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Heaven3
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「睨んでないで座れよ、煙草を吸ってもいいか?」
「煙草を遠慮するくらいならもっと別の事に気を使ったらどうなんです、水嶋が困ってるって事くらいあんたの色惚けた変態の目にも見えるでしょう」
「色惚けてる……けどな」
ハハっと笑った佐倉は、吸ってもいいかと聞いたくせに返事を待たず、煙草に火を付けた。
佐倉の真似なんかしたく無いが、ここの所ずっと水嶋がいたから吸っていなかった煙草が欲しくてしょうがない、ヘニャヘニャになった煙草の箱を出すと火の付いたライターが目の前に出てきた。
「結構です」
こんな奴から火を貰うのさえ嫌だ。
ポケットを探ったがライターは見つからず仕方なく煙草を戻した。
「吸うんなら吸えよ、勝手にウイスキーを頼んだがそれでいいか?違うものが良ければ言えよ」
「俺はあんたと飲む気は無いから何でもいいです、言いたい事言ったら帰ります」
熱いな、と笑いながら煙を吐いた佐倉は腹が立つくらい余裕がある。すぐに出て来たウイスキーのグラスをまあ飲めよ、と前に押し出した。
喉が渇いてヒリヒリする。
出来ればビールを一気飲みしたい。
ウイスキーでもいいが…この量を飲み干せば「ホモ」とか「気色悪いとか」言ってはいけない事までがきっと漏れる。
グラスを前に押し返すと佐倉は口元だけで小さく笑い鼻を鳴らした。
「お前あの夜にマンションに来てた水嶋の後輩だよな、悪いが名前は覚えてない」
「俺は下っ端ですから御社に用は無い、名前なんてどうでもいいでしょう、水嶋も本来なら佐倉局長とは直接関係ない筈です。職権を利用して脅すなんて卑劣な真似はやめてください」
「脅す?何の事だ」
片方の眉を下げ、何の事だと訝しげな顔をしたって事は自覚が無いらしい。わかってないならもっとはっきり言う。
「取引を盾に取って関係を迫るなんて下衆だと言ってるんです。水嶋の困惑が見えてないならあんた馬鹿だろ」
「何か勘違いしてるんじゃ無いか?俺は真剣なんだ、確かに水嶋はまだ戸惑ってるが男同士の経験が無いんだから当然だろう?俺は急いでるつもりは無いし無理に進めるつもりも無い」
「滅茶苦茶無理矢理に見えましたけどね」
待ってくれと水嶋が言ってるのに部屋の中に引き摺り込み、同僚の目の前で行為を見せつける、さっきだって人目があった。もし同意だったとしても無作法で無神経だ。
「無理矢理じゃない、情熱的だと言ってくれ。俺は会いたくて会いたくてずっと待ってたんだぞ、ちょっとくらい強引になったって許してくれ」
「する事して30分で帰るって水嶋は便所ですか、取引先の相手だと遠慮してなかったら普通キレます」
「何?嫉妬?お前間男か?そう言えばあんな時間に上がり込もうとしてたな、申し訳ないが水嶋は俺と付き合ってる、諦めてくれ」
「水嶋はあなたと付き合ってません、あれはただの枕営業です、あの人は馬鹿が付く程真面目なんです、勘違いしないでください」
「勘違いじゃ無い、俺はちゃんと告白してOKを貰ってる」
「はい?」
「聞こえなかったのか?」
「聞こえたけど……」
告白って…
校舎の裏で?……何だそれ、中高生か。
「工場の裏に呼び出して好きだと言った」
工場かい……
そして佐倉。
自分で言って自分で照れるな。まるで似合って無い。思わず笑いそうになってコホンと咳払いで誤魔化した。
「何だ、やっぱり煙草が吸いたいんじゃないのか?」
「違います、話を戻しますがそれはあなたの職席に遠慮があったからです、見てればわかるでしょう、あんたの顔を見たら水嶋は逃げようと後ずさった。さっきだってオロオロしてたでしょう、困ってるんです。普通の男なら男から告白されて簡単にOKなんかしない、まともに物が見えてんならわかれよ」
「俺達が普通じゃ無いって言うのか?」
「そうじゃなくて…」
「お前は今店中の客を敵に回したぞ」
「へ?」
んっと首を振った佐倉の後ろで、カウンターの中にいた髭の店員が「こちらです」と言いたげに手を上げていた。壁に張り付いてライトアップされたカルプ看板には「Heaven__for Gay 」と書いてある。
しかも店中の視線が集まってる。
「嘘…ここ……」
「そう、俺はここで水嶋と初めて会った、意味はわかるな?」
それは聞いていたが……まさか本当にこんな普通の店だとは思ってなかった。
どうせ酔っ払っていたから変な店に迷い込んだ物だと決め付けていたが、確かに注意して見ないとゲイバーとはわからない。
「…すいません。今の発言は謝ります。あなた方を否定するつもりも差別するつもりもありませんが、俺が言いたいのは水嶋は違うんです、確かに誤解を与えたかもしれませんがあの人は仕事が終わると腑抜けて馬鹿になるんです、自分がどこにいるかわかってなかった、遊び相手を間違ってる」
「お前こそわかってない、俺は真面目だし遊びじゃ無い、惚れたからアタックした、そしたら付き合ってもいいと返事した、慣れてないのはわかってる、俺だって必死なんだ」
……通じない……
嘘みたいだが佐倉は手ぐさなみに揶揄ってるんじゃ無い、本気で水嶋に嵌ってる。これはややこしい事になって来た。
「あの……水嶋は……水嶋のどこが…あんたは水嶋をわかってない」
「だからわかってないのはお前の方だ、あいつはいいぞ。俺が声をかけなきゃ他の奴に盗られてた」
「男にモテる要素が水嶋にあるのかどうか俺にはわかりませんけど嫌がってるのは事実です」
「そうか?ちょっと触っただけで気持ち良さそうにうっとりしてるけど?」
「ぶぉほ……」
真顔を保ったつもりだが咽せて変な咳が出た。
聞きたく無い。
そんな水嶋を想像したく無い。
「そういう話はやめましょう……ってかやめろ」
「一目惚れなんだよ、あの腰付きが堪らん」
「体が目当てって宣言すんな、せめて顔が好みだったとか言え」
「……顔が好きだ」
「言い直すな」
「何だよ!お前だってケツとか頸《うなじ》とか見るだろ!」」
「見るけど「あなたのケツに惚れました」って正直に言えばまずフラれますね」
そもそもこの話題がおかしい。
論点がズレている事は分かっているが意外と馬鹿な佐倉に乗せられて修正出来ない。
それは多分ちょっと酔ってるからだと思う。
だって飲まずにこんな話出来るわけないじゃないか。
ピッチが早いウイスキーの消費に店員は最早カウンターに戻らず、ボトルを抱いて客先に座ってる。
もう止めたいのについつい飲んでしまうし、ガラスが空いたら自動補給されるのだ。
「とにかく、水嶋を変な目で見るのはやめてくれ、ケツが好きだ?俺もケツは好きだけど少なくともケツだけで好きになったりはしない」
「誰がケツだけだと言った?あいつ色んな所が敏感でな、特に中は最初からいい具合だった……ああ堪らん……」
「なななな中って?!」
「男のGスポット……」
おお……と店の中から遠慮がちなどよめきが上がった。
他にいた客が聞き耳を立てているのは知ってたが、出来れば参加するのは遠慮して欲しい。
「アブノーマルな趣味をこんな所で暴露するのはやめてください」
「ここだからいいんだろ、それにアブノーマルって事も無いぞ、街にある「普通の男」が通ってるような性感マッサージのメニューにもあるしエネマグラは元々医療器具だぞ」
「エネ?……いや…やっぱいいです」
聞きかけたがどうせろくなもんじゃ無い、変な知識を増やてもロクな事にならない。
「エネマグラを知らないのか」
「もういいって言ってるでしょ!」
「無知な子猫ちゃんだな、男全員がドライでイケたりしないから水嶋みたいに感度がいいと萌えるんだ、ちょっと触っただけで…」
「やめろ!!」
思わず立ち上がると膝がテーブルを蹴ってグラスが倒れた。
いつの間にか増量してる液体がじわっと広がり、テーブルの縁から溢れてぼたぼたと靴を濡らしていく。
「何だよ、お前……やっぱり水嶋を狙ってるな?俺は譲らんぞ」
「それってやっぱり体が目当てって事ですよね?惚れてるなんて嘘つくな」
「顔も体も心も全部水嶋の一部だろう、一目惚れって言ったがそれは今だから言える結果論だ。見た目に惹かれて話して惚れる、そんなもんだ、お前は?顔か?腰か?性格か?水嶋を見てて何も思わないって事ないだろ、どこを見てる」
「どこって……」
「どこだよ、早く言え」
どこと言われても………仕事のイメージが強烈で顔がはっきりしないくらいなのだ。じっくり見たのは今日の飲み屋が始めてと言っていい。
しかし、早く言えって上司オーラにせっつかれ、ついその時の感想を言ってしまったのが失敗の始まりだった。
「首が長いな…と思った事はありますけど…」
「首かあ……わかるわ、首から背中の線がいいよな」
「性格はクソな所と不器用で面白い所が…」
「不器用だな…見てたら笑えるしちょっと間抜けだよな」
「そうそう、そうなんですよね……って…何で俺が惚れてるって前提なんですか!」
「落ち着けよ、まず座れ」
デカい図体でキモく照れたりデレたりモジったりしてたくせに……佐倉はやっぱり人の上に立つ立場なんだな、と改めて思う。さっとデキる男に早変わりして、山崎を抱えてもうすっかり観客になってる店員に合図を送った。
働いてない……
お店の人はもう働いてない。
慌てて立ち上がりすぐにおしぼりを持って来てくれた店員は熱いタオルを広げて差し出し、「あの、鍵なんですけど……」とドアを指差した。
「そろそろ混み合う時間なんで……」
「あ……ああそうか…すいませんでした」
開店している店に鍵を掛けさせるなんて承諾してくれた事自体が奇跡なのだ。佐倉の"偉い人"オーラで押し込んだが、いくら金を払うと言っても後々の不利益までは責任が持てない。
「本当にすいませんでした、でも…ちょっと外を覗いてからでもいいですか?」
「……いいですけど…」
仕事の一部と認定しているなら水嶋の事だ、朝までだって待っている可能性が高い。諦めて大人しく帰ってるなんて考えにくい。
ただでも混戦しているのに、水嶋を同席させてはまともな話が出来なくなる、……今の所まともとは言えないけど、なんせゲイからの告白に意味も考えずにOKを出す人だ、ここに水嶋が混ざれば佐倉を優先する事は目に見えてる。
佐倉から確認を求められるときっと「オツキアイシテマス」とかカクカクになってても言いそうだ。または「かしこまりました」って受注する。
ドアの鍵を開け、細い隙間から外を覗こうとすると佐倉が背中から腕を伸ばしてドアを大きく開けてしまった。
すると……案の定……と言うかもう必然だった。
少し離れた所で待ち構えていた水嶋がピョンと跳ね猛然と走って来る。
「わっ!やっぱりいた」
「待てよ、俺が言えば帰るだろう」
慌ててドアを閉めようとすると佐倉は店の前に出て走ってくる水嶋に駆け寄った。
普通に話せばいいのに…走る足に急ブレーキを掛けた水嶋を両手を広げて抱きとめた。
肩を押し返し「申し訳ありません」と口を開き掛けた水嶋の唇を指で押さえて「大丈夫」と笑ってる。
もうこれは昼ドラかコントだろ。
若い男女でやってても浸りすぎだって笑える。
佐倉の印象は……もう只の危ない人だ。
あんまりにも恥ずかしくて粘っとした汗が額に浮いた。その汗を舐めたらきっと練乳の味がすると思う。噎せるくらい甘い話声は聞いてるだけで半笑いになった。
「今日は帰れ、あいつはお前を心配しているだけだ、俺も我慢するから」
「でもこの度は大変な失礼を……」
「いいから帰れ……俺は心配無い……帰って……くれ」
俺「も」って何だ。水嶋は売り上げの心配しかしてない。
後はゴニョゴニョ言ってて聞き取れないが、成る程佐倉に言われれば水嶋は言いなりになる。暫くすると頭を深く下げて帰って行った。
振り返った佐倉は……本当に何なんだその湿った顔は……。
「何で泣くんですか……怖いんですけど…」
「三週間ぶりだったんだぞ…会いたくて顔が見たくて……仕事が手につかない程だったんだ」
「はあ…」
それはどこの誰の話だ。
佐倉の中の水嶋はキラキラ輝く光の中で「うふふ」と笑う女優ばりの美女に変換されてる。
例え本当に相手が美女だったとしても佐倉のキャラは謎でしか無い。
「佐倉さんって本当にワイズフードの局長なんですか?」
「それとこれに何の関係があるんだ、水嶋には金曜しか暇が無いって言われてて、その金曜も忙しいって言われて……それでも帰ってくるだろうとマンションに行ったら待っても待っても帰ってこないし…」
「ああ、やっぱり待ち伏せしてたんですね、無駄だからやめてくださいね。水嶋は俺の部屋に泊めてます」
「はあ?……お前……水嶋に手を出したな?」
「出してません」
「どこまでした?水嶋は慣れてないって言ったよな?まさか無理させたり……うわ…だからか…浮気したって悩んでるんだ……可愛そうに」
「いや……だから……」
話を聞いてくれ……
どうしてか佐倉のペースに乗せられて進めたい方向から会話が逸れていく。
数分話してきっぱり断りを入れ、さっさと帰るつもりだったのに、いつの間にか三角関係の泥沼劇にゲスト出演してる。
「やったのか?」
「やってません、俺はゲイじゃないです」
「水嶋と一緒にいれば誰だって惚れる。惚れてるだろ」
惚れてると言えばある意味惚れてる。でも今ここで正直に惚れてると言えば、彼方明後日の方向まで話が飛んでいく。言葉を選んで、それでも真摯に回答した。
「そ……尊敬はしてます、時々腑抜けますが凄い人ですから」
「水嶋から手を引いてもらおう」
「だから普通に受け取れ、頼むから俺を巻き込むな」
「ふん、その様子じゃまだ大した事はさせてもらってないな?今のうちに手を引け、お前の為だ」
「手を引くも何も俺は水嶋の後輩です、しかも今二人で外回りをしているから離れるのは無理ですね、あんたから守る為にもマンションから遠ざけます。それはやめない」
「…それは戦線布告だな?そう取ったぞ」
「あんたとは言葉が通じないから諦めますけど宣戦布告に意義はありません」
「俺は水嶋のケツを守る、守ってみせ……」
そこまで言った佐倉の言葉はバァンっとテーブルを打った誰かの腕に邪魔されて聞き取れない、何が起こったのかわからなかった。
「え?…あれ?」
恥ずかしすぎる誓いを途中で遮られた佐倉と同時に、手の主を見上げると幻かドッキリか……知っている顔が怒りの形相でわなわなと震えてる。
「た……タカナシ?」
「江越……お前俺を揶揄って遊んでたのか?」
「お前…何でここに……」
「うるせえ!!お前な!男でも行けるんならそう言えよ!!俺がどれ程我慢してどれ程気を使ってどれ程苦しんだか!!」
また一人、言葉の通じない相手が増えた。
親友の高梨に見えるのに知っているイメージと違う。
「高梨?……お前高梨だろ?何言ってる?」
「どう聞いたってお前らの会話は一人の男を取り合う喧嘩だろうが!相手はあの水嶋だろ?偉そうで横暴で馬鹿でだらし無い!!あんな奴でもいいなら俺でもいいだろ!」
英語?
「どうした?どうした?お前いつからここにいるんだ」
「最初からいたよ!ずっといた!全部聞いてた!今度水嶋に会ったらぶっ飛ばす!」
「たたた高梨?」
高梨がどこから湧いて出たのか、何を怒っているのかよくわからなかったがマズイ事に佐倉が参戦した。
「お前が誰だか知らんが水嶋を悪く言うな!ぶっ飛ばしてみろ、仕事場まで押しかけてぶっ飛ばして返す!」
そして高梨も応戦した。最悪。
「あんたもあんただ!やり方がマズイから江越があんな奴に誘惑されてんだ!」
「高梨……誤解だ、落ち着け」
「やり方がマズいって何だ!お前見てたのか?知ってるのか?俺は丁寧且つ慎重に付き合ってる」
「怖がらせてるだろ!下手くそ!」
「…なあ……高梨…佐倉さんも……」
「失礼な奴だな!おい!お前!彼氏がいるんじゃないか!二股か?あちこち手を出しやがって下衆はどっちだ!今後一切水嶋に関わるな!」
「彼氏じゃ…」
「江越が俺の彼氏ならこんな所で喚いてないわ!振られて振られてノンケならと諦めてたらこれだ!」
「そんなの知るか!人の恋人に手を出す暇があったら手近な奴と付き合えってこいつに言えよ!ヘタれ!」
何でこうなった?
何が悪かった?
何で高梨がこの店にいて謎の争いに参戦してる
「高梨?もう一回聞くけどお前高梨だよな?」
「江越!お前あんな会社辞めろ!水嶋といるから色ボケしてるんだ!離れて俺といろ!こんな奴らに染まって汚されたくない!俺が養ってやる!このおっさんみたいに怖がらせたりしない!」
「おう付き合え付き合え!それでもう二度と水嶋をエロい目で見ないようこいつを躾けろ!」
「……黙れ…」
「あんたこそ江越に色目を使うなって水嶋に言っとけ……」
「黙れ!」
「俺は」
「黙れ黙れっ!!黙れっ!やめろっったらやめろ!」
手近にあったグラスの中身をぶちまけて床に叩きつけてやった。シンと一瞬の間静まり返った店内でどこからともなく「おお~~っ」と拍手が巻き起こってる。
「江…」
「黙れ、高梨」
「おま…」
「佐倉さん、あんたも黙れ、二人共もう一言でも喋ったら殴る。それから今拍手をくれた人、騒いで悪いとは思ってますが酒の肴に盗み聞くな、わかったら二人共座れ」
うん、うん、と店中が頷き、こちらに向けていた椅子をガタガタと戻して座り直したが、店長を含めて全員の頬が緩んでる。
余程面白かったに違いない。
一見店の中はそれぞれの会話に戻ったように見えるが聞き耳を立てているのは間違いなかった。
「二人共、口を開くなよ、他の人も参加するな、取り敢えずは俺の話を聞け」
佐倉と高梨もうん、うんと頷いているがどうやら納得はしていない。2人共不満そうに口を尖らせ反撃の機会を狙っている。今少しでも隙を与えればも一回同じ事の繰り返しだ。
テーブルでは吸い取りきれなかったウイスキーで黄色くなってるおしぼりが新たに溢れたもう一つのグラスの隣で溺れていた。
カラカラになった喉に潤いが欲しくてビールを注文すると、すぐに出て来た三つのグラスは一気に空いた。走ったわけでもないのに三人共ハーハーと肩を揺らしている。
「まずは佐倉局長、あなたが水嶋を好きで真面目な事はよーくわかりました。でもあの人が仕事の枷で遠慮しているのは本当なんです。好きな相手を思いやるなら突っ走らないでちゃんと本音を聞いてください」
佐倉がうんうんと頷いた。
こっちはよし。
「それから高梨、俺と水嶋さんはあくまで会社の先輩と後輩だ、俺は誰とも付き合ってないし今の所そんな予定は無い」
高梨もうんうん。
「最後は二人共に言う、ゲイを差別しないと言ったが区別はしてくれ、俺と水嶋さんはあんたらとは違う。もし同じベッドで裸になって寝ても何も起こらない。」
「裸で抱き合ってるのか?」
「裸でベッドに?」
裸でベッド…裸でベッド……観客の放つ木霊が波打ってる。
「例えだ!声を揃えて同じ事言わないでくれ、あんたら普通の俺達を巻き込まないでいっそゲイ同士で付き合えよ、丸く収まるだろう」
「お前……それは色々間違ってるぞ」
それはあり得ない事なのだ、と「ウケ」と「タチ」についての講義が始まった。ついでに「恋とは」と佐倉が振るう熱弁に、聞くなと釘を刺した店の客まで加わり……大論争。
結果。ゲイの知り合いがどっと増えてしまった。
「煙草を遠慮するくらいならもっと別の事に気を使ったらどうなんです、水嶋が困ってるって事くらいあんたの色惚けた変態の目にも見えるでしょう」
「色惚けてる……けどな」
ハハっと笑った佐倉は、吸ってもいいかと聞いたくせに返事を待たず、煙草に火を付けた。
佐倉の真似なんかしたく無いが、ここの所ずっと水嶋がいたから吸っていなかった煙草が欲しくてしょうがない、ヘニャヘニャになった煙草の箱を出すと火の付いたライターが目の前に出てきた。
「結構です」
こんな奴から火を貰うのさえ嫌だ。
ポケットを探ったがライターは見つからず仕方なく煙草を戻した。
「吸うんなら吸えよ、勝手にウイスキーを頼んだがそれでいいか?違うものが良ければ言えよ」
「俺はあんたと飲む気は無いから何でもいいです、言いたい事言ったら帰ります」
熱いな、と笑いながら煙を吐いた佐倉は腹が立つくらい余裕がある。すぐに出て来たウイスキーのグラスをまあ飲めよ、と前に押し出した。
喉が渇いてヒリヒリする。
出来ればビールを一気飲みしたい。
ウイスキーでもいいが…この量を飲み干せば「ホモ」とか「気色悪いとか」言ってはいけない事までがきっと漏れる。
グラスを前に押し返すと佐倉は口元だけで小さく笑い鼻を鳴らした。
「お前あの夜にマンションに来てた水嶋の後輩だよな、悪いが名前は覚えてない」
「俺は下っ端ですから御社に用は無い、名前なんてどうでもいいでしょう、水嶋も本来なら佐倉局長とは直接関係ない筈です。職権を利用して脅すなんて卑劣な真似はやめてください」
「脅す?何の事だ」
片方の眉を下げ、何の事だと訝しげな顔をしたって事は自覚が無いらしい。わかってないならもっとはっきり言う。
「取引を盾に取って関係を迫るなんて下衆だと言ってるんです。水嶋の困惑が見えてないならあんた馬鹿だろ」
「何か勘違いしてるんじゃ無いか?俺は真剣なんだ、確かに水嶋はまだ戸惑ってるが男同士の経験が無いんだから当然だろう?俺は急いでるつもりは無いし無理に進めるつもりも無い」
「滅茶苦茶無理矢理に見えましたけどね」
待ってくれと水嶋が言ってるのに部屋の中に引き摺り込み、同僚の目の前で行為を見せつける、さっきだって人目があった。もし同意だったとしても無作法で無神経だ。
「無理矢理じゃない、情熱的だと言ってくれ。俺は会いたくて会いたくてずっと待ってたんだぞ、ちょっとくらい強引になったって許してくれ」
「する事して30分で帰るって水嶋は便所ですか、取引先の相手だと遠慮してなかったら普通キレます」
「何?嫉妬?お前間男か?そう言えばあんな時間に上がり込もうとしてたな、申し訳ないが水嶋は俺と付き合ってる、諦めてくれ」
「水嶋はあなたと付き合ってません、あれはただの枕営業です、あの人は馬鹿が付く程真面目なんです、勘違いしないでください」
「勘違いじゃ無い、俺はちゃんと告白してOKを貰ってる」
「はい?」
「聞こえなかったのか?」
「聞こえたけど……」
告白って…
校舎の裏で?……何だそれ、中高生か。
「工場の裏に呼び出して好きだと言った」
工場かい……
そして佐倉。
自分で言って自分で照れるな。まるで似合って無い。思わず笑いそうになってコホンと咳払いで誤魔化した。
「何だ、やっぱり煙草が吸いたいんじゃないのか?」
「違います、話を戻しますがそれはあなたの職席に遠慮があったからです、見てればわかるでしょう、あんたの顔を見たら水嶋は逃げようと後ずさった。さっきだってオロオロしてたでしょう、困ってるんです。普通の男なら男から告白されて簡単にOKなんかしない、まともに物が見えてんならわかれよ」
「俺達が普通じゃ無いって言うのか?」
「そうじゃなくて…」
「お前は今店中の客を敵に回したぞ」
「へ?」
んっと首を振った佐倉の後ろで、カウンターの中にいた髭の店員が「こちらです」と言いたげに手を上げていた。壁に張り付いてライトアップされたカルプ看板には「Heaven__for Gay 」と書いてある。
しかも店中の視線が集まってる。
「嘘…ここ……」
「そう、俺はここで水嶋と初めて会った、意味はわかるな?」
それは聞いていたが……まさか本当にこんな普通の店だとは思ってなかった。
どうせ酔っ払っていたから変な店に迷い込んだ物だと決め付けていたが、確かに注意して見ないとゲイバーとはわからない。
「…すいません。今の発言は謝ります。あなた方を否定するつもりも差別するつもりもありませんが、俺が言いたいのは水嶋は違うんです、確かに誤解を与えたかもしれませんがあの人は仕事が終わると腑抜けて馬鹿になるんです、自分がどこにいるかわかってなかった、遊び相手を間違ってる」
「お前こそわかってない、俺は真面目だし遊びじゃ無い、惚れたからアタックした、そしたら付き合ってもいいと返事した、慣れてないのはわかってる、俺だって必死なんだ」
……通じない……
嘘みたいだが佐倉は手ぐさなみに揶揄ってるんじゃ無い、本気で水嶋に嵌ってる。これはややこしい事になって来た。
「あの……水嶋は……水嶋のどこが…あんたは水嶋をわかってない」
「だからわかってないのはお前の方だ、あいつはいいぞ。俺が声をかけなきゃ他の奴に盗られてた」
「男にモテる要素が水嶋にあるのかどうか俺にはわかりませんけど嫌がってるのは事実です」
「そうか?ちょっと触っただけで気持ち良さそうにうっとりしてるけど?」
「ぶぉほ……」
真顔を保ったつもりだが咽せて変な咳が出た。
聞きたく無い。
そんな水嶋を想像したく無い。
「そういう話はやめましょう……ってかやめろ」
「一目惚れなんだよ、あの腰付きが堪らん」
「体が目当てって宣言すんな、せめて顔が好みだったとか言え」
「……顔が好きだ」
「言い直すな」
「何だよ!お前だってケツとか頸《うなじ》とか見るだろ!」」
「見るけど「あなたのケツに惚れました」って正直に言えばまずフラれますね」
そもそもこの話題がおかしい。
論点がズレている事は分かっているが意外と馬鹿な佐倉に乗せられて修正出来ない。
それは多分ちょっと酔ってるからだと思う。
だって飲まずにこんな話出来るわけないじゃないか。
ピッチが早いウイスキーの消費に店員は最早カウンターに戻らず、ボトルを抱いて客先に座ってる。
もう止めたいのについつい飲んでしまうし、ガラスが空いたら自動補給されるのだ。
「とにかく、水嶋を変な目で見るのはやめてくれ、ケツが好きだ?俺もケツは好きだけど少なくともケツだけで好きになったりはしない」
「誰がケツだけだと言った?あいつ色んな所が敏感でな、特に中は最初からいい具合だった……ああ堪らん……」
「なななな中って?!」
「男のGスポット……」
おお……と店の中から遠慮がちなどよめきが上がった。
他にいた客が聞き耳を立てているのは知ってたが、出来れば参加するのは遠慮して欲しい。
「アブノーマルな趣味をこんな所で暴露するのはやめてください」
「ここだからいいんだろ、それにアブノーマルって事も無いぞ、街にある「普通の男」が通ってるような性感マッサージのメニューにもあるしエネマグラは元々医療器具だぞ」
「エネ?……いや…やっぱいいです」
聞きかけたがどうせろくなもんじゃ無い、変な知識を増やてもロクな事にならない。
「エネマグラを知らないのか」
「もういいって言ってるでしょ!」
「無知な子猫ちゃんだな、男全員がドライでイケたりしないから水嶋みたいに感度がいいと萌えるんだ、ちょっと触っただけで…」
「やめろ!!」
思わず立ち上がると膝がテーブルを蹴ってグラスが倒れた。
いつの間にか増量してる液体がじわっと広がり、テーブルの縁から溢れてぼたぼたと靴を濡らしていく。
「何だよ、お前……やっぱり水嶋を狙ってるな?俺は譲らんぞ」
「それってやっぱり体が目当てって事ですよね?惚れてるなんて嘘つくな」
「顔も体も心も全部水嶋の一部だろう、一目惚れって言ったがそれは今だから言える結果論だ。見た目に惹かれて話して惚れる、そんなもんだ、お前は?顔か?腰か?性格か?水嶋を見てて何も思わないって事ないだろ、どこを見てる」
「どこって……」
「どこだよ、早く言え」
どこと言われても………仕事のイメージが強烈で顔がはっきりしないくらいなのだ。じっくり見たのは今日の飲み屋が始めてと言っていい。
しかし、早く言えって上司オーラにせっつかれ、ついその時の感想を言ってしまったのが失敗の始まりだった。
「首が長いな…と思った事はありますけど…」
「首かあ……わかるわ、首から背中の線がいいよな」
「性格はクソな所と不器用で面白い所が…」
「不器用だな…見てたら笑えるしちょっと間抜けだよな」
「そうそう、そうなんですよね……って…何で俺が惚れてるって前提なんですか!」
「落ち着けよ、まず座れ」
デカい図体でキモく照れたりデレたりモジったりしてたくせに……佐倉はやっぱり人の上に立つ立場なんだな、と改めて思う。さっとデキる男に早変わりして、山崎を抱えてもうすっかり観客になってる店員に合図を送った。
働いてない……
お店の人はもう働いてない。
慌てて立ち上がりすぐにおしぼりを持って来てくれた店員は熱いタオルを広げて差し出し、「あの、鍵なんですけど……」とドアを指差した。
「そろそろ混み合う時間なんで……」
「あ……ああそうか…すいませんでした」
開店している店に鍵を掛けさせるなんて承諾してくれた事自体が奇跡なのだ。佐倉の"偉い人"オーラで押し込んだが、いくら金を払うと言っても後々の不利益までは責任が持てない。
「本当にすいませんでした、でも…ちょっと外を覗いてからでもいいですか?」
「……いいですけど…」
仕事の一部と認定しているなら水嶋の事だ、朝までだって待っている可能性が高い。諦めて大人しく帰ってるなんて考えにくい。
ただでも混戦しているのに、水嶋を同席させてはまともな話が出来なくなる、……今の所まともとは言えないけど、なんせゲイからの告白に意味も考えずにOKを出す人だ、ここに水嶋が混ざれば佐倉を優先する事は目に見えてる。
佐倉から確認を求められるときっと「オツキアイシテマス」とかカクカクになってても言いそうだ。または「かしこまりました」って受注する。
ドアの鍵を開け、細い隙間から外を覗こうとすると佐倉が背中から腕を伸ばしてドアを大きく開けてしまった。
すると……案の定……と言うかもう必然だった。
少し離れた所で待ち構えていた水嶋がピョンと跳ね猛然と走って来る。
「わっ!やっぱりいた」
「待てよ、俺が言えば帰るだろう」
慌ててドアを閉めようとすると佐倉は店の前に出て走ってくる水嶋に駆け寄った。
普通に話せばいいのに…走る足に急ブレーキを掛けた水嶋を両手を広げて抱きとめた。
肩を押し返し「申し訳ありません」と口を開き掛けた水嶋の唇を指で押さえて「大丈夫」と笑ってる。
もうこれは昼ドラかコントだろ。
若い男女でやってても浸りすぎだって笑える。
佐倉の印象は……もう只の危ない人だ。
あんまりにも恥ずかしくて粘っとした汗が額に浮いた。その汗を舐めたらきっと練乳の味がすると思う。噎せるくらい甘い話声は聞いてるだけで半笑いになった。
「今日は帰れ、あいつはお前を心配しているだけだ、俺も我慢するから」
「でもこの度は大変な失礼を……」
「いいから帰れ……俺は心配無い……帰って……くれ」
俺「も」って何だ。水嶋は売り上げの心配しかしてない。
後はゴニョゴニョ言ってて聞き取れないが、成る程佐倉に言われれば水嶋は言いなりになる。暫くすると頭を深く下げて帰って行った。
振り返った佐倉は……本当に何なんだその湿った顔は……。
「何で泣くんですか……怖いんですけど…」
「三週間ぶりだったんだぞ…会いたくて顔が見たくて……仕事が手につかない程だったんだ」
「はあ…」
それはどこの誰の話だ。
佐倉の中の水嶋はキラキラ輝く光の中で「うふふ」と笑う女優ばりの美女に変換されてる。
例え本当に相手が美女だったとしても佐倉のキャラは謎でしか無い。
「佐倉さんって本当にワイズフードの局長なんですか?」
「それとこれに何の関係があるんだ、水嶋には金曜しか暇が無いって言われてて、その金曜も忙しいって言われて……それでも帰ってくるだろうとマンションに行ったら待っても待っても帰ってこないし…」
「ああ、やっぱり待ち伏せしてたんですね、無駄だからやめてくださいね。水嶋は俺の部屋に泊めてます」
「はあ?……お前……水嶋に手を出したな?」
「出してません」
「どこまでした?水嶋は慣れてないって言ったよな?まさか無理させたり……うわ…だからか…浮気したって悩んでるんだ……可愛そうに」
「いや……だから……」
話を聞いてくれ……
どうしてか佐倉のペースに乗せられて進めたい方向から会話が逸れていく。
数分話してきっぱり断りを入れ、さっさと帰るつもりだったのに、いつの間にか三角関係の泥沼劇にゲスト出演してる。
「やったのか?」
「やってません、俺はゲイじゃないです」
「水嶋と一緒にいれば誰だって惚れる。惚れてるだろ」
惚れてると言えばある意味惚れてる。でも今ここで正直に惚れてると言えば、彼方明後日の方向まで話が飛んでいく。言葉を選んで、それでも真摯に回答した。
「そ……尊敬はしてます、時々腑抜けますが凄い人ですから」
「水嶋から手を引いてもらおう」
「だから普通に受け取れ、頼むから俺を巻き込むな」
「ふん、その様子じゃまだ大した事はさせてもらってないな?今のうちに手を引け、お前の為だ」
「手を引くも何も俺は水嶋の後輩です、しかも今二人で外回りをしているから離れるのは無理ですね、あんたから守る為にもマンションから遠ざけます。それはやめない」
「…それは戦線布告だな?そう取ったぞ」
「あんたとは言葉が通じないから諦めますけど宣戦布告に意義はありません」
「俺は水嶋のケツを守る、守ってみせ……」
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「え?…あれ?」
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「た……タカナシ?」
「江越……お前俺を揶揄って遊んでたのか?」
「お前…何でここに……」
「うるせえ!!お前な!男でも行けるんならそう言えよ!!俺がどれ程我慢してどれ程気を使ってどれ程苦しんだか!!」
また一人、言葉の通じない相手が増えた。
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「高梨?……お前高梨だろ?何言ってる?」
「どう聞いたってお前らの会話は一人の男を取り合う喧嘩だろうが!相手はあの水嶋だろ?偉そうで横暴で馬鹿でだらし無い!!あんな奴でもいいなら俺でもいいだろ!」
英語?
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「お前が誰だか知らんが水嶋を悪く言うな!ぶっ飛ばしてみろ、仕事場まで押しかけてぶっ飛ばして返す!」
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「…なあ……高梨…佐倉さんも……」
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「おう付き合え付き合え!それでもう二度と水嶋をエロい目で見ないようこいつを躾けろ!」
「……黙れ…」
「あんたこそ江越に色目を使うなって水嶋に言っとけ……」
「黙れ!」
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「黙れ黙れっ!!黙れっ!やめろっったらやめろ!」
手近にあったグラスの中身をぶちまけて床に叩きつけてやった。シンと一瞬の間静まり返った店内でどこからともなく「おお~~っ」と拍手が巻き起こってる。
「江…」
「黙れ、高梨」
「おま…」
「佐倉さん、あんたも黙れ、二人共もう一言でも喋ったら殴る。それから今拍手をくれた人、騒いで悪いとは思ってますが酒の肴に盗み聞くな、わかったら二人共座れ」
うん、うん、と店中が頷き、こちらに向けていた椅子をガタガタと戻して座り直したが、店長を含めて全員の頬が緩んでる。
余程面白かったに違いない。
一見店の中はそれぞれの会話に戻ったように見えるが聞き耳を立てているのは間違いなかった。
「二人共、口を開くなよ、他の人も参加するな、取り敢えずは俺の話を聞け」
佐倉と高梨もうん、うんと頷いているがどうやら納得はしていない。2人共不満そうに口を尖らせ反撃の機会を狙っている。今少しでも隙を与えればも一回同じ事の繰り返しだ。
テーブルでは吸い取りきれなかったウイスキーで黄色くなってるおしぼりが新たに溢れたもう一つのグラスの隣で溺れていた。
カラカラになった喉に潤いが欲しくてビールを注文すると、すぐに出て来た三つのグラスは一気に空いた。走ったわけでもないのに三人共ハーハーと肩を揺らしている。
「まずは佐倉局長、あなたが水嶋を好きで真面目な事はよーくわかりました。でもあの人が仕事の枷で遠慮しているのは本当なんです。好きな相手を思いやるなら突っ走らないでちゃんと本音を聞いてください」
佐倉がうんうんと頷いた。
こっちはよし。
「それから高梨、俺と水嶋さんはあくまで会社の先輩と後輩だ、俺は誰とも付き合ってないし今の所そんな予定は無い」
高梨もうんうん。
「最後は二人共に言う、ゲイを差別しないと言ったが区別はしてくれ、俺と水嶋さんはあんたらとは違う。もし同じベッドで裸になって寝ても何も起こらない。」
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「裸でベッドに?」
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「例えだ!声を揃えて同じ事言わないでくれ、あんたら普通の俺達を巻き込まないでいっそゲイ同士で付き合えよ、丸く収まるだろう」
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