恋は、美味しい湯気の先。

林崎さこ

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金髪王子と謎の立ち位置  side亮介

「やぁキミ、実に昏い眼をしているね!ボクの研究対象にならないか?」
 
 大学1年目のキャンパスでエリック・D・ローレンスと出会った。
 満面の笑みと共に、失礼極まりないセリフで亮介に話しかけてきたエリックは、容姿端麗で明るく爽やか、スクールカーストがあれば間違いなく上位におさまるタイプの男で、寡黙で人付き合いを好まない自分とは真逆の存在。申し出はすげなく断り立ち去ったが、心理学部に籍をおくエリックは亮介の何を気に入ったのか、校内で亮介を見つけては、やたらに構い倒すようになった。
 研究対象と言いながら一向にそのような素振りを見せず、エリックが卒業するまで一般的な「友人づきあい」に終始したのを奇妙に思っていたが、亮介は後に別の知り合いから、さらにおかしな話を聞いた。
 亮介に近づく連中をエリックが選別し、場合によっては排除していたというのだ。
「君とお近づきになりたいって奴、結構多かったんだぜ。でも<エリック・ゲート>をくぐるのが大変なわけ」
 例えば人種差別傾向がある者、ドラッグを斡旋する連中、付き合う男の数をトロフィー代わりにする女達......。
「そういう女なんかは、エリック自ら誘惑して手酷く捨てたとかいう噂もあってね」
 その割には君を束縛する感じでも無かったし、一体何がしたかったんだろうねぇ。知り合いはそう言って首をかしげたが、亮介も同感だった。群がってくる連中はエリック目当てだと思っていたし、もとより人付き合いには興味が
無かったので、そんな妙なことが起こっていたとは考えもしなかった。
 
※   ※   ※   ※   ※   ※   ※   ※

 「え......?何か面倒見が良いとか、そんな次元じゃないですよね、それ」
 電話口の向こうで悠人の声は、半ば呆れているようだった。
 あの後、エリックを送り届けてから自宅に戻った亮介は、すぐさま悠人に電話をした。
 ただの顔見知りだとごまかしてはみたが、あのエリックのことだ。興信所を使ってでも悠人の存在にたどりつくだろう。彼の辛い過去のことまで掘り出させるわけにはいかないと考え、不本意ではあるが『はる』に連れてきた。店主は人を害するような人間ではないと何度も説明し、くれぐれも大人しくしておくように釘を刺しておいたのに、目を離した途端やらかしてくれた。
「本当にすまなかった。とりあえず紹介さえすれば満足すると思ったんだが、考えが甘かった」
「ちょっとびっくりしましたけど、もう大丈夫ですから。それより、僕も排除されたりとか......」
「いや、それはないと思う。帰る途中の様子からみても、逆に君を気に入ったようだ。それはそれで迷惑をかけるかもしれない。何かあったらすぐに連絡してくれ」
「はい......」
 365日躁状態の人間に気に入られるのもある意味厄介だが、幸い、距離もあるし、しょっちゅう店に来て居座るようなこともないだろう。亮介が『はる』に行かなければ、そのうち興味も失せるのだろうが、それは無理な相談だ。さっきだって、まともに食べずに出てきてしまった。エリックが何を考えているのか、亮介をどうしたいと思っているのか未だに謎だが、唯一の癒しの時間をこれ以上邪魔しないでほしい。
「片付けもあるのに、遅い時間に電話して申し訳なかった。近いうちにまた寄らせてもらう。早く君に――」
「え?」
 ふと、口をついて出た言葉に亮介は困惑した。今、自分は何を言おうとしたのだろう。
「......いや、何でもない。では」
「はい。お待ちしています......おやすみなさい」
 
 通話が終わった後も耳からスマホを外さず、そのまま押し当てていた。こうしていれば、耳の奥にたゆたう悠人の柔らかく穏やかな声をずっと閉じ込めておけるような気がして。

※   ※   ※   ※   ※   ※   ※   ※

 数日後、亮介は出張先へ向かう新幹線の車内で、前の乗客が置いていった女性週刊誌をパラパラとめくっていた。最新の流行に敏感かつ牽引するのは、いつの時代も女性だ。それは旅行業界においても例外ではない。今後の方向性の参考になると思ったのだが――。
 芸能人のファッション、ゴシップ、スキャンダルに広告......。
(くだらん)
 特に興味を覚えることなく本を閉じようとしたが、中ほどにある特集ページに目がいった。

   "胃袋つかんでハートをゲット!彼受けレシピベスト20☆"

 意味不明のタイトルの周りに、カラフルな料理の写真が組み込まれている。隣の席でタブレットを開いている秘書に聞いてみた。
「これ、どういう意味か分かるか?」
 秘書はタブレットから顔を上げると、亮介の手元を見てほんの少し眉を上げた。上司が日本語特有の言い回しやネットスラングについて質問してくるのには慣れているが、こういう系統は初めてだ。
「そうですね......まず『胃袋をつかむ』というのは、美味しい料理を食べさせて相手の好意を得ること......必ずしも恋愛系に限った言い方ではありませんが、そのページの場合、"男が喜ぶ料理を作って惚れさせちゃえ☆"、ですね」
「つまり、餌付けというやつか」
「実に身も蓋もない言い方ですが、イメージ的にはそんなところかと。相手が食に興味がない場合、悲劇が起こりますが。アメリカにも同じような言い回しがあったように記憶しています」
「ああ、そうだった。確か......」
 
 Way to a man's heart is through his stomach.
 
 その瞬間、この冬からの記憶が映画の早送りを見るように再生された。
 凍える夜に懐かしい匂いに誘われてたどり着いた小さな店。
 美味いという意味を初めて知ったあの日。
 過去の手掛かりを求めて訪れる内に、いつしかそこで食事をすることが楽しみになっていた。
 カウンターの向こうで一人静かに微笑む青年。
 偶然目にした、彼の赤い髪と飴色の瞳が忘れられなくて。
 下劣な脅迫者に全身の血が沸騰するような怒りを覚えたのも。
 言葉に出来ない想いが胸の奥からせり上がってきて感じたとまどい。
 耳奥にとどめておきたかった声音。
 全部、ぜんぶ。
 
 (とっくの昔に胃袋をつかまれていたんじゃないか......)

 俺の場合は、自ら飛び込んでいったわけだが。
 全てが腑に落ちた。知らず唇の端に柔らかな笑みがかたどられていく。
 初めて見る上司のその表情に驚きを隠せない秘書を尻目に、亮介は椅子の背もたれを倒すと、
「仮眠する。到着の10分前に起こしてくれ」
と言って目を閉じた。

 ―― 早く君に会いたい ――

 初めて知る恋の甘さに身をゆだね、瞼の裏にきらめく美しい銅色を追いかけた。

      (つづく)

  ※   ※   ※   ※ 

   <更新時間変更のお知らせ>
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    明日から、21時50分に更新いたします。
    よろしくお願い申し上げます。



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