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あと少し………
あと少し手を進めれば完成するという中途半端な所なのに何かに誘われたように手を止め、ふいっと空を見上げたまま動かない。
蓮にはこんな事がよくあった。
何か思う事があるのか、はたまた何も考えてないのかは未だによくわからない。
クリスが説得でもしたのかどうかは知らないが、出来ないと言い切っていたライブには出演する覚悟を決めたようだった。
レベルチェックにも参加せず、やる気も無いのに何故蓮だけが特別扱いなのかはまだ納得出来ていない。
バンドなんかをやってる奴がみんな活動資金に四苦八苦する中でも連はバイトもしていないと言う。たかが学祭の出し物とは言っても100人単位の耳が出揃うライブなのに練習は一回も無くメールでセットリストを受け取っただけという緩さで挑もうとしている。
人前で演奏をした経験が殆ど無いから軽く考えていのかもしれないが、権力者に護られているという甘えは見逃せない。
しかし、実力よりコネの方が先に立つ世界にこの先も挑もうとしているのだ、理不尽な忖度や大人の事情は山程出会うだろう。
言い訳も弁明も通用しない、他の出演者がどうあるかよりやれる事をやるしか無かった。
「蓮?空に何かあんの?」
「……青がさざめいているなぁ……と思って」
「何それ?それよりも早く終わらせて設置しようぜ」
「うん」と返事をして戻って来た蓮は白いTシャツで手を拭き、ペンキが付いたと慌てて払った。
その結果、青を足してしまったのだが「取れるかな?」とTシャツを摘んで馬鹿みたいにまた汚している。
胸から背中にかけて銀の羽がプリントされている凝ったデザインのTシャツだ。
「珍しくキレのいい服を着てるな、衣装?」
「………衣装じゃ無いけどこれはクリスが……」
「選んで貰ったって事?」
「……いや、…そうだけど…」
そこまで言ってから目を泳がせ「何でも無い」と濁されても誤魔化せて無い。
「まさか買ってもらったの?」
「……え?……うん……」
「うわ、それってまんまスパダリじゃん、あの人って噂通り金持ちなんだな」
「そうだけどそうじゃないよ、クリスは親が金持ちとか財産があるとかそんなんじゃないから、努力しているし無駄遣いはしてないよ」
つまりは……只今惚気を聞かされているらしい。
しかし、何をするにおいてもほぼ自己主張をしない蓮が目の前にある手を素直に受け取るのはわかる。しかしそれが甘えに繋がっているようにも見えた。
「そういうお前が無駄遣いさせてたら意味無くない?」
「……趣味なんだって、一回断ったら放っておいてくれってキレてた。」
「………時々謎だな…あの人」
「俺から見れば時々じゃないけど」
ハァと灰色の溜息を吐いた蓮は本気で困っているように見えた。
ハイソな見た目からは想像できない一面を知っていたが少し変わっているのは蓮も同じだ。これ以上追求しても甘い惚気を聞かされるだけだった。
「仲良く出来てるんだから何でもいいだろ、それ以上汚れないようペンキに気をつけてそっち持って。看板の設置が終わったらミストシャワーのテストをしようぜ」
「そうだね」
ゴテゴテになったハケを置いて立ち上がった蓮はいかにも頼りない手付きで看板の木枠を持ち上げた。産業廃棄物の業者に譲ってもらった廃看板は大きいと思っていたが会場に持ってくると小さく感じる。
しかし、持てる場所も少ないし人並みより細身の2人には手に余った。何せ倒したら乾いてないペンキがどうなるかは目に見えている。
「すいません、誰か手を貸してください」
手を上げて呼び掛けると、各々の持ち場で会場の設営をしていた参加メンバーや手伝ってくれる有志の中から何人かがワラワラとやって来た。
みんなで運び、会場の隣に立つ建物の前に針金で固定すると漸くそれらしくなって来た。
「学祭だな」
そう呟くと幾つかの汗に濡れた顔が破顔に変わる。そこに、まるでタイミングを狙っていたように設置途中のドラムが音を確かめるように間髪的な音を出した。
ザワリと立ち上がった鳥肌が全身を覆う。
「うわあ……何か盛り上がって来たな」
地道な準備を重ねて来たステージがパァッと光を放ったように感じた。
「……ってか……今よく見たら凄えドラムだな、蓮の知り合いに貸して貰ったんだろ?俺だったら野外のイベントになんか貸せねえな」
「いいんじゃないかな」
「一体どんな頼み方をしたんだ?」
そこは蓮に任せていたから全く知らなかったのだが、トラックから降ろされた機材をよく見ると大型のスピーカーは安いライブハウスでは持ち得ない高級品に見える。その他にも演奏者用のモニタースピーカー、PAの為のミキサーやパワードスピーカー、アンプ。そこまで頼んだつもりは無いのにライブの音源をそのままレコーディングに使えるくらい充実している。
「もしかして有料ライブとか言って話を盛ったな?」
「あんまり知らない」
「知らないってお前な…」
レンタル屋から借りたステージやライトには保険が掛かっているのに1番高額な機材に1円の保証も無いなんて何かあったらどうするのだ。
社会適応能力に欠けた蓮に全てを任せたのは失敗だった。
「なあ、蓮、あれの持ち主は?連絡付く?」
「え?付くってか……」
せめてイベントの趣旨を説明したいと思ったのに何もかもを軽く考えているらしい蓮は「呼ばれたからちょっと待って」と言って舞台の方に行ってしまった。
蓮を呼んだのは束ねたケーブルを肩に乗せた大男だ。段差45センチとは言え舞台に立つとより大きく見えて、来い来いと手招きする足元に蓮が立つと身長の違いが際立った。
何やら親しそうに顔を寄せている。
「え?あれ?知り合い?」
「ああ、あいつの元に走って行く蓮を見るとムカついて殴り倒したくなる」
突然背中から話しかけられて驚いたが、不穏な発言の主は見なくてもわかった。
ゆっくりと振り向くと、案の定そこには幕の内弁当の詰まった段ボール箱を抱えた栗栖が5人もの女の子を従えて舞台を睨んでいる。
執行部から支給してくれるお昼を運んで来てくれたのだが、その仕事はクリスに関係なかったらしい、サッと人数を数えて弁当を積み上げた女子達が退散して行くのにドカッと腰を下ろして座ってしまった。いつもなら蓮にまっしぐらなのにどうしたんだろうと少し引いた。
「栗栖さん?忙しいんじゃないんですか?」
「昼くらい蓮の顔を見ててもいいだろう、それにしてもあの2人をセットで見ると倍ムカつくな」
「意外な程束縛する質なんですね」
周りからの熱い視線をガン無視をするおとぼけの蓮に対してどこででもどんなタイミングでも目を離した瞬間に誰かに奪い取られてしまいそうな栗栖を比べると立場が反対に見える。
「蓮が躊躇せずに目を見るのは栗栖さんと俺くらいでしょう?」
「……だから?何が言いたいの?まさか自分にも望みがあると言いたいわけ?」
「無いってわかってて言ってるんでしょう?」
何故ターゲティングされているのかは置いといても、端正な顔に凄まれると迫力はある。しかし、言っている事のどこまでが本気なのかはわからない所があるのも気になった。
オーバーと言えばいいのか、やりすぎ感に驚きを感じているのか。
蓮に本気なのは間違い無いと思えるが、クリスが持つイメージとのギャップが大き過ぎるせいか遊びかパフォーマンスにも見えるのだ。
どっちにしろ、これは触らぬ神に祟りなしという案件だろう。
大男と話を終えたのか「クリス!」と声をあげた蓮が戻って来た事に少しホッとした。
「黒江さんと合奏するって本当?!」
「……え?」
蓮が発した言葉が飲み込めずに耳を疑った。
「そうだよ」と笑う栗栖は、今の今までギリギリと歯を鳴らしていた顔とは別物の穏やかさだ。
その後に続いた蓮との会話からわかったのは、クリスが何らか楽器を使って誰かと合奏をするって事だった。
手作りとは言え、レベルチェックまで行った音楽ライブで……だ。
一応だがサブステージを任されているのに何も聞いてないし、勿論だが緻密に組んだスケジュールにも入ってない。
確かに、今年は裏方に徹している栗栖が舞台に上がるとなれば集客はあるだろう。学祭なのだからお祭りには違いないが主催する方から見れば遊びではないのだ。
蓮の出演もそうだが、クオリティに気を払い、参加するメンバー達も真剣に取り組んでいる中でイベントを私物化されてはたまったものでは無い。
「黒江さんって何者?」
お弁当を食べながら2人のイチャ付きを散々見せられた後やっとの事で蓮が1人になってくれたから聞けた。
「どこの誰?機材を貸してくれたのはあの人?」
「黒江さんは俺のバックをやってくれる人、機材は多分黒江さんの私物だと思うけどあんまり知らない」
「え?業者じゃないの?じゃあまさかあのドラムも?」
「あの人は日暮さん、黒江さんがいつも頼んでる助っ人……かな?」
「かな?……って……」
実はPAの機材を会場の真ん中に据えて(指示もしていなければ確認も取ってこない)試し弾きをしている音が聞こえていたのだが異様に上手いのだ。横滑りの無いハッキリとした音、淀みの無いハイテクニック、強く弾かれる弦の震えまで管理されていた、そしてドラムもまた性格無比にリズムを刻み、手慣れた様子は趣味で楽器をやっているようには見えない。
PAの調整をしているらしく、途切れ途切れではあるがワンセンテンスも演奏が続けばみんな気になるのだろう、手を止めて見ている。
「プロに……見えるけど…」
「ああ、黒江さん達の本職はそうらしいよ、テレビの音楽番組にも出ているし、この夏休みはどっかのアーティストのバックに付いて全国を回っていたらしいから」
「……曲は?蓮達がやる楽曲ってオリジナルなんだろ?」
「曲は黒江さんが用意してるよ」
「………そうなんだ……」
つまりは、予想通り大人の事情が深く関係しているって事だ。
本人は気付いて無いらしいが蓮は見た目がいい。
中身を知らなければという条件は付くが、アーティストっぽい雰囲気があるのだ。
時々漏れてくる鼻歌を聞いていればそこそこくらいのボーカルを望めるはわかる。
蓮本人がどこまで関係しているのかはともかく、やはり何某かの思惑と裏取引の末このイベントは生まれたらしい。
ずっと、ずっと抑え込んで来たが何もかもが残念に思えてくる。
なるべく沢山の人に聴いてもらいたいと思っているだけだった。少しでもジャンプアップ出来たらと、集まった観客の中でたった1人でいいからライブを見に来てくれる人がいる事を願っていただけだ。
それは今も変わらないのに酷くがっかりとしている自分がいた。
しかし、つまらない嫉妬や悪感情を表に出すのはプライドが許さなかった。
遅すぎる挨拶に訪れた黒江には柔かに機材提供の礼を言い、ついでに出演メンバー全ての演奏音源を提供してもらえるようお願いをした。
そんな中、学祭の前夜祭が始まった。
あと少し手を進めれば完成するという中途半端な所なのに何かに誘われたように手を止め、ふいっと空を見上げたまま動かない。
蓮にはこんな事がよくあった。
何か思う事があるのか、はたまた何も考えてないのかは未だによくわからない。
クリスが説得でもしたのかどうかは知らないが、出来ないと言い切っていたライブには出演する覚悟を決めたようだった。
レベルチェックにも参加せず、やる気も無いのに何故蓮だけが特別扱いなのかはまだ納得出来ていない。
バンドなんかをやってる奴がみんな活動資金に四苦八苦する中でも連はバイトもしていないと言う。たかが学祭の出し物とは言っても100人単位の耳が出揃うライブなのに練習は一回も無くメールでセットリストを受け取っただけという緩さで挑もうとしている。
人前で演奏をした経験が殆ど無いから軽く考えていのかもしれないが、権力者に護られているという甘えは見逃せない。
しかし、実力よりコネの方が先に立つ世界にこの先も挑もうとしているのだ、理不尽な忖度や大人の事情は山程出会うだろう。
言い訳も弁明も通用しない、他の出演者がどうあるかよりやれる事をやるしか無かった。
「蓮?空に何かあんの?」
「……青がさざめいているなぁ……と思って」
「何それ?それよりも早く終わらせて設置しようぜ」
「うん」と返事をして戻って来た蓮は白いTシャツで手を拭き、ペンキが付いたと慌てて払った。
その結果、青を足してしまったのだが「取れるかな?」とTシャツを摘んで馬鹿みたいにまた汚している。
胸から背中にかけて銀の羽がプリントされている凝ったデザインのTシャツだ。
「珍しくキレのいい服を着てるな、衣装?」
「………衣装じゃ無いけどこれはクリスが……」
「選んで貰ったって事?」
「……いや、…そうだけど…」
そこまで言ってから目を泳がせ「何でも無い」と濁されても誤魔化せて無い。
「まさか買ってもらったの?」
「……え?……うん……」
「うわ、それってまんまスパダリじゃん、あの人って噂通り金持ちなんだな」
「そうだけどそうじゃないよ、クリスは親が金持ちとか財産があるとかそんなんじゃないから、努力しているし無駄遣いはしてないよ」
つまりは……只今惚気を聞かされているらしい。
しかし、何をするにおいてもほぼ自己主張をしない蓮が目の前にある手を素直に受け取るのはわかる。しかしそれが甘えに繋がっているようにも見えた。
「そういうお前が無駄遣いさせてたら意味無くない?」
「……趣味なんだって、一回断ったら放っておいてくれってキレてた。」
「………時々謎だな…あの人」
「俺から見れば時々じゃないけど」
ハァと灰色の溜息を吐いた蓮は本気で困っているように見えた。
ハイソな見た目からは想像できない一面を知っていたが少し変わっているのは蓮も同じだ。これ以上追求しても甘い惚気を聞かされるだけだった。
「仲良く出来てるんだから何でもいいだろ、それ以上汚れないようペンキに気をつけてそっち持って。看板の設置が終わったらミストシャワーのテストをしようぜ」
「そうだね」
ゴテゴテになったハケを置いて立ち上がった蓮はいかにも頼りない手付きで看板の木枠を持ち上げた。産業廃棄物の業者に譲ってもらった廃看板は大きいと思っていたが会場に持ってくると小さく感じる。
しかし、持てる場所も少ないし人並みより細身の2人には手に余った。何せ倒したら乾いてないペンキがどうなるかは目に見えている。
「すいません、誰か手を貸してください」
手を上げて呼び掛けると、各々の持ち場で会場の設営をしていた参加メンバーや手伝ってくれる有志の中から何人かがワラワラとやって来た。
みんなで運び、会場の隣に立つ建物の前に針金で固定すると漸くそれらしくなって来た。
「学祭だな」
そう呟くと幾つかの汗に濡れた顔が破顔に変わる。そこに、まるでタイミングを狙っていたように設置途中のドラムが音を確かめるように間髪的な音を出した。
ザワリと立ち上がった鳥肌が全身を覆う。
「うわあ……何か盛り上がって来たな」
地道な準備を重ねて来たステージがパァッと光を放ったように感じた。
「……ってか……今よく見たら凄えドラムだな、蓮の知り合いに貸して貰ったんだろ?俺だったら野外のイベントになんか貸せねえな」
「いいんじゃないかな」
「一体どんな頼み方をしたんだ?」
そこは蓮に任せていたから全く知らなかったのだが、トラックから降ろされた機材をよく見ると大型のスピーカーは安いライブハウスでは持ち得ない高級品に見える。その他にも演奏者用のモニタースピーカー、PAの為のミキサーやパワードスピーカー、アンプ。そこまで頼んだつもりは無いのにライブの音源をそのままレコーディングに使えるくらい充実している。
「もしかして有料ライブとか言って話を盛ったな?」
「あんまり知らない」
「知らないってお前な…」
レンタル屋から借りたステージやライトには保険が掛かっているのに1番高額な機材に1円の保証も無いなんて何かあったらどうするのだ。
社会適応能力に欠けた蓮に全てを任せたのは失敗だった。
「なあ、蓮、あれの持ち主は?連絡付く?」
「え?付くってか……」
せめてイベントの趣旨を説明したいと思ったのに何もかもを軽く考えているらしい蓮は「呼ばれたからちょっと待って」と言って舞台の方に行ってしまった。
蓮を呼んだのは束ねたケーブルを肩に乗せた大男だ。段差45センチとは言え舞台に立つとより大きく見えて、来い来いと手招きする足元に蓮が立つと身長の違いが際立った。
何やら親しそうに顔を寄せている。
「え?あれ?知り合い?」
「ああ、あいつの元に走って行く蓮を見るとムカついて殴り倒したくなる」
突然背中から話しかけられて驚いたが、不穏な発言の主は見なくてもわかった。
ゆっくりと振り向くと、案の定そこには幕の内弁当の詰まった段ボール箱を抱えた栗栖が5人もの女の子を従えて舞台を睨んでいる。
執行部から支給してくれるお昼を運んで来てくれたのだが、その仕事はクリスに関係なかったらしい、サッと人数を数えて弁当を積み上げた女子達が退散して行くのにドカッと腰を下ろして座ってしまった。いつもなら蓮にまっしぐらなのにどうしたんだろうと少し引いた。
「栗栖さん?忙しいんじゃないんですか?」
「昼くらい蓮の顔を見ててもいいだろう、それにしてもあの2人をセットで見ると倍ムカつくな」
「意外な程束縛する質なんですね」
周りからの熱い視線をガン無視をするおとぼけの蓮に対してどこででもどんなタイミングでも目を離した瞬間に誰かに奪い取られてしまいそうな栗栖を比べると立場が反対に見える。
「蓮が躊躇せずに目を見るのは栗栖さんと俺くらいでしょう?」
「……だから?何が言いたいの?まさか自分にも望みがあると言いたいわけ?」
「無いってわかってて言ってるんでしょう?」
何故ターゲティングされているのかは置いといても、端正な顔に凄まれると迫力はある。しかし、言っている事のどこまでが本気なのかはわからない所があるのも気になった。
オーバーと言えばいいのか、やりすぎ感に驚きを感じているのか。
蓮に本気なのは間違い無いと思えるが、クリスが持つイメージとのギャップが大き過ぎるせいか遊びかパフォーマンスにも見えるのだ。
どっちにしろ、これは触らぬ神に祟りなしという案件だろう。
大男と話を終えたのか「クリス!」と声をあげた蓮が戻って来た事に少しホッとした。
「黒江さんと合奏するって本当?!」
「……え?」
蓮が発した言葉が飲み込めずに耳を疑った。
「そうだよ」と笑う栗栖は、今の今までギリギリと歯を鳴らしていた顔とは別物の穏やかさだ。
その後に続いた蓮との会話からわかったのは、クリスが何らか楽器を使って誰かと合奏をするって事だった。
手作りとは言え、レベルチェックまで行った音楽ライブで……だ。
一応だがサブステージを任されているのに何も聞いてないし、勿論だが緻密に組んだスケジュールにも入ってない。
確かに、今年は裏方に徹している栗栖が舞台に上がるとなれば集客はあるだろう。学祭なのだからお祭りには違いないが主催する方から見れば遊びではないのだ。
蓮の出演もそうだが、クオリティに気を払い、参加するメンバー達も真剣に取り組んでいる中でイベントを私物化されてはたまったものでは無い。
「黒江さんって何者?」
お弁当を食べながら2人のイチャ付きを散々見せられた後やっとの事で蓮が1人になってくれたから聞けた。
「どこの誰?機材を貸してくれたのはあの人?」
「黒江さんは俺のバックをやってくれる人、機材は多分黒江さんの私物だと思うけどあんまり知らない」
「え?業者じゃないの?じゃあまさかあのドラムも?」
「あの人は日暮さん、黒江さんがいつも頼んでる助っ人……かな?」
「かな?……って……」
実はPAの機材を会場の真ん中に据えて(指示もしていなければ確認も取ってこない)試し弾きをしている音が聞こえていたのだが異様に上手いのだ。横滑りの無いハッキリとした音、淀みの無いハイテクニック、強く弾かれる弦の震えまで管理されていた、そしてドラムもまた性格無比にリズムを刻み、手慣れた様子は趣味で楽器をやっているようには見えない。
PAの調整をしているらしく、途切れ途切れではあるがワンセンテンスも演奏が続けばみんな気になるのだろう、手を止めて見ている。
「プロに……見えるけど…」
「ああ、黒江さん達の本職はそうらしいよ、テレビの音楽番組にも出ているし、この夏休みはどっかのアーティストのバックに付いて全国を回っていたらしいから」
「……曲は?蓮達がやる楽曲ってオリジナルなんだろ?」
「曲は黒江さんが用意してるよ」
「………そうなんだ……」
つまりは、予想通り大人の事情が深く関係しているって事だ。
本人は気付いて無いらしいが蓮は見た目がいい。
中身を知らなければという条件は付くが、アーティストっぽい雰囲気があるのだ。
時々漏れてくる鼻歌を聞いていればそこそこくらいのボーカルを望めるはわかる。
蓮本人がどこまで関係しているのかはともかく、やはり何某かの思惑と裏取引の末このイベントは生まれたらしい。
ずっと、ずっと抑え込んで来たが何もかもが残念に思えてくる。
なるべく沢山の人に聴いてもらいたいと思っているだけだった。少しでもジャンプアップ出来たらと、集まった観客の中でたった1人でいいからライブを見に来てくれる人がいる事を願っていただけだ。
それは今も変わらないのに酷くがっかりとしている自分がいた。
しかし、つまらない嫉妬や悪感情を表に出すのはプライドが許さなかった。
遅すぎる挨拶に訪れた黒江には柔かに機材提供の礼を言い、ついでに出演メンバー全ての演奏音源を提供してもらえるようお願いをした。
そんな中、学祭の前夜祭が始まった。
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