコケればいいと思う。大人なんだから。
ユラユラしている水嶋を支えるつもりなんて無いけど、一応「振り」で袖を摘んで圧倒されるぐらい立派な建物を見上げた。

「凄え……さすがいい所に住んでますね、俺ならこの辺の家賃相場じゃ一月分も払えないです」
「お前次第だろ、やる事やればそのうち住めるようになる、うちは能力給が半端無いからな」
「簡単に言わないでくださいよ」

その能力給が曲者なのだ。まだ1円も付いてない今、お前は無能で馬鹿だと言われているような気になる。実績を積み、売り上げを勝ち取る未来が想像出来ないからこのまま営業職をやって行けるのか不安しか無い。

「萎んでいく自分しか思い浮かびません」
「萎む?何だそりゃ」
「皺々のカスカスです」
「何言ってんだ、お前はまだ23か24だろ?俺は25からここに住んでるぞ」
「え?水嶋さんって奥田製薬に入って何年目なんですか?ってか何歳?」
「28、俺は二十歳で入社したから今8年目かな?」
「ええ?28?!」

「文句でもあんのか」って水嶋は笑うけど、驚いたのは見た目の話じゃ無い。まさか5つしか変わらないとは知らなかった。もっと……ずっとずっと歳上だと思っていた。あまりに遠く、あまりに先を走っている印象に何となく、具体的に何歳かなんて考えもせずそう思ってた。

 そう聞いて改めて水嶋をよく見ると……何度も頭を引っ掻き、前髪が落ちてバラけているって事もあるが、いつもの精鋭オーラが無いせいなのか、今は大学生だと言われても納得出来る。

「24で…ここを?……」

酔った指が電子パネルに番号を打ち込むと無言で開いた一枚ガラスの自動ドアは五人が横並びになっても通れそうだ。天井が妙に高い豪華なエントランスにはリゾートみたいな藤の椅子が並び、観葉植物が繁っている。ピカピカに磨き上げられた床は顔が写るほど滑らかだった。

「何か……セレブな雰囲気ですね」
「やる気出るだろ?」
「いや……返ってプレッシャーになりました、俺にはミシミシと唸る木の床がお似合いです」

さっきまでは新入社員の三倍とか考えていたが水嶋はきっと新入社員の10倍くらい稼いでる。しかし、同じように8年働けば水嶋のようになれるかといえば……

ううん無理。

だって、やる気もスキルも根性も無い。
多分、この先も、勿論8年後もこんなマンションに縁があるとは思えないが家賃は幾らなんだろうと考えてみた。
それがモロ顔に出たらしい、頭の中を見透かしたように水嶋が笑った。

「江越が考えてる程俺は貰ってないぞ、ここは会社への利便性だけを考えて無理して借りてるだけだ」
「いや、それにしても高いでしょう」
「まあ、高いけどな、俺はあんまり金の使い道無いからな」
「そうでしょうね」

「え?何てった?」

「いえ…こっちの話です」

……危うく本音だ。
そんなの見てりゃ誰でもわかる。水嶋は見るからに無趣味そうでプラベートでもスーツを着て過ごしていそうだ。
ほら…今も。
言ってる側から携帯を取り出してメールをチェックをしている。これはマメと真面目を通り越して最早中毒だと思う。

「水嶋さん、今日は金曜ですよ?もう夜中ですよ?そんなものを今見ても気が重くなるだけでしょう」
「そうだけどな……うん、もう遅いな、お前帰れるのか?何なら泊まってくか?タクシーで帰るのも面倒だろ」
「それは嫌です」

「…………嫌………なのか?」
「はっきりとは言いにくいですがタクシー代を返してもらえればそれでいいです」
「何が言いにくいんだアホ、はっきり言ってるだろ」

「……植木に埋もれて寝るよりは……」
「おい、何か言ったか?」
「何も言ってません」

月曜になったら恐らくこのちょっとだけ柔らかい水嶋は消えて無くなるだろう。やむなく拾った面倒な物 《みずしま》にわざわざ悪い印象を与えても損をするだけだ。しかし、思いっきり遠慮しているつもりだったのに素が出て来てる。つまりは受け答えが雑になってる自覚はあるが、まあ……こっちだって酔ってるし、時間も遅いし眠いし、面倒クサイからそれも仕方が無いと思ってる。

しかし、ふらふらと目の前を歩いていくこの人は、細かい枯葉を後頭部に絡るただの間抜けに見えるけどそうでは無いのだ。
…だから余計な事を言わないように一歩下がって口を噤む。それはもう貞淑な妻のように楚々と付いてく。
お金を返して貰えればそれでいいのだ、この先何か問われればハイかいいえでカタをつける。

しかし……「幾ら欲しい」と聞かれたら?
タクシー料金は5860円だったけど、5860円では家まで帰れない。
では1万円と言えばいいのか…言ってもいいのか、この際だから黙って手を出し水嶋の良心に任せるか……なんて、そんな事ばっかり考えていたらエレベーターが止まっていた。

28階だって。
もし、エレベーターが動かなくなったらビルの孤島(?)だ。どこにも行けなくなるし、帰れなくなる。自分のアパートと比べたら確かに眺めはいいかもしれないが、ベランダに干した布団が飛んだら広い青空を満喫した後、駅前に落ちていそう。
28よりもっと上に続くパネルに目を奪われながら、前を見ないでエレベーターを降りたせいで水嶋が足を止めた事に気付いてなかった。
まるで邪魔にしたように酔った背中をドシンと押し出してしまった。

事故なんだけど、わざとじゃ無いんだけど相手は水嶋だ。
本来なら「ごめん」で済む相手じゃ無いのだが、幸いな事に怒ったりはしなかった。
そして振り返りもしない。その代わりジリジリと後退ってくる。

「水嶋さん?」

水嶋の視線を追うとドアが並んだ廊下の先を見ていた。 こんな夜中なのに誰かを待っているのか、そこには背の高い男がいた。何か事情があって煙草を吸いに出ているだけなのか、両腕を手摺りに置いて空を見上げている。
仕立てのいいスーツの足元には吸殻が床に散らかっていた。


「佐倉局長?……」

シンと沈んだ静けさの中、エレベーターの音は聞こえていてもおかしく無いのに、水嶋が名前を呼ぶと今気付いたようにゆっくりと振り向いた。ポツポツと灯る防犯灯は薄暗いのにパッと笑顔になったのがわかる。とても失礼だが………家にまで招き入れるような友達が水嶋にもいるなんて違和感しかない。
しかしどうやら親しいらしい、局長と呼ばれた真夜中の来客は手に持っていた火がついたままのタバコを床に投げ捨て、手を広げた。
 
何だその仕草………
ハグ?

日本人同士の挨拶で抱き合うとかしないと思うけど……水嶋がどうするのか思わず観察してしまったがやっぱりスルーした。
ホッとしたと言うか残念と言うか。見たくないけど、見たら笑えたと思う。



「水嶋か?」
「………はい」
「何だ、遅いじゃ無いか」
「申し訳ありません……あの…」

相手は親しげなのに水嶋の言葉は固い。
しかも寄っていくどころか体が引けてじわじわ下がってる。このままでは抱き留める構図になるからちょっと避けたりした。
それでも下がってくるからもう横並びになっている。

「誰ですか?」
「江越は黙ってろ、あの……今夜はもう遅いので…」
「遅くても明日は休みなんだから何も問題ないだろう、誰だよ、そいつ」
「これは私の後輩です、おい江越、挨拶しろ」

「………はあ」

黙ってろと言ったくせに。
妙な空気だった。
金曜日、時間はもう午前零時を過ぎてる、しかもここは個人的なマンションの廊下だ。どんなお偉いさんか知らないけど、拾った酔っ払いを送ってきた先で「誰だよ」って言われても明るく元気な新入社員はやってられない。しかし水嶋に命令されたから渋々と名刺を出したが相手はポケットに手を入れたままだ。

「こちらはワイズフードの佐倉局長だ、うちは随分お世話になってる」
「え?ワイズフード?」

──聞き返すなアホ、さっさとしろ
「は、はい」

酔ってるくせに仕事が絡むと水嶋は「水嶋」。
蹴ったりしなかったのは大口クライアントが目の前にいるからだ。小声でせっつかれて慌てて頭を下げた。

ワイズフードと言えば多数の食品メーカーを抱える大元の複合商社だ。牛丼の吉○屋、餃子の王○、どこに行っても目につくレストランチェーン、製菓メーカー、大手のコンビニ、知っているだけでもかなりあるが実態は多分もっと大きい。

真偽の程は調べてないが、水嶋自身が他所の会社に分散していた発注を取り纏め(奪ったとも言う)膨大な量を請け負う為にワイズフード専門の工場を建てさせたと伝説が残ってる。

水嶋の佐倉局長に対する口調は、家を行き来する友達相手に対する話し方じゃないが、仕事の用にしては時間はもう深夜、水嶋は酔っているし、「佐倉局長」も素面には見えない。
自宅まで来るなんて何の用なのか気にはなったが名刺を渡せばこの場は済む。

多分捨てられるけどね。

「今年入社した江越と申します」
「ああいいよ、どうせ俺には関係ない、水嶋を送ってきたんだろ?こいつは飲むとヘロヘロになるからな、ご苦労様、もう帰っていいぞ」

予想通りだけど……差し出した名刺は無視かい。

そして挨拶は途中でブチ切り。邪魔だと言わんばかりにハエを払うような仕草で手を振った。

「早くこっちに来い」と強く腕を引かれた水嶋は足がバラけてよろめいたがそのまま肩を引き寄せられて妙な具合でデカい男の胸に収まった。

何でもいいけど……わざわざ遠回りして厄介な荷物を運んできたのに、余計な事をするなと手の中から乱暴に取り返された感じだ。
"帰っていい"なんて偉そうに許可を出してくれなくても帰るけど帰れないから水嶋の部屋まで付いてきている。

「俺は…」

文句を言い掛けると、黙っていろと水嶋の踵が飛んできた。黙っていろは2回目だ。
次に何か言えと言われたらその時は黙ってやる。

「俺は好きでここにいるんじゃ……」
「佐倉局長……申し訳ありません、今日は無理です、タクシーを呼びますから…」
「ん?心配しなくてもそんなに待ってないぞ?」

「いえ、今日は江越と…あの、もう遅いので…」
「いいから早く鍵を開けろ」

大取引の相手だからなのか、佐倉は人に有無を言わさず強引だった、そして水嶋も困っているとわかるのに強く言わない。
どんな用があって、どんな権力があるのか知らないが仕事の取引を盾に取るならこの場所、この時間はおかしい。

「あの水嶋さん」
「関係の無い後輩君はさっさと帰れ、邪魔だ」
「でも…」
「いいから早く部屋の鍵を開けろ」

「はい」と言いなりになる水嶋は慌てて鍵を取り出し、危ない手元で鍵穴に差し込んでいる。
超高圧的な佐倉は人の話を聞けないタイプらしい、あくまで自分主体で話を進める人だった。どう見ても嫌がっている水嶋をドアに押し込み、「お金を取ってくるから待っていろ」と水嶋が言い終わる前にドアを閉めてしまった。
新人営業が空気のように扱われるなんてよくあるがちょっと異様だった。


「待ってろって言われなくても待ってるしか無いよな」

会社を軸に反対方向にある自宅のアパートまでは歩ける距離じゃ無い。高梨に借りた一万円はほぼタクシー代に使い切り、手持ちは4千円を切ってる。これではラブホテルにさえ泊まれない。
手摺に凭れてドアとドアの間隔が広い廊下を見渡した。

「それにしてもいいマンションだな、ここ……絶対に月20万以上するよな……」

28階からの景色は圧巻だった。
ここでも十分高い場所にあるが、手摺から身を乗り出して上を見上げるとまだまだ上はある。周辺にはこのマンションより高い建物は無く、遠くに見える高速道路の灯りが点々と伸び、空に登っていくカタパルトに見える。
絶対に無理だとわかっているけど、やる事も無いので「もしもここに住むなら」と、色々考えてしまった。

家賃に20万かけるとなると生活費とか高熱代、携帯代を入れて……
「手取り30…でも全く無理だな」

何かあった時の為に多少は貯金もしたいし、友達が一斉に社会人になった為か最近は飲み代の単価も上がってる。消耗の激しい靴は二ヶ月に一回くらいで駄目になるし同じスーツを着回すには限度もある。
ましてや彼女が出来たり結婚とかになると手取り40でも厳しいような気がする。

「今ん所そんな日は来ないと言い切れるな」

学生の頃に比べれば金はあるし、彼女でもいれば生活も華やぎそうだが……出会ってる暇がないのだ。あるかもしれないが目に入らない。
モテない…って事は無い(…と思う)

我ながら屑だと思うが、たまにエッチをさせてくれて後は放っといてくれる便利な女子がどこかにいないものかと思う。
所謂「セフレ」だが実際はそんな物ファンタジーの世界にしか存在しない、女子は金もかかるし手間暇かけないとどんどん重くなる。

「高梨辺りとつるんでる方が楽だもんな」

廊下に目を落とすと佐倉局長が捨てた煙草の吸殻が散らかってる。「そんなに待ってない」と言っていたがどう考えても嘘だ。

……ひと吸いで一本消費する肺活量があるなら別だけどね。

「汚えな」

この場所が禁煙かどうかの前に普通にマナーが悪い。そんなに親しい訳じゃ無いのに(多分)連絡もしないで押しかけて、無理矢理部屋に上り込むなんて非常識だ。

何かあいつ嫌い。

掃除してやる義理もないが、ここは水嶋の部屋の真ん前だ、せめて少しでもと、足で吸殻を寄せ集めて端っこに寄せた。

「一本くらい混ぜてもいいか……」

大学に入ってすぐ、まだ二十歳になっていなかった頃に煙草を覚えてしまった。
最近は吸える場所が減り、一箱で一週間は持つが止める気も電子タバコにする気も無い。
クシャクシャに潰れた箱を胸のポケットから出し、一本咥えて火を付けた。

遥か上に続く最上階はどんな奴が住んでるんだろうと、マンションの手摺から身を乗り出して口を開けると、口からはみ出た煙がモアモアと散っていく。
フッと息を吹きかけると白い塊が真ん中で割れた。

一本吸い終わって、もう一本……気がつけばもう随分待っている。携帯を見てみると一時半になっていた。

「え?あれ?水嶋さん…待ってろって言ったよな」

もしかして寝たのか?気を使う感じの客がいるのに?

「まさか部屋に入って速攻忘れたとか……」

まだ野宿出来るほど季節は進んで無い。取り敢えずタクシーに乗って途中でコンビニに寄るって手もあるが水嶋が待っていろと言ったから待っていた。

ちょっと躊躇したが……インターフォンを押してみる。

………暫く待っても無音だった。

返すつもりは無いが、何が何でもタクシー代を借りたいのだ。もう一回インターフォンを押すとドアの向こうからドタドタと走るような足音、続いて壁を打つ振動と共に苦しむような唸り声が聞こえた。

「水嶋さん?……」

ちょっと言い争っているような声も聞こえる。
何かトラブルでもあったのかとノブを引いてみると……鍵は掛かっていない。

カタンとドアが浮いた。
不意に開いてしまった扉は最安値のアパートより幅が広い、開けていいものか迷ったが、意を決して少しだけ開けて中を覗くと……

ドアと一緒に口も開いた。

玄関から入ってすぐ、まず目に入ったのは二足の革靴。一足は普通だがもう一足は異様にデカい。そこに住めそうな広い廊下の先に見えたのは、佐倉の広い背中と壁際の間に押し潰されている水嶋だった。

……どう解釈していいか……死に直面した時みたいに混線した頭の中で走馬灯が回る。
地平線の見える草原から物悲しげなメロディが聞こえ遠くに去っていった。

佐倉の腕は水嶋の腰に回り、肩口に沈めた顔は首筋に吸い付いてる……ように見えた。
酔って、フラついて、抱きついて……その瞬間を見ていると思いたいが…………抱き方が変だ。

「嘘……」

ドアを閉めたいが体が動かない、助けていいものかどうかもわからない、ここで俺が見ているのに二人は離れようとしない。
呆然としていると水嶋が佐倉の胸を押し退けて気まずそうに顔を背けた。

「待たせて悪かったな、これを…」

グッと手を握られ、渡されたのは二枚の万札だ。

「あの……困ってる…んですか?」

「……仕事だ」
「仕事って……」

水嶋の着ている白いシャツは臍の辺りまでボタンが外れて裾がズボンからはみ出てる。乱れた髪はまるで寝起きのように後頭部が混ぜ返り、覗き見える胸元には引くくらいデッカいキスマークが濡れて光ってる。本当に嘘みたいだが、ズボンのベルトはバックルが外れて前のチャックが半分開いていた。

水嶋の背後に立っている佐倉はさっさと帰れと言いたげに睨んでいる。

酒で回転が鈍った頭では検索が追い付かない。取り敢えずは「この場から逃げろ」と直下型の命令だけが体を動かした。

「お邪魔してすいません」

「江越、駅まで行けばタクシーが拾えると思うから……」
「俺は大丈夫です。お構いなく」

手に握らされたお金はその場に散らした。
貰えないし貰いたく無い。
もし誤解だとしても言い訳も真相も何も聞きたく無かった、まだ何か言っている水嶋を無視してドアを叩き閉めた。

アパートやマンションが建ち並ぶ街並みはもう眠りについて静まり返ってる。猫も鴉も車もヤンキーも……動く物は何も無い。駅もわからないけどいい。雨がパラつく道を雲に灯りが映っている明るい方に向かって闇雲に歩いた。

信じられなかった。
今見た事も、そんな事が現実にある事も。

勘違いだと思いたいが、多分勘違いじゃ無い。

電車も無ければ金も持ってない。そんな俺が外で待っているとわかっていながら、滅多に会えない恋人同士のように部屋に入った途端抱き合い……あんな事をしていた。

人の趣味に口を出すつもりも評価を落とすつもりも無いがあれは違う。恋人同士には見えなかった。

水嶋は枕営業をしている。

男が男にそんな古臭い手管を使うなんて信じられないが水嶋は「仕事」と口にした。

怖いが、手法は乱暴だが、半分でも出来るようになれればと憧れを持っていた水嶋の惨めな姿に……腹が立って、情けなくて、ほぼ半泣きになりながら駅に向かって歩いた。

今頃……二人が何をしているか考えると身の毛がよだつ。例え今すぐタクシーが見つかっても大人しくシートに収まるなんて出来そうもない。
朝までかかろうとも家まで歩く決心をして途中で見つけたコンビニに飛び込んだ。

水かコーヒー……

「いや…ビールだな」

500のビールを棚から取り出し、清算している途中でタブを開けると、大学生っぽい冴えない顔をしたバイトの店員が嫌な顔をした。

とにかく頭を冷やしたくて、コンビニから出ると降ったりやんだりしていた雨足がまた強くなってる。
今は濡れてもいい気分だがさすがにタイミングが悪い。雨のかからない端っこに座り込んでビールを流し込んだ。

「そりゃあそこまでするなら売り上げは上がるだろうけど……どんだけ仕事命なんだよ」

男と男という図式が存在するのはわかっているが、どこか別の世界にあるものだと思っていた。
……あの佐倉の態度が幾ら異様だったとしても……、まさかこんな身近に転がっていようとはさすがに想像も出来なかった。

しかも水嶋からそんな雰囲気を感じた事は無い、ホモが目を付けそうなマッチョなセクシーボディって訳じゃ無いし、反対にカマっぽいナヨった要素もない。

怒れば誰が相手でも口汚く怒鳴り散らし、誰も追いつけず、誰も寄せ付けない。
社内に親しい人間は見つけられず、巻き込まれると大変な事になるからみんな一定の距離を保ってる。
「おはようございます」の一言さえタイミングを見てしまい、周りには誰もいないのに周囲は大騒動、水嶋はそこだけ凪いだ台風の目のような存在だ。抜けた瞬間が無い為、モテるとかモテないとかの議論に入る余地も無いくらい孤高の人なのだ。
男と寝ているなんてしずかちゃんにち○こが付いているより驚いた。


「水嶋さんって……どんな顔してたっけ」

考えてみてもイメージでしか浮かんで来ない。
具体的な顔の造作が思い出せない。
落ち着いて隣に並んだ事さえ無く、背の高さすらわからなかった。

いつも忙しくて、いつも必死な水嶋。

「……ちょっと…待てよ」

水嶋は嫌がっているように見えた。
困っているようにも見えた。
二時間も同じ場所から動かず、酔いつぶれて眠いのに、それこそタクシーに乗れば10分で帰れるに、まだ帰らないとゴネていた。

「佐倉を……避けていた?」

佐倉から誘われているけど、会いたく無いから時間を潰していたのだとしたら?

…………助けた方が良かったのかもしれない。

帰れないから泊めてくれと乗り込めば幾ら佐倉だって変な事は出来なかった筈だ。
帰れと言われても、例え水嶋が駄目だと言っても玄関に倒れこんで寝たフリでもすればきっと助けられた。

どうしてあんな事になっているかは知らないが、どう考えても頑張って我慢するなんておかしい。
入社一年で売り上げはまだ白紙に近く能力給がゼロでもそれくらいは分かる。

もう遅いかもしれないが水嶋のマンションまで戻って……何が出来るか…。
ピンポン連打。
携帯を鳴らしまくり。

「あ……俺水嶋さんの携番知らんわ」

じゃあポストの穴から歌でも歌えばいい。

もし、コトの真っ最中だったら……

「コト……」

あの胸に付いたキスマークは……つまり佐倉がそこに口を付けてチューチュー吸ったって事だ。
ズボンのチャックが開いてたって事はそこに……
「うわっ!うわぁ!……うわ…」

具体的に考えたら怖い、気色悪い。
デカい佐倉が下になってヨガる姿は想像できないが、水嶋だって女の代わりに「その」役を当てはめるのは想像出来ないし生理的に無理。

しかし、変な可能性に気付いてしまった以上、このまま放っておく事は出来なかった。
飲んだ記憶も無いのにビールの缶は空になってる。
分別ゴミ箱に捨ててコンビニの軒下を出ると、バシバシとアスファルトを叩いていた雨は少し小降りになっていた。まだ止みそうにはないが濡れても構わなかった、噴火しそうな頭には丁度いい。


しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...