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ギュータン、またギュータン。
薄い肉が一皿5、6枚しか乗ってないからもう一回ギュータン。

そしてロース。
またロース。
ハラミと骨付きカルビ。
そして、そろそろ腹が膨れて来たタイミングでグロテスクな謎の黒いブツブツが出て来た。

黒、と言うかグレーの皮に柔らかい棘が生えている。まるでエイリアンか深海生物の生皮を剥いだみたいだ。網の上に乗せたら生きているようにグネグネしてる。

腹に入れたら増殖しそうだな……なんて思いながらブツブツを見ていると、せっせと肉を焼いてはお皿に入れてくれていた椎名がハタと手を止めた。

「葵くんはホルモンが嫌?」

「ほるもん……」

……とは?

絶対に関係ないけど、何と無くエッチな響き。

「あの……」
「これはセンマイと言って牛の胃袋だよ、嫌ならやめとこう」

俺の皿に運ばれる寸前だったブツブツはポイっと健二の皿に入った。

「待ってよ椎名さん、葵は食った事が無いだけだろ?挑戦する機会をあげた方がいいと思うよ、嫌なら出しても怒らないから食べてみるだけでもすれば?未経験のまま放っておくなんて人生勿体ない。何でもまず試そうぜ」

「センマイくらいでオーバーだな、葵くんはいいんだよ。今日は好きなものだけ食べて、試したり挑戦したりするのはまた今度でいいだろう、もし具合が悪くなったらどうするんだ」
「椎名さんは一々何でも過保護なんだよ、幾ら葵がちっこくて子供に見えるからって……あ……ごめん」

食う。
食って背を伸ばす。

もうイボイボでもツヤツヤでもヌルヌルでも何でも食う。取り敢えず目に付いた脂身のような白いツヤツヤを口に入れた。

「謝らなくていいです、因みに俺はこの先に170は越す……予定だからちっこく無いです」

「………170……」
「何か?」

そうなのだ、事務所のあるビルから歩いて焼肉屋まで来る時に、椎名と健二の背は並んでいた。
測りようもないし、死んでも「あなた方の身長は何センチですか?」とは聞きたくないからどの位あるのかわからないけど、腕を持ち上げられると絶対に届かない高さまで昇る。
つまり二人共デカい。

そして今、「は?170が目標?ショッボ~ッ」って目で馬鹿にされた。

「俺はマイペースなんです、ほっといてください」
「葵は今22だって聞いたけど……まだ伸びるのかな…」
「煙草を売ってたおばあちゃんが整体に行ったら背が伸びたって言ってました。人間やる気になれば出来ない事なんか……あるけど無い」
「別に小さくてもいいじゃ無いか、葵は何か可愛いし、それはきっと武器にもなる。椎名さんみたいにハイスペックなイケメンは別の苦労があるもんだぜ?」

「…………イケメン?」

「椎名さんはちょっとその辺では見かけないくらいイケメンだろ?」

「あいにく男を鑑定するスキルは持ってません」

自分の事なのに「鑑定しなくてもイケメンだろ?」とポーズを取る椎名は、確かに多少……他の人より整った顔をしているような気がするけど、人の顔を鑑定出来ないって負け惜しみでも何でもなくて本当だ。
臭くて汚いおっさん以外、後はどんな顔をしていようがどうでもいいのだ。

「女を鑑定する目は?」
「女の人は何と無くわかるけど、あんまり興味を持った事が無いから……やっぱりわかりません」

「おいおい、葵は童貞か?童貞なのか?」

「…………答える義務はありません」
「そうかぁ、童貞かぁ」

何がそんなに嬉しいのか、健二が童貞を連発していると「いい加減にしろ」と椎名が止めてくれた。

網の上ではジュージューといい具合に焼けた肉が脂を落としてる。
よく焼いて欲しいっていつ見抜いたのか、椎名は肉の裏側を確かめて、「よし」と確認してからあっさり塩ダレの中にそっと落としてくれた。

元々の議案だったセンマイは、健二が食べる以外は網の上で炭になってる。「新たな物に挑戦」は持ち越しらしい。

本性を見せて無いだけだと思うけど、椎名は何でもよく気が付いて結構優しい。
まだ「童貞」とか「可愛い」をやめない健二を殴って欲しかったが、椎名は健二にも優しいのだ。

このまま身長の事とか可愛いとか続けられると堪ったものでは無いので、無理矢理話題を変えた。

「あの、せっかくなので仕事の話をもう少し聞いてもいいですか?」
「葵くん、そんなに頑張らなくていいよ、今日はゆっくりして話は明日にしたら?」
「いえ、俺が聞きたいんです」

依頼が重なって健二一人では手が回らないと聞いた。もしかしたら寝る暇も無いから事務所に住めって言われたのかもしれないのだ。
仮眠仮眠で潰れる心配をしなければならないのなら、いまのうちに覚悟をしたい。

……って俺。やる気になってるよ。


「今抱える案件はどの位あるんですか?」
「ストーカーと暴走族の駆除」

「………………それから?」

「ん?…それだけ」

「それだけ?」

嘘だ。

2件?

「解決の期限が明日中とか?」

「期限は無い」

健二の言う事はあてにならない、椎名の顔を見ると、「そうだよ、大変だろう?」って表情で頷いた。

この2人は世の中を舐めているのか?

暴走族の依頼書は見ていないが、ストーカーに困ってる依頼者は20代だった。それに、どんなに高額な依頼料でも600万って事は無いだろう。

月にどれくらいの依頼があるのか知らないが、事務所の維持費、男二人の給料、仕事は健二が1人でやっていると聞いたけど、椎名が関わっているのだ。「みかじめ料」みたいなお金も払わなくてならないと思う。

だってヤクザだもん。

つまり俺の給料は、ごく微量か無いに等しいと見た。利子だけを払い続けて一生隷属って運命が見える。

「付け足すとさ」

もう付け足さないで大丈夫です、椎名さん。
よくわかりました。不幸臭を嗅ぎ取るのは得意です。

「健二は「女子」が苦手なんだよ」

「……は?」

何の話だと思ったら………何の話だ。

「それは……どういう意味で?」

「実は明日の昼過ぎに依頼者の赤城さんが作戦会議に来てくれるんだけど、俺も付きっ切りって訳にはいかないだろう?だから葵くんはその辺をサポートしてもらえると助かる」

女子が苦手?

真正面に並ぶ2つの顔は高さが揃ってる。
そして何だか二人共似たような形状をしているように思う。
それは目が2つと鼻と口が一個ずつ……とかじゃなくて、もし二人が服を交換したら気付かないかもしれない。醸し出す雰囲気が違い過ぎるから見分ける自身はあるけど、それは今の所だ。

椎名がイケメンだと仮定すれば、きっと健二もイケメンの部類だと思う。

そしてチャラい。
如何にも女にだらしそうなのに、女子が苦手って………それに女子が苦手って事は健二は童貞だろ。童貞は自分じゃん。

よっぽど顔に出したのか、考えている事を読まれたのか、椎名が「健二は童貞じゃ無いよ」と付け加えた。

うん、そうでしょうね。
頭の中で散々罵っておいて何だけど、その情報はいらない。

「女子が苦手って……あの…」

「うん、何でだろうなー、年上は平気なのに若い女子の前だとカッコつけすぎって言うのかな、お前は意識し過ぎなんだよ」

「意識してるつもりは無いんだけどさ……」

「ガチガチになるもんな……まあ葵くんは聞くより見ろ……だな。明日になったらわかるよ」

パチンっと眉に近い目がウインクをして「楽しみにしろ」って言われても「はあ……」しか出てこない。

それにしても……椎名と健二は俺が「法律で裁けない云々」の手伝いを真面目にすると信じて疑ってない。

どうやら逃げ出すのはそんなに困難な事じゃ無いように思うし、逃げる準備はしておくけど、健二の仕事を手伝うかどうかは仕事を見てから決めればいい。

何せ今夜は寝る所が無いのだ。





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