法律では裁けない問題を解決します──vol.1 神様と目が合いません

ろくろくろく

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何かの流行りなのか?……
眠っている椎名からも「おいしいか?」と聞かれた。反射的に「まずい」と答えると、閉じていた瞳が薄っすらと空いた。

ドロドロになりながらも、何とか体を起こした椎名が呻きながら、何の脈絡もなく、突然言った。

「ストーカーの件は暫く様子を見るだけにして、もう一件の依頼を先に処理しようか」

「はぁ……」

考えていた事を読まれたのか?

そして「そうだろうな」とか「やっぱり」しか出てこない。
つまり、一件目は不合格だったと考えていい。
つまりのつまり、もう一件の依頼、暴走族の駆除。それが上手くいかなければ、体の一部を売って尚540万の借金を返さなければならなくなる。

それは忘れてない。


だから逃げ出すタイミングは2件目の依頼に結論が出る前だ。
お小遣いと言って貰った一万円はまだ一円も減ってない。パンツとかシャツと共に、すぐに持ち出せるようこっそりと準備して隠してある。


「あの、椎名さん?もう一件の依頼って詳しく聞いてないんですがどんな依頼なんですか?」
「それは健二が説明するから後で聞いて、俺はこれ以上話すと頭が割れるからね」

脳味噌が見たいか?と聞かれたけど、冗談を言うなら時と場所と「相手」を選んでくれたら笑ってやる。

のんびりと焼肉を食ったり酒に酔ったりする猶予は無いのだ。

「出来ればさっさと進めたいんですけど…」
「健二は?」
「まだ寝てるんだと思います」

「じゃあ仕方がないね」

ほら…って、手を広げるその仕草は何なのだ。
話の噛み合わせが変。
「仕方がない」の続きは?
意味はわからなけど何か言いたい事でもあるのかと耳を寄せたら、ワシっと腰を掴まれてよいしょと椎名の膝に座ってしまった。


「………何をしているんです」

「ん?話す時とかさ、手が空いてる時にこうすれば寂しくないだろ?」

「…………何ですか……それ」


泣くな、とか寂しいとか……。

もしかしてと思う。
まさかとも思う。

そうだとしたらとんでも無いが、ビールを飲んで酔っ払った時に何か言ってしまったのかもしれない。
昨夜は仲の良さそうな椎名と健二を見てちょっと羨ましいなんて自己憐憫に似た感傷が湧いて出ただけだ。
そんな根深い話じゃないし……もし椎谷とか健二が聞いて「可哀想」とか思われたんなら返って申し訳ない。

だって1人になった今は寧ろ清々しくて爽やかなくらいだ。


「俺は寂しくも悲しくもないです。ついでに言えば子供じゃないので酔っ払いの残骸に無理して抱っこされても嬉しくないです、むしろ迷惑です、酒臭いです」
「うん、それは知ってるけどもう一回言っとく、葵の腎臓はいらないし、角膜も心臓も取らないからね、だから逃げる用意なんかしなくていいし、お小遣いは好きに使いなさい」


「……………え?」

椎名の膝に座ったまま驚くなんてかなり間抜けだけど、どうやらもっと間抜けな事をしていたらしい。
バレてるなんて思わなかった。

コンビニのビニール袋に入れた逃亡グッズは事務所の入口近くにある背の低い書類戸棚の裏に押し込んだけど………今、よく見たら、雑に突っ込んだせいで隠し切れてない。ビニールが一部はみ出て着替えの為にキープしたパンツが見える。カラフルな星の柄が付いたパンツ。ついでに言えば健二とお揃い。

うん。誰だってあれを見たら「これ何だ?」って中身を見るよ。俺の馬鹿。

「知ってました?」

「うん」

「……あれは……地震とか台風とか火事に備えて避難準備をですね」

苦しいよな。
逃げる気満々だとバレてるんだから、時間を置いたら益々逃げにくくなる。

こうなったら今すぐ逃げる。
即逃げる。

間の悪い事に逃げると決めた瞬間と、椎名が抱きついて来た瞬間が同時だった。
デロデロになっているデカい体にのしかかられてベシャッと潰れた。

「ふぐ…クソ…どいつもこいつも死ね」

「死なないよ~……葵は死なない…水取って来て~」
「重い!椎名さん!」

背は高いけど、椎名はどちらかと言えば細身に見える。太腿みたいな腕じゃ無いし胸板だってパッツンパッツンってわけでも無い。
それなのにデカい土嚢にのしかかられたみたいに動けない。それに「水を取って来い」と言うくせに抱き付いてくる腕が縺れて動けない。

ズルズルと這いずって逃れようとすると縋り付く腕に引き戻される。ジタバタ暴れていると額が何かにつっかえた。
目の前には裸足の足首。
それを辿って反り返ると、ガシガシと髪を掻く眠そうな半目が見下ろしていた。

「健二さん、いいところに…」

「…………俺……邪魔?」

「はい?」

「……いや、だから…」

こっちとこっち、ソファの前で縺れる俺達を、両の指で順番に指して、プチュっとくっける。

「何を言ってるんですか、それは何ですか、突っ立ってないで助けてください、椎名さんは酔ってます」

「もし……合意ならと思って……一応」
「何の合意ですか?!何の話?!ふざけてないで早く椎名さんをどけてください、このおっさん重い!」

そうなの?って半信半疑の目はやめて欲しい。
何を想像したのか考えたくもないが、「おっさんは酷い」とか「俺はまだ28だ」とか、誰にともなくブツブツと文句言っている椎名は半分寝てる。

真偽を正してる間に鬱血する。
緩いスエットが脱げる。
そしたら死ぬ。

何とかしてくれたら文句は無い。

真摯に「助けて」と手を伸ばすと椎名を持ち上げて、這い出るのを手伝ってくれた。

これからはスエットの腰紐を縛ろう。
うん。忘れず縛ろう。
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