ストーキング ティップ

ろくろくろく

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お出かけ

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分厚いワッフルコーンから香ばしい匂いがする。
クネリと首をもたげた滑らかなクリームをひと口舐めると、冷たくて、滑らかで、濃厚だった。

「美味しい……」
「ケチな蓮が美味しいと言うんだからきっとケチケチした味だよね」
「ケチな俺が美味しいんだからケチケチした味ですよ」

白っとした口調で言うから白っと返してやった。

駅の近くで時々見かけるキッチンカーで売っているソフトクリームはずっと気になっていたのだが350円なんて高過ぎて手が出ない。
また来ているなと可愛らしく飾った車を見るとも無しに眺めているとクリスが買ってくれた。

ひとつだけ。

何だか悪い気がして少し食べるかと聞くと、蓮が舐めてからなどと気色悪い事を言うから分けるのをやめたら拗ねた。

「クリスさんって……」

そう言い掛けるとまた「クリス」と訂正された。
表情のない笑顔が怖いからもうなんでもいい。

「クリスはお金持ちなんですか?」
「仕送り五万の蓮よりはマシだけど俺だって学生だよ」
「じゃあやっぱり朝のパンとかコーヒーメーカーとか……せめて半分こした方がいいような気がします、仕送りなんでしょう?」
「仕送りは無いよ、俺は起業してるからね、幾らかの収入はあるの」
「企業?」

パッと思い浮かんだのはクリスに似合いそうなガラス張りの巨大なビルだが、会話の前後の考えたら恐らく字が違う。

「え?企業じゃなくて起業?…って事は会社を作ったって事ですか?社長なの?弁護士になるじゃないの?」
「僕の場合は法律を勉強したかったからってだけで弁護士になる為の法学部じゃ無いんだ、まあ司法試験は受けるけどね」

キランと輝くウィンクに感心と羨望の入り混じった溜息が出た。神様が才能を配分する時は1人1人を吟味する訳ではなく大雑把に万単位を纏めて作るらしい。多く取る者もいれば出遅れる者もいる。そういうことなのだ。

「やっぱりお金持ちなんですね」
「いや、今はまだ実務を人に任せているからね、働かない奴が沢山持っていったら社員のモチベが下がるだろう?だから給料は無しで役員報酬として少しだけ分けて貰ってる状態」

だから車とかマンションはまだ買ってあげられないと笑うけど、どうやら「お金持ち」の定義からして違うらしい。

「コーヒーメーカーと朝ごはんとソフトクリームのお金を払います」
「いいけど、コーヒーメーカーは一台12000円だよ?」
「え?!1000円くらいじゃ無いの?!」
「うちにあるのは数千円だけど蓮に安物は使わせたりしないよ」

「払えないだろ?」って言いたげな半笑いが憎たらしい。しかし、払えないのが現実だ。

「………もう…絶対に投げたりしないから……」
「いい子だね」

ポンと頭に乗った手に後頭部を押され、なすすべもなくクリスの胸に頭をぶつけた。
その隙にソフトクリームをベロンと掬い取られてギャアと喚いてしまった。

「もう……」

ソフトクリームはいいのだが、ここは駅前なのだ。人通りも多い中、ただでもクリスという光源が隣にいるのに、あり得ない程の注目を浴びて恥ずかしい。この場に捨てて行こうと走ったけど、恐らく行き先を知ってるから無理だと思う。

……そして無理だった。

黒江との待ち合わせは、大概賃貸の私設事務所兼スタジオかレンタルスタジオのどちらかだ。
事務所の方にある段ボールで出来た防音部屋(箱)はあんまり好きじゃ無いけど、レンタルのスタジオも異様な閉塞感があり、空気が止まってるみたいで苦手ではある。
つまり、もうやめてしまいたいのだが懸命に手を焼いてくれるから言い出せないでいるのが現状だった。

それでも気が進まない、ごちゃごちゃと小さな雑居ビルが建ち並ぶ繁華街の外れの裏通りに来た所で足を止めて嫌~な気持ちになった。

「そんなに嫌ならやめてもいいんじゃ無い?」

ヒョコッと首を傾けて心配そうな顔をするクリスは、付いてきてもいいって言ってから「楽しみ」を連発していた。
顔には出してないつもりだったけど、観察しまくられているらしい、簡単に見破られている。

「でも、今日は行かないと…」
「そうだね、蓮はきっと吐き出す機会が必要なのかもしれないね」
「吐き出す?……って?何を?」
「1人でいる時によく歌ってるだろ?きっと蓮の体は音で出来てるんだよ」

覚えがないわけじゃ無いけど、歌っていると言われて恥ずかしくなった。そんなつもりは無いし、自覚も薄いのだ。

「俺……声に……出してるんだ…」
「うん、綺麗だよ、自然と溢れてくるんだろうなぁっていつも見てた」
「いつも…ね…」

ストーカーが居直ってる。
気になる人が普段は何をしているのかを知りたいと思うのは誰にでもある事なのだろうが、当人に隠さず「付け回しています」と伝えたら法律云々の前に気持ち悪いって言われる可能性を心配をすると思う。顔が良くて頭が良くて能力があるって事が免罪符になる世間なのかもしれないがまさか自分まで引っ掛かるとは思わなかった。
クリスを見ているとある光景を思い出す。

「前にね……見た事なんだけど……」
「何を?いつの事?僕も見てたかな?」

「………どうでしょうね……」

見ていた可能性はあるが、例え見ていたとしても気付いたかはその人の価値観によりけりだ。

この春くらいの話なのだが、交差点で信号待ちをしている時だった。まるで雑誌とかテレビから抜け出てきたような綺麗な女の人と隣り合った。
サングラスの柄にはシャネルのマーク、クリーム色のデザインスーツは不思議な光沢を放つ美しい生地で仕立て上げられ、繊細な作りのハイヒールからはセレブの匂いがした。

しかし、何故かゴムの部分がちょっと伸びた黄色いNIKEのスニーカーソックスを履いているのだ。
丁度高校生の頃にみんなが履いていた靴下そのものと言っていい。

いかにも……どう見ても、出掛ける前まで家で履いていた風味なのだが、見た目の完成度があまりにも高いから「それはお洒落なのだ」と、「何か文句ある?」と強烈な説得力を持って押し切っていた。
……多分、彼女の靴下に気が付いていただろう他の人も納得せざるを得ない状況だった。

「え?続きは?どうしたの?」
「………ごめんなさい、やっぱり何でもありません」

クリスもまた、やってる事はもう既に変態レベルだけど見た目だけで押し切っている。
何よりも、全てを知られても何も無い「つまらない日々」を送ってるという自覚があるから怒る気にならないのだと思う。

「言っておきますがこのまま付いて来ても退屈ですよ、流行りの曲なんか演らないし、どうせちゃんと歌えないし」
「縁石につまづいてる蓮だって愛しいよ」
「え?見てたの?」

つまづいたのだ。
夏の初めの事なのだが、どうしてそんな些細なことを覚えているかって言えば、少しバランスを崩しただけではなく大股で3歩くらいダイブする程派手につまづいた。
危うく道路に飛び出して死ぬかと思ったくらいだ。

「あの時……いたんですね」
「そりゃいるよ、ケツの穴が縮むって本当にあるんだね、これはもう蓮の側にいなきゃ駄目だって強く思ったよ」
「はあ……」

内容の割に爽やかに笑ってるから真偽は怪しいが、そう言えばクリス宛に本を託されたのはその頃だ。

「つまり……今の状況って自らで招いた事なんだ」
「我ながら日和っていたと思うよ、遅かった?」
「もう少し、早く言ってくれれば良かったかなとは思います」

「ごめんね」と、ポーズを取るあたりは言った意味を取り違えているみたいなのだが訂正するのは面倒臭い。
そして、もうスタジオに着いてしまった。

「ここ?」
「……知ってるくせに」
「知ってるけど…」
「俺より…クリスの方が似合ってるね」

小さな会社の事務所や問屋さんの倉庫などが集まるこの辺りはあまり生活感が無い。
行き交う通行人の平均年齢が高く、クリスの浮き加減と言ったら役所の中でタキシードを着てるってくらい変に浮き立ってるのだが、付き添いのくせに先に立って入っていく姿はメインを張るアーティストそのものに見えた。

探したり聞いたりしなくても知っている様子のクリスは、小さくSound Artsと書かれたドアを勝って知ったる風情で開けて、どうぞと恭しく手を広げた。



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