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打ち明け話とカフェオレボウル・6 side 亮介
それは初めて見る場面のはずなのに、何故か奇妙な懐かしさがあった。
※ ※ ※
黒いふくをきた男の人が立っている。天井に頭がつきそうに背がたかく見えるのは、ぼくが男の人を見あげているせいだ。
ぼくは立っているのにこんなに小さい。だれかがぼくの前にすわっている。その大きな背中にしがみつき、ぼくは男を見あげている。
「いかがでしょうか」
男の人が言うと、
「お引きとりください」
ぼくの前にいる人がこたえた。ぼくはその人の服をぎゅっとつかんだ。ここにいればだいじょうぶ。男のひとからまもってくれる。
「......また来ます。―――さん......」
「なんど来られても......この......は......ません」
声がきこえにくくなってきた。もっとちゃんと聞かなきゃ。でないと......。
男の人と目が合った。すると男の人のからだはグングングングン上にのびて、ヘビのように細長くのびて、天井にぶつかる前にヌルリと向きをかえてぼくの前にやってきた。男の人のかおはまっ白になって、目のところは黒くて丸いあなになって、あなの中にオレンジ色の光がチラチラ...ちらちら......。
「聞いてはいけない...」
「しらなくていいんだよ......」
「これはユメだから......目がさめたら.........」
どうして聞いちゃいけないの...どうして......
(......さん......)
だれなの......だれがぼくをよんでるの......
(く......やま...さん)
ぼくのなまえは、そんなのじゃない......
まだ上のほうからこえがする......どんどん大きくなってくる......オレンジ色が、くろいあなが、しろいかおがグルグル回ってぐるぐるまわって......
「久我山さん!!」
※ ※ ※
深い水底に沈んでいた意識が、力強く巻き上げられて急速に浮上しきったところで、目が覚めた。
目は覚めたが、頭が追いついてきていない。
かき回したコーヒーにミルクを細く垂らした時のように、不定形に渦巻く色のゆらめきが瞼の奥に残っていた。その印象が徐々に薄まり、閉め切っていなかったブラインドの隙間から差し込む光で朝と分かった。ここは自宅の寝室......だが、目の前の見慣れない光景に、薄ぼんやりと浮かんだ考えは。
......天使は金髪の子供の姿をしているというが、赤毛の青年じゃないか......
「――!!」
ここで完璧に意識が覚醒し、亮介はガバッと上体を起こした。
「うわっ!」
亮介の肩に手をかけていた悠人が驚いてのけぞった。
そうだ。昨晩、もう帰ると言った悠人に、夜も遅いからと無理やり泊まらせたんだった。ゲストルームは物置き状態でリビングのソファしか眠れる場所がなかったが、ちゃんと眠れただろうか。
「すみません、勝手に入ってきて......。うなされていたので起こしてしまいました。大丈夫ですか?」
心配そうに尋ねる悠人に首を振ってこたえる。
「悪い......夢を見ていたようだ。たまにあるんだが問題ない。ありがとう」
礼を言った後、ふと思いつく。
「うなされていたって......何か言っていたか?」
たまらなく恐ろしいのに懐かしい、そんな夢だったような気がする。過去につながるヒントがつかめればいいと思ったのだが。
「特に何も......あ、でも目を開けてから天使がどうとか」
「忘れてくれ」
猛烈に気恥ずかしくなって、亮介はわざと乱暴に布団をはがしてベッドから出た。慌てて洗面所に駆け込んで冷水で顔をバシャバシャ洗いながら、至近距離であの飴色の瞳を見るチャンスを逃してしまったことを少し残念に思った。
プライベートで誰かと朝食を取るのは何年ぶりだったろう。オフィスに向かう途中、亮介は今朝の事を思い返した。
今日は日曜日だが、午前中に来客があるので出社することになっていた。そのためゆっくりとは出来なかったが、ルームサービスで軽めの朝食を取り寄せ、悠人と2人で食べた。
「マンションでルームサービスとか、庶民には意味不明です......」
これがセレブというやつか......悠人がしみじみとつぶやく。
「俺だって、雇われの身の庶民だがな。この部屋だって会社が借り上げているだけで俺のものじゃない」
「庶民は高級時計を初めて会った人間にポンと預けたりしませんから」
呆れたように言った後、亮介の腕にはめられた時計を指さし、悠人がクスクスと笑う。店では見られない少しくだけた雰囲気が目新しく映ると共に、昨日の出来事がさほど影を落としていない様子に安心した。
「せめて電子マネーが使えていたら......。今後を見据えて導入してみないか?」
「鋭意検討します」
「やる気のなさそうな議員がテレビで同じセリフを言っていたぞ」
たわいないやり取りが、何だか楽しかった。
食後、悠人を最寄りのメトロの駅の改札まで送っていった。ここからさらにJRと私鉄を乗り継ぎ、店に戻ることになる。
「ここで大丈夫です。あの......色々ありがとうございました」
改札に入る前、そう言って悠人は深々と頭を下げた。帽子と眼鏡で表情が見えにくいが、感謝の気持ちがまっすぐに伝わってくる。
「たいしたことはしていない。気をつけて帰ってくれ。それと」
不意に言葉が途切れる。何を言おうとしていたのだろう。2人、見つめ合う形になって時が止まった感覚があった。
「いや......じゃあ、また店で」
悠人は一瞬、目を大きく見開いた後、顔をくしゃりとさせて笑った。
「......はい!お待ちしてますね!」
そして、もう1度頭を下げてから改札を抜けると、振り返らずに走っていった。
過去や性向を知ったことで、亮介もまた去っていくと思っていたのだろうか。そんなことで態度を変える自分ではないのに。むしろ......。
むしろ、どうなのか?先程から頭の中にフッと立ち昇っては霧散する思いが捉えられず胸の奥が落ち着かない。今までに感じたことのない、しかし不快ではないその感覚に心を委ねながら別のメトロに向かっていると、ポケットの中のスマホが鳴った。
開いた画面には、昨晩からのメールの着信履歴がズラリと並んでいた。
発信者は、エリック・D・ローレンス。
大学時代からの知り合いで、昨日の夕食とショーに亮介を連れ出した相手だった。
しまった。昨夜の騒ぎで連絡するのをすっかり忘れていた。
とりあえずオフィスに着いてからと思った途端に今度は電話で着信があった。仕方がない。通話アイコンをタップした。
「Hello,I......」
『モーニン♪ヒドいよ、リョースケ!何も言わずにトンズラとかさぁ。せめて一言言ってくれればいいのに。まぁ、その時は脱出なんてさせないけどねっ』
流暢な日本語で機関銃のようにまくしたてるエリックは、10代の頃から日本のアニメや漫画にハマっていたせいで、恐ろしく日本語が達者だ。都内で外国人を対象にしたメンタルクリニックで働く34才独身。そのノリの良さとテンションの高さで大学在籍中は友人も多かったのだが、何を気に入ったのか亮介に始終まとわりついてきて随分困らされた。数年前にアメリカを離れて以来、交流が途絶えていたのだが、亮介の来日を知って即、連絡してきた。腐れ縁という嬉しくない単語が思い浮かぶ。
「昨日も思ったんだが、何故日本語?俺は英語の方がラクなんだが」
『郷に入っては郷に従えって言うだろ?あ、これ日本のことわざね。まぁトークの勉強と思いなよ。それでなくてもキミは無愛想なんだから。エリックお兄さんが上手い言い回しなんかを教えてあ』
「悪い。今から仕事だから切る。昨日の埋め合わせはまた今度」
放っておけばいつまでも話し続けるエリックをさえぎるようにして通話を終えようとしたのだが。
『ところでさ、昨日連れてた赤毛の美人さん。あれ、誰?』
「......何のことだ?」
思わず足が止まる。何故知っている?
『やだなぁ、照れちゃって。昨日ボクがあのまま一人寂しくショーを見ていたと思った?タクシーつかまえて帰るだろうとふんで、急いで大通りに走っていったんだ。そしたらキミが赤毛ちゃんの手を引いてタクシーに乗り込むのが見えてさ。や、意外だったねぇ。大学時代、"氷の男"と言われたキミがあんな美人と!男の子みたいだったけど、そこら辺はボクあまり気にしないから』
「チンピラに絡まれていた人を助けただけだ。妙な勘繰りは止してくれ」
『またまた~♪ごまかしたってムダだよ。他人を助けてもタクシーに同乗まではしないでしょ。あ、そうだ!彼、紹介してよ。それで昨日の裏切りはチャラにしてあげるから』
「断る」
厄介な奴に見られてしまった。何事も起こらなければいいのだがと、心の中で溜め息をついた。嫌な予感しかしなかった。
(つづく) ↓ おまけの小話あります
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<亮介が家に悠人を連れて帰った晩のフロントの話>
マンション階直通エレベーターを出て、足早に立ち去っていく2人を見送ったフロントの女性係員と警備員。彼らは完璧な営業用スマイルと直立不動スタイルを崩さぬまま鋭い視線を交わし合った。
「見た?」
「見ました」
「あの久我山様が」
「孤高の瞳をもつエグゼクティブが」
「「 美青年連れで帰還なさった(喜)!!」」
もと帰国子女で、大手企業を渡り歩いたのちにセレブタワーと呼ばれるこのマンションの管理会社にヘッドハンティングされた女性係員と、もと自衛官で、金持ち相手に商売する警備会社に再就職した派遣警備員。
詳しい事情はすっ飛ばすが、2人は固い絆で結ばれた腐女子&腐男子である。
年明けに入居した亮介が独身と知った時には2人して妄想を膨らませたものだが、常に単独で出入りし来客もなく外で遊んでいる風情もない彼を、最近はやや諦めの境地で見守っていたのだった。
(ま、現実なんてこんなもんよな……)
だが今夜。手をつなぐでも腰に手を回すでもなかったが、エレベーターから出てきた住人とそのゲストの姿は、長年培ってきた2人の腐センサーにバシッとジャストミートした。
「......出来上がってはいない......」
「......むしろ、これからの予感......」
「......ふふ......」
「...フフフフ......」
2人の不気味でかすかな笑い声は、広いエントランスホールに静かに流れるクラシックに紛れて消えた。
(おわり)
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