恋は、美味しい湯気の先。

林崎さこ

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<番外編・秘書の思い出話>

 
 これは私のボス、久我山亮介氏がレドメイン&アルバホールディングスジャパンの社長に就任して間もない頃、呪われた森の奥深くにある底無し沼のごとき瞳をしていた時の話である。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 

 その日、私と社長は九州出張のため、車で羽田空港に向かうことになった。
 だがしかし、予想外の渋滞にはまり、何とか空港に辿り着くも保安検査場が謎の激混み、搭乗ロビーに駆け込んだ時には乗り込み開始の案内がすでに始まっており、私たちは長蛇の列の最後尾に並ぶ羽目になった。

 (……不覚――!何故電車にしなかった、自分。秘書失格……!!)
 
 内心、そう悔いる私に、
「まあ、間に合ったんだから結果オーライじゃないか。気にするな」
などと言ってくれるような上司ではない。久我山社長は黙りこくったまま、改札機で何かトラブルがあったのか、遅々として進まない行列の向こうを無表情に見つめている。
 いっそ当たり散らしてくれたほうがマシなのだが、口に出さないだけで、意外にも結果オーライ派なのかもしれないと自分を密かに慰めていた時だった。

「あー、カオリンと離れ離れになるとか最低じゃんー」
「んもー、ヒロくんってば、さびしんぼぉ☆たった2時間だし?ガ・マ・ンだぞ☆」
「ちげーよ、<2時間も>だっつーの」
「ヒロくんラブい~♥」

 私たちのすぐ前に並んでいたカップルが唐突に愛を叫び始めた。どうやら、隣り合った席を取れなかったらしい。今までもやたら見つめ合ったりお互いの腰に腕を回しグネグネと密着していたのだが、搭乗前にさらに盛り上がりをみせてきた。

「じゃ、今からカオリン成分充電しやーすっ。はい、チャージ開始ぃーーーーーーっ!」
「やっだ、ヒロくん甘えんぼさん~!アタシも充電しちゃうぞ☆え~~いっ♪」
 
 カオリンをギューーーとハグするヒロくん。の背を両腕でギューーーとハグ返しするカオリン。
 くっそ、リア充バカップルめ。前、空いたぞ。進め。蹴るぞ。

 うんざりしながらもようやく改札を通過し(幸いにも、彼らは私たちとは離れた席に向かった)、座席に沈んだその時。
 
「里村くん」
 今まで黙っていた社長がおもむろに口を開いた。普段より3割増し声が重々しい。
「何でしょう、社長」
「さっきから思っていたんだが、日本では……」
 続くセリフに、私は思わず絶句した。

 ―― 日本では、ずいぶん高性能な人型ロボットが流通しているんだな ――

 「………ファ…ッッ??!!」

 絶句した後に変な声が出た。

 「前に並んでいた2人、普通の人間だと思っていたんだが、<充電>と聞くまで気づかなかった。猫を模した配膳ロボットは見たことがあるが、まさかあんな……。内蔵バッテリーや給電システムはどうなっているのか、それにあの質感に動作の滑らかさ」
 
 突然巻き起こる、ヒロくん&カオリン・アンドロイド疑惑。
 いや、ちょっと待ってちょっと待って。色々おかしいから、それ。
 何かの冗談かと思い、社長の目を見たら超大マジだった。何かまだ会話プログラムがどうしたとか言ってる。
 そういえば、社長は教科書的な日本語は完璧だが、そこから外れた言い回しはまだ理解できてないんだった。だからと言って、充電というワードひとつで、ここまで素っ頓狂なセリフが出てくるだろうか。

 しかし、ふと思った。
 昨今のテクノロジーの進化は凄まじいものがある。最近のAIアバターは生身の人間と区別が出来ないレベルになっているし、この前テレビで見た、開発中のアンドロイドも驚くほど精巧だった。スマホという名の、手の平サイズの薄い板の性能ときたら、ほんの30年前には想像も出来なかったことなのだ。社長の感覚はある意味、真に現実に即した柔軟なものなのかもしれない。
 けれど、現段階で「あの」ヒロくんたちをアンドロイドと言い切るのは、さすがに無理があり過ぎる。
 とりあえず、好きな人やモノをハグすることで精神的パワーチャージすることを<充電>と言うのだと、ついでに<ラブい>や<バカップル>なんかの用語も、しっかりと社長にレクチャーし続けたのであった。

 ちょっと話がそれるが、私は昔から飛行機の離発着タイムが苦手だった。特に離陸の時などは全身がこわばり、冷や汗をかくことすらあったのだが、何ということだろう。気がつけば、知らぬ間に我らの飛行機は地を離れ、はや静岡上空に差し掛かろうとしていた。
 あれ以来、離陸時の恐怖心が少し和らいだような気がする。
 ありがとう、ヒロくん。ありがとう、カオリン。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 

 そして現在。
 いつものように朝一番に出社し、パソコンを開いて本日及び向こう1週間の社長のスケジュールを確認する。
 3日後の鹿児島行きのフライト予約画面を見ながら、ふと、あのカップルを思い出した。今も仲良く<充電>しあっているのだろうか。そうであればいい。節度という言葉を学んでくれていれば、なお良しである。

 「おはよう、里村くん」
 久我山社長が颯爽と秘書室に入ってきて、そのまま奥の社長室に向かう。普段の5割増し、声に張りがあり、足取りも軽やかであるが、単に昨日が休暇だったからというわけではないのを私は知っている。肌ツヤも良しとくれば、何があったかなど火を見るより明らかである。

 「おはようございます、社長」
 これもいつものように始業前のコーヒーを淹れ、社長のデスクに運ぶ。
 天気は快晴、上司は絶好調。普段、無駄口を叩かない私であるが、なんだか気分が浮き立って、つい尋ねてみた。

   ―― <充電>は出来ましたか? ――

 
 「……ああ。もう、しっかりと」

 窓から差し込む陽光にアースカラーの瞳をきらめかせ、私のボスは爽やかな笑みを浮かべて、そう言った。

   
       (おしまい)

  ・ ・ ・ ・ ・ ・ 

 お久しぶりです。お読みいただきありがとうございました。
 第13回BL大賞参加記念に書いてみましたが、主人公が欠片も出てこないなんて。
 どうやら私は「モブから見たメインカップル」話が好きなようです。。。
 
 

 
 



 
 

 

 


 
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